231 / 245
230話 Let's パーティアタック
しおりを挟む
「では……あの火炎魔法が真の脅威へと転じた際の、その具体的な対応策、となりますれば……」
カミラーは、冷や汗の伝う小さな顎先を手の甲で拭いつつ、敬虔な信者の面持ちで主君を見上げ、この窮地からの活路を求めた、が──
「ウム。まぁあの様子からして、最早残された時はないのかも知れぬ、な。
つまりは、一か八か、俺最大の魔法障壁を発現させて防御を試みるか。或いは──」
この男らしいと云おうか、流石と云おうか、魔王ドラクロワは、ただ煙たそうに赤熱の舞台に冷眼を向け、どうでもよいことのように私見を述べるだけである。
「即座に術者自体を滅ぼす──ですか?」
遠い焔(ほむら)の狂飆(きょうひょう)に、ユラユラと明暗された蠱惑の妖美艶かしいロマノも、一寸の情緒もなく、まるで悟りきった事のように答えた。
「ん? ウム。万全を期す、というのなら、自ずとそれにはなるな。
もっとも、今からアレが巻き起こすであろう極大なる崩壊から逃れるため、なにか適当な転移魔法で何処かに飛んでやってもよいが、それはそれで、一体何処まで跳べばよいのか皆目見当もつかぬ──
し、この俺としても、この星のことは、これはこれで中々気に入っておるのでな。
それを、おそらくは、だが、地図の形が変わるまでに吹き飛ばそうというのは、流石に捨て置けん」
常々、葡萄酒以外には万事に頓着なく、殆(ほとん)ど虚無主義にしか見えぬこの魔王にも、一応の沽券(こけん)のようなモノがあるようだ。
「では、今少しの猶予もなく、あの馬鹿娘の処断が必要とあらば、どうかこの私めにお命じください」
瞬時に事態を把握し、かつての魔戦将軍時代に戻ったかのように、氷のごとき殺意を帯びるカミラーは、すでに椅子から降り、豪奢なドレスの膝をすら引いていた。
「ウム、殊(こと)、疾(はや)い仕事というのなら、確かにお前が適任ではあるな。
では命じる。カミラーよ、今ひと駆けし、あの災禍の根を討ち取るのだ」
特段、荘重になる訳でもなく、手短に勅命を下したドラクロワだったが、その顏(かんばせ)に逡巡(しゅんじゅん)の色があるかないかを、まじまじと確認する者はいなかった。
「魔王様。どうかお待ちあれ」
目蓋を下ろしたロマノが、凜然として異議を申し立てた。
さて、天下人たるドラクロワに物言いをさせた情とは、師弟ゆえの深情けか、或いは傑作を惜しむ作品愛か?
「ならん。最早猶予はない」
ドラクロワは、今ユリアが巻き起こす焔の柱が茜(あかね)から、白く白くと変色してゆくのが眼に入らぬか、とばかりに一喝。
断じて下知(げぢ)は覆さぬとした。
このやり取りを頭上に聴くカミラーは、強い不満のような、それでいて心底助かったような、そんな複雑険しい面持ちでロマノの方を見上げたが、敢(あ)えて、なんら発することはしなかった。
そのロマノは、ドラクロワの返答に幽(かす)かに首肯してみせ、即座に不服の申し立てを引っ込めたようにみえた。
が、直ぐに用向きを変えたように、特段の臆面もなく、眼下の幼女らしき者に顔を移した。
「カミラーさん。確か貴女は、以前に宴の席にてこう仰っていましたよね?
自分には、生まれついての凄絶な退神聖属性があり、光の勇者であるユリア達など、その肌に触れただけで、たちどころに倒せる、と──」
あくまで超然と、まるで世間話でも振るかのように問うロマノ。
「…………」
だが、毛ほどの越権さえも畏れてか、尚もカミラーは応えない。
「ん? あぁ、そういえば、お前にはそんな能(ちから)もあったな。
ウム。なにやらこのやり取りも些(いささ)か面倒になってきたな。
フン。カミラーよ、まぁこの際だ、ユリアの生殺与奪はお前に任せるとする。
肝要は刻の無さだ。急げ」
我、一度発した言葉に差し戻しなどなし、といった、為政者特有の意固地など微塵もなく、ただただ気紛れ気儘に振る舞うのが、このドラクロワという変わり者魔王の本来の柄なのかも知れない。
「御意!」
カミラーは厳かに応え、光栄の至りと、全身に粟を立てつつ、逃げ惑う観客等の潮流に逆らって、業火渦巻く舞台へと跳ばんとした、が──
「ん? あれは、」
ふと、舞台上を凝視していたドラクロワが、薬指の先にて白い額を押さえつつ言った。
見れば、今や異様な長身となった狂乱する悪鬼ユリアの前に、斬馬刀のごとき大剣を背負った、スラリとした美影が屹立しているではないか。
無論その者とは、アンとビスによる神聖治療魔法により復帰したマリーナであり、そのやや後方には同様のシャンの姿もあった。
「ちょっとユリア? だよね? アンタもその辺で止めときなよ。
伝説の光の勇者が、クマのパンツ丸出しのホーカマになってどーすんのさ?」
と、頭上を指差し喚くマリーナの伸びやかな肢体には、どうやら神聖魔法系の上級障壁が付与されているらしく、全体を青白い燐光が包んでいた。
ゆえに、ユリアが招いた炎熱地獄にも若干の苦悶は見せつつも、なんとか焼かれず耐えているように見受けられた。
「うん。どうやらまた、例の酒乱癖で暴走の限りを尽くしているようだな。
一体どういう仕組みでその不可思議な亢進を果たしたのかは分からんが、どうやらあの謎の女武芸者を見事退治したようではあるな。
うん。それ自体は非常な賞賛には値するが、流石にこれ以上の蛮行は見過ごせないぞ?」
と腕組みのシャンも、マリーナ同様に青き燐光に包まれて言った。
「ユリア様! どうか気をお確かに!」
六角棒のアンも、毅然としてユリアを見上げる。
「そうです! どうか元の冷静でお優しいユリア様にお戻りください!!」
ビスも眼に一杯の涙を溜めて叫んだ。
「んあ? なんだぁテメーら? この俺様が気持ちよーく焚き火してるのが、そぉーんなに気に入らねぇーってか?」
相変わらず長い両手の先に火球を掴んだユリアは、眼下にて己をなだめようとする仲間達を見下ろし、極めて不機嫌そうに述べた。
「あのさーユリア? もうコレってさ、焚き火とかってゆう生ヤサシーモンじゃなくなってるから」
マリーナは、アンとビスらの神聖治療魔法によってすでに介抱されたとはいえ、客席の方々にて着衣から白煙を燻(くゆ)らせる、未だ倒れたままの観客等を指差す。
「ぬぁんだと!? テメ、スゲーバカで、そのうえ戦士のクセして、この俺様に指図しおーってか!? ああっ!?」
相も変わらず戦士職を蔑視するユリアは、凄まじい殺気を放つ赤い眼を見開くや、なんの前触れもなく、下衆な言葉の際に己の鉤爪を乗せ、下方のマリーナへと振るった。
刹那、耳を覆いたくなるような激烈な金属音が鳴り響く。
見れば、今や人外の怪力無双となったユリアから振り下ろされた致命的な引っ掻きではあったが、それを飛燕のごとき抜き打ちにて、すんでのところで弾いたマリーナがいた。
「っひゃあー!! い、いっきなりなにすんだよーユリア!!?」
マリーナは喚きつつ、黒革眼帯とは反対の左目を見開き、手元の愛剣の刃こぼれを凝視しては戦慄した。
「やめろユリア!! 我々光の勇者団が仲間割れをしてなんとする!
アン! ビス! どうなっている!?」
シャンは、己の後方にて印を切るような仕草のライカン姉妹に向け、なぜ酔い醒ましの神聖魔法が功を奏しないのか吼えるように訊く。
「はっ! はい!! それが既に!」
「もう幾重にも施しています!!」
アンとビスは、やや隈の目立つ憔悴しきった顔の額に無数の玉の汗を浮かべながら、この異様な事態に呻(うめ)くことしか出来なかった。
そう、通常の精霊魔法・古代魔法より消耗はマシとされる神聖魔法とて、日に行使できる量も質も決して無限ではないのだ。
「アレ? ゴリーナ!! テメ、馬鹿の見本みてーな露出狂変態のクセして、よーくもこの俺に向かって剣を抜きゃーがったな!!?
そーかそーか。遂にこの俺様とやろーってか!
よーし! んじゃ、後ろの毎度イカれた理屈が多い変態根暗も、普段はイケ好かねえお澄ましキメこんでやがるのに、ここ一番大事なとこでいつも頼りにならねー気取り屋の双子も、ぜーんぶまとめて、束になってかかってこいやぁ!!」
と、暴走のユリアは無頼の啖呵(おもいのたけ)を切ったかと思うと、下方の仲間達にのし掛かるような姿勢となり、そこから両の鉤爪の鎌、また履いた靴の生地を容易く貫いた、ドキドキするような鋭い爪先の槍とを駆使し、当たるを幸いの猛攻撃を浴びせかけたのである。
「ゴリ!? ひゃっ! ちょっ! まっ!」
「イカ!? ん! ぐっ!!」
「イケ好ッ!? こ、これは!!」
「我々を日頃からそんな風に!? ぐっ! かっ!!」
すぐに加速度的に苛烈になってゆくユリアの乱打を、なんとか手持ちの鋼鉄の得物でしのぐ四名だった。
が、それぞれに、カッカと火花を散らしながらも、ただただ防戦の一方である。
「そらそらそらそらそらそらぁー!!」
と、遠慮なく狂奔するユリアはいよいよ活気付き、四肢を高速の鞭のように振るっては、文字どおり仲間達を削ってゆくのだった。
「ちょ!! ホント、いい加減にぃ、しなッ!!」
両の頬を深く斬られたマリーナが喚き、一際派手にユリアの爪を弾いた。
刹那、マリーナの左眼が白光を放ち、その肢体の面には、角張った奇妙な乳白色の紋様が走った。
つまり、このマリーナの本身である、あの有翼の聖戦士への変貌である。
「あっ! このクソが! いよいよ出しやがったなッ!」
ユリアは、以前に喫した聖酒の影響を受け、マリーナとシャンだけが恒常的に強化されたのを思い出したか、より殺意を色濃くしながら襲いかかる。
と、それを読んで、惚れ惚れするような身交わしを果たし、背、両足首の都合六枚の羽を総動員させ意のままに飛翔をするマリーナ。
螺旋に翔ぶ彼女を飾る、長い金色の髪が炎に煌めいて、夢のように美しくその残像を飾り付けた。
「行っくよー!!」
マリーナは一足飛びにユリアの頭上に到達。一切の間を置かず、そこから大剣を振り下ろす。
無論、刃は真横に寝かせ、鎬(しのぎ)にて脳天を打ちのめす昏倒狙いの不殺打であった。
だが、成人女性の肩幅ほどもある、その厚重ねの刀身に、突如、真下からの猛烈な衝突が跳ね上がり、滞空のマリーナは、その余りの手応えに堪らず、無理やり万歳をさせられるように仰け反った。
「ひゃあ!!」
と一声叫んだマリーナだったが、まるで全力で床を打ったかのような手の痺れを感じるより早く、凄絶な頭突きを放ったユリアの左の手が迅雷のごとく伸び、その不気味に伸長した指の掌でマリーナの首を絡めとるように鷲掴みにした。
「う!? ぐえっ!!」
しまった、とばかりに上向きで呻くマリーナだったが、その刹那、視界が滝のように高速に流れ、目が飛び出るほどの激突を感じた。
見れば、怪力無双に任せ、無造作にマリーナを振るうユリアが、それを仲間のシャンへと豪快に投げつけていた。
この激突により、マリーナの被った深紅の黒角兜などは真っ二つに破砕し、その仲間の身を真正面から、華奢な胸元へと流星のごとく落とされたシャンも、恐ろしい化け物に容赦なく引っ張られたようにして、残像すらあるかないかの勢いで後方へとすっ飛んだ。
「おー!? テメーらこんなもんか!? ちょっと温すぎねぇかァッ!?」
自ら放った超弩級(ちょうどきゅう)頭突きの影響か、熟れきった落ちた柘榴(ザクロ)のように、額をパックリと割って、そこから派手に頭蓋骨の白を覗かせつつ流血するユリアだったが、今や彼女は闘争本能の化身である。
暖簾に腕押し、仲間の余りの体たらくに呆れ果てては、吼えるような挑発を浴びせかける。
だが、マリーナもシャンも、今や立派な猛者中の猛者である。
ただ──
ただユリアという無二の仲間相手に、どこまでどう攻めてよいのかを考えあぐねた一瞬の躊躇いがあり、そこをユリアにつけこまれたゆえの大失態だった。
そして、その二人は今、凄まじくもつれ合いながら、床に五度六度と跳ねては、忽(たちま)ちボロ雑巾と化し、四肢も首もあらぬ方へと向く、まさしく死に体とされた。
これを認めたユリアは、ニンマリと気味悪く破顔し、激しく鼻息を吹きつつ、アンバランスな長身を思う様に奮っては、勝利の小躍りを極(き)めるのだった。
と、唐突にその背中側で、落雷のごとき閃光と轟音とが炸裂した。
「ケッ! そろそろ来る頃だとは思ってたぜ! クソバンパイアがよおッ!!」
ユリアは流血で洗われた真っ赤な眼を細めて振り返った。
カミラーは、冷や汗の伝う小さな顎先を手の甲で拭いつつ、敬虔な信者の面持ちで主君を見上げ、この窮地からの活路を求めた、が──
「ウム。まぁあの様子からして、最早残された時はないのかも知れぬ、な。
つまりは、一か八か、俺最大の魔法障壁を発現させて防御を試みるか。或いは──」
この男らしいと云おうか、流石と云おうか、魔王ドラクロワは、ただ煙たそうに赤熱の舞台に冷眼を向け、どうでもよいことのように私見を述べるだけである。
「即座に術者自体を滅ぼす──ですか?」
遠い焔(ほむら)の狂飆(きょうひょう)に、ユラユラと明暗された蠱惑の妖美艶かしいロマノも、一寸の情緒もなく、まるで悟りきった事のように答えた。
「ん? ウム。万全を期す、というのなら、自ずとそれにはなるな。
もっとも、今からアレが巻き起こすであろう極大なる崩壊から逃れるため、なにか適当な転移魔法で何処かに飛んでやってもよいが、それはそれで、一体何処まで跳べばよいのか皆目見当もつかぬ──
し、この俺としても、この星のことは、これはこれで中々気に入っておるのでな。
それを、おそらくは、だが、地図の形が変わるまでに吹き飛ばそうというのは、流石に捨て置けん」
常々、葡萄酒以外には万事に頓着なく、殆(ほとん)ど虚無主義にしか見えぬこの魔王にも、一応の沽券(こけん)のようなモノがあるようだ。
「では、今少しの猶予もなく、あの馬鹿娘の処断が必要とあらば、どうかこの私めにお命じください」
瞬時に事態を把握し、かつての魔戦将軍時代に戻ったかのように、氷のごとき殺意を帯びるカミラーは、すでに椅子から降り、豪奢なドレスの膝をすら引いていた。
「ウム、殊(こと)、疾(はや)い仕事というのなら、確かにお前が適任ではあるな。
では命じる。カミラーよ、今ひと駆けし、あの災禍の根を討ち取るのだ」
特段、荘重になる訳でもなく、手短に勅命を下したドラクロワだったが、その顏(かんばせ)に逡巡(しゅんじゅん)の色があるかないかを、まじまじと確認する者はいなかった。
「魔王様。どうかお待ちあれ」
目蓋を下ろしたロマノが、凜然として異議を申し立てた。
さて、天下人たるドラクロワに物言いをさせた情とは、師弟ゆえの深情けか、或いは傑作を惜しむ作品愛か?
「ならん。最早猶予はない」
ドラクロワは、今ユリアが巻き起こす焔の柱が茜(あかね)から、白く白くと変色してゆくのが眼に入らぬか、とばかりに一喝。
断じて下知(げぢ)は覆さぬとした。
このやり取りを頭上に聴くカミラーは、強い不満のような、それでいて心底助かったような、そんな複雑険しい面持ちでロマノの方を見上げたが、敢(あ)えて、なんら発することはしなかった。
そのロマノは、ドラクロワの返答に幽(かす)かに首肯してみせ、即座に不服の申し立てを引っ込めたようにみえた。
が、直ぐに用向きを変えたように、特段の臆面もなく、眼下の幼女らしき者に顔を移した。
「カミラーさん。確か貴女は、以前に宴の席にてこう仰っていましたよね?
自分には、生まれついての凄絶な退神聖属性があり、光の勇者であるユリア達など、その肌に触れただけで、たちどころに倒せる、と──」
あくまで超然と、まるで世間話でも振るかのように問うロマノ。
「…………」
だが、毛ほどの越権さえも畏れてか、尚もカミラーは応えない。
「ん? あぁ、そういえば、お前にはそんな能(ちから)もあったな。
ウム。なにやらこのやり取りも些(いささ)か面倒になってきたな。
フン。カミラーよ、まぁこの際だ、ユリアの生殺与奪はお前に任せるとする。
肝要は刻の無さだ。急げ」
我、一度発した言葉に差し戻しなどなし、といった、為政者特有の意固地など微塵もなく、ただただ気紛れ気儘に振る舞うのが、このドラクロワという変わり者魔王の本来の柄なのかも知れない。
「御意!」
カミラーは厳かに応え、光栄の至りと、全身に粟を立てつつ、逃げ惑う観客等の潮流に逆らって、業火渦巻く舞台へと跳ばんとした、が──
「ん? あれは、」
ふと、舞台上を凝視していたドラクロワが、薬指の先にて白い額を押さえつつ言った。
見れば、今や異様な長身となった狂乱する悪鬼ユリアの前に、斬馬刀のごとき大剣を背負った、スラリとした美影が屹立しているではないか。
無論その者とは、アンとビスによる神聖治療魔法により復帰したマリーナであり、そのやや後方には同様のシャンの姿もあった。
「ちょっとユリア? だよね? アンタもその辺で止めときなよ。
伝説の光の勇者が、クマのパンツ丸出しのホーカマになってどーすんのさ?」
と、頭上を指差し喚くマリーナの伸びやかな肢体には、どうやら神聖魔法系の上級障壁が付与されているらしく、全体を青白い燐光が包んでいた。
ゆえに、ユリアが招いた炎熱地獄にも若干の苦悶は見せつつも、なんとか焼かれず耐えているように見受けられた。
「うん。どうやらまた、例の酒乱癖で暴走の限りを尽くしているようだな。
一体どういう仕組みでその不可思議な亢進を果たしたのかは分からんが、どうやらあの謎の女武芸者を見事退治したようではあるな。
うん。それ自体は非常な賞賛には値するが、流石にこれ以上の蛮行は見過ごせないぞ?」
と腕組みのシャンも、マリーナ同様に青き燐光に包まれて言った。
「ユリア様! どうか気をお確かに!」
六角棒のアンも、毅然としてユリアを見上げる。
「そうです! どうか元の冷静でお優しいユリア様にお戻りください!!」
ビスも眼に一杯の涙を溜めて叫んだ。
「んあ? なんだぁテメーら? この俺様が気持ちよーく焚き火してるのが、そぉーんなに気に入らねぇーってか?」
相変わらず長い両手の先に火球を掴んだユリアは、眼下にて己をなだめようとする仲間達を見下ろし、極めて不機嫌そうに述べた。
「あのさーユリア? もうコレってさ、焚き火とかってゆう生ヤサシーモンじゃなくなってるから」
マリーナは、アンとビスらの神聖治療魔法によってすでに介抱されたとはいえ、客席の方々にて着衣から白煙を燻(くゆ)らせる、未だ倒れたままの観客等を指差す。
「ぬぁんだと!? テメ、スゲーバカで、そのうえ戦士のクセして、この俺様に指図しおーってか!? ああっ!?」
相も変わらず戦士職を蔑視するユリアは、凄まじい殺気を放つ赤い眼を見開くや、なんの前触れもなく、下衆な言葉の際に己の鉤爪を乗せ、下方のマリーナへと振るった。
刹那、耳を覆いたくなるような激烈な金属音が鳴り響く。
見れば、今や人外の怪力無双となったユリアから振り下ろされた致命的な引っ掻きではあったが、それを飛燕のごとき抜き打ちにて、すんでのところで弾いたマリーナがいた。
「っひゃあー!! い、いっきなりなにすんだよーユリア!!?」
マリーナは喚きつつ、黒革眼帯とは反対の左目を見開き、手元の愛剣の刃こぼれを凝視しては戦慄した。
「やめろユリア!! 我々光の勇者団が仲間割れをしてなんとする!
アン! ビス! どうなっている!?」
シャンは、己の後方にて印を切るような仕草のライカン姉妹に向け、なぜ酔い醒ましの神聖魔法が功を奏しないのか吼えるように訊く。
「はっ! はい!! それが既に!」
「もう幾重にも施しています!!」
アンとビスは、やや隈の目立つ憔悴しきった顔の額に無数の玉の汗を浮かべながら、この異様な事態に呻(うめ)くことしか出来なかった。
そう、通常の精霊魔法・古代魔法より消耗はマシとされる神聖魔法とて、日に行使できる量も質も決して無限ではないのだ。
「アレ? ゴリーナ!! テメ、馬鹿の見本みてーな露出狂変態のクセして、よーくもこの俺に向かって剣を抜きゃーがったな!!?
そーかそーか。遂にこの俺様とやろーってか!
よーし! んじゃ、後ろの毎度イカれた理屈が多い変態根暗も、普段はイケ好かねえお澄ましキメこんでやがるのに、ここ一番大事なとこでいつも頼りにならねー気取り屋の双子も、ぜーんぶまとめて、束になってかかってこいやぁ!!」
と、暴走のユリアは無頼の啖呵(おもいのたけ)を切ったかと思うと、下方の仲間達にのし掛かるような姿勢となり、そこから両の鉤爪の鎌、また履いた靴の生地を容易く貫いた、ドキドキするような鋭い爪先の槍とを駆使し、当たるを幸いの猛攻撃を浴びせかけたのである。
「ゴリ!? ひゃっ! ちょっ! まっ!」
「イカ!? ん! ぐっ!!」
「イケ好ッ!? こ、これは!!」
「我々を日頃からそんな風に!? ぐっ! かっ!!」
すぐに加速度的に苛烈になってゆくユリアの乱打を、なんとか手持ちの鋼鉄の得物でしのぐ四名だった。
が、それぞれに、カッカと火花を散らしながらも、ただただ防戦の一方である。
「そらそらそらそらそらそらぁー!!」
と、遠慮なく狂奔するユリアはいよいよ活気付き、四肢を高速の鞭のように振るっては、文字どおり仲間達を削ってゆくのだった。
「ちょ!! ホント、いい加減にぃ、しなッ!!」
両の頬を深く斬られたマリーナが喚き、一際派手にユリアの爪を弾いた。
刹那、マリーナの左眼が白光を放ち、その肢体の面には、角張った奇妙な乳白色の紋様が走った。
つまり、このマリーナの本身である、あの有翼の聖戦士への変貌である。
「あっ! このクソが! いよいよ出しやがったなッ!」
ユリアは、以前に喫した聖酒の影響を受け、マリーナとシャンだけが恒常的に強化されたのを思い出したか、より殺意を色濃くしながら襲いかかる。
と、それを読んで、惚れ惚れするような身交わしを果たし、背、両足首の都合六枚の羽を総動員させ意のままに飛翔をするマリーナ。
螺旋に翔ぶ彼女を飾る、長い金色の髪が炎に煌めいて、夢のように美しくその残像を飾り付けた。
「行っくよー!!」
マリーナは一足飛びにユリアの頭上に到達。一切の間を置かず、そこから大剣を振り下ろす。
無論、刃は真横に寝かせ、鎬(しのぎ)にて脳天を打ちのめす昏倒狙いの不殺打であった。
だが、成人女性の肩幅ほどもある、その厚重ねの刀身に、突如、真下からの猛烈な衝突が跳ね上がり、滞空のマリーナは、その余りの手応えに堪らず、無理やり万歳をさせられるように仰け反った。
「ひゃあ!!」
と一声叫んだマリーナだったが、まるで全力で床を打ったかのような手の痺れを感じるより早く、凄絶な頭突きを放ったユリアの左の手が迅雷のごとく伸び、その不気味に伸長した指の掌でマリーナの首を絡めとるように鷲掴みにした。
「う!? ぐえっ!!」
しまった、とばかりに上向きで呻くマリーナだったが、その刹那、視界が滝のように高速に流れ、目が飛び出るほどの激突を感じた。
見れば、怪力無双に任せ、無造作にマリーナを振るうユリアが、それを仲間のシャンへと豪快に投げつけていた。
この激突により、マリーナの被った深紅の黒角兜などは真っ二つに破砕し、その仲間の身を真正面から、華奢な胸元へと流星のごとく落とされたシャンも、恐ろしい化け物に容赦なく引っ張られたようにして、残像すらあるかないかの勢いで後方へとすっ飛んだ。
「おー!? テメーらこんなもんか!? ちょっと温すぎねぇかァッ!?」
自ら放った超弩級(ちょうどきゅう)頭突きの影響か、熟れきった落ちた柘榴(ザクロ)のように、額をパックリと割って、そこから派手に頭蓋骨の白を覗かせつつ流血するユリアだったが、今や彼女は闘争本能の化身である。
暖簾に腕押し、仲間の余りの体たらくに呆れ果てては、吼えるような挑発を浴びせかける。
だが、マリーナもシャンも、今や立派な猛者中の猛者である。
ただ──
ただユリアという無二の仲間相手に、どこまでどう攻めてよいのかを考えあぐねた一瞬の躊躇いがあり、そこをユリアにつけこまれたゆえの大失態だった。
そして、その二人は今、凄まじくもつれ合いながら、床に五度六度と跳ねては、忽(たちま)ちボロ雑巾と化し、四肢も首もあらぬ方へと向く、まさしく死に体とされた。
これを認めたユリアは、ニンマリと気味悪く破顔し、激しく鼻息を吹きつつ、アンバランスな長身を思う様に奮っては、勝利の小躍りを極(き)めるのだった。
と、唐突にその背中側で、落雷のごとき閃光と轟音とが炸裂した。
「ケッ! そろそろ来る頃だとは思ってたぜ! クソバンパイアがよおッ!!」
ユリアは流血で洗われた真っ赤な眼を細めて振り返った。
0
お気に入りに追加
151
あなたにおすすめの小説
鬼切りの刀に憑かれた逢神は鬼姫と一緒にいる
ぽとりひょん
ファンタジー
逢神も血筋は鬼切の刀に憑りつかれている、たけるも例外ではなかったが鬼姫鈴鹿が一緒にいることになる。 たけると鈴鹿は今日も鬼を切り続ける。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
神の宝物庫〜すごいスキルで楽しい人生を〜
月風レイ
ファンタジー
グロービル伯爵家に転生したカインは、転生後憧れの魔法を使おうとするも、魔法を発動することができなかった。そして、自分が魔法が使えないのであれば、剣を磨こうとしたところ、驚くべきことを告げられる。
それは、この世界では誰でも6歳にならないと、魔法が使えないということだ。この世界には神から与えられる、恩恵いわばギフトというものがかって、それをもらうことで初めて魔法やスキルを行使できるようになる。
と、カインは自分が無能なのだと思ってたところから、6歳で行う洗礼の儀でその運命が変わった。
洗礼の儀にて、この世界の邪神を除く、12神たちと出会い、12神全員の祝福をもらい、さらには恩恵として神をも凌ぐ、とてつもない能力を入手した。
カインはそのとてつもない能力をもって、周りの人々に支えられながらも、異世界ファンタジーという夢溢れる、憧れの世界を自由気ままに創意工夫しながら、楽しく過ごしていく。
特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
王宮で汚職を告発したら逆に指名手配されて殺されかけたけど、たまたま出会ったメイドロボに転生者の技術力を借りて反撃します
有賀冬馬
ファンタジー
王国貴族ヘンリー・レンは大臣と宰相の汚職を告発したが、逆に濡れ衣を着せられてしまい、追われる身になってしまう。
妻は宰相側に寝返り、ヘンリーは女性不信になってしまう。
さらに差し向けられた追手によって左腕切断、毒、呪い状態という満身創痍で、命からがら雪山に逃げ込む。
そこで力尽き、倒れたヘンリーを助けたのは、奇妙なメイド型アンドロイドだった。
そのアンドロイドは、かつて大賢者と呼ばれた転生者の技術で作られたメイドロボだったのだ。
現代知識チートと魔法の融合技術で作られた義手を与えられたヘンリーが、独立勢力となって王国の悪を蹴散らしていく!
性的に襲われそうだったので、男であることを隠していたのに、女性の本能か男であることがバレたんですが。
狼狼3
ファンタジー
男女比1:1000という男が極端に少ない魔物や魔法のある異世界に、彼は転生してしまう。
街中を歩くのは女性、女性、女性、女性。街中を歩く男は滅多に居ない。森へ冒険に行こうとしても、襲われるのは魔物ではなく女性。女性は男が居ないか、いつも目を光らせている。
彼はそんな世界な為、男であることを隠して女として生きる。(フラグ)
異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜
KeyBow
ファンタジー
間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。
何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。
召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!
しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・
いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。
その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。
上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。
またぺったんこですか?・・・
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる