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6.大学時代【R18含む】

15.困った熊野先生

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 いよいよ本格的に困ったことになってしまった。

 たてなかさんがランチにいくら誘っても来てくれない熊野先生に、直接ご飯を作って届けるようになってしまった。
 重箱を持ってきて、生徒達も巻き込んで一緒に食べようと画策し始めたのだ。

 菊池先輩たちも「嬉しいけど迷惑、空気を読めよ」的な表情を浮かべている。

 当の本人はピュアなのか、まっすぐに自分の好意を相手に伝わり、喜んで受け取っていると思っているようだ。
 弁当を食べずに「要りません」と言えればどれだけ楽か分かるが、傷つけてしまうことを想像してしまい、誰も言えないでいる。
 そんな優しさが時に仇となり、彼らが非常に困っている状況に陥ってしまったのだ。

 たてなかさんは私の存在が疎ましいのか、私にだけ結構態度が雑だ。

 男には優しく、女には冷たくする典型的なぶりっ子なのかな……。

 だがそれもつかの間、その状況に慣れきってしまった先輩たちはランチを楽しみにすらするようになってしまっていた。

「今日は何が出るのかな~」
「昨日のハンバーグうまかったな~」

 さすが、男の胃袋を掴むというのはこういうことか、と私は苦笑いをした。
 確かに食費も浮くしね、と菊池先輩が言ったところで、例のたてなかさんがやってきた。

「はあい、みなさんお待たせしました! 今日は煮魚ですよ~」
「「おおっ」」

 するとドアが開かれ、熊野先生が困ったような笑みを浮かべながらたてなかさんに話し掛けた。

「今日もありがとうございます。だけど……今日で最後にしてもらえませんかね」
「えっ、なんでですかぁ? みなさん喜んでますけど……」
「いや、確かに今は喜んでますけど……。あなただってお給料高くないでしょう? 毎日こんなに作って食費がかさみませんか?」
「いえいえ、大丈夫です、私、実家暮らしなんで」
「そういう問題じゃないんですよ」

 熊野先生は何げに怖いんだよな、と私はちらっと熊野先生の顔を覗き見る。
 ニコニコと笑ったまま口調がきつくなり、言葉にトゲが生え始めるからだ。

「すみません、彼らは困ってなくても、僕が困るんですよ」
「そんなこと……わたし、先生を困らせてるんですか?」
「はじめからそう言ってるんですけどね。でもあなたが――僕の言葉を聞き入れないから……こうして二ヶ月も続いているんですよね」
「あ……でも」

 たてなかさんもさすがに熊野先生のガチの怒りが伝わってきているようで、うろたえ始める。
 先輩たちも口を固く閉じ、沈黙を通している。

「確かに二ヶ月もあなたに甘えてしまったことは詫びます。それがあなたを傷つけないための行為だったとしてもです。すみませんでした」
「そんな、謝ることじゃ――」
「いいえ、反省するべきなんです、僕が。生徒たちも巻き込まれてしまい、困っているのに僕の甘さに付き合わされたのですから」

 たてなかさんも黙り込むしかなかった。いや熊野先生が黙らせたのだ。

「はっきり言います。僕はたてなかさんを好ましいと思ってもいません。むしろ迷惑しています。もうここには来ないでくれますか」
「……」
「もし今後も来るようだったら、事務局にクレームを入れます。そのつもりでいてください」

 とどめを刺されたたてなかさんは、目に涙をいっぱいにため込んで、ぽたぽたと大粒の涙をこぼしながら重箱を片付けて部屋を出て行った。

 しばらくしーんと静まり返った部屋の中で、生徒達が沈痛な面持ちを浮かべたまま押し黙っている。
 お互いに顔を見合わすことも許されないほどの重たい空気だ。

 その中で、ぱん、と分厚い本を閉じる音が聞こえてハッと皆が振り返った。

「やっと言えましたね、先生」

 木内さんが本を置いて立ち上がる。

「ごめんね、みんな」

 熊野先生が深々と頭を下げた。
 顔を上げた先生の表情は、いつものニコニコ顔に戻っていた。

「いやあ、あの煮魚は美味しそうだったよね。惜しいことしたねえ」

 なんて冗談を飛ばして、空気をあっという間に和ませた。
 そういうところがすごく魅力的で素敵なんだよな、と私は小さくため息をつく。

 それに自分のことを言われたような気がして、結構傷ついた。
 私はあそこまでじゃないにしても、やっていることが同じな気がしたからだ。
 隙があれば、熊野先生とどうにかなりたいというやましい心を否定出来ない。

「どうした? 宣子ちゃん。元気ないよ?」
「先生、それはデリカシーないです」
 木内さんが横から突っ込んでくれたおかげで、答えなくて済んだ。

「あ、私……講義に行かなくちゃ」

 私はいたたまれなくなって、そう言い訳をして立ち上がって部屋を出た。

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