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下々の戯れ
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「ねみい……」
さっきからあくびが止まらない。店内には客が一人もいないからいいが、それならいっそ居眠りしたいと思ってしまう。バックヤードにでも篭もって、身体を毛布で包んで。いっそのこと、酒でも買ってくるか。
「寝不足ですか、塩留さん」
そんな俺の妄想を掻き消したのは、水下の声だった。相変わらず、男か女か分からない見た目と声をしているので、寝ぼけた頭には刺激が強い。見慣れているはずなのに、性別がどっちか区別が一瞬だけ区別がつかなかった。
「そういう君は元気ですね、龍之介くん」
からかい気味に下の名前で呼んでやると、水下は拗ねたような目で睨んできた。他の同僚から下の名前で呼ばれても特に気にしていない様子だが、俺は例外らしい。
「塩留さんは下の名前で呼ばないで下さい」
過去に念入りに釘を刺された。要するに俺のことはあまり好きじゃないってわけだ。
「僕一人に力仕事させる気ですか?」
今もこうやってねちねちと嫌味を言ってくる。他のやつには愛想がいいくせに。ただ、確かに後輩一人に仕事をさせるという絵面は、格好が悪いのは否定できない。
「じゃあ、残りは俺が全部運んでおくよ」
水下が持っているもの以外はダンボールの小箱ばかりだし俺一人で十分だろう。ついでに、先輩らしさを更に見せ付けておくか。
「ほら、お前が今持ってるのも寄越せ」
「あっ……」
水下から荷物を受け取ろうとして、つい手に触れてしまったがそんなに呆然とすることは無いだろ……地味に傷つくぞ。やはり、変に気遣う必要は無かったか。本当に可愛げの無いやつだ。もう、いい。とっとと片付けてしまおう。
「塩留さん……」
荷物をバックヤードに運ぼうとしたら、水下が背後から呼び止めてきた。また、嫌味でも言ってくるのか?
「この前のお弁当、どうでした?」
「ああ、相変わらず美味かったよ」
だから、面と向かって不味いとか言えるわけ無いだろ。いや、実際美味かったけど。どういうわけかこいつはしょっちゅう俺に弁当を作ってきてくれるが、毎回感想を聞かれる身にもなって欲しい。
「それじゃあ、俺は在庫整理してくるからしばらくカウンターに立っててくれ」
何もかも面倒くさくなったので、俺は逃げるようにバックヤードへと引っ込んだ。
さてと、そうは言ったものの実はそんなにやる事は無い。商品の在庫はまた別の倉庫に置いてあって、このバックヤードは一時的な荷物置場だ。だが、すぐに店頭に戻る気は起きなかった。疲れた、とにかく疲れた。全ては押入れに突然現れた、あの自称神を抜かすダルメトールとかいうやつが原因だ。
一昨日、つまり休日だが俺はチンパンジーに言葉を教えるように、根気強くダルメトールと話し合いをした。しばらくはこいつを追い出すことが出来ないのなら、せめておとなしくして欲しかったからだ。
一、 冷蔵庫の中身を勝手に漁らない
二、 勝手に出歩かない
三、 好き嫌いをしない
これだけを守らせるのに、どれだけ多くの言葉と時間を費やしただろうか。
「つまりこれは神との契約というわけだな」
満足げに頷くダルメトールの顔は、今思い出しただけでも腹が立ってくる。おかげで俺は自分の飯に加えて、あいつの飯も作らなければならなくなった。
「神に対して供物を捧げるのは当然だろう」
朝食にトーストとゆで卵を用意して、開口一番がこの台詞だった。本当にこいつは神なのではと錯覚しそうになった。
「日が昇り切る頃の供物はこの前のものでいい」
俺の脳内神語翻訳機にかけたところ、昼は漬物でいいと解釈した。望みどおり、大根の浅漬けを用意したが、これはお気に召したらしく大層ご満悦だった。
「これからも研鑽したまえ」
非常に素晴らしい言葉を承ることが出来ました、クソが。
思い出しただけで頭が痛くなってきた。それにそろそろ表に出ないとまた水下が嫌味を言ってくるだろう。機嫌をとるためにジュースでも持っていってやるか。
「おう、お待たせ」
「どれくらい時間かけるんですか?」
初手、水下の嫌味。それに対応して後手の俺、差し入れのジュース。
「悪かったよ、ほら、好きなの選んでいいぞ」
「っ……ありがとうございます」
目を逸らされた。別にいいんですけどね。しかし、時刻もそろそろ昼を回ろうとしているのに相変わらず客は来ない。今日はいつも以上に暇だ。ネットでの注文や発注業務もかかっていないし。今の俺としてはありがたいが、この店、大丈夫か?
「あの、塩留さんって料理するんですか?」
いきなり水下が脈絡の無い質問をしてきた。
「まあ、するぞ。炒めたり、煮たりの簡単なものばかりだけど」
「なら、今度塩留さんの作った料理、食べて見たいかな―って。いつも僕ばかり作ってるんじゃ不公平じゃないですか」
なに言ってるんだこいつ?弁当はお前が勝手に作ってきてるだけだろうが。いや、ありがたいが。大体ただでさえあのダメ神のせいで一人分多く作ってるのに、そんな余裕は無い。
「あー、すまん。俺、今ちょっとやばくてさ。余裕無いんだわ」
流石に今の俺に起きている事を正直に話す気にはなれないので、適当に誤魔化した。
「そんなに困ってるんですか?なら……今度の弁当多めに作ってきます」
そういうわけでは無いんだが、まあ、いいか。
「なにかあったら相談くらい乗りますから」
水下が何か呟いたような気がしたが、気のせいだろう。俺のあくびに掻き消されるくいだし。
「今日も暇だな」
「そうですね」
結局閉店まで俺と水下以外、誰も店内には入ってこなかった。
さっきからあくびが止まらない。店内には客が一人もいないからいいが、それならいっそ居眠りしたいと思ってしまう。バックヤードにでも篭もって、身体を毛布で包んで。いっそのこと、酒でも買ってくるか。
「寝不足ですか、塩留さん」
そんな俺の妄想を掻き消したのは、水下の声だった。相変わらず、男か女か分からない見た目と声をしているので、寝ぼけた頭には刺激が強い。見慣れているはずなのに、性別がどっちか区別が一瞬だけ区別がつかなかった。
「そういう君は元気ですね、龍之介くん」
からかい気味に下の名前で呼んでやると、水下は拗ねたような目で睨んできた。他の同僚から下の名前で呼ばれても特に気にしていない様子だが、俺は例外らしい。
「塩留さんは下の名前で呼ばないで下さい」
過去に念入りに釘を刺された。要するに俺のことはあまり好きじゃないってわけだ。
「僕一人に力仕事させる気ですか?」
今もこうやってねちねちと嫌味を言ってくる。他のやつには愛想がいいくせに。ただ、確かに後輩一人に仕事をさせるという絵面は、格好が悪いのは否定できない。
「じゃあ、残りは俺が全部運んでおくよ」
水下が持っているもの以外はダンボールの小箱ばかりだし俺一人で十分だろう。ついでに、先輩らしさを更に見せ付けておくか。
「ほら、お前が今持ってるのも寄越せ」
「あっ……」
水下から荷物を受け取ろうとして、つい手に触れてしまったがそんなに呆然とすることは無いだろ……地味に傷つくぞ。やはり、変に気遣う必要は無かったか。本当に可愛げの無いやつだ。もう、いい。とっとと片付けてしまおう。
「塩留さん……」
荷物をバックヤードに運ぼうとしたら、水下が背後から呼び止めてきた。また、嫌味でも言ってくるのか?
「この前のお弁当、どうでした?」
「ああ、相変わらず美味かったよ」
だから、面と向かって不味いとか言えるわけ無いだろ。いや、実際美味かったけど。どういうわけかこいつはしょっちゅう俺に弁当を作ってきてくれるが、毎回感想を聞かれる身にもなって欲しい。
「それじゃあ、俺は在庫整理してくるからしばらくカウンターに立っててくれ」
何もかも面倒くさくなったので、俺は逃げるようにバックヤードへと引っ込んだ。
さてと、そうは言ったものの実はそんなにやる事は無い。商品の在庫はまた別の倉庫に置いてあって、このバックヤードは一時的な荷物置場だ。だが、すぐに店頭に戻る気は起きなかった。疲れた、とにかく疲れた。全ては押入れに突然現れた、あの自称神を抜かすダルメトールとかいうやつが原因だ。
一昨日、つまり休日だが俺はチンパンジーに言葉を教えるように、根気強くダルメトールと話し合いをした。しばらくはこいつを追い出すことが出来ないのなら、せめておとなしくして欲しかったからだ。
一、 冷蔵庫の中身を勝手に漁らない
二、 勝手に出歩かない
三、 好き嫌いをしない
これだけを守らせるのに、どれだけ多くの言葉と時間を費やしただろうか。
「つまりこれは神との契約というわけだな」
満足げに頷くダルメトールの顔は、今思い出しただけでも腹が立ってくる。おかげで俺は自分の飯に加えて、あいつの飯も作らなければならなくなった。
「神に対して供物を捧げるのは当然だろう」
朝食にトーストとゆで卵を用意して、開口一番がこの台詞だった。本当にこいつは神なのではと錯覚しそうになった。
「日が昇り切る頃の供物はこの前のものでいい」
俺の脳内神語翻訳機にかけたところ、昼は漬物でいいと解釈した。望みどおり、大根の浅漬けを用意したが、これはお気に召したらしく大層ご満悦だった。
「これからも研鑽したまえ」
非常に素晴らしい言葉を承ることが出来ました、クソが。
思い出しただけで頭が痛くなってきた。それにそろそろ表に出ないとまた水下が嫌味を言ってくるだろう。機嫌をとるためにジュースでも持っていってやるか。
「おう、お待たせ」
「どれくらい時間かけるんですか?」
初手、水下の嫌味。それに対応して後手の俺、差し入れのジュース。
「悪かったよ、ほら、好きなの選んでいいぞ」
「っ……ありがとうございます」
目を逸らされた。別にいいんですけどね。しかし、時刻もそろそろ昼を回ろうとしているのに相変わらず客は来ない。今日はいつも以上に暇だ。ネットでの注文や発注業務もかかっていないし。今の俺としてはありがたいが、この店、大丈夫か?
「あの、塩留さんって料理するんですか?」
いきなり水下が脈絡の無い質問をしてきた。
「まあ、するぞ。炒めたり、煮たりの簡単なものばかりだけど」
「なら、今度塩留さんの作った料理、食べて見たいかな―って。いつも僕ばかり作ってるんじゃ不公平じゃないですか」
なに言ってるんだこいつ?弁当はお前が勝手に作ってきてるだけだろうが。いや、ありがたいが。大体ただでさえあのダメ神のせいで一人分多く作ってるのに、そんな余裕は無い。
「あー、すまん。俺、今ちょっとやばくてさ。余裕無いんだわ」
流石に今の俺に起きている事を正直に話す気にはなれないので、適当に誤魔化した。
「そんなに困ってるんですか?なら……今度の弁当多めに作ってきます」
そういうわけでは無いんだが、まあ、いいか。
「なにかあったら相談くらい乗りますから」
水下が何か呟いたような気がしたが、気のせいだろう。俺のあくびに掻き消されるくいだし。
「今日も暇だな」
「そうですね」
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