見世物小屋少女奇譚

飴盛ガイ

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一幕「雫と滴②」

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 「いえ、私は知られて困るようなことなどは……」

 しどろもどろになりながらも中年男性は必死で平静を装っていた。まさかこんなところで衆目を集めるとは思っていなかったのだろう。気まずそうに視線をあちこちにやっている。その様子を壇上の雫さんは穏やかな表情で見つめていた。そして、隣にいる滴さんに話しかけるような囁き声が会場全体に浸透していった。

 「蕾を開花させるのはいいけど、手入れを怠っては駄目ですよ。熟す前の木に成った果実を、もぎ取っては駄目ですよ。今まで幾つ口に入れてきたのでしょう。二つ、三つ……」

 「あら、実を含めて十二なんて。それに今日も一つ目を付けたみたい」

 吐息のようにすぐ消えるような声でも中年男性には違ったようだった。周りは私も含めて何がなにやらさっぱりだったが、中年男性だけは顔が青ざめていた。

 「ふ、不謹慎な。私に対する侮辱か!!」

 先程までとは打って変わって、中年男性の表情は冷静さを無くし、激昂していた。雫さんと同じくらいに会場内にその声が響き渡る。


 「さてさて、私にはどこがどう侮辱なのか分かりかねます。会場の皆様、誰かわかる方はいらっしゃいますか?」

 とぼけた団長の声に反応するものは誰もいなかった。

 「もし良ければ貴殿から説明していただけますかな。それとも、壇上の双子にもう少し分かりやすく説明をしてもらいましょうかね」

 「私は失礼させてもらう!!」

吐き捨てるように言ったあと、中年男性は席を立ち会場から出て行った。誰もが呆気に取られたけど……誰もが雫さんと滴さんを見る目が変わっていた。いや、誰も壇上に目を合わせようはしなくなった。




 「今回はイマイチだったな」

 今日の興行が終わり、テントを閉めたあと私は団長と一緒に今回の売り上げを集計していた。顎肉を揺らしながらお札を数え、不満気に漏らしている。私の心に嫌なモノが滲んできた。もしかして私の呼び込み不足だったのかも……

 「お前のせいじゃねーよ、気にするな」

 お札と幾許かの小銭を金庫に入れた団長はその場で横たわった。顔をこちらに向けていないのでその表情は分からない。悪かった事があるなら言って欲しいし、反省もする。さっきからずっと畳みの上で正座もしている。お願いします、追い出さないで下さい、私はここに居たいんです。

 「おい」

 「はい!!」

 団長は腰に掲げた袋包みから幾枚かのお札を私の方へ投げた。

 「まだ店もいくらか空いているだろうからこれで遊んでこい。お前なら出歩いたって目立たねーだろ」

 それっきり団長は黙り込んだ。私は畳みに額を擦り付けてそのお金を受け取った。



 けど、出歩く気なんて起きなかった。もし、私がこのテントを出ている間においていかれたらと思うと……そんな不安がよぎってしまう。そんなことは無いとは言い切れないのが嫌だ。そんな不安を紛らわすために私は壇上へと立った。

 組み立て式の簡易な作りの舞台。一歩足を進めるごとに軋む音がする。普段は裏からしか診る事が無いこの場所も、実際に立ってみるとこんなにも違って見えるのかな。

 「香菜ちゃんはどんなモノを見せてくれるのかしら」

 いつの間にか観客席に雫さん達が座っていた。さっきまで誰の気配も感じなかったのに。戸惑う私を余所目に雫さん達は立ち上がりこちらへと歩いてくる。そして、舞台へ上がると穏やかな笑みを浮かべて私をそっと抱きしめた。

 「え?なにを」

 「今日は出歩いちゃ駄目、私達の部屋へ来なさい」

 滴さんのか細い唸り声と共に雫さんの優しい声が耳に入ってくる。私は出歩くなんて出来ないです。そんな怖い事、出来ないです。だから離して下さい。そんなに強く抱きしめないで下さい。痛いです、痛いです!!

 「うぅ、あああああああああああ!!」

 突然の悲鳴に脳が麻痺しそうになった。でも、実際にはそんなに大きな声ではなく私の耳に直接叫ばれたと気がついたのは。滴さんと目が合ったからだった。普段は焦点の合っていない両目はじっとこちらを睨んでいる。涎が垂れっぱなしの口元も今は閉じられていた。

 「今日のお外は怖いから、ね?」

 「それって、どういう意味……」

 私の質問は「音」に掻き消された。

 「私達は死ぬ。三年後に死ぬ。みんな死ぬ。でもお前は生き延びる。卑しく生き延びる。みんなを踏みつけて生き延びる」

 「え?」

 言葉の意味を理解しようとする間もなく「音」は消えた。そして、すぐに雫さんの声が聞こえる。

 「安心して。大丈夫、怖くないから」

 その言葉を聞いて渡しは雫さんの身体を抱きしめ返した。こんな身体の私でもここにいていいんだよね。

 「そうよ、その代わり…で……しい…そして、……ないで」

その「声」は再び「音」に掻き消されて聞こえなかった。


 
 翌日、広場から少し離れたところで少女の惨殺死体が発見された。犯人は不明らしいが、テントに警察が踏み込んできて中を色々と調べられた。団長は縁起が悪いということですぐにこの場所を離れたがっていたが、容疑が完全に晴れるまでは動けなかった。

 暫くは一座が私を置いてどこかに行く事は無いと思う。だから、私は団長から貰ったお金で商店にノートを買いに行った。日記をつけようと思ったからだ。この前、雫さんと滴さんが何を言ったのかは良く分からなかったけど書き記しておくことによって、いつの日か思い出すかもしれないからだ。

 「書くなら、昨日の出来事からかな」


 私は頭の中で筆を走らせた。冒頭は……

一九一九年、八月九日

さあさ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい。親の罪を子が継いで何の因果か生まれるは……
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