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6.大学時代【R18含む】

22.フィールドワークで

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 フィールドワークで熊野先生と二人きりというのは、誰にも言っていない。
 もちろん、熊野先生も誰にも言っていない、と話していた。

「内緒だよ」
 飛行機の指定座席に座ってしばらくした後に、熊野先生がぼそっと呟いた。

「このことはみんなに内緒。誤解されるからね」
「だったらもう一人連れてくれば良かったんじゃないですか?」
 その気もないくせに、何を言っているんだか、と私は呆れ顔で隣に座っている先生に突っ込んだ。

「そうだけど、どうしても宣子ちゃんが良かったんだ」
 なんでそんな思わせぶりなことをすらすらと言えるんですかね。

「私だから良かったんですけど……、そんなことを言っていたら、本当に勘違いしますよ?」
「大丈夫、宣子ちゃんにしか言わないから。こういうこと」
 ははっ、と軽快に笑う熊野先生が憎らしくて、しばし睨みつける。

「怖いよ、宣子ちゃん……。せっかくの旅行だし、楽しもうよ」
「旅行じゃありません。仕事です」
「まあね。取材費は出版社持ちだから、豪華にいこう。高級ホテルも予約してあるから、楽しみにしてて」
「ええっ、同じ部屋じゃないですよね?」
「大丈夫。襲わないから」
 その自信はどこから来るんだろう。私に性的な魅力が全くないから安心しきっているのだろうか?

「やっぱり心配ですね。先生と生徒でも、男と女ですし……」
「まあ、大丈夫でしょう。それどころじゃないだろうし。ほら、資料を調べたり、取材でまとめたりすることに忙しいと思うし」
 なんだか先生、そうなりたいのかなりたくないのか曖昧なことしか言わないなあ。

 私たちが向かったのは屋久島だった。
 これは確かに知り合いに遭遇する確率はすごく低そうだ。
 先生は空港でレンタカーを借りて、海沿いを走っていく。

 東京の海とは違う美しさに、私は感嘆の声を上げた。

「うわあ、綺麗! 先生、見て!」
「良かった、喜んでもらえて」

 ウミガメが産卵する場所もあるそうだ。ちょっと見てみたいな、と言うと連れていってもらえるそうだ。
 まるで観光に来ただけのような感じに、私は心が躍る。

「先にチェックインするね、ホテルに」
「はーい」

 熊野先生が予約したのはサンカラという高級リゾートホテルだった。
 それもスイートルームで、広々としたオーシャンビューの部屋だった。

「先生、ここで寝るんですか?」
 ダブルベッド――セミダブルベッドを二つくっつけた状態のベッドに腰掛けた私は、ちょっと妄想してしまった。

「変な想像したでしょ。大丈夫、僕はソファで寝るから」
「もう、先生のエッチ! そんなこと考えてないですよ!」

 古くさいやりとりだったが、それも一興だった。
 熊野先生もまんざらでもなく、私とのやりとりを楽しんでいるようだ。

「ここで二泊三日、宜しくね~」
「はい。それにしてもよく取れましたね、GWの最初の方なのに」
「ま~コネね」
「先生、いつもここで泊まってるんじゃないんですか? 毎年」
 そう思えたのは、チェックインの時にホテルマンが「今年もお越し下さり嬉しいです」と歓迎の言葉を口にしていたからだ。
「あ~まあね。いつもはGWじゃないんだけど」

 それにしても疑問が残る。
 毎年泊まりにくるのなら、フィールドワークはすでに色々やり尽くしているのではないのか?
 一人で行動しているのであれば、いくらでも時間はあるだろう。

「プライベートで、ですよね?」
「そうだよ~」
「ふうん……」
「ま、リフレッシュも兼ねてってことで」

 そういえば熊野先生の実家のことも知らないな……。
 Wikipediaには受賞歴、過去作品くらいしか掲載されておらず、プライベートは一切明かされていない。
 顔写真もない。

「先生って、ミステリアスですよね。だからなのかな、知りたいっていう欲求がすごいのは」
「僕のこと、そんなに知りたいの?」

 いつもニコニコ顔でいる先生の心の動きを知りたいのに、読めない。
 ピタッと笑顔の仮面を貼り付けたような感じがしなくもない。

「先生……どうして私をここに連れてきたんですか?」
 私の問いに、熊野先生は困ったような笑みを浮かべたまま何も喋らない。

「質問を変えますね」
「うん」
「奥さんをここに連れてきたことがあるんですか?」

 意表を突く質問でもなかったようで、熊野先生は驚きもせずに即答する。
「いや。君が初めて」
「そうですか」
「納得した?」
「はい」

 熊野先生の気持ちははっきりとは分からない。彼の口から語られていないものはすべて憶測でしかない。
 だけど――ここに連れてきたのは、私だけ。

 それだけで十分だった。

「仕事、頑張りましょうね」

 私がようやく落ち着いた雰囲気を見せたので、熊野先生はホッとして「そうだね」と安心しきった笑顔を私に向けた。
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