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234話 雪合戦

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 それからのドラクロワ一行は、朝食など早々に切り上げ、各々足早に自室に戻るや、荷物の内より携帯必須の物品をまとめた。

 そして、直ぐにこの「海竜亭」の一階、広大な玄関ホールに再終結した。

 さて、その玄関ホールだが、サッと見渡す限り、"赤"というよりは"紅"といった、恐ろしく艶やかなる発色と趣(おもむき)を放つ調度品で充ちていた。

 それらはどれも、大陸中央部などでは中々見かけられぬ代物ばかりで、抽象的過ぎるタッチで、黄金の瞳の猛虎が描かれた掛け軸に始まり、飴細工のごとき滑(ぬめ)るような翡翠の花瓶、娼館を想わせるような優美なる腰掛け、寝椅子などが特徴的であり、淡く焚かれた香の薫りとも相まって、一種独特なる風合いを醸(かも)していた。

 そこに、一番乗りでシャン、続いてユリア、そしてアンとビス。
 かなり遅れてから、ドラクロワとカミラー、最後にマリーナといった具合で、如実に緊張感のある者順での集合が整った。

 すると、やはり何処か釈然とせず、常より幾分、神妙、いや露骨に迷惑顔のシャンが、仲間を見渡してから口を切った。

「うん。まぁ、こういう最悪の成り行きというものも、まったく予想していなかったという訳でもないからな──
 だが、このドラクロワをして、今回の隠れ里訪問にかかわるすべての責任は己がもつ、とまで言ってくれたのだから……うん、決して本意ではないが、皆を里へと案内しようと思う。
 だがな、くれぐれも──」
 といった具合で、しっとりと落ち着いてはいるが、いったん話し出すといつものように言葉数の多いシャンが、再度注意事項について勧告しようとした、が。

「えーい! この根暗の狼娘、いい加減くどいぞよ! 
 そのようにしつっこく言わんでも分かっとるわ!
 さっきも、この度のわらわは、素性隠しに徹するからして、お前なんぞは、なーんも心配せんでもよいと、そう言うたばかりであろうが、ホーレ」
 早くも、家宝の桃色甲冑の兜のみを被ったカミラーは、その庇(バイザー)をこれ見よがしに、ガチンッと下ろし、己を正体不明の怪しい鉄兜女児にしながら、すべてはとっくに諒解(りょうかい)承知であるとした。

 だが、実際その出(い)で立ちとは、着色こそ鮮やかなるピンク一色に統一されてはいるが、げに厳めしい古式フルフェイスの鋼鉄兜というその首から下に、ちぐはぐこの上なき、例のごとくに壮麗なるドレス、と──

 どう見てもチンドン屋か、はたまた道化師かと疑うほどの滑稽さだった。
 が、その反面、このカミラーの華奢で小さな身体故か、妙に愛らしい仕上がりでもあったという。

「え? チョイとカミラー? マッサカ、アンタ。それ、ホンッキで、ワタシ単なるお茶くみでーす、で通るとでも思ってんのかい?」
 見下ろすマリーナもブラウンの眉を寄せ、流石に思案顔であった。

「うぬ? なんじゃとお?」

 頭上より指を指されたカミラーは、即座に中(ちゅう)っ腹(ぱら)となって、シャッと庇を跳ね上げてから、貴様なんぞに意見など求めておらぬわ、とばかりに女戦士を睨み上げた。

「おいおい二人共……頼むから、今からもめないでくれ……」
 目頭をおさえるシャンも、呆れて閉口し、半ば、真面目に考えるのが馬鹿馬鹿しくなってきていた。

「あれ? アンさん? ビスさんも、ど、どうしたんですか? 
 何だか顔色が優れませんけど……」

 ユリアは、傍(かたわ)らのライカン姉妹らが、いつものお澄まし顔とはひどく異なり、揃って険しい表情でうつむき、それぞれ額にはうっすらと脂汗すら浮かべているのを見てとったので、つい気遣わしげに問うた。

「は、はい、その、私ども、ここ最近になってから漸(ようや)く、シャン様に流れる銀狼の血に圧倒され、思わず飲み込まれそうになる感覚に幾らかの耐性がついてきたばかりですのに、」

「そ、そうなのです、それが、そんな私達が、よもや銀狼の御一族が住まわれる里にうかがわせていただく、ともなれば……それはそれは、もう考えただけでも、あまりの畏(おそ)れに、この心臓を鷲掴みにされたようになるのでございます……」
 
 灰銀色のメイド服も可憐な双子姉妹は、今、自らの狼犬の血が激しく動揺し、ゴウゴウと波打って惑乱するのに翻弄され、つい思わずへたり込みそうになるのを、鋼の六角棒にすがるようにして、ようようやっと堪えているのだった。

「はぁ、なるほど……。そりゃまた大変ですねー。
 ふーんふんふん、やはり眷属(けんぞく)とはいえ、最上位種の銀狼との大邂逅ともなると、とーっても支配的な影響を受けてしまうようですねー。
 うんうん、それはまた本当にお気の毒なことです。エヘ、どーかお大事にですぅ」
 一応は、いたわり、寄り添うような言葉をかけるユリアだったが、その鳶色の瞳は、こりゃまた格好の研究材料を得たわい、とばかりに好奇で爛々(らんらん)と輝いていた。

「アッハハ! まぁまぁアンもビスも、もっとさー、こー、キラクにいこーよ!?
 別にアチラさんもさー、マッサカ、アンタらをとっ捕まえて、頭っからボリボリ喰おうってワケじゃあないんだろうーし、ね?」
 相変わらず能天気が服を着て(あまり着てはいないが)ズカズカと歩いているマリーナは、風雲急を告げるがごとき隠れ里訪問など何するものぞと、まったく気負いの欠片もなく、何処までも単なる物見遊山の延長でしかないのだった。

「うん、まぁなんだ、アンもビスも、大方はこのマリーナの評する通りだから、あまり過剰に萎縮するな。
 とは言っても、こればかりは些(いささ)か無理があるか。
 だがな、出発の今からその有り様では、到底、里まで身がもたないぞ?

 ──さて、ドラクロワ。お前もお前で、里の連中に、あまり無駄に強さを誇示しないよう自重を忘れないでくれ。

 うん、場合によっては、熱狂が行き過ぎて、派手な騒ぎになり、里の秘匿性そのものすら脅かされる恐れもあるのだからな。
 そこのところは、くれぐれも頼むぞ」
 腕組みのシャンは、まとめるように言ってから、念押しにドラクロワに振り向いた。

「フン。知れたことよ。飽くまで俺は、お前の里の長に、勇者団の筆頭として会って、茶菓子でも渡してから、適当な世間話でもしてくれるわ」
 いつものように、無味乾燥に超然と吐いたドラクロワだったが、その実、里人らからこれでもかと賞賛を浴びる自らを想い、狂おしき昂(たかぶ)りに口角が上がるのを抑えるのに必死であった、とか。

 さて、こうした様々な思惑が交錯する面々は、隠れ道案内人のシャンを先導に、適当に珍しい品々の買物などをしつつ、喧騒飛び交う賑やかな商店街から魚市場を抜け、やがては町の中心街から徐々に徐々にと外れ行き、遂には町の裏ゲートへとに迫って行くのだった。

 このひどく大衆庶民的であり、独特に陽気で、生命力溢れる漁師町のカイリだったが、それも流石に、ここ町外れまで来ると、めっきりと人も減り、色に乏しい寒々とした旧家屋ばかりが建ち並ぶ、裏寂しい景色へと変わって行く。

 つまり──
 
 工場、倉庫、貧民街ばかりが目につくようになり、辺りには憂さ晴らしの蛮行破壊の跡、また無粋で悪趣味なる落書きがあふれ、露骨にガラの悪い空気が立ち込めるようにもなる。 

「ヘェ、コリャまたタチの悪い、物騒なヤカラでも、ヒョイと出てきそうなフインキ(←間違い)になってきたねぇ」
 辺りに漂う独特な物々しい「雰囲気」を読んだマリーナが、言って、襟足の掻き上げついでに、背中に担いだ大剣の柄(つか)を確かめた。

 と、そこへ──

「ヤイヤイ、テメーら! ここを誰の縄張りだと思ってぇやがるッ!」
 と、やにわに左の路地から、まさしく悪漢を画にかいたような大男が現れた。

「アッハー! 出ぇた出たー!」

 あまり代わり映えのしない雪道を手持ち無沙汰に歩いていたマリーナだったが、大当たり、とばかりに、この陳腐なエンカウントに手を打ち、キラキラとした眼で仲間を振り返った。

 そう、そろそろ彼女待望の揉め事、ゴタゴタの幕である。

「ヌアンだとネーチャン!? 他人(ヒト)の面見て、出た出たとは、コリャまた随分とご挨拶じゃねーか!
 オイ! ヤローども! こちらの間抜けな冒険者さん達、まとめてチョイとかわいがってやりなぁ!」

 蝿がたかりそうな、フケの浮いたザンバラ髪に、見るからに享楽主義的にして低俗な面構え、赤錆で不潔そうなバンデットメイル(くさりかたびら)を着込んだリーダーらしき大男が、傷の顎をしゃくると、その背後の物陰から、似たような子分らしき大小が、ゾロゾロと十人ばかり現れた。

「ひゃっ! いっぱい出た! どどど、どうしますか?」
 ユリアは目を見張って露骨に仰(の)け反り、サッとドラクロワの後ろ辺りに退避した。

「フン。わらわは高みの見物じゃ、誰か適当に相手をせい」
 全身ピンク色のカミラーは役不足として、兜の中で露骨なタメ息を漏らした。

「はっ。では我等で対応いたしましょう」
 プラチナカラーのボブ、アンが六角棒で地面を打ち、さぁ行こう、とばかりに姉のビスを見やった。

「はっ、この程度の悪漢、皆様のお手を煩わせるまでもありません!」
 褐色の肌に漆黒髪のビスも、いつものお澄まし顔を毛ほども崩さず、フォンとばかりに長柄の得物を舞わした。

「どする? とりあえずはこの娘達に任しちゃう感じー?」
 ニヤニヤと好戦的に微笑むマリーナが、腕組みのまま、誰とはなしに訊(たず)ねた。

「いや、いい。うん、この度は私が相手をしよう」
 なんと、煩わし気に額を押さえていたシャンが、ライカン姉妹等を抑えるように両手を上げ、音もなく最前列へと歩み出たのである。

 こうなると、アンとビスは即座に従うしかない。
 ふたりは一礼してから、直ぐにユリアの居るところまで引き退がった。

「アッハハ、そーかい。しっかし、アンタがハナッからそんなにヤル気になるってのも、ズイブンとメズラシイこったね。
 けどさ、アタシも少しばかり身体を温めたいからね、勝手に助太刀、させてもらうよ?」
 とマリーナ、ケンカならアタシも混ぜな、とばかりに、買ったばかりの兎革のショートジャケットを脱ぎつつ颯爽と歩み出る。

 そうして、肩越しに背中に手を回し、そこの斬馬刀のごとき大剣の鯉口を切るや、ザッと抜いて左下方に低く構え、右の深紅のポールドロン(かたあて)を前方へと付き出した。

「うん……お前までが出るほどのことでもないと思うが、それはそれで早く片付く、か」
 シャンは微かに頷き、親友の参戦を聞き入れた。

 これに、最後列に控えしドラクロワは、特にコメントもなく、この面倒極まりない成り行きに、ツイとそっぽを向いた。

 だが魔王、向かいの連中等の体格と佇(たたず)まいを見て、少なからずの違和感を覚えないこともなかった。

「ドラクロワ様、彼奴等(きゃつら)──」
 丁度カミラーも同じような鑑定に至ったようで、兜の中で眉をひそめた。

「ウム、野盗風情にしては、不思議と肥(こ)えたのがおらん。
 そのうえ、どれもこれも、どことなく芯があり隙もなし。
 となれば、可也(かなり)の教練が施されておるのは明白である、が……ま、それがなんだ」
 語りながら、早々にどうでもよくなってくるのがドラクロワという男でもある。 

「ん? オイ、オレが間違えてたら言ってくれ。
 なにやらよ、このえらい別嬪(ベッピン)の女冒険者のたった二人きりが、今からオレ達全員の相手をするって、もしかして、そういう話になってきてんのか? ええ?」
 粗い砥石でいい加減に磨かれたと見える、刃の欠けた蛮刀で持ち手の反対の掌を、ピタピタとやっていた、レザーアーマーに無数の鋲(スタッズ)を打った小男が、己の耳を疑って仲間内に問う。

 これに同列のゴロツキどもは、無精髭のあごを撫でつつ身体を揺すり、一様に下卑(げび)た笑いを浮かべた。

「さあな……だかよ、少し腕に覚えのある冒険者さんがトンだ勘違いをすることなんざぁ、よくある話じゃあねぇか。
 まぁこっちも特に急ぎの用があるわけじゃなし、ひとつ、このお嬢ちゃん達を"なます斬り"にでもしてやりゃあ、後ろのお仲間さん達も本腰いれるんじゃあねぇか?
 よし、んじゃ野郎ども、折角の向こうさんの御好意だ、ここは遠慮なく全員でもってぇ取り囲み、オレ達"餓狼伝説"の恐ろしさってぇヤツを思い知ってもらおうじゃあねぇか!!」

 といった具合で、先のリーダー格がシャンとマリーナを指し、直ぐに哄笑混じりの号令をかけるや、即座に「応(オウ)!!」とばかりに喚く子分等の十人が、腰に提(さ)げた得物を一斉にスッパ抜く、と、そこへすかさずユリアが叫んだ。

「シャ、シャンさん! マリーナさんも! 戦うのは結構ですけど、」

「うん分かってる。私も命までは取らない」

「んだね」

 シャンとマリーナは承知、とばかりに答え、多勢のならず者に向かい、雪の舞いを切り裂くように駆け出した。
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