ただ、隣にいたいだけ~隣人はどうやら微妙にネジが外れているようです~

Ayari(橋本彩里)

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隣、空いてるよ③

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「んー。そう? あいにく、今名刺は切らしているからあれだけど免許証なら見せることはできるよ。俺は見る目はあるし、これも縁だと思うんだよね。困っているみたいだし、俺も管理を任されているから住んでくれたら楽だと思って提案を持ちかけた。ギブアンドテイクだね。心配なら弁護人も用意するから安心してくれたらいいよ」
「はぁ」

 弁護人? 弁護士ということであっているだろうか。
 こんな話で弁護人が出てくること自体、ハイソの人の世界はよくわからない。

 しかも、安心してって何に対して安心しろと?
 見る目あるから安心ってどういう理屈だろうか。安心なのは自己満足している相手のほうであって、全くこっちには関係ない。

 突っ込みどころがありすぎて、怪しさを通り越すと面白さまで感じる。
 ふぅーんと妙な感心をしていたが、あれ? とまた疑問が浮かぶ。
 言葉遊びなのか、たとえ弁護士が登場したとしてそれはどちらの弁護人になるのか。

「誰の弁護ですか?」

 疑問をそのまま千幸が口にすると、男性は小さく目を見開いたが、その質問には答えず自己紹介をした。

「俺は小野寺おのでらしょう

 しっかり目を見ながら、財布から免許証を取り出し見せられる。
 まっすぐに向けられる視線は力強く、やましさがあるようには見えない。

 だが、明らかにさっきの疑問はスルーされた。
 差し出された免許証に視線を落とし顔と名前が一致していることを確認したが、疑念が晴れない。見せられたところで何もすっきりしない。
 対応に困った千幸に構わず、相手は話を勝手に進めていく。

「で?」
「で、とは?」

 こちらの質問も答えてもらえず、で? と言われてもと相手を眺めると、名前を教えてと請われる。
 警戒して黙っていると、長い腕が伸びてきて免許証をずいっと押しつけ見せられた。

 何? と思って相手を見つめると、期待の籠った双眸とかち合う。
 にっと自信満々に口の端を上げ、これで大丈夫だろうと堂々とした態度な何なのか。
 それに、間近で見せられる個人情報。

 ────だだ漏れすぎですけど!? このご時世的に大丈夫??

 そこまで知りたいと思っていないのに、免罪符のごとく提示され困ってしまう。
 反応できずまだ黙っている千幸に、「んっ」とばかりに眼前まで突きつけられる。

 ――近すぎて見えない。

 個人情報の提示は信頼の証でしょと言わんばかりの態度は、よくよく考えると詐欺師ではなくて子供っぽいかもと笑ってしまう。
 すると、小野寺がほっとしたように目元を緩めた。
 肩肘をつくと覗き込むように優しく千幸を見つめ、まるで口説くような甘い響きで言葉を重ねる。

「名前、教えてほしい」

 うっわぁ、と自身の心の声がこだまする。
 至近距離で軽く首を傾げ甘え諭すような角度で見せられる顔と、低音でしっとりと響く声が半端ない。

 すべてがこれでもかというほど顔と声に合う仕草で見つめられ、これが世にいう余裕あるモテ男というものなのだろうと、不自然にならないようにそっと視線を外した。
 思わず心の中で感嘆の声を上げたが、まだ警戒しているので表情には一切ださない。
 だけど、免許証はしまわれず、存分に見てくれよと目につく範囲に置かれてある。

「………………」

 ────これは信用したほうがいいのだろうか?

 理解ができなさすぎて思考が働かないのか、気持ちが傾きかけてきた。
 これも手口? 詐欺師だろうか?

 それにと、やっぱり目の前にすると容姿に視線がいってしまう。
 なかなかお目にかかれるものじゃないなと、他人事のように思いながら静かに葛藤する。

 しばらく注がれ続ける視線とがっちり合わないように逸らしていたのだが、とうとう我慢できず千幸は目を合わせた。
 すると、渇望し訴えるような眼差しは外されないまま見つめられ、にっこり微笑まれる。

 ────うぅっ。意味がわからないが、甘ったるい。なんかこしょばい!!

 ぞわぞわと肌を撫でるような感覚を逃すように一度目をつぶり、なぜかしつこく関わってこようとする相手に仕方なく名前を告げる。

「藤宮………………、千幸です」

 名字だけと思ったが、期待のこもった視線が強かった。
 根負けして名乗るとふわっと微笑まれる。

「そう、千幸ちゃん。よろしく」

 フレンドリーに下の名前で呼ばれたが、よろしくの部分は返したくなくて黙っていると、ぼそっと相手は何か告げた。
 千幸には聞こえず聞き返すのも抵抗があり黙っていると、相手は穏やかに微笑み話をまとめにかかった。

「とにかくその男との縁は切ってしまおう。互いに需要が成り立つし、このまま荷物を取りにいくのは悪くないと思うけど」

 千幸が口を挟む前にスーツのポケットからスマホを取り出すと、小野寺は誰かに電話をかけだした。
 引っ越しの了承をした覚えはないのに、話が勝手に進んでいく。

 隣で車を寄越してと誰かに連絡しているのを聞きながら、千幸は疑問を抱えたまま黙り込む。
 普段ならすぐに反応してずばりと切り込むほうなのに、酔っているせいか相手が上手うわてなのか、ペースが掴めず流されっぱなしだ。

「じゃ、車回したから行こうか」
「えっ? 小野寺さんも一緒に行くのですか?」
「もちろん」
「えっ? えっ!?!?」

 千幸が戸惑っている間に会計もすませ、あれよあれよと相手に外へと導かれる。
 店長には苦笑されながら、小さく最後に頷かれ送り出された。


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