上 下
20 / 143
2甘ネジ

となり①

しおりを挟む
 
 自分たちの場合、外食が終わっても『はい、さようなら』というわけにはいかない。家に変える方向は一緒。隣なのだ。
 そのため現地解散とはいかず、小野寺がそれをよしとしないので一緒に帰る。

 千幸はぼんやりする頭で少ししくじったと思いながらも、酔ってふんわりしてしまった思考をどうすることもできずに、身体を小野寺に預けていた。
 広い背中にしっかりついた筋肉。

「男の人ですね」

 そう思ったからそのまま口に出している。普段の千幸ならあり得ないことだ。

「千幸ちゃん、酔ってるね」

 すると、小野寺はくすりと笑いながら指で首筋をそっと撫でてきた。
 赤くなっているよと、触れるか触れないかの微妙な感触に千幸は首を竦める。

「酔って、ますかね?」
「そうだね。ほら、寄りかかって」

 今日はお酒が回っているらしい。
 にこにことご機嫌に言われた言葉に促されるまま、頼り甲斐のある身体へと寄りかかった。
 元彼のことに見通しがつき、少し気が抜けたのかもしれない。

 そんな中、甘々攻撃をされてそれを避けるようにお酒を飲んで、へべれけではないが思考がぼやけて仕方がない。
 ふわふわと心地がよく、理性では離れなければと思う。なのに、肩に回された腕の力強さも嫌ではなくむしろ頼もしい。
 同じように飲んでいた小野寺は、全く酔っている様子はなかった。

「小野寺さんは?」
「千幸ちゃん。翔だって」
「翔さんはまったく酔ってませんね?」

 あっ、そうだったとすぐに言い直した千幸に、小野寺はくすりと笑う。

「ん? 少しは回ってるよ。でも、どちらかというと千幸ちゃんの可愛さに酔ってるかな」

 ────っっっつあぁぁぁぁ、出た。出た。

 隙あらば甘さを振りまく相手に、千幸はじとりと小野寺を見た。

「本当、よく回る口ですね」
「あっ、そこは酔った答えは返してくれないんだね」

 そこできらきらと輝くような眼差しを向けられたが、意味がわからない。
 んんっと首を捻る千幸に、小野寺はご機嫌に肩を掴んでいた手で千幸の髪をするりと撫でた。

「可愛いね。どこまでもツンデレ千幸ちゃん」

 あー、はいはい。ていうか、ツンデレって。ツンは少し自覚あるがデレは自覚ない。
 表情がすんっと可愛げもなくなっていくのを自分でも感じながら、ふざけるのはやめてほしいと視線で訴えた。
 また肩に戻ってきた手をわずかに意識しながら、疑わしいとさらに切れ長の双眸を見上げる。

「翔さんの目って、どうなってるんですか?」
「何で?」
「よく見えてないのかと思って」

 可愛いと言われ恥ずかしいのもあって誤魔化すように告げると、小野寺はふはっと笑った。

「いや、昔から視力はいいよ」
「そういう話ではなくって、私のどこがツンデレなんですか?」
「すべて」

 愛おしげに目を細めた小野寺はやはりどこか変だ。

「あぁぁぁっ、はぁぁー。前から思ってたのですが、翔さんと会話かみ合いません」
「そうかな。俺は楽しいよ」
「楽しい、楽しくないの話ではなくて」

 終始好意的なのは伝わってくるので悪い気はしないけれど、認識の差の違いに打ちのめされる。

「いや、そこ大事でしょ」
「まあ、大事ですが。今はそういうことではなく」
「そういうことだよ。一緒にいて楽しい。居心地がいいってすごく大事。少なくとも俺にとってはね。千幸ちゃんは違うの?」
「……まあ、居心地のよさは重要かなと思いますが」
「だよね。だから、俺は千幸ちゃんの隣にいたい」

 熱のこもった瞳でまっすぐ告げられ、千幸はああぁっと上を向き、夜の街頭の合間に見えるうっすらと輝く星空を見つめた。
 そこにあるのに曖昧で光が届いていない。

 ぼんやり淡く見えるそれらを眺めていたら、心配そうな小野寺に真上から大丈夫かと見下ろされる。
 中央の黄色がかった茶色の瞳に捉えられ、綺麗な色だと見つめた。

 星空よりも美しく見え、手が届きそうだなと直接触れたくなった。
 実際、少し腕を上げそうになったところで千幸は我に返り、何を考えているんだとふいっと小野寺から視線を逸らした。

 少し耳が熱い。
 すると、千幸の前髪を軽く横に流し、小野寺がにっこり笑って距離を詰めた。
 近すぎる距離に戸惑い思わず俯く。

「千幸ちゃん」
「…………」
「千幸ちゃん」
「…………」
「ちーさーちゃん」
「……何ですか?」

 さっきから会話が途切れるとずっと名前を呼ばれていた。
 キリがなくてたまにスルーしているが、すごくしつこくて顔を上げると、思ったよりも間近に顔があった。
 顔を寄せ、あの甘く響く声で耳元でささやかれる。

「今日は家に寄ってって」
「…………」
「何もしない」
「…………」
「ただ、そばにいたいんだ」

 直接耳朶に響くぞくっとくる声に、千幸の身体はびくんと跳ねた。

「……えっと、それは何ていうか」
「本当に手は出さないよ。俺、千幸ちゃんのこと落とすって決めてるから。ね?」

 いや、高らかに宣言されても困る。そして、それ初めて聞きましたが?
 あと、ね? ってなんだ!?
 落とそうと思っている相手を家に招いて、何もしないと言われても信用できない。当然警戒するし、疑惑だらけだ。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

秘事

詩織
恋愛
妻が何か隠し事をしている感じがし、調べるようになった。 そしてその結果は...

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~

菱沼あゆ
恋愛
念願のランプのショップを開いた鞠宮あかり。 だが、開店早々、植え込みに猫とおばあさんを避けた車が突っ込んでくる。 車に乗っていたイケメン、木南青葉はインテリアや雑貨などを輸入している会社の社長で、あかりの店に出入りするようになるが。 あかりには実は、年の離れた弟ということになっている息子がいて――。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。

すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。 そこで私は一人の男の人と出会う。 「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」 そんな言葉をかけてきた彼。 でも私には秘密があった。 「キミ・・・目が・・?」 「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」 ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。 「お願いだから俺を好きになって・・・。」 その言葉を聞いてお付き合いが始まる。 「やぁぁっ・・!」 「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」 激しくなっていく夜の生活。 私の身はもつの!? ※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 では、お楽しみください。

溺愛彼氏は消防士!?

すずなり。
恋愛
彼氏から突然言われた言葉。 「別れよう。」 その言葉はちゃんと受け取ったけど、飲み込むことができない私は友達を呼び出してやけ酒を飲んだ。 飲み過ぎた帰り、イケメン消防士さんに助けられて・・・新しい恋が始まっていく。 「男ならキスの先をは期待させないとな。」 「俺とこの先・・・してみない?」 「もっと・・・甘い声を聞かせて・・?」 私の身は持つの!? ※お話は全て想像の世界になります。現実世界と何ら関係はありません。 ※コメントや乾燥を受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。

処理中です...