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5.高校時代

12.決意を新たに

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 いつだったからだろうか、と賢太くんが顎を撫でながら過去を思い出しているようだ。
「宣子に言われて思い出したんだけど、おままごとな」
「うん?」
「あれさ、ちゃんとした理由があったの思い出したわ。オレがいつも母親役をやりたがった理由」

 こずえさんが「何の話?」と訝しげに訊ねてきたので、私が説明する。

「あれさ、女の子っていつも母親役やりたいわけじゃん? お父さん役をするのって大抵嫌がるじゃん。それを試していたのかなーって」
「試す?」
「この子は嫌がることをされても受け容れてくれるのかなっていう」
「甘えたかったの?」
 私の問いかけに「そうだな」と頷いた。

「母親に好かれてないってことぐらい分かっていたし、父親はいないし……。いつもいるのは家政婦だけだったし……っていう状況で、意地悪をしたかったんだよな」

 そんな中で、嫌がらずに辛抱強く付き合ってくれたのが宣子だった、と賢太くんが優しい目で私を見つめる。

「だから宣子だけは大切にしようって決めたんだっけね」

「そうだったんだ」

 私が感動していると、こずえさんが顔を真っ赤にして「それでも、婚約破棄だけは許さないから!」と言って駆けて行った。

 賢太くんはこずえさんの方に向かって「ごめんなさい」と小さく頭を下げてから、私に向き直った。

「宣子もごめんな」
「ううん。今の状況はさ、こずえさんと婚約することでお父さんもとりあえず社長でいられるんでしょう? 仕方ないわ。何か思惑があってのことだから――」
「そうだけど、会社なんてポイすれば楽になれるんじゃないかなと思う時はある」

 だけど今の生活も惜しくないと言えば嘘になる。

「だって宣子をどこにでも連れてってやれるし、好きなことをやらせてあげられるだろ」
「別にそんなこと求めてないんだけどね?」

 一応前の人生で元夫の家も土地持ちだった。
 家賃収入で生活が出来ていたが、ドがつくほどのケチで、生活費すら渋られたほどだった。
 食費を少し増やしただけで「使いすぎだ」とケチを付けてくるので、貧しい家庭のような食事だった。
 果物なんて贅沢品だ。

 でも、少ない生活費の中でやりくりするのは苦ではなかった。
 ただモラハラ夫と嫌な親戚のせいで苦しかっただけだ。
 賢太くんとなら、貧乏でも楽しいだろうな、と想像出来そうな感じだ。

「まあ……会社を他の親戚に譲るとしてもそう簡単にはいかないだろうから。時間はかかると思うけど、絶対迎えに行く」
「ありがとう。私もちゃんと一人で生きていけるように頑張るよ」

 誰にも依存しない生き方をするのが、この人生の目的だ。
 そのために色々勉強したり、スキルを磨いたりする。

 遠野くんとは良い友達でいたいし、東大に入るまでは誰とも付き合わないってこの瞬間に決めた。

 もし遠野くんに甘えてしまったら、自分一人で生きていけなくなるんじゃないかと思うから――。

「私は、ちゃんと一人で生きていけるようにする。だから賢太くんも一人で生きていけるように頑張って」
「うん」

 こうして、私たちは指切りげんまんをする。

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 残りの高校生活はすべて東大受験勉強に注いだ。
 遠野くんにもきちんとけじめをつけて、良い友達でいることが出来た。

 賢太くんとは時々会ってデートをするけれど、キス一つしないでおいた。何度もキスしたくなって、キスしそうになったけれど――賢太くんが強い意思で「止めよう」と止めてくれたおかげだ。

 母の嫌味は形を変えていった。
 素晴らしい成績を収めてしまえば嫌味を言わなくなるだろうという目論見は見事に外れた。

「お母さんとそんなに離れたいの? 全く悲しいわ」
「お母さんのことどうでもいいと思ってるのね」
「東京でお母さんに隠れて悪いことをしようと企んでるんじゃないわよね?」
 などなど、暇が無い。

 何度もくじけそうになった。
「やっぱりこっちで受けるよ」
 と。
 疲れ果ててしまって母親にコントロールされようとする自分もいることに、懸念を覚える。

 それでも。

 それでも私は東京へ行って、母親と物理的に離れないとダメなのだ。

 しがみつく母親の呪いを無理矢理剥ぎ取って、全力で逃げなければならないのだ。

 その思いが原動力となり、見事に東大合格を果たした。

 人生で初めて嬉し涙というものを流した。
 嬉しすぎて涙が出る、というのはこういう感情なのか! と初めて知った。

 子供を産んだ時も、結婚したときも嬉し涙なんてなかった。それどころか嬉しいという感情がすっぽりと抜け落ちていたのだから。
 嬉しいって何?

 どんな感情だったっけ――。

 喜怒哀楽をどこかに捨て去ってしまったような空虚感が拡がっていただけだったから。

 私は今、熱い涙を流している。
 それがさらに感動で、感情がわあっと湧き上がってくるのだ。

 こんな感情だったんだ!!

 すごいパワーを感じる。

 エネルギーが迸って溢れ出て、目から放出しているような感覚に襲われた。

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