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7.夢から醒めて【R18含む】

22.ぬくもり

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 結局、熊野先生から連絡は来なかった。
 なんだか初めから何もなかったような静寂さがあって、それがなおさら私を孤独にした。

 賢太くんに一週間ほど休ませてほしいと伝えたところ、何も聞かずに分かったとだけ言われて、余計に悲しくなる。
 後になって冷静になって考えてみると、賢太くんからしたら「なんだかゴチャゴチャした後の気持ちはゆとりがないだろう」という考えから、良い意味で放っておいた方がいいと判断したに過ぎないと分かっていても、孤独感から「なによ、心配してくれないの」といじけてしまう。

 でもそれだと賢太くんに依存してしまうことになる。

 私は熊野先生との思い出のあるマンションを出たかったので、まずは家探しを始めた。
 億以上はあるであろう豪華なマンションをくれてやると言われてもお断りだ。

「東京の部屋はすごい高いなあ……」

 ため息ばかりが出る。
 狭い部屋でも10万円以上もかかるのだ。
 セキュリティ面も考えると15万円以上のしっかりしたマンションが妥当なところだろう。
「高い……」

 そればかりが口に出る。

 私の給与は手取りで30万ほどだが、女性の平均よりもかなり貰っている方だろう。
 それでなんとか無理して15万円の部屋を借りることにした。

 賃貸契約が決まると、心が少し軽くなった。
 さっさと引っ越しをして、気持ちを整理しよう――そう考えた。
 もともと荷物がそんなになかったので、小さな引っ越し業者に頼んだ。

 時期はずれだったのもあり、すんなりと引っ越しが出来た。怒濤の出来事だったが、いつの間にか心がすっかり軽くなっていることに気付いた時は、「やっぱり」と思った。

 熊野先生と一緒に過ごしていた時も、どこか引っかかっていてモヤモヤしていたのだろう。
 それに気付くのに少し時間がかかったが。

 ――いや、あっちの世界の時からかもしれない。

 はっきりしないモヤモヤを抱えたまま、熊野先生の勢いに押されて関係を持ってしまったが故に、思考停止に陥ってしまったのだ。

 本当に好きだったと思う、熊野先生のこと。
 異性として、本当に魅力的だった。
 セックスも最高に良かったし、相性がいいとも思っていた。

 だけど、精神的な部分は――脆弱だった。
 安心感は偽装だったのかもしれない。
 私が欲しい言葉をすらすらと言ってくれて、それにすがって安心したかったのかもしれない。
 それを、熊野先生は知っていたのだ。
 知っていたからこそ――私をコントロールしようとした。

 セックスという愛の幻想で私を支配するために。
 そして私もセックスで応えなければと、不安になっていたのだろう。

 スーパーの見切り品をダンボール箱の上に並べて食べるご飯は、まあまあいけた。

 いくら考えたって仕方ない。過ぎてしまったことより、これから先のことを考えないといけない。

「まずはどんなインテリアにしようかな」
 憧れだったインテリアにするのもいいかもしれない。
 明日からまた仕事だし、次の週末に家具を探しに出掛けよう、と決めると少し楽しくなってくる。

 ----------------------

「おはよう。大丈夫?」
 職場に着くと、すでに賢太くんが待っていたようで私の姿を認めるとすぐに立ち上がった時に、開口一番の言葉がそれだった。
「うーん、なかなか修羅場だったね」
「そっか。まあ顔を見たら分かるわ。仕事終わったらご飯食べに行こう?」
「うん、ありがとう」
 いつもならここでおちゃらけて「デートだからな」と言ってくるが、今日は言ってこなかった。
 有り難かった。
 おちゃらけられても困るくらい、私は疲弊しきっていることに気付いて、賢太くんの気遣いが改めて絶妙であること、そして人のぬくもりを感じられた。

 ――私は賢太くんにすごくすごく大切にされている。

 そう実感した今、賢太くんに急速に惹かれていっている。
 あっちの世界では、若くてすごくイケメンな賢太くんに惹かれていたけれど、それは表面的なものでしかなかったため、浮気してしまったのだ。

 今は賢太くんの優しさや気遣いを思い出す度に愛おしくなってきて、賢太くんの顔を見ると心臓がうるさく高鳴ってしまう。
 仕事中なのに、なんだか落ち着きがなくて――。

「ほんとに大丈夫?」
「きゃあっ」

 いつの間にか私の机の前に賢太くんが立っていて、屈んで私の顔を覗き込んでいるではないか。
「やっぱぼーっとしているし……眉間に皺寄っちゃってるし」
「いや、それは……」

 賢太くんのことを考えていたから、なんて言えるわけがない。

「んー、この後のオレのスケジュールどうなってる?」
「えっと……特に会食はないけど……通常業務かな」
「ならちょうど良かった。頼める仕事はちょっと部下に頼んどくから、早退しよ? オレが宣子の行きたいところ連れてってあげるから」

 ほらまた。
 そんな優しさがいちいち私の心に突き刺さってくる。

「遠慮すんなって」
 はは、と朗らかな笑みを見せてきた時は、顔中に熱がこもっていくのを感じられた。

「……具合悪い? 顔赤い」
「うん? 違うと思う……多分、更年期障害」
「まだそういう年じゃないと思うけど。うーん熱はなさそう」
 不意に私の額に賢太くんの手が触れた。

「しんどくないんだったら、ドライブ行こう」
「うん……」
「よっし、じゃあ少し待ってて」

 そう言って自分のデスクに戻ってパソコンに向き始めた。
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