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2甘ネジ
元彼
しおりを挟む職場の建物に到着し、自分の部署が入っている三階のフロアがどことなく騒ついているのに首を傾げつつ、千幸は席についた。
途端、鞄に入れてあるスマホがメールの着信を知らせる。
取り出して確認すると、送り主は半時間ほど前まで顔を合わせていた小野寺からだった。
名前を見て、思わず笑ってしまう。
────いつも、タイミングがいいんだよね。
どこかで見ているのかと疑いたくなるほどのそれは、ここまでくると小野寺だからで納得してしまうものがあった。
画面を確認すると、今晩の食事場所の地図と時間が書かれていた。それに了解ですとだけ返す。
小野寺のメールはシンプルなのでこちらも返しやすい。
そして、添付された店をクリックすると、洒落たお店で美味しいお酒が売りのようで、仕方なく流れで了承したけれど次第に楽しみになってきた。
こういうところも、上手いというかなんというか。
毎朝、顔を合わせているとちょっとしたことでも隣人のことを考えてしまうのが癪なような気もするが、あんなにインパクトあるハイスペ男性が隣にいて、気にするなというほうが無理だ。
こうなったら楽しもうとスマホをしまうと、ふと視線を感じて顔を上げた。
「…………」
こちらを見ている元彼の遊川智史と視線が合う。
だがすぐに相手は上司に呼ばれたようで視線が外され部屋を出ていった。
一瞬であったが気まずい空気に、千幸はふぅっと息をつく。
誰も彼と付き合いがあったことは知らないし、それが幸いといったら幸いだ。
同じ空間にいる時は、互いに意識せずにはいられず気まずい。
たまに何か言いたげに遊川は視線を寄越してきたが、千幸は徹底的に職場の同僚という姿勢を崩さず受け付けなかった。
未練があるから引きずられないようにではなく、向こうの含むような視線が今の千幸には寄り添う気になれないのが大きい。
でも、あれこれ思う時点で意識はしているのも現実で、遊川のことはやはり複雑だった。
いつになったら、普通に気にしないでいられる日がくるのだろうか。
ここ数日何度も思ったことだったが、この日はいつもと違った。
朝会で部長に呼ばれた遊川は前へと出て、本日付けで辞令がおり一か月以内には地方に移動になることを説明された。
しばらくここと地方で行ったり来たりと忙しくなり、準備が整い次第向こうに行くことになるそうだ。
御愁傷様。
千幸は心の中で呟いた。
微妙な時期ではあるがなくはない話だ。頑張ってとしかいいようがなく、期限が見えた気まずさがなくなる安堵のほうが勝つ。
別れてから一か月。顔を合わせたのは二十日ほど。
さっきも気まずいなと思ったばかりで、完全に過去のこととするには気持ちの整理はしきれていない。
仕事でのことなので、千幸にとっては時間の長短の感覚はあまりないが、とりあえず濃い一か月であった。
そして、同じ月日を待てば遊川はこの空間からいなくなる。しかも彼は引き継ぎで忙しく、ここにいることも少ない。
千幸的には、いつかはここを離れる人だと思えば少し気も楽になる。
浮気を知れたタイミングもこうなるとよかったのかもしれない。そう思うようにした。
千幸たちの会社はインテリア、雑貨を扱い、コーディネートも手がけている。
代表者が事業を立ち上げてまだ数年しか経っていないが、ホテルなどの内装や個人宅のコーディネートと幅広く事業を広げ、着々と実績を伸ばしていた。
千幸はいつかホテルや個人宅のコーディネートの仕事をしたいと思っているが、まだまだ学ばなければならないことが多い。
現在は現地に飛んでいる社員との取り次ぎや、資料まとめ、進んだ企画の進行をまとめる部門に所属していた。
そしてこのたび、地方に向けにも立ち上げることになったらしい。新しく立ち上げるとなれば、成功すれば栄転でもある。
同じ空間にいては気になるし気を遣うし、やはり思い出すと腹が立ちもするが、もう見えないところに行くのならすっきりするというものだ。
それと同時に、浮気されはしたが頼れる先輩でもあったので嫌いになったわけではなく、いなくてせいせいするが向こうで元気でやっていてほしいとは思う。
自分の中に恨みばかりではない気持ちがあるのも気持ちの余裕の表れのような気がして、ほっとする。
千幸は遊川が話しているのを聞きながら、気持ちがふわっと軽くなったのを感じた。
溜まっている資料をさくさくとまとめ、自分でも冴えていると感じるほど見逃しがちの矛盾も見つけ出し、新たな資料を添える。
視野を広くもて気持ちよく仕事が進んでいくことに充実感を得る。
どこかすっきりとした顔で仕事をしている千幸を、遊川が少し離れたところから足を止め眺める。
複雑な表情をしながら迷うように視線を揺らしたが、結局、千幸に声をかけることなくそばを通り過ぎた。
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