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6.大学時代【R18含む】
16.どうして来ないの?
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なんとなく自分のやっていることが後ろめたく感じてしまい、研究会へは足が遠のいてしまっていた。
いや、正確には熊野先生を避けている――と言っても過言ではない。
びしっと断った熊野先生は格好良かったし、ますます好きになってしまった。
だが同時に自分に言われているような気がして、後ろめたさを感じてしまうのだ。
研究会のメンバーとして乗っかり、熊野先生との二人きりの時間を邪な気持ちで過ごしている――。
それが罪だと問われているような気がして、研究会に何度も行こうとしても気持ちがなかなか割り切れないでいた。
「どうして来ないの?」
後ろから声を掛けられて、ビックリして振り返るとそこには熊野先生がニコニコ顔で数冊の本を抱えながら歩いてくるではないか。
「いや、講義終わったから戻ろうとしたら宣子ちゃんがいたから――」
遠くから見たらニコニコ顔だったが、私の目の前に立った熊野先生が悲しげな笑みを浮かべていることに気付く。
「もう二週間も来てくれてないよね」
「あ……レポートとか忙しくて……」
「何か、した? 僕」
まるで恋人の会話のよう、なんて自惚れる自分が愚かなのだ。
先生は本当に純粋に困っていて、たてなかさんに厳しく言って断っただけの話なのだ。
私が勝手に思い上がって気まずくしているだけ。
「ごめんなさい……」
「いいよ、宣子ちゃんにも都合があるしね。研究会は絶対参加じゃないし。谷萩くんだってもう来なくなったし……」
久しぶりに聞くその名前。
春にランチデートに誘われ、何となく拒否してしまった谷萩先輩のことを。
あれから彼は顔を出さなくなった。
「宣子ちゃんが罪悪感を持つ必要はないよ。谷萩くんもそこまで熱心じゃなかったから」
「そうですか」
「でも宣子ちゃんまでもが来なくなるのはさすがに寂しい。12月に入ったし、忘年会もやるからそれだけは絶対来て欲しい」
「あ、はい……」
忘年会なら二人きりになることはないから大丈夫だろう。
私は快諾して、日にちと時間を聞いておいた。
そこで別れようとしたが、熊野先生に引き止められた。
「あと……また手伝って欲しいかな。資料集めや作成を」
「先生……、先生は普通にお願いしているんですよね?」
私の意味ありげな問いかけをどう思ったのか、私の顔をまじまじと見つめる。
私は今まで熊野先生の小説の資料集めや作成を手伝っていたのだ。その際に必然的に二人きりになることがほとんどだったのだ。
それが私を思い上がらせたのかもしれない。
私は特別な立場なのだ、と。
「うーん……それは言わないでおくっていう選択肢はない?」
「それは、先生がどういう気持ちで私に手伝いをお願いしていることに対してですか?」
「うん。出来ればね」
「分かりました」
今の関係性が壊れるのが嫌だという意味なのだろう。
先生にとって私はただの生徒である。
でも生徒である私はよからぬ感情を抱いており、先生はそれを見抜いている。
だけど――はっきり先生と生徒であることを明確にしてしまうと、私の居場所がなくなってしまうのではないか。
それを危惧しているのだろう。
先生なりの気遣いなのだろうか――。
熊野先生と別れてから、溢れ出る感情が爆発して、人気のない廊下に駆け込んで静かに泣いた。
こんなにも好きだったのか、先生を。
「何泣いてんだよ」
今日は本当に後ろから男に声を掛けられるな、と私は疲れた顔で振り返る。
「うわ、ひでえ顔」
木内さんだった。
「いや、会田さんと先生が話しているところ見かけたから……でもなんか変な空気だったし、君が心配で追いかけたら案の定泣くし」
「すみません」
「先生が好きなんだろ」
「やっぱり分かりますか?」
「いや、多分気付いているのはオレと先生だけだから」
「やっぱり先生も気付いてたんですね……」
「そりゃああんなに艶っぽい目で見ちゃあね」
木内さんがはは、と乾いた笑いをするものだから、急に恥ずかしくなって目をそらした。
「まあ、今は難しくてもいつかは関係性が変わるんだから、そんなに絶望することないと思うぜ」
「それは慰めてるんですか?」
「一応な」
「それは……ありがとうございます」
本当に良い人だな、とつくづく思う。
「木内さん……本当に優しいですね。人のことをよく見てますし……」
「兄弟の真ん中だからな」
「それは大変でしたね。木内さんも自由に生きてくださいね」
「じゃあさ」
木内さんが急に真面目な顔をして、私をじっと見つめる。
「オレと付き合うっていうのはありか?」
「へ?」
予想だにしなかった展開が唐突にやってきた。
いや、正確には熊野先生を避けている――と言っても過言ではない。
びしっと断った熊野先生は格好良かったし、ますます好きになってしまった。
だが同時に自分に言われているような気がして、後ろめたさを感じてしまうのだ。
研究会のメンバーとして乗っかり、熊野先生との二人きりの時間を邪な気持ちで過ごしている――。
それが罪だと問われているような気がして、研究会に何度も行こうとしても気持ちがなかなか割り切れないでいた。
「どうして来ないの?」
後ろから声を掛けられて、ビックリして振り返るとそこには熊野先生がニコニコ顔で数冊の本を抱えながら歩いてくるではないか。
「いや、講義終わったから戻ろうとしたら宣子ちゃんがいたから――」
遠くから見たらニコニコ顔だったが、私の目の前に立った熊野先生が悲しげな笑みを浮かべていることに気付く。
「もう二週間も来てくれてないよね」
「あ……レポートとか忙しくて……」
「何か、した? 僕」
まるで恋人の会話のよう、なんて自惚れる自分が愚かなのだ。
先生は本当に純粋に困っていて、たてなかさんに厳しく言って断っただけの話なのだ。
私が勝手に思い上がって気まずくしているだけ。
「ごめんなさい……」
「いいよ、宣子ちゃんにも都合があるしね。研究会は絶対参加じゃないし。谷萩くんだってもう来なくなったし……」
久しぶりに聞くその名前。
春にランチデートに誘われ、何となく拒否してしまった谷萩先輩のことを。
あれから彼は顔を出さなくなった。
「宣子ちゃんが罪悪感を持つ必要はないよ。谷萩くんもそこまで熱心じゃなかったから」
「そうですか」
「でも宣子ちゃんまでもが来なくなるのはさすがに寂しい。12月に入ったし、忘年会もやるからそれだけは絶対来て欲しい」
「あ、はい……」
忘年会なら二人きりになることはないから大丈夫だろう。
私は快諾して、日にちと時間を聞いておいた。
そこで別れようとしたが、熊野先生に引き止められた。
「あと……また手伝って欲しいかな。資料集めや作成を」
「先生……、先生は普通にお願いしているんですよね?」
私の意味ありげな問いかけをどう思ったのか、私の顔をまじまじと見つめる。
私は今まで熊野先生の小説の資料集めや作成を手伝っていたのだ。その際に必然的に二人きりになることがほとんどだったのだ。
それが私を思い上がらせたのかもしれない。
私は特別な立場なのだ、と。
「うーん……それは言わないでおくっていう選択肢はない?」
「それは、先生がどういう気持ちで私に手伝いをお願いしていることに対してですか?」
「うん。出来ればね」
「分かりました」
今の関係性が壊れるのが嫌だという意味なのだろう。
先生にとって私はただの生徒である。
でも生徒である私はよからぬ感情を抱いており、先生はそれを見抜いている。
だけど――はっきり先生と生徒であることを明確にしてしまうと、私の居場所がなくなってしまうのではないか。
それを危惧しているのだろう。
先生なりの気遣いなのだろうか――。
熊野先生と別れてから、溢れ出る感情が爆発して、人気のない廊下に駆け込んで静かに泣いた。
こんなにも好きだったのか、先生を。
「何泣いてんだよ」
今日は本当に後ろから男に声を掛けられるな、と私は疲れた顔で振り返る。
「うわ、ひでえ顔」
木内さんだった。
「いや、会田さんと先生が話しているところ見かけたから……でもなんか変な空気だったし、君が心配で追いかけたら案の定泣くし」
「すみません」
「先生が好きなんだろ」
「やっぱり分かりますか?」
「いや、多分気付いているのはオレと先生だけだから」
「やっぱり先生も気付いてたんですね……」
「そりゃああんなに艶っぽい目で見ちゃあね」
木内さんがはは、と乾いた笑いをするものだから、急に恥ずかしくなって目をそらした。
「まあ、今は難しくてもいつかは関係性が変わるんだから、そんなに絶望することないと思うぜ」
「それは慰めてるんですか?」
「一応な」
「それは……ありがとうございます」
本当に良い人だな、とつくづく思う。
「木内さん……本当に優しいですね。人のことをよく見てますし……」
「兄弟の真ん中だからな」
「それは大変でしたね。木内さんも自由に生きてくださいね」
「じゃあさ」
木内さんが急に真面目な顔をして、私をじっと見つめる。
「オレと付き合うっていうのはありか?」
「へ?」
予想だにしなかった展開が唐突にやってきた。
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