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2甘ネジ

となり②

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「来てくれる?」
「いや、無理ですから」

 さすがに酔っていてもその判断はできるぞと、訝しむように小野寺を見る。
 本当に意味がわからない。衝撃でちょっと酔いが覚めてきた。

 身体を離そうとするが、断ったのを聞いてましたかと問いかけたくなるほどの力を込められ距離を変えさせてもらえない。
 間近で感じる小野寺のほのかに香る石鹸のような匂いと男の体臭が混じり合った匂いが、鼻から全身に回っていくようだ。

 見下ろされる熱視線が千幸を捉える。
 痛くないのに逃さない力強さで距離を詰められ、トドメは美形見本のような美貌で魅力的な色の瞳が微笑の形に細められる。

 なんなんだこのお色気ムンムン男性は。艶っぽく感じるってどういうこと?
 男なのに……、男なのに、私より色気あるってホントどういうこと?
 楽しくなくてムッと眉間を寄せ、胡散臭いなと目を細めると、小野寺が近い距離のまま続けた。

「俺さ、あんまりこの容姿好きじゃないんだ」
「えっ? それは周囲をバカにしてるんですか?」

 何を言い出すかと思えば、自慢? いや、そんな感じではないが、この流れでこれを言われてもどうしたいのかわからない。
 千幸の表情が険しくなるのを見て取り、小野寺は肩を竦めてどこか寂しそうに微笑んだ。

「そういうわけじゃないけどさ。これで得なこともたくさんあるけど、煩わしいこともあるわけで」
「……ない物ねだりですね」

 小野寺のことを苦労知らずだと思っているわけではないけれど、絶対その顔で恩恵は受けてきただろう。
 別の意味で苦労もあるようだけれど、結局つるっと飾らない言葉を吐き出した。

「辛辣だね」

 ぼそりと重く告げられた言葉に、言い過ぎただろうかと視線を緩めて小野寺を窺い、千幸はすぐさま後悔した。

 ――その表情意味がわかりません!!

 まっすぐ向けられる視線はそのまま、眉は寄っているがどこか嬉しそうに頬を緩ませている相手をどのように捉えていいのかわからない。
 それは、どんな感情????

 寂しそうだけど嬉しそうって、今の会話でなぜそうなるのだろう。
 とりあえず、詳しく何も知らないのに簡単に返しすぎたことはフォローしておこうと言葉を重ねる。

「いろいろあるだろうなとは想像つきますが、私からすれば恵まれた部類に見えるので。人よりは甘い汁を吸ってきた自覚はありますよね?」
「まあ、そうだね。でも、千幸ちゃんはなびいてくれない」

 それが一番の問題なのだと、逸らすことは許さないとばかりに小野寺は千幸を見つめる。
 隙あらば詰めてくる相手を若干感心しつつ、この手合いに少し慣れた千幸は冷静に返した。

「なびいてほしいんですか? それは知りませんでした」
「なびいてほしいよ。伝わってると思ったのに。それにさっき言った」

 千幸が大して反応しないからか、さらに覗き込むように近寄ってきて、耳元に吹き込むように告げられる。
 ぶわっとくる感覚で体がぴくりと反応しそうになったが、物理攻撃に反応しないぞと細く息をすることで逃した。

「それはすみません。出会いから衝撃的すぎて、まだ小野寺翔という人物を掴みきれていませんでした。そして、さっきで初めて知りました」
「へえ。掴もうとしてくれてたんだ?」
「興味持ってるとの話はしましたよね? それに一応、お隣ですから」
「そっか。隣だから」

 そこでへらっと微笑む小野寺がよくわからない。こっちの眼差しは好意的ではないとわかるはずなのに、なぜ笑うのか。
 ちょっぴり彼はマゾなのかもしれない。

「顔、緩んでますよ」
「だって、嬉しいんだ。なびいてくれないのに、俺を知ろうとしてくれて」
「だから、毎日顔を合わせていると気になりますって」

 しかも、あれだけ毎日玄関前で出待ちされて、気にするなというほうが無理だ。
 千幸は嘆息して、困った人だと笑う。

 好意的だと思っていたが、本当に好意を抱いていたと知らされ悪い気はしない。それに、いつまでもツンツンしているのも疲れるので、肩の力を抜いた。
 それと同時に掴まれていた小野寺の腕がぴくっと動き、口元をますます緩めさらに甘さを含んだ声で続ける。

「そういうもん?」
「そういうもんです」
「そっか。そっか」
「嬉しそうですね」

 ていうか、緩いです。

「うん。で、さっきので伝わったよね。俺、千幸ちゃんが欲しい。だから早く翔って呼んで」
「……十五日数えるんじゃないんですか?」
「数えるけど、その数が少ないほうがいいに決まっている」

 小野寺の場合は急すぎるので、こちらとしては自重してほしい。 

「決まってません。それに三つ上ですし、何をしているのか教えてくれない人を気安く呼びません」
「固いね」
「家訓ですので」
「家訓って」

 小野寺は口説く甘さをそのまま、ぷはっと笑う。
 少年のような無邪気な笑みに、その顔は嫌いではないなと思いながら千幸は告げた。

「多少、大げさに言いましたが、家ではどれだけ親しくなろうとも、何か距離がある限りは気安くすべきではないと教えられましたので。本当に親しい間柄の人以外は呼びません」
「ふーん」

 そこで、かぷっと耳を噛まれる。
 千幸はとっさに噛まれた耳をかばいながら、何してくれるんだとじとっと睨みつけた。  

 何? ふーんでかぷって。
 耳がむずむずする。これは思い通りにならない自分への腹いせか?

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