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7.夢から醒めて【R18含む】
21.それでも
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それでも私は熊野先生のしたことを許さない。
私はまだ賢太くんがいたから――深く傷つけられずに済んでいる。
けれど熊野先生だけを好きだった女性たちは……絶望するだろう。
信じていた愛が見事に打ち砕かれ、明るい未来を見ることが絶望的に難しいと悟った瞬間に、死を選ばなくても気が狂いそうになるだろう。
彼がそう仕向けたのだから。
そこにおいては許すわけにはいかなかった。
薫子さんも薫子さんだ。
「どうして、彼を止めないんですか?」
「それは……」
「彼に嫌われたくないからでしょう? 熊野さんを非難したら嫌われて――あなたも独りぼっちになるから」
共依存というものだろうか。
「薫子さんはまだ正気をギリギリ保っているのかもしれない。だけど――彼を更生させないとまた被害者が出てきますよ」
「ええ……」
「ねえ? どうやって私の事知ったんですか?」
私の突然の問いかけに薫子さんは少し驚いたが、すぐに口を開いた。
「そうですね。だいぶ分かりやすく証拠を置いていってましたよ。例えば私の見えるところにやりとりをしたものをそのままにして置いたりとか……」
「見つけて欲しかったんですか?」
「さあ、そこまでは」
「私が思うに、あなたに止めて欲しかったんじゃないですか?」
止めて欲しかったというか――ヤキモチを妬いて欲しかったのか?
「薫子さんってものすごく物わかりが良すぎたんじゃないんですか。彼に嫌われまいと平気なふりをして、いつでもどこでも熊野さんを笑顔で出迎えてきたんじゃないんですか」
「仰る通りです」
薫子さんはシュンとうなだれて、肩を落とす。
「怒られたいんじゃないんですか」
「そうでしょうか……」
逆に考えると、あんまり物わかりが良すぎるとかえって愛を疑ってしまう。
どうでも良いと思われているのか――と猜疑心が芽生えてしまうのだろうか。
私の父親も物わかりが良すぎるというより、無関心だからこそ私の言うことになんでも頷いてしまうのだ。
お金が欲しいと言えば、何に使うかも聞かずにほいほいと渡してくる。
そういう感じなのだろう。
「干渉されたいんですよ。熊野さんがこれまでずっと放置されてきたんなら」
----------------------
薫子さんと話し合った結果、私と熊野先生が暮らすマンションに来て貰うことになった。
彼はまだ外出中で夕方には戻るらしい。
勿論、賢太くんにも事情を話して早退させてもらった。
「薫子さん、怖がらないで。熊野さんはあなたから去ることはしないはずですよ。私の元からは去るでしょうけれど」
一気にそう言うと、私は深いため息をついた。
「私ね……、ずるい女なんですよ」
「え?」
「熊野さんともう一人の男性を天秤にかけてましたから……。一度は熊野さんに決めたんですが、彼の態度に引っかかるものがあって――もう一人の男性に揺らいでしまったんですよね、最近」
「無理もないと思います。あの人の瞳の奥を見つめると、寒気がしますから」
「そう――笑顔もなんだかどこか冷たい感じがあって……気のせいだと思い込もうとしたけれど、やっぱり引っかかっちゃって。思いやりとか優しい言葉がどことなく機械的な感じがあって、それが小さな違和感だったんですよね」
「やっぱり、気付いてたんだね」
廊下の方から声がして、私たちは悲鳴をあげた。
完全に気配を消してこのマンションに戻ってきていたのだ。
廊下から笑顔を貼り付けたような表情を浮かべた熊野先生が入ってきた。
「為吾郎」
薫子さんが呼びかけた。
だが、熊野先生は薫子さんの存在などはじめからなかったように無視し、私だけを見つめる。
「やっぱり浮気してたんだね」
「ちょ……薫子さんがいるの、見えてないの?」
「今はその話をしていないよ。宣子、浮気したんだね。天秤にかけてるって言ってたじゃないか――」
恐ろしいほどの冷たい微笑に、私は背筋が凍るのを感じた。
「ダメだよ……他の男によそ見しちゃあ……」
そのまま私を抱き寄せ、私の唇にキスをする。
「仲直りの印に、えっちしよう?」
「何を言ってるの? 薫子さんがいるのよ?」
私が制止しようとしても、それを許してくれなかった。薫子さんが彼の名を呼び続けても、彼には聞こえていなかったのだろうか。
そのままソファに押し倒され、強引にブラウスを引き剥がされた。
「やめてっ!」
無理矢理股を開かされて、侵入されようとした瞬間、ゴンッ、と鈍い音がした。
熊野先生が恐ろしい形相で振り返り、薫子さんの存在を認めた。
「薫子……」
「為吾郎、もうやめて」
薫子さんが震えながら手にしているのはリモコンだった。彼女なりの精一杯の抵抗だったのかもしれない。
「なんで……、なんで私を苦しめるの。私が目の前にいるのに、他の女とするなんて信じられない――」
目から大粒の涙が零れ、嗚咽が口から漏れる。
「なんで、私を抱いてくれないの……。一度も抱いてくれないのはどうして……?」
私はその隙に熊野先生から離れた。
「ねえ? 為吾郎。なんで私を抱いてくれないの? 私はこんなにも為吾郎を愛して、抱かれたいって思ってるのに」
熊野先生はじっと薫子さんを凝らすようにして見つめ、黙り込んでいる。
「私は――あなたしかダメだから……身体はきれいなままなのよ。為吾郎が私を抱いてくれないのなら――私は、もう限界」
薫子さんの振り絞った勇気のある言葉が、熊野先生を動揺させた。
「もう限界なの。疲れた。もう……為吾郎の傍にいられない」
「薫子」
初めて彼女の名を呼んだ。
「為吾郎、さようなら」
薫子さんは涙を拭い、出ていった。
残された熊野先生は玄関のある方を呆然と眺めている。
「何をしてるの? 早く!」
「え……?」
「いい加減に目覚めなさい! 今! ここで追いかけないと本当に大切な人を失うのよ?」
私の言葉に彼はハッとしたようだ。
そうしてよろよろと立ち上がり、出て行った。
一人になり、静寂に包まれていく。
小一時間はソファにうずくまっていただろうか。
心の整理がようやく追いついた途端、私は号泣した。
私はまだ賢太くんがいたから――深く傷つけられずに済んでいる。
けれど熊野先生だけを好きだった女性たちは……絶望するだろう。
信じていた愛が見事に打ち砕かれ、明るい未来を見ることが絶望的に難しいと悟った瞬間に、死を選ばなくても気が狂いそうになるだろう。
彼がそう仕向けたのだから。
そこにおいては許すわけにはいかなかった。
薫子さんも薫子さんだ。
「どうして、彼を止めないんですか?」
「それは……」
「彼に嫌われたくないからでしょう? 熊野さんを非難したら嫌われて――あなたも独りぼっちになるから」
共依存というものだろうか。
「薫子さんはまだ正気をギリギリ保っているのかもしれない。だけど――彼を更生させないとまた被害者が出てきますよ」
「ええ……」
「ねえ? どうやって私の事知ったんですか?」
私の突然の問いかけに薫子さんは少し驚いたが、すぐに口を開いた。
「そうですね。だいぶ分かりやすく証拠を置いていってましたよ。例えば私の見えるところにやりとりをしたものをそのままにして置いたりとか……」
「見つけて欲しかったんですか?」
「さあ、そこまでは」
「私が思うに、あなたに止めて欲しかったんじゃないですか?」
止めて欲しかったというか――ヤキモチを妬いて欲しかったのか?
「薫子さんってものすごく物わかりが良すぎたんじゃないんですか。彼に嫌われまいと平気なふりをして、いつでもどこでも熊野さんを笑顔で出迎えてきたんじゃないんですか」
「仰る通りです」
薫子さんはシュンとうなだれて、肩を落とす。
「怒られたいんじゃないんですか」
「そうでしょうか……」
逆に考えると、あんまり物わかりが良すぎるとかえって愛を疑ってしまう。
どうでも良いと思われているのか――と猜疑心が芽生えてしまうのだろうか。
私の父親も物わかりが良すぎるというより、無関心だからこそ私の言うことになんでも頷いてしまうのだ。
お金が欲しいと言えば、何に使うかも聞かずにほいほいと渡してくる。
そういう感じなのだろう。
「干渉されたいんですよ。熊野さんがこれまでずっと放置されてきたんなら」
----------------------
薫子さんと話し合った結果、私と熊野先生が暮らすマンションに来て貰うことになった。
彼はまだ外出中で夕方には戻るらしい。
勿論、賢太くんにも事情を話して早退させてもらった。
「薫子さん、怖がらないで。熊野さんはあなたから去ることはしないはずですよ。私の元からは去るでしょうけれど」
一気にそう言うと、私は深いため息をついた。
「私ね……、ずるい女なんですよ」
「え?」
「熊野さんともう一人の男性を天秤にかけてましたから……。一度は熊野さんに決めたんですが、彼の態度に引っかかるものがあって――もう一人の男性に揺らいでしまったんですよね、最近」
「無理もないと思います。あの人の瞳の奥を見つめると、寒気がしますから」
「そう――笑顔もなんだかどこか冷たい感じがあって……気のせいだと思い込もうとしたけれど、やっぱり引っかかっちゃって。思いやりとか優しい言葉がどことなく機械的な感じがあって、それが小さな違和感だったんですよね」
「やっぱり、気付いてたんだね」
廊下の方から声がして、私たちは悲鳴をあげた。
完全に気配を消してこのマンションに戻ってきていたのだ。
廊下から笑顔を貼り付けたような表情を浮かべた熊野先生が入ってきた。
「為吾郎」
薫子さんが呼びかけた。
だが、熊野先生は薫子さんの存在などはじめからなかったように無視し、私だけを見つめる。
「やっぱり浮気してたんだね」
「ちょ……薫子さんがいるの、見えてないの?」
「今はその話をしていないよ。宣子、浮気したんだね。天秤にかけてるって言ってたじゃないか――」
恐ろしいほどの冷たい微笑に、私は背筋が凍るのを感じた。
「ダメだよ……他の男によそ見しちゃあ……」
そのまま私を抱き寄せ、私の唇にキスをする。
「仲直りの印に、えっちしよう?」
「何を言ってるの? 薫子さんがいるのよ?」
私が制止しようとしても、それを許してくれなかった。薫子さんが彼の名を呼び続けても、彼には聞こえていなかったのだろうか。
そのままソファに押し倒され、強引にブラウスを引き剥がされた。
「やめてっ!」
無理矢理股を開かされて、侵入されようとした瞬間、ゴンッ、と鈍い音がした。
熊野先生が恐ろしい形相で振り返り、薫子さんの存在を認めた。
「薫子……」
「為吾郎、もうやめて」
薫子さんが震えながら手にしているのはリモコンだった。彼女なりの精一杯の抵抗だったのかもしれない。
「なんで……、なんで私を苦しめるの。私が目の前にいるのに、他の女とするなんて信じられない――」
目から大粒の涙が零れ、嗚咽が口から漏れる。
「なんで、私を抱いてくれないの……。一度も抱いてくれないのはどうして……?」
私はその隙に熊野先生から離れた。
「ねえ? 為吾郎。なんで私を抱いてくれないの? 私はこんなにも為吾郎を愛して、抱かれたいって思ってるのに」
熊野先生はじっと薫子さんを凝らすようにして見つめ、黙り込んでいる。
「私は――あなたしかダメだから……身体はきれいなままなのよ。為吾郎が私を抱いてくれないのなら――私は、もう限界」
薫子さんの振り絞った勇気のある言葉が、熊野先生を動揺させた。
「もう限界なの。疲れた。もう……為吾郎の傍にいられない」
「薫子」
初めて彼女の名を呼んだ。
「為吾郎、さようなら」
薫子さんは涙を拭い、出ていった。
残された熊野先生は玄関のある方を呆然と眺めている。
「何をしてるの? 早く!」
「え……?」
「いい加減に目覚めなさい! 今! ここで追いかけないと本当に大切な人を失うのよ?」
私の言葉に彼はハッとしたようだ。
そうしてよろよろと立ち上がり、出て行った。
一人になり、静寂に包まれていく。
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