17 / 242
16話 アポなし勇者
しおりを挟む
闘志に満ちた女勇者二名と、そうでもない一名は、まず領主の館へ向かう事にした。
彼女達の目的は今宵の宿を確保する事、そしてなによりも、祭の神前組手大会への飛び入り参加を頼むことである。
館は街のほぼ中央にあり、混雑していた為、マリーナは小さな子供のタックルを10回は膝に受けた。
ユリアが事前に自警団長に自分達三名の身分については秘しておいて欲しい、と頼んでおいたのが幸いし、自警団長が先導して歩く女勇者達三名に祭を楽しむ者達は
「わっ!凄い美人!」
とささやく声はあったが、殆どは正か彼女達が伝説の勇者であるとは知らないようで、無駄に領主の館への進行を妨げられずに済んだ。
屋台の列から昇る色とりどりの香り、曲芸師や子供達の群がる射的屋等、賑やかな祭の景色の中を、春の陽気に軽く汗ばむほどに歩いた頃。
七重にも八重にも群衆が席取りにひしめく、大きな階段で五段登る高さ、白い石造りの十メートル四方の明らかな武道舞台が姿を現した。
銅の丸い兜、スケールアーマーの自警団員等が舞台を背に、その四つの角の前に立ち、群衆に向けて大声で
「間もなく本戦が開始です!神前試合につき賭博行為は絶対に禁止です!」
と繰り返し呼び掛けていた。
深紅の鎧と、スレンダーな深紫のレザーアーマーの美女等が顎を上げ、熱い眼差しでその無人のリングを眺めた。
ユリアもピョンピョンと跳ねながら四角い石舞台を確認した。
そしてようやく、その五十メートルほど先に目的の領主の館が見えてきた。
高級な住宅が並ぶ一角に、一際大きなその洋館はそびえ立っていた。
十メートルの壁に囲まれた三階建の館は、大きな樹が垂れた枝葉の影を落とす、絵画のモデルになりそうな実に画になる物で、それは豪奢というよりは瀟洒な洋館であった。
ユリアは白塗りのそれを見上げて
「わー素敵!私、こんな家に住みたいですー」
思わず感嘆の声を上げた。
館の中も外観の印象を裏切らない品の良い内観であり、派手さはないものの、緑を基調色にした、見る者にどことなく憧憬を覚えさせる、領主が住まうに相応しい空間造りがなさられていた。
自警団長は慣れた風に玄関から入り、大理石の飾り台の上の活け花が挟む、大きな黒い扉の前に女勇者達を案内し、扉をノックして引き
「領主はこちらでございます。いやはや、ユリア様が馬を出さなようにと仰られたので、少々ご足労でございましたな。
私はここにて失礼致します。いやはや」
とドア前から脇に下がった。
ミントグリーンの壁紙の広い応接室にいたのは、小柄で背の曲がった鋭い目付き、長い白髪を丸出しにした額の上で真ん中に分けた、えんじ色のローブ姿の男。
この館の主、リンドー領領主シラーであった。
老人が腰掛けている椅子には車輪が付いていた。
その後ろには、肌の色を除けば双子にしか見えないほどにそっくりな、背の高い黒髪の気の強そうな、アフガン犬のように鼻の高い二人の美しいメイドが、背に定規でも入っているかのような姿勢で立っていた。
向かって左は褐色、右は白。
共に滑らかな肌であった。
老人は会釈して
「これはこれは伝説の勇者様方。初めまして。ワシは領主のシラーと申します。
このような片田舎までようおいで下さりました。
伝説の勇者様方に終わりも近い生涯中にお会いできますとは、類い稀なる慶福と思うております。
お聞きになられたかも知れませんが、街の宿の類いは全て祭客で満ちておりまして、このような狭苦しい田舎の小宅で宜しければ、宿代わりに幾晩でもお泊まり下さればとこう思うております」
老人はゼロゼロと耳障りな嗄れた声で言った。
ユリアが小動物のように、キョロキョロと広い応接室を見回していたが
「いえいえ!こんな素敵な館は初めてです。小宅だなんてトンでもないです!
あっ、一晩だけお世話になりますユリアと申します、宜しくお願い致します!」
蜂蜜色の頭を下げた。
シャンは出された茶に手も着けず
「私はシャン。一宿一飯の恩義は忘れないつもりだ。
領主殿、いきなりで悪いが、我々は頼みがあって来た」
マリーナは真剣な顔で茶菓子を頬張っている。
交渉は女アサシンに任せているようだ。
二人のメイドは来客に茶を淹れてからは、真っ直ぐに勇者達の先の壁を見詰めたままだ。
凛として立つ、その二人の醸し出す雰囲気は、どことなく古代の砂漠の民の壁画に描かれた、秤を手にする犬頭の神に似ていた。
シラーは皺にまみれた顔を上げ、猛禽類を想わせる鋭い目で
「何にございますか?ワシに出来る事でございますればなんなりと」
鷹のような視線に、シャンはメイド等に負けないくらいに、いつもと変わらず凛として
「私が学もなく、言葉を知らんのは許してくれ。
単刀直入に言う、今開かれている神前組手大会に我々を飛び入り参加させて欲しい」
老人は一瞬固まって
「ん?ご観覧ではなく、選手として舞台に上がりたいと、こう申されるのですかな?」
老人の後、光沢のあるネズミ色のメイド服、その二人のブルーグレーの四つの瞳だけが応接テーブルに向く。
シャンは首肯して
「そうだ。それで間違いない。
我々も幼い頃より英才教育と勇者としての訓練を施され、腕には自信がある。
その選手枠を是非にも頼みたい」
彼女達の目的は今宵の宿を確保する事、そしてなによりも、祭の神前組手大会への飛び入り参加を頼むことである。
館は街のほぼ中央にあり、混雑していた為、マリーナは小さな子供のタックルを10回は膝に受けた。
ユリアが事前に自警団長に自分達三名の身分については秘しておいて欲しい、と頼んでおいたのが幸いし、自警団長が先導して歩く女勇者達三名に祭を楽しむ者達は
「わっ!凄い美人!」
とささやく声はあったが、殆どは正か彼女達が伝説の勇者であるとは知らないようで、無駄に領主の館への進行を妨げられずに済んだ。
屋台の列から昇る色とりどりの香り、曲芸師や子供達の群がる射的屋等、賑やかな祭の景色の中を、春の陽気に軽く汗ばむほどに歩いた頃。
七重にも八重にも群衆が席取りにひしめく、大きな階段で五段登る高さ、白い石造りの十メートル四方の明らかな武道舞台が姿を現した。
銅の丸い兜、スケールアーマーの自警団員等が舞台を背に、その四つの角の前に立ち、群衆に向けて大声で
「間もなく本戦が開始です!神前試合につき賭博行為は絶対に禁止です!」
と繰り返し呼び掛けていた。
深紅の鎧と、スレンダーな深紫のレザーアーマーの美女等が顎を上げ、熱い眼差しでその無人のリングを眺めた。
ユリアもピョンピョンと跳ねながら四角い石舞台を確認した。
そしてようやく、その五十メートルほど先に目的の領主の館が見えてきた。
高級な住宅が並ぶ一角に、一際大きなその洋館はそびえ立っていた。
十メートルの壁に囲まれた三階建の館は、大きな樹が垂れた枝葉の影を落とす、絵画のモデルになりそうな実に画になる物で、それは豪奢というよりは瀟洒な洋館であった。
ユリアは白塗りのそれを見上げて
「わー素敵!私、こんな家に住みたいですー」
思わず感嘆の声を上げた。
館の中も外観の印象を裏切らない品の良い内観であり、派手さはないものの、緑を基調色にした、見る者にどことなく憧憬を覚えさせる、領主が住まうに相応しい空間造りがなさられていた。
自警団長は慣れた風に玄関から入り、大理石の飾り台の上の活け花が挟む、大きな黒い扉の前に女勇者達を案内し、扉をノックして引き
「領主はこちらでございます。いやはや、ユリア様が馬を出さなようにと仰られたので、少々ご足労でございましたな。
私はここにて失礼致します。いやはや」
とドア前から脇に下がった。
ミントグリーンの壁紙の広い応接室にいたのは、小柄で背の曲がった鋭い目付き、長い白髪を丸出しにした額の上で真ん中に分けた、えんじ色のローブ姿の男。
この館の主、リンドー領領主シラーであった。
老人が腰掛けている椅子には車輪が付いていた。
その後ろには、肌の色を除けば双子にしか見えないほどにそっくりな、背の高い黒髪の気の強そうな、アフガン犬のように鼻の高い二人の美しいメイドが、背に定規でも入っているかのような姿勢で立っていた。
向かって左は褐色、右は白。
共に滑らかな肌であった。
老人は会釈して
「これはこれは伝説の勇者様方。初めまして。ワシは領主のシラーと申します。
このような片田舎までようおいで下さりました。
伝説の勇者様方に終わりも近い生涯中にお会いできますとは、類い稀なる慶福と思うております。
お聞きになられたかも知れませんが、街の宿の類いは全て祭客で満ちておりまして、このような狭苦しい田舎の小宅で宜しければ、宿代わりに幾晩でもお泊まり下さればとこう思うております」
老人はゼロゼロと耳障りな嗄れた声で言った。
ユリアが小動物のように、キョロキョロと広い応接室を見回していたが
「いえいえ!こんな素敵な館は初めてです。小宅だなんてトンでもないです!
あっ、一晩だけお世話になりますユリアと申します、宜しくお願い致します!」
蜂蜜色の頭を下げた。
シャンは出された茶に手も着けず
「私はシャン。一宿一飯の恩義は忘れないつもりだ。
領主殿、いきなりで悪いが、我々は頼みがあって来た」
マリーナは真剣な顔で茶菓子を頬張っている。
交渉は女アサシンに任せているようだ。
二人のメイドは来客に茶を淹れてからは、真っ直ぐに勇者達の先の壁を見詰めたままだ。
凛として立つ、その二人の醸し出す雰囲気は、どことなく古代の砂漠の民の壁画に描かれた、秤を手にする犬頭の神に似ていた。
シラーは皺にまみれた顔を上げ、猛禽類を想わせる鋭い目で
「何にございますか?ワシに出来る事でございますればなんなりと」
鷹のような視線に、シャンはメイド等に負けないくらいに、いつもと変わらず凛として
「私が学もなく、言葉を知らんのは許してくれ。
単刀直入に言う、今開かれている神前組手大会に我々を飛び入り参加させて欲しい」
老人は一瞬固まって
「ん?ご観覧ではなく、選手として舞台に上がりたいと、こう申されるのですかな?」
老人の後、光沢のあるネズミ色のメイド服、その二人のブルーグレーの四つの瞳だけが応接テーブルに向く。
シャンは首肯して
「そうだ。それで間違いない。
我々も幼い頃より英才教育と勇者としての訓練を施され、腕には自信がある。
その選手枠を是非にも頼みたい」
0
お気に入りに追加
149
あなたにおすすめの小説
前世が官僚の俺は貴族の四男に転生する〜内政は飽きたので自由に生きたいと思います〜
ピョンきち
ファンタジー
★☆★ファンタジー小説大賞参加中!★☆★
投票よろしくお願いします!
主人公、一条輝政は国際犯罪テロ組織『ピョンピョンズ』により爆破されたホテルにいた。
一酸化炭素中毒により死亡してしまった輝政。まぶたを開けるとそこには神を名乗る者がいて、
「あなたはこの世界を発展するのに必要なの。だからわたしが生き返らせるわ。」
そうして神と色々話した後、気がつくと
ベビーベッドの上だった!?
官僚が異世界転生!?今開幕!
小説書き初心者なのでご容赦ください
読者の皆様のご指摘を受けながら日々勉強していっております。作者の成長を日々見て下さい。よろしくお願いいたします。
処女作なので最初の方は登場人物のセリフの最後に句点があります。ご了承ください。
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】
ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします
ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった
【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。
累計400万ポイント突破しました。
応援ありがとうございます。】
ツイッター始めました→ゼクト @VEUu26CiB0OpjtL
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
~僕の異世界冒険記~異世界冒険始めました。
破滅の女神
ファンタジー
18歳の誕生日…先月死んだ、おじぃちゃんから1冊の本が届いた。
小さい頃の思い出で1ページ目に『この本は異世界冒険記、あなたの物語です。』と書かれてるだけで後は真っ白だった本だと思い出す。
本の表紙にはドラゴンが描かれており、指輪が付属されていた。
お遊び気分で指輪をはめて本を開くと、そこには2ページ目に短い文章が書き加えられていた。
その文章とは『さぁ、あなたの物語の始まりです。』と…。
次の瞬間、僕は気を失い、異世界冒険の旅が始まったのだった…。
本作品は『カクヨム』で掲載している物を『アルファポリス』用に少しだけ修正した物となります。
巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する
高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。
手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。
神の宝物庫〜すごいスキルで楽しい人生を〜
月風レイ
ファンタジー
グロービル伯爵家に転生したカインは、転生後憧れの魔法を使おうとするも、魔法を発動することができなかった。そして、自分が魔法が使えないのであれば、剣を磨こうとしたところ、驚くべきことを告げられる。
それは、この世界では誰でも6歳にならないと、魔法が使えないということだ。この世界には神から与えられる、恩恵いわばギフトというものがかって、それをもらうことで初めて魔法やスキルを行使できるようになる。
と、カインは自分が無能なのだと思ってたところから、6歳で行う洗礼の儀でその運命が変わった。
洗礼の儀にて、この世界の邪神を除く、12神たちと出会い、12神全員の祝福をもらい、さらには恩恵として神をも凌ぐ、とてつもない能力を入手した。
カインはそのとてつもない能力をもって、周りの人々に支えられながらも、異世界ファンタジーという夢溢れる、憧れの世界を自由気ままに創意工夫しながら、楽しく過ごしていく。
チート薬学で成り上がり! 伯爵家から放逐されたけど優しい子爵家の養子になりました!
芽狐
ファンタジー
⭐️チート薬学3巻発売中⭐️
ブラック企業勤めの37歳の高橋 渉(わたる)は、過労で倒れ会社をクビになる。
嫌なことを忘れようと、異世界のアニメを見ていて、ふと「異世界に行きたい」と口に出したことが、始まりで女神によって死にかけている体に転生させられる!
転生先は、スキルないも魔法も使えないアレクを家族は他人のように扱い、使用人すらも見下した態度で接する伯爵家だった。
新しく生まれ変わったアレク(渉)は、この最悪な現状をどう打破して幸せになっていくのか??
更新予定:なるべく毎日19時にアップします! アップされなければ、多忙とお考え下さい!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる