上 下
76 / 103
7.夢から醒めて【R18含む】

1.Re. start

しおりを挟む
 次に覚醒したのは、見慣れぬ天井が見えた。

「ん……」
「あ! 目覚めました! 先生呼んできますね」

 ぱたぱたと部屋を出て行く白衣の女性が見えた。
 恐らくここは病院。

「私……、生きてたんだ?」

 何となく予感がしていた。熊野先生が買い物から帰ってきた瞬間、急にこの世界に違和感を覚え始めたからだ。

 バタバタと駆けてきた中年の男性医師が、「おお、顔色は大丈夫そうですね」と笑みをこぼす。

「あなた、死にかけてたんですよ。なんでも酔っ払った勢いでアパートの前に出てそのまま眠りこけてたとか――」

 そんな失態を犯していたのか。

「す、すみません……」
「全く、お酒は程々にしてくださいよ? お母様もお呼びしてますから」

 ――なに、母が来るだと……。
 勘弁してほしい、と天井を仰いで唸る。

 案の定、母が来るや否や嫌味たっぷりシャワーを私に浴びせた。

「家に戻ってきなさい。独りじゃろくな事しないんだから」

 前の私なら素直に従ったかもしれない。けれど、今の私は違うのだ。
「お母さん、ごめんなさい。心配かけたのは悪かったと思う。けど私は戻らない。今のアパートで頑張るから。いい加減仕事も探さないとね」

 前とは違うハキハキとした物言いに母は驚いたのか、目を丸くして言葉を詰まらせていた。

「ちゃんと自炊もするから」
「……好きにしなさい」

 母が帰った後、私は深くため息をついた。
 帰ってきたんだ。
 そんな感覚が嬉しくなった。

 学歴がないろくでもない私だが、ちゃんと私の人生に戻って来られたのだ。
 この安堵感が、何とも言えない。

 過去はダメだったとしても、未来は良くすればいいのだ。

「よしっ……頑張ろう……」

 こちらの世界にいる熊野先生に会いたい。
 百合子ちゃんとも友達になれたらいいな。

 賢太くんは……うん、出来れば友達に戻りたい……。

 みんなに会うためにも、私が変わらなければ。

「まずはダイエットと仕事探しね」
 不摂生でぶくぶくと醜く太った脂肪だらけの身体。
 でも大丈夫。私はポテンシャルあるから。そう信じて、コツコツと努力すればいい。

 退院した後にやったことは食事の見直しだ。
 幸い貯金がまだ残っていたので、それを切り崩しつつやりくりをする。
 いきなりハードな運動をするのではなく、気軽な散歩から始めた。

 仕事も出来るだけ身体を動かせるようなものだとながら運動出来るので、スーパーのバイトを始めた。
 意外に重労働で、動き回るからちょうど良かった。
 それに余り物も貰えるし。

 少しずつ社会が私を認識するようになり、これまでにない充足感を得る。

 ――ちゃんと。ちゃんと私は役に立っているんだ。

 もとが太っていただけに、一ヶ月後にはかなり体重が落ちていたようだ。
 少しお腹周りがすっきりし始めて、さらにやる気が出てくる。
 少し駆け足で回ってみようか。

 そんな小さなトライから、随分と速く走れるようになるまでに時間はかからなかった。
 汗を流した後の爽快感が病みつきになって、どんどん走っていく。

 心肺も筋力もついて、私は40歳でも美しく引き締まることを実感出来た。

 ここでもうすでに半年は経過していた。
 そろそろちゃんと仕事しようと考えて、求職する。
 確かに40歳は厳しかったが、なくはない。
 たまたま経理の事務で空きがあったので、非正規だが入社することが出来たのは幸いだった。

 大阪にある結構大きな会社だったので、給与も悪くない。
 本社は東京らしい。

「初めまして、会田と申します。年は上ですが、色々ご指導ください。宜しくお願い致します」
 経理チームに入り、若い子たちに混じって働くことになった。
 けれど若い人たちは意外にも年を気にすることなく、私にフランクに接してくれたおかげで、すごく働きやすい。

 娘や息子と働いているようで楽しい。

 フルタイムで働き始めるとやっぱり時間的に運動が厳しかったので、駅前のジムに入会してトレッドミルで走り続けることにした。

 働き始めて半年後、すっかり私は学生の時のようなスリムに戻っていた。
 そうなると、今度はおしゃれもしたくなって、メイクもしたくなってくる。

 新品のデパコス口紅を唇に塗ってバシッと決めた自分の顔をまじまじと見て、「やれば出来るじゃん」と自分を褒めた。

 自分のためだけど、やっぱり――近い未来に会いに行く熊野先生の前では綺麗でいたかったからだ。

 こっそりと熊野先生をネットで検索すると、最近の写真が出てきたのだ。
 やっぱり熊野先生は直木賞を若い時に受賞しており、人気作家になっていた。
 大学教授にもなっていて、若い時と変わらぬ姿をしている。

 さぞモテるだろう。
 ちょっぴり心配にもなるが、熊野先生に妻がいてもいい。
 不倫はしないが、話をするぐらいで満足だと思う。
 この世界で熊野先生が幸せならそれでいいのだ。

 あっちの世界で十分すぎるくらい熊野先生に幸せにしてもらったのだから。

 そう考えると、涙がこみ上げてきてせっかくのアイメイクが崩れてしまった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

初恋と花蜜マゼンダ

麻田
BL
 僕には、何よりも大切で、大好きな彼がいた。  お互いを運命の番だと、出会った時から思っていた。  それなのに、なんで、彼がこんなにも遠くにいるんだろう。  もう、彼の瞳は、僕を映さない。  彼の微笑みは、見ることができない。  それでも、僕は、卑しくも、まだ彼を求めていた。  結ばれない糸なのに、僕はずっと、その片方を握りしめたまま、動き出せずにいた。  あの、美しいつつじでの誓いを、忘れられずにいた。  甘い花蜜をつけた、誓いのキスを、忘れられずにいた。 ◇◇◇  傍若無人の生粋のアルファである生徒会長と、「氷の花」と影で呼ばれている表情の乏しい未完全なオメガの話。  オメガバース独自解釈が入ります。固定攻め以外との絡みもあります。なんでも大丈夫な方、ぜひお楽しみいただければ幸いです。 九条 聖(くじょう・ひじり) 西園寺 咲弥(さいおんじ・さくや) 夢木 美久(ゆめぎ・みく) 北条 柊(ほうじょう・しゅう) ◇◇◇  ご感想やいいね、ブックマークなど、ありがとうございます。大変励みになります。

聖なる二人のトリステス ~月明りの夜、君と~

榊原 梦子
ファンタジー
メルバーンの国で、魔法使いの家系に生まれた少女・シュザンヌ。彼女には、生まれつき、「トリステス」という魔法使いにのみ現れる短命の呪いがあった。17歳になった彼女は、22歳のハンスと、婚約するが、シュザンヌはそう長くは生きられないことは分かっていた。 そこで、シュザンヌとハンス、そしてシュザンヌの従兄でエリート魔法使いのクロード、ノエリア(シュザンヌの親友)、そしてカルロスというエルフと一緒に、一行はトリステスを治すための旅に出る。 やがて、一行は、作戦通り、「シュザンヌとクロードとノエリア」組と、「カルロスとハンス」組に分かれ、のちに旅の最後で合流する。 途中、実は禁術から生み出されたトリステスの力を利用しようとする、冥王ハデスの使い・メフィストフェレスなどがやってきたり、刺客の悪魔と戦ったりする。ユニコーンや、ドラゴンの力も借りる。 最後、クロードはエルフのカルロスから王笏座の加護を得、死霊の国で、メフィストフェレスと一騎打ちし、倒す。 最終的に、シュザンヌはエルフの血をわずかながらひいていたことが判明し、エルフ化によって、トリステスを良性のトリステスにしてもらい、彼女とハンスは、エルフとなってイブハールの国で永遠に結ばれる。 二人の幸せを見届け、クロードたちはイブハールを去る。 (「アデュー・トリステス」で語られる)

ゾンビパウダー

ろぶすた
ファンタジー
【第一部】  研究員である東雲は死別により参ってしまった人達の精神的な療養のために常世から幽世に一時的に臨死体験を行える新薬【ゾンビパウダー】の開発を行なった。  東雲達は幽世の世界を旅するがさまざまな問題に直面していく。  神々の思惑が蠢くこの世界、東雲達はどう切り抜けていくのか。 【第二部】  東雲が考えていた本来のその目的とは別の目的で【ゾンビパウダー】は利用され始め、常世と幽世の双方の思惑が動き出し、神々の陰謀に巻き込まれていく…。 ※一部のみカクヨムにも投稿

なにがなにやら?

きりか
BL
オメガバースで、絶対的存在は、アルファでなく、オメガだと俺は思うんだ。 それにひきかえ俺は、ベータのなかでも、モブのなかのキングモブ!名前も鈴木次郎って、モブ感満載さ! ところでオメガのなかでも、スーパーオメガな蜜貴様がなぜに俺の前に? な、なにがなにやら? 誰か!教えてくれっ?

魔王様とスローライフ

二ノ宮明季
ファンタジー
 魔王城を勇者に明け渡した魔王のサイラス(胃腸が丈夫)とドラゴンのレイラ(擬人化)は、山の中でスローライフを送っている。  世界には瘴気が蔓延り、食糧難が続いている中で、魔王たちは美味しく食事をする方法――すなわち、燻製と発酵を編み出し、食事を楽しむ。  その食事は、よく遊びに来る、転生者の勇者ランドルフにとっては、懐かしい日本で食べたことのある味ばかりだった!  魔物を狩って燻製をするスローライフと、料理に対する勇者のグルメ漫画ばりの食レポのコメディ(?)小説です。  (※魔物を狩るシーンや、肉をさばくシーンがあるため、念のためR15を設定しています)  小説家になろうにも同様の作品を掲載しております。  表紙は私、二ノ宮明季が描いております。

さみだれの初恋が晴れるまで

める太
BL
出会う前に戻りたい。出会わなければ、こんな苦しさも切なさも味わうことはなかった。恋なんて、知らずにいられたのに。 幼馴染を庇護する美貌のアルファ×ベータ体質の健気なオメガ 浅葱伊織はオメガだが、生まれつきフェロモンが弱い体質である。そのお陰で、伊織は限りなくベータに近い生活を送ることができている。しかし、高校二年生の春、早月環という美貌の同級生と出会う。環は伊織がオメガであると初めて"嗅ぎ分けた"アルファであった。 伊織はいつしか環に恋心を寄せるようになるが、環には可憐なオメガの幼馴染がいた。幾度も傷付きながらも、伊織は想いを諦めきることができないまま、長雨のような恋をしている。 互いに惹かれ合いつつもすれ違う二人が、結ばれるまでのお話。 4/20 後日談として「さみだれの初恋が晴れるまで-AFTER-」を投稿しました ※一言でも感想等頂ければ嬉しいです、励みになります ※タイトル表記にて、R-15表現は「*」R-18表現は「※」 ※オメガバースには独自解釈による設定あり ※高校生編、大学生編、社会人編の三部構成になります ※表紙はオンライン画像出力サービス「同人誌表紙メーカー」https://dojin-support.net/ で作成しております ※別サイトでも連載中の作品になります

魔法の盟約~深愛なるつがいに愛されて~

南方まいこ
BL
西の大陸は魔法使いだけが住むことを許された魔法大陸であり、王国ベルヴィルを中心とした五属性によって成り立っていた。 風魔法の使い手であるイリラノス家では、男でも子が宿せる受巣(じゅそう)持ちが稀に生まれることがあり、その場合、王家との長きに渡る盟約で国王陛下の側妻として王宮入りが義務付けられていた。 ただ、子が生める体とはいえ、滅多に受胎すことはなく、歴代の祖先の中でも片手で数える程度しか記録が無かった。 しかも、受巣持ちは体内に魔力が封印されており、子を生まない限り魔法を唱えても発動せず、当人にしてみれば厄介な物だった。 数百年ぶりに生まれた受巣持ちのリュシアは、陛下への贈り物として大切に育てられ、ようやく側妻として宮入りをする時がやって来たが、宮入前に王妃の専属侍女に『懐妊』、つまり妊娠することだけは避けて欲しいと念を押されてしまう。 元々、滅多なことがない限り妊娠は難しいと聞かされているだけに、リュシアも大丈夫だと安心していた。けれど――。

僕はあなたに捨てられる日が来ることを知っていながらそれでもあなたに恋してた

いちみやりょう
BL
▲ オメガバース の設定をお借りしている & おそらく勝手に付け足したかもしれない設定もあるかも 設定書くの難しすぎたのでオメガバース知ってる方は1話目は流し読み推奨です▲ 捨てられたΩの末路は悲惨だ。 Ωはαに捨てられないように必死に生きなきゃいけない。 僕が結婚する相手には好きな人がいる。僕のことが気に食わない彼を、それでも僕は愛してる。 いつか捨てられるその日が来るまでは、そばに居てもいいですか。

処理中です...