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7.夢から醒めて【R18含む】
17.中途半端な自分を殴りたい
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どういうことなのだろう。
あっちの世界で賢太くんとずっと一緒に過ごして、それでも熊野先生が好きだから熊野先生を選んだのに――。
モヤモヤが止まらなくて、賢太くんと熊野先生の顔をまともに見られない。
賢太くんと一緒に仕事をするにつれて、私の心境が変化していくのを薄々感じている。
変わらない、と強く決めたはずなのにこんなにも揺らいでしまっているなんて。
目の前にいる出来事が、私を一層モヤモヤさせてしまうなんて。
賢太くんが大企業との取引で、創業一族の長にえらく気に入られ、だいぶ年下である孫娘を賢太くんの嫁にどうかと熱心に勧めているところである。
二十歳そこらの孫娘を40過ぎたおじさんのところに嫁がせたいほど、魅力的な人物なのだろう――。
賢太くんは困ったように「いえいえ……私には、その」と言葉を濁しながら私の方をちらりと見やったのを見て、相手は「そうか……、それは残念だ」と肩を落としてしまった。
-----------------------
「私を秘書にしたのは――こういうことに利用するためですか?」
タクシーの中で棘のある言い方で賢太くんに投げた。
「……そうだとしたら、何? これも仕事のうちだと割り切ればいいんじゃないの?」
賢太くんもまた棘のある言い方で返してきた。
私はムッとして、「そうですね」とだけ返事をして会話をシャットアウトする。
ああきっとめんどくさい女だと思ってるに違いないだろうな、と窓の外を眺めながら、小さくため息をついた。
「この頃忙しかったし、久しぶりにご飯でもどう? あとドライブも」
「……私の機嫌を取ろうとしてるの?」
「うん」
「私はそんな単純な女じゃないんですけど」
「でも嬉しいんでしょ? 顔がもうにやけそうになってるけど」
そう言われて、私は慌てて顔に手を覆う。
図星だと言わんばかりの振る舞いをしてしまい、後悔した。
「予約入れておくね。久しぶりのデートだし」
「で、デートじゃないです……」
「ああ、そうだったね。うん、友達とご飯、だね」
賢太くんはそう言いながらどこかへ電話をかけた。
話の内容からするとレストランの予約のようだ。
「おっけ、予約取れた。彼氏さんに遅くなるって言っといてよ」
「あ、うん……」
すぐには連絡出来なかったのは、賢太くんが私の手先を見ていたからだ。あまり気分が良くない。
浮気しているような、なんというか――。
「下心があるから、連絡しづらいんじゃないの?」
賢太くんにそう言われて、バッと振り返った。彼は窓際に肘を突き、頬杖をつきながらこちらを見つめていた。
「ただの友達との飲みなら、そこまで躊躇しないはずだろ」
確かに異性の同僚と差しでの飲みでも全く気にしなかった。
けれど賢太くんとだと――どうしても躊躇してしまうのだった。
それを賢太くんは見抜いていたのだ。
きっと、熊野先生も。
賢太くんとの仕事で遅くなったり食事をして帰ってきたりすると、決まって熊野先生は生理以外身体を求めてくる。
いつもよりも激しく、ねっとりと愛してくれる。
私の中を見抜いていて、焦燥感に駆られているのだろうか。
焦って入籍しても結果は同じだ。
それを熊野先生は本質的に分かっているから、入籍を迫らない。
――そういう問題ではないのだ。
「……ごめん、言い過ぎた」
私が言い淀んでいるところを見て、賢太くんが大きく息を吐いて謝罪の言葉を連ねた。
「ひとつ、分かってることは……」
私がようやく口を開いて言葉を紡ぎ始めるところを、賢太くんが「ん?」と優しい声で訊いてきた。
「賢太くんとずっと傍で過ごしたいっていうのはホントだよ。こうやって一緒に過ごしていて……更に強まった感じ」
「うん」
「なんで子どもの時離れちゃったんだろうって後悔してしまうほどよ。賢太くん、ずーっと私のこと見ていてくれてたんだよね?」
「ちょっとストーカーっぽいこともしちゃったけどな」
「え?」
「今から思うとちょっと引いちゃうけど……一回だけ宣子のあとをつけたことがあるんだ」
苦笑いする賢太くんを見て、思わず彼の手を握った。
「家の前でウロウロしていたら……、宣子のおばさんの怒鳴り声が聞こえてきて……大きな物音もしてきて」
まだガキだったから助けたくても助けられなくて、と悲しげに笑った。
「オレもビビりだったから。どうしようどうしようと戸惑っているうちに離れ離れになってしまったしね」
助けてあげられなくてごめん、と小さく呟いて私の手を握り返してきた。
――どうしよう。私は大切なことを見落としてしまったのではないか。
近づいてくる賢太くんの顔に、私は逸らせない。
ちゅっ、と軽い口付けが、私の唇の真横になされた。
「唇はダメでしょ?」
賢太くんがフッ、と笑って、もう一度同じ場所に口付けをした。
唇にして欲しかった、という欲望は無理矢理私の心の奥底にしまい込まなければいけなかった。
一体私はどうしたいんだろう。
自分が中途半端すぎて殴りたい。
あっちの世界で賢太くんとずっと一緒に過ごして、それでも熊野先生が好きだから熊野先生を選んだのに――。
モヤモヤが止まらなくて、賢太くんと熊野先生の顔をまともに見られない。
賢太くんと一緒に仕事をするにつれて、私の心境が変化していくのを薄々感じている。
変わらない、と強く決めたはずなのにこんなにも揺らいでしまっているなんて。
目の前にいる出来事が、私を一層モヤモヤさせてしまうなんて。
賢太くんが大企業との取引で、創業一族の長にえらく気に入られ、だいぶ年下である孫娘を賢太くんの嫁にどうかと熱心に勧めているところである。
二十歳そこらの孫娘を40過ぎたおじさんのところに嫁がせたいほど、魅力的な人物なのだろう――。
賢太くんは困ったように「いえいえ……私には、その」と言葉を濁しながら私の方をちらりと見やったのを見て、相手は「そうか……、それは残念だ」と肩を落としてしまった。
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「私を秘書にしたのは――こういうことに利用するためですか?」
タクシーの中で棘のある言い方で賢太くんに投げた。
「……そうだとしたら、何? これも仕事のうちだと割り切ればいいんじゃないの?」
賢太くんもまた棘のある言い方で返してきた。
私はムッとして、「そうですね」とだけ返事をして会話をシャットアウトする。
ああきっとめんどくさい女だと思ってるに違いないだろうな、と窓の外を眺めながら、小さくため息をついた。
「この頃忙しかったし、久しぶりにご飯でもどう? あとドライブも」
「……私の機嫌を取ろうとしてるの?」
「うん」
「私はそんな単純な女じゃないんですけど」
「でも嬉しいんでしょ? 顔がもうにやけそうになってるけど」
そう言われて、私は慌てて顔に手を覆う。
図星だと言わんばかりの振る舞いをしてしまい、後悔した。
「予約入れておくね。久しぶりのデートだし」
「で、デートじゃないです……」
「ああ、そうだったね。うん、友達とご飯、だね」
賢太くんはそう言いながらどこかへ電話をかけた。
話の内容からするとレストランの予約のようだ。
「おっけ、予約取れた。彼氏さんに遅くなるって言っといてよ」
「あ、うん……」
すぐには連絡出来なかったのは、賢太くんが私の手先を見ていたからだ。あまり気分が良くない。
浮気しているような、なんというか――。
「下心があるから、連絡しづらいんじゃないの?」
賢太くんにそう言われて、バッと振り返った。彼は窓際に肘を突き、頬杖をつきながらこちらを見つめていた。
「ただの友達との飲みなら、そこまで躊躇しないはずだろ」
確かに異性の同僚と差しでの飲みでも全く気にしなかった。
けれど賢太くんとだと――どうしても躊躇してしまうのだった。
それを賢太くんは見抜いていたのだ。
きっと、熊野先生も。
賢太くんとの仕事で遅くなったり食事をして帰ってきたりすると、決まって熊野先生は生理以外身体を求めてくる。
いつもよりも激しく、ねっとりと愛してくれる。
私の中を見抜いていて、焦燥感に駆られているのだろうか。
焦って入籍しても結果は同じだ。
それを熊野先生は本質的に分かっているから、入籍を迫らない。
――そういう問題ではないのだ。
「……ごめん、言い過ぎた」
私が言い淀んでいるところを見て、賢太くんが大きく息を吐いて謝罪の言葉を連ねた。
「ひとつ、分かってることは……」
私がようやく口を開いて言葉を紡ぎ始めるところを、賢太くんが「ん?」と優しい声で訊いてきた。
「賢太くんとずっと傍で過ごしたいっていうのはホントだよ。こうやって一緒に過ごしていて……更に強まった感じ」
「うん」
「なんで子どもの時離れちゃったんだろうって後悔してしまうほどよ。賢太くん、ずーっと私のこと見ていてくれてたんだよね?」
「ちょっとストーカーっぽいこともしちゃったけどな」
「え?」
「今から思うとちょっと引いちゃうけど……一回だけ宣子のあとをつけたことがあるんだ」
苦笑いする賢太くんを見て、思わず彼の手を握った。
「家の前でウロウロしていたら……、宣子のおばさんの怒鳴り声が聞こえてきて……大きな物音もしてきて」
まだガキだったから助けたくても助けられなくて、と悲しげに笑った。
「オレもビビりだったから。どうしようどうしようと戸惑っているうちに離れ離れになってしまったしね」
助けてあげられなくてごめん、と小さく呟いて私の手を握り返してきた。
――どうしよう。私は大切なことを見落としてしまったのではないか。
近づいてくる賢太くんの顔に、私は逸らせない。
ちゅっ、と軽い口付けが、私の唇の真横になされた。
「唇はダメでしょ?」
賢太くんがフッ、と笑って、もう一度同じ場所に口付けをした。
唇にして欲しかった、という欲望は無理矢理私の心の奥底にしまい込まなければいけなかった。
一体私はどうしたいんだろう。
自分が中途半端すぎて殴りたい。
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