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3惑甘ネジ

新たな朝の始まり side翔③

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「翔さん。聞いてくれますか?」
「うん」

 さっきまでの拗ねた気持ちが吹っ飛んで、にこにこと頷く。
 すると、千幸はどよんという表現が合うような双眸で翔を見た。

「翔さんが私にかまう限り、翔さんのそばで仕事をする友人でもある轟さんを見るなということは、翔さんと距離をおけって言っているのと一緒ですよ」
「それはダメ」
「なら、見るなっていうのはおかしいですよね? 同じ空間にいたら見ないというのも変ですし」
「でも、見なくていい。俺だ」

 これまで映らなかった分、たくさん俺を映してほしい。

「俺だけ見てくれっていうのはなしですよ。社会人ですので、それ相応のコミュニケーションとりましょうよ」
「厳しい」
「いえ、これ基本ですよ。ちゃんと翔さんのこと見て考えますから、仕事や友人関係を疎かにするのはやめてくださいね」

 俺の扱いが上手くなっていないだろうか。
 そんなこと言われれば、態度を改めなければならない。

「せこい」
「えっ!? そこでせこいって意味がわからないんですが。考えなくてもいいんですか?」
「考えてほしい」
「なら、言ったことわかりますよね? 社会人としてよろしくお願いします」
「藤宮千幸のいう通りだ」

 そうだぞとばかりに轟が口を挟む。

「フルネームで呼ぶな」
「どこ突っ込んでるんですか」

 ふふっとそこで笑う千幸。その姿は眩しくて、そしてやっぱり愛おしい。
 じぃっと見つめてしまう。

「千幸ちゃん、可愛い」

 思わず心の中の素直な部分がぽろりと溢れ落ちる。

「…………」
「抱きしめたいな」
「……セクハラ発言です」

 じとっと睨まれ思わず微笑を浮かべたら、さらに冷たい眼差しを向けられた。
 えっ、本当に何を言ってるのこの人? と蔑んだ眼差しだけど、これも千幸だと可愛く映る。
 媚びられるよりもずいぶん素直な反応を向けられ、それでもまっすぐに自分を見てくれる相手をどう斜めに見ようとしても愛おしいと思ってしまう。

「正直な気持ちだし、会うたびに千幸ちゃんがそう思わせるのだから仕方がないだろう?」
「なら、そろそろ飽きるころですね? そんなにバリエーションないと思うので」
「飽きない自信はあるよ。だから」

 そこで轟にぺしっと頭を叩かれる。

「朝から何をやってるんだ。時と場所を考えろ。そして仕事だ! 昨夜メールしただろう。今日は押しているからさっさと用意してこい。藤宮さんも足止めして悪かったな」
「いえ。止めていただきありがとうございます」
「まあ、あれだ。こんなんだが、よろしく頼む」
「……まあ、ほどほどに?」

 ほどほど。その価値はいかに……、と真剣に考え込んだ翔を尻目に轟が頷く。

「それでいい」
「なぜ、轟がそこで了承する?」

 千幸にとってお前はあくまで俺のサブでなければならないはずだ。

「いや。朝から無駄に口説く男相手に『ほどほど』は関心した」
「それは千幸だからな。あと、無駄ではない」
「そうか。その辺をどう感じるかは人それぞれだが、確かに俺がそう感じただけで彼女はわからないか」
「あの~、そろそろ」

 千幸がそっと話の間に入ってくる。時計を気にしているので、電車に乗り遅れることを心配しているのだろう。
 いつの間にか少し早めに家を出てくれるようになり、その時間を目一杯堪能していたがそれでも物足りない。

「悪かった。もう行く時間だな」

 だが、仕事を頑張りたい千幸の邪魔をしたくはないので、翔はしぶしぶ手を離した。
 柔らかな感触が手からなくなる。
 それが寂しくて眉尻が下がった翔に、どこかやつれたような顔をして穏やかな笑みを浮かべる千幸。

「そうですね」

 声も穏やかで、自分たちのやり取りの間に彼女に何があったのか。

「どうかした?」
「いいえ。本当に間に合わなくなるので、行ってきます」

 じぃぃっと見つめるがそう言われてしまえば引き止めるわけにもいかず、慈しむように肩を優しく叩く。
 そばにいない時、俺を忘れないでと願いを込める。

 元彼がいる職場に送り出すことは、未練はないと聞いたばかりでも気が気ではない。
 できることならそばにいて見張っていたいぐらいだが、そういうわけにもいかない。その分、自分の存在を色濃く残すしかできない。

「行ってらっしゃい。千幸ちゃん、またね」

 しっかりと念を込めてひらりと手を離し、微笑みながら送り出す。
 ふいに睨むような眼差しを向けられ、また嘆息される。
 そして、時計を確認しぺこっと自分と轟に向けて頭を下げると、千幸は足早にその場を離れていった。

 最後の最後、姿が見えなくなるまで見送ると、翔は大きく溜め息をついた。
 千幸といると、近く感じたり遠く感じたり、もどかしいこの気持ちを持て余す。一緒にいても、見え隠れする何かに面白くない溜め息がもれた。

 思い通りにならない千幸が憎くて愛おしい。好きだと気づいてから、何度そう思ったことだろうか。
 ふっと息を吐くとともに、無表情に近いものに切り替わり放つ雰囲気が変わる。

 しーん、と場が静まり返る。
 それに頓着することなく、翔は無言で自室にきびすを返した。


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