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2甘ネジ
となり①
しおりを挟む自分たちの場合、外食が終わっても『はい、さようなら』というわけにはいかない。家に変える方向は一緒。隣なのだ。
そのため現地解散とはいかず、小野寺がそれをよしとしないので一緒に帰る。
千幸はぼんやりする頭で少ししくじったと思いながらも、酔ってふんわりしてしまった思考をどうすることもできずに、身体を小野寺に預けていた。
広い背中にしっかりついた筋肉。
「男の人ですね」
そう思ったからそのまま口に出している。普段の千幸ならあり得ないことだ。
「千幸ちゃん、酔ってるね」
すると、小野寺はくすりと笑いながら指で首筋をそっと撫でてきた。
赤くなっているよと、触れるか触れないかの微妙な感触に千幸は首を竦める。
「酔って、ますかね?」
「そうだね。ほら、寄りかかって」
今日はお酒が回っているらしい。
にこにことご機嫌に言われた言葉に促されるまま、頼り甲斐のある身体へと寄りかかった。
元彼のことに見通しがつき、少し気が抜けたのかもしれない。
そんな中、甘々攻撃をされてそれを避けるようにお酒を飲んで、へべれけではないが思考がぼやけて仕方がない。
ふわふわと心地がよく、理性では離れなければと思う。なのに、肩に回された腕の力強さも嫌ではなくむしろ頼もしい。
同じように飲んでいた小野寺は、全く酔っている様子はなかった。
「小野寺さんは?」
「千幸ちゃん。翔だって」
「翔さんはまったく酔ってませんね?」
あっ、そうだったとすぐに言い直した千幸に、小野寺はくすりと笑う。
「ん? 少しは回ってるよ。でも、どちらかというと千幸ちゃんの可愛さに酔ってるかな」
────っっっつあぁぁぁぁ、出た。出た。
隙あらば甘さを振りまく相手に、千幸はじとりと小野寺を見た。
「本当、よく回る口ですね」
「あっ、そこは酔った答えは返してくれないんだね」
そこできらきらと輝くような眼差しを向けられたが、意味がわからない。
んんっと首を捻る千幸に、小野寺はご機嫌に肩を掴んでいた手で千幸の髪をするりと撫でた。
「可愛いね。どこまでもツンデレ千幸ちゃん」
あー、はいはい。ていうか、ツンデレって。ツンは少し自覚あるがデレは自覚ない。
表情がすんっと可愛げもなくなっていくのを自分でも感じながら、ふざけるのはやめてほしいと視線で訴えた。
また肩に戻ってきた手をわずかに意識しながら、疑わしいとさらに切れ長の双眸を見上げる。
「翔さんの目って、どうなってるんですか?」
「何で?」
「よく見えてないのかと思って」
可愛いと言われ恥ずかしいのもあって誤魔化すように告げると、小野寺はふはっと笑った。
「いや、昔から視力はいいよ」
「そういう話ではなくって、私のどこがツンデレなんですか?」
「すべて」
愛おしげに目を細めた小野寺はやはりどこか変だ。
「あぁぁぁっ、はぁぁー。前から思ってたのですが、翔さんと会話かみ合いません」
「そうかな。俺は楽しいよ」
「楽しい、楽しくないの話ではなくて」
終始好意的なのは伝わってくるので悪い気はしないけれど、認識の差の違いに打ちのめされる。
「いや、そこ大事でしょ」
「まあ、大事ですが。今はそういうことではなく」
「そういうことだよ。一緒にいて楽しい。居心地がいいってすごく大事。少なくとも俺にとってはね。千幸ちゃんは違うの?」
「……まあ、居心地のよさは重要かなと思いますが」
「だよね。だから、俺は千幸ちゃんの隣にいたい」
熱のこもった瞳でまっすぐ告げられ、千幸はああぁっと上を向き、夜の街頭の合間に見えるうっすらと輝く星空を見つめた。
そこにあるのに曖昧で光が届いていない。
ぼんやり淡く見えるそれらを眺めていたら、心配そうな小野寺に真上から大丈夫かと見下ろされる。
中央の黄色がかった茶色の瞳に捉えられ、綺麗な色だと見つめた。
星空よりも美しく見え、手が届きそうだなと直接触れたくなった。
実際、少し腕を上げそうになったところで千幸は我に返り、何を考えているんだとふいっと小野寺から視線を逸らした。
少し耳が熱い。
すると、千幸の前髪を軽く横に流し、小野寺がにっこり笑って距離を詰めた。
近すぎる距離に戸惑い思わず俯く。
「千幸ちゃん」
「…………」
「千幸ちゃん」
「…………」
「ちーさーちゃん」
「……何ですか?」
さっきから会話が途切れるとずっと名前を呼ばれていた。
キリがなくてたまにスルーしているが、すごくしつこくて顔を上げると、思ったよりも間近に顔があった。
顔を寄せ、あの甘く響く声で耳元でささやかれる。
「今日は家に寄ってって」
「…………」
「何もしない」
「…………」
「ただ、そばにいたいんだ」
直接耳朶に響くぞくっとくる声に、千幸の身体はびくんと跳ねた。
「……えっと、それは何ていうか」
「本当に手は出さないよ。俺、千幸ちゃんのこと落とすって決めてるから。ね?」
いや、高らかに宣言されても困る。そして、それ初めて聞きましたが?
あと、ね? ってなんだ!?
落とそうと思っている相手を家に招いて、何もしないと言われても信用できない。当然警戒するし、疑惑だらけだ。
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