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プロローグ
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戦国乱世の真っただ中に生まれた俺は、ある朝フッと、自分でもビックリするような、ある妙案を思い付いた。
それは、病で弱って寝たきりの母と、幼い弟達を食わすため、父の残した猫の額ほどの痩せた農地を地道に耕すより、もっとずーっと効率のよい金稼ぎだった。
それっていうのは、今の戦国の時代ならではのもので、簡単に言うと、使い捨てでもなんでも構わないから、【徒(おかち)】《歩兵のこと》として手当たり次第に戦に加わって、その戦場で報償金の高そうな侍を探しては、その首級を獲りまくるってやり方だ。
――だが、実際にそれをやる前に大きな問題がある。
自慢じゃないが、今年で十八になるこの俺は、学もなけりゃ相撲も弱い、これと言って取り柄のない、本当に単なる貧乏農民の小倅(こせがれ)なのだ。
つまり、こんな俺が単なる思い付きだけで無闇に戦に突っ込んだところで、まともな槍働きが出来る訳も道理もないのである。
そこで、夏風邪をこじらせて、ぐわんぐわん天井が回るある夜に、必死で【軍神毘沙門天】様に、どーか俺に不死身の体を下さい!その代わりといっちゃあなんですが、これからの人生で味わう食い物の美味さとか、色事とか、贅沢とか、そういう幸せ全部を捧げることを誓います!だから……!と一心不乱に祈願したのである。
するとどーだ、翌朝にはスッキリと熱が下がって、あれほど苦しかった夏風邪がウソのように治っていたんだ。
これを毘沙門天様からのお墨付きの答えだと確信した俺は、ちっとも美味くない乾いたタクアンと、ほとんど麦の飯とをかっ込み、意気揚々と納屋を物色し、なんとなく使えそうな鎌を二つ見付けて、その赤錆びのふいた刃を研ぐことにした。
すると、気合いを入れすぎたせいか、うっかりと手を滑らし、その刃を押す手の先をザックリとやってしまったのだ。
「いっ痛ぇっ!!クソ!やっちまった!!」
指先を見ると、左の中指の真ん中が横に大きく裂けていた。俺は直ぐに桶の水で手先を洗って傷口をよく見たが、その切り傷は骨まで見えそうに深かった。
俺はスーッと顔から血の気が退くのを覚えながら、そっからジワジワと真っ赤な血が溢れ出てくるのを、どこか他人事のように眺めていたが、はっと我に返って、慌てて右手で左の手首を絞めながら、ポタポタと血を滴(たらし)ながら、立ってそこの納屋に何か血止めの帯とか軟膏はないかと周りを見回した。
――だが、クモの巣だらけの古い桶や箒(ほうき)はあっても、そんな傷の手当てに使えそうなものはなんにも見当たらなかった。
あー仕方ねぇ!と、箪笥(たんす)かどっかに傷薬をしまってねぇかと、まだ寝てるおっ母に訊こうと納屋から出た時だ。
「あれ?痛くねぇ……。へっ!?」
つい今さっきにザックリとやっちまった手先を見たが、そりゃ確かに血で真っ赤だったが、その中指からは、なんか真冬の風呂上がりみたいに、うっすら白い湯気が一筋ホワンと立ってた。
「あれ?……無え!傷が無ぇぞ!?」
必死で目を凝らしたが、俺の指からはあの骨まで見えそうな切り傷がウソのように消えていたんだ。
んな馬鹿な!ついさっきそこの鎌でザックリやったハズだ!研ぎ石の上とそこらに落ちてる血が証拠だ!
それが、それがこんなウロウロしてるうちにスッカリ治って傷痕も残ってねぇなんて絶対に変だ!!もしかして俺は夢でも見てんのか!?
と、しばらく頭を抱えてしゃかみ込んでたな。
んっ!?待てよ!そーいやー俺は昨晩、毘沙門天様に不死身にしてくだせぇって頼んだっけ!?
えっ!?そんじゃヤッパリ!?えー!?ほ、ホントに不死身の体にしてもらったのか!?
こ、ここここりゃスゲー!!やった!やったぞ!!俺はもう死なねぇ!不死身の兵士だっ!!
そっかそっかぁ!こら夢が叶ったぞ!!ど、どうもありがとうございます!毘沙門天様!!このご恩は一生忘れません!!ありがとう!ありがとうございます毘沙門天様ぁ!!
――という訳で、俺は磨いたギラリと光る二つの鎌を腰に差し、初陣の戦を求めて旅立ったのである。
そっからの俺は直ぐに【首斬り猫左】という通り名で呼ばれるようになって、大小合わせりゃ五十を越える戦に出ては、ガンガン大将首を狩って狩って狩りまくったのである。
――だが……。
今の俺は【生首】になって床に転がり、ボーッとメチャクチャんなった鯛の膳を眺めていた。
それは、病で弱って寝たきりの母と、幼い弟達を食わすため、父の残した猫の額ほどの痩せた農地を地道に耕すより、もっとずーっと効率のよい金稼ぎだった。
それっていうのは、今の戦国の時代ならではのもので、簡単に言うと、使い捨てでもなんでも構わないから、【徒(おかち)】《歩兵のこと》として手当たり次第に戦に加わって、その戦場で報償金の高そうな侍を探しては、その首級を獲りまくるってやり方だ。
――だが、実際にそれをやる前に大きな問題がある。
自慢じゃないが、今年で十八になるこの俺は、学もなけりゃ相撲も弱い、これと言って取り柄のない、本当に単なる貧乏農民の小倅(こせがれ)なのだ。
つまり、こんな俺が単なる思い付きだけで無闇に戦に突っ込んだところで、まともな槍働きが出来る訳も道理もないのである。
そこで、夏風邪をこじらせて、ぐわんぐわん天井が回るある夜に、必死で【軍神毘沙門天】様に、どーか俺に不死身の体を下さい!その代わりといっちゃあなんですが、これからの人生で味わう食い物の美味さとか、色事とか、贅沢とか、そういう幸せ全部を捧げることを誓います!だから……!と一心不乱に祈願したのである。
するとどーだ、翌朝にはスッキリと熱が下がって、あれほど苦しかった夏風邪がウソのように治っていたんだ。
これを毘沙門天様からのお墨付きの答えだと確信した俺は、ちっとも美味くない乾いたタクアンと、ほとんど麦の飯とをかっ込み、意気揚々と納屋を物色し、なんとなく使えそうな鎌を二つ見付けて、その赤錆びのふいた刃を研ぐことにした。
すると、気合いを入れすぎたせいか、うっかりと手を滑らし、その刃を押す手の先をザックリとやってしまったのだ。
「いっ痛ぇっ!!クソ!やっちまった!!」
指先を見ると、左の中指の真ん中が横に大きく裂けていた。俺は直ぐに桶の水で手先を洗って傷口をよく見たが、その切り傷は骨まで見えそうに深かった。
俺はスーッと顔から血の気が退くのを覚えながら、そっからジワジワと真っ赤な血が溢れ出てくるのを、どこか他人事のように眺めていたが、はっと我に返って、慌てて右手で左の手首を絞めながら、ポタポタと血を滴(たらし)ながら、立ってそこの納屋に何か血止めの帯とか軟膏はないかと周りを見回した。
――だが、クモの巣だらけの古い桶や箒(ほうき)はあっても、そんな傷の手当てに使えそうなものはなんにも見当たらなかった。
あー仕方ねぇ!と、箪笥(たんす)かどっかに傷薬をしまってねぇかと、まだ寝てるおっ母に訊こうと納屋から出た時だ。
「あれ?痛くねぇ……。へっ!?」
つい今さっきにザックリとやっちまった手先を見たが、そりゃ確かに血で真っ赤だったが、その中指からは、なんか真冬の風呂上がりみたいに、うっすら白い湯気が一筋ホワンと立ってた。
「あれ?……無え!傷が無ぇぞ!?」
必死で目を凝らしたが、俺の指からはあの骨まで見えそうな切り傷がウソのように消えていたんだ。
んな馬鹿な!ついさっきそこの鎌でザックリやったハズだ!研ぎ石の上とそこらに落ちてる血が証拠だ!
それが、それがこんなウロウロしてるうちにスッカリ治って傷痕も残ってねぇなんて絶対に変だ!!もしかして俺は夢でも見てんのか!?
と、しばらく頭を抱えてしゃかみ込んでたな。
んっ!?待てよ!そーいやー俺は昨晩、毘沙門天様に不死身にしてくだせぇって頼んだっけ!?
えっ!?そんじゃヤッパリ!?えー!?ほ、ホントに不死身の体にしてもらったのか!?
こ、ここここりゃスゲー!!やった!やったぞ!!俺はもう死なねぇ!不死身の兵士だっ!!
そっかそっかぁ!こら夢が叶ったぞ!!ど、どうもありがとうございます!毘沙門天様!!このご恩は一生忘れません!!ありがとう!ありがとうございます毘沙門天様ぁ!!
――という訳で、俺は磨いたギラリと光る二つの鎌を腰に差し、初陣の戦を求めて旅立ったのである。
そっからの俺は直ぐに【首斬り猫左】という通り名で呼ばれるようになって、大小合わせりゃ五十を越える戦に出ては、ガンガン大将首を狩って狩って狩りまくったのである。
――だが……。
今の俺は【生首】になって床に転がり、ボーッとメチャクチャんなった鯛の膳を眺めていた。
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