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決別③

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 遊川はなおも淡々と作業をしていく千幸を何か言いたそうに見ていた。
 自分たちを隔てるように千幸の横でずっと作業をする小野寺の存在に威圧されたのか、もしくはしっかり状況把握するかのように動く轟に臆したのか何も言わない。

 作業しながら視線に気づいていたが、千幸も詰め寄る気もなければ、下手な言い訳など聞く気分でもなく、気持ちもぽきりと折れてしまったので関係修繕のための話をしたいと思わなかった。
 同棲までして、連れ込んだという事実が相当堪えていた。

 この部屋に戻ってくると、数時間前の光景が脳裏にちらちらする。
 だから、必要最低限の会話だけして、二度とこなくてもいいように荷物をまとめた。

 自分の家なのに挨拶の時以外は空気のような扱いをされ、よほど驚いたのか何か思うことがあったのかわからないが、遊川も無言で千幸の荷造りを手伝いだした。
 女一人、男三人が夜中にごそごそと荷物を包む。

 夜逃げかってほど、無言でさくさくやっていく。
 その中で、さっさとこんなところを出ようとばかりに誰よりもテキパキと動いたのが、車に乗ってから機嫌が斜めに感じる小野寺だ。

 そして、ここにきてピークに達しているようで、超絶美形が超絶不機嫌を隠さず、千幸のみに話しかける様は一種異様な光景だ。
 向けられる笑顔も逆に怖いと思うほど、ちらちら見え隠れする不機嫌さに磨きがかかって迫力がある。

 ────この人、どうしたいの????

 話しかけられるたびに疑問が浮かび上がるが、そのたびに飲み込んだ。疑問を挟む雰囲気でもなく、余裕もない状況だった。
 でも、やはりずっとクエッションマークは飛んでいる。

 こちらからお願いしたわけでもないのに、手伝ってくれるのに不機嫌。
 轟は轟でもくもくと無言で動いているし、彼らはツーカーなのか会話なくても作業分担されて着々と部屋の荷物がなくなっていった。

 すごくスムーズなのだが、やはりこの状況は変だ。
 とにかく、ここを出なければ話にならないので、遊川の意味ありげな視線も今はもう面倒に感じて早く立ち去るべくやるべきことをやっていく。

 雰囲気にも後押しされ、びっくりするほどあっという間に荷物を詰め込み運び終えた。
 結局、最後までろくに話さなかった遊川は、罪悪感からか玄関先まで見送るために出てきた。

 面と向かって個人的な話をするのは最後になるかもと思い、千幸も向き合って彼が口を開けるのを待つ。
 だが、轟は下の車で待っているが、小野寺はしっかりと千幸の横に陣取っている。
 彼が気まずそうにちらりと小野寺を見たので千幸も視線をやったが、小野寺は遊川にどうぞとばかりににっこり微笑み何も言わないし動かない。

 ────なんだかなぁ……

 本当になんだかなぁ、だ。
 何も知らない男性がここにいる状況は意味がわからないし、変だとも思う。この先も不安だが、心なしかこの状況で堂々といられると頼もしくも感じる。

 千幸が連れてきた彼らをどう思っているか知らないが、遊川にとっても威圧感と疑問だらけの人物だろう。
 問われたところで説明できないが、浮気され失望させられた分、何か相手も驚くものがあると知れると少し気持ちはスッキリする。

 よくわからないスッキリさではあるが、その面では気丈に振舞えたことには小野寺に感謝だ。
 目の前には九か月ともに過ごした男がいる。そこそこ男前だと思っていたが、小野寺や轟を前にすると霞む。それはきっと千幸の中で彼への気持ちが遠のいたからなのかもしれない。

 ……これで、いいんだよね?

 千幸は自分に言い聞かせるように、心の中で問いかけた。
 ちょっとムキになっている可能性はあるけれど、気持ちがすぅっと冷めてしまったものは再び熱くさせるのはかなり難しい。

 別れるということは、当たり前だが関係が終わるということだ。
 終わりを口にしたら、距離も離れる分、気持ちも離れていき、もし再び関係を築きたいと思っても相手の状況がわからない分、きっと今より関係修復は難しくなる。

 そういうことがないように、この終わり方でいいのか、後悔はしないのか、いろんなことが急だったからこそ、少し不安になる。
 千幸は改めて遊川をじっと見つめた。

 顔を見ても、ただ時間に対して不安なだけで、話し合って関係をとまでやはり思えなかった。
 一向に切り出さない相手に、千幸から別れの言葉を口にする。

「さよなら」

 最後の言葉も、さらっと口から出た。
 昨日まで仲良くスキンシップをとっていたのに、次の日には玄関先で別れを告げている。

 築き上げてきたものが終わる時というのは唐突だ。
 時間はあまり関係ないのだなと、呆気なさとともに寂しさが支配する。
 遊川は口を開きかけたがまた閉じて、キュッと口を引き結んだ。

「……ああ」

 そして、いろんなものを呑み込むように頷いた遊川と数秒見つめ合う形になったが、そこで小野寺に無言で腕を引かれた。
 千幸もとくに抵抗することなく、最後に玄関横に鍵を置いて、小野寺に促されるまま歩き数か月住んでいた家から離れていく。
 感傷に浸りたかったわけでもないが、そんな暇もなく元彼となった男のマンションを後にした。

 あっけない。
 終わりは実にあっけないものだった。

 これまでの付き合ってきた時間は何だったのかと思うほどに、ぱたんと閉まったドアの音が軽く聞こえた。
 現実味がないのか、まだ気を張っているのか。

 あっけない終わりの音は、新たな扉がゆっくり開いていたことにこの時の千幸はまだ気づけなかった。
 そして、荷物の行方を疑問に思うのも、乗った車が走り出してからだった。


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