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第2章 聖女編

聖女と聖君

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 ミコトの挑発に少し元気になったグリフィン局長は立ち上がると、びしりと王子を指差した。

「そんなの耳に入れるワケがないだろう? もし入っていても嘘だと切り捨ててる自信がアル!」
「なんで、そこで自信満々なの?」
「耳がオカシクなってしまうだろう? 誰かにアマい王子とか信じられるわけがナイ。今も目の前にいるのがそっくりさんだと言われたほうがまだマシだ」

 無礼にもほどがあるが、カシュエルはいちいち目くじらを立てても仕方がないと思っているのか、相手が相手だと諦めているのか涼しい顔だ。
 ミコトははあっと呆れた声を出したが、ふふふんと余裕の笑みを浮かべる。

「あっそ。好きにしたら。とにかく、自業自得というのを理解してレオラムには関わらないようにしてね」
「……だが、血は欲しいナ」

 自分が守るはずだったのに、なぜかミコトに守られている。
 あれ? 本当に自分はなんのためにここにいるのだろうか。
 カシュエルがいることで安全が確保されたからなのだろうが複雑だ。

「私もレオラムもあげないわよ。とにかく、現に殿下がここまで来たのはレオラムがいるからだし。私だけだったら、ほかの者が捜索しておしまいだったわよ」
「ミコト……」

 それはそれで言い切ってしまうのはどうだろう。
 さすがにカシュエルに自覚しようかとあのタイミングで言われれば、俺がそうじゃないとも言えないしと眉尻を下げると、ミコトは清々しく笑った。

「いいのよ。事実だし。殿下は決して態度や言動には出さず丁寧に接してくれていたけれど、周囲の様子で迷惑だろうなって思っていたし。今思えば、私のこの感情も察していたのかもね。ほどよく相手にされていた感じだったのかしら?」

 ねえ、とミコトがカシュエルを見ると、王子はなぜかぴとりと俺に身体をくっつけてきた。

「殿下?」

 なぜこんなにくっつく必要があるのかとカシュエルを見る。
 すると、カシュエルはミコトのほう、というかミコトと繋いでいる手元を見て、少し難しそうな顔をしたがふっと息を吐くと綺麗な笑みを浮かべた。

「こちらの都合で来ていただいた以上、ミコト様の気持ちが少しでも軽くなるようにとは思っていましたし、恋愛感情には満たないだろうと推測しておりました」

 本音を話すことを選んだようだ。
 もしかしたら、いや、もしかしなくても、あっけらかんと態度を変えたミコトに少し戸惑い、ここでのミコトの様子を見て今のミコトなら本音を話しても大丈夫だと思ったのかもしれない。

 そこでミコトがなぜか、にまにまと笑い俺にくっついてくる。
 二人にさらに密着された形となった俺は、口を挟むこともできず交わされる言葉を間近で聞かされることとなった。

 あと、グリフィン局長がまた叫びだしている。
 決して、空気を読んで静かにするとかしない人だ。

「やっぱりそっかぁ。丁寧に扱われはするけれど、それ以上にはなれないってしっかり線引きされてたのよ。だから、余計に勝手に呼んでおいてって腹が立ってたのかな。今思えばだけど、ね。そういうところも見透かれた上で配慮されていたって感じよね」
「ミコト様は会うことに力を入れておられて熱心に追いかけてくる割には、会話はあっさりしていましたからね。本気で私のそばにと思っている者は、もっと価値や性というものをアピールしてきますので」
「ああ、なるほど。まあ、私の時といいそういうのもそつなくかわして完璧な聖君だったのだろうって想像がついちゃうところがまたなんとも、ね?」

 そこでミコトは俺を見つめてくる。
 身長差はあまりないから、すぐ近くで黒い瞳がとても楽しそうに揺らめいているのがよく見えて、彼女が傷ついていないことにほっと息を吐く。

「ねって?」
「だから、そんな聖君の態度が変わったら周囲は大騒ぎになるわって話よ。二人の関係とか詳しくわからないけど、レオラムのこの感じを見てると自覚が足りないって言いたくもなるわ。噂を聞いた時は殿下を振り回して何様なのよって腹が立ったけれど、レオラムを知った今はなんか殿下頑張れって気持ちも出てくるから不思議なのよね」

 ふふっと楽しげに笑うミコトに、カシュエルがにっこりと笑みを浮かべた。
 二人してこの場に似つかわしくない爽やかな笑いだ。

「でしたら、レオラムからもう少し離れてくれると嬉しいですね」
「いやよ。レオラムといると落ち着くのよ。異世界に来てから肩の力が抜けたのは初めてだから、貴重な存在なのよ。聖女としての私が大事なら、私とレオラムの友情を育てていくことに聖君は反対しないでしょう? それに前ヒーラーだったし、その辺りのことも含めて忙しい聖君を追いかけ回されるよりは理に適っていて、殿下が認めてくれたら周囲も納得するでしょ」
「…………」

 ミコトは臆面もなくカシュエルに今後の要望を伝えていくと、カシュエルは押し黙った。
 内容はともかく、まっすぐで主張するに価する立場のあるミコトの姿は、俺にはとても眩しく映った。

「ふふふっ。何これ、今、すっごく楽しいわ。レオラムも関係は認めているし反応を見るとああって思うのだけど、落ちきってない感じとか。殿下せいぜい頑張ってくださいね」
「言われなくても」

 二人で会話の着地点を見出し、ちょっぴりモヤっとしたものを俺は感じたが、バタバタバタとこちらに走ってくる足音が響き意識がそちらに向いた。


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