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230話 Let's パーティアタック

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「では……あの火炎魔法が真の脅威へと転じた際の、その具体的な対応策、となりますれば……」
 カミラーは、冷や汗の伝う小さな顎先を手の甲で拭いつつ、敬虔な信者の面持ちで主君を見上げ、この窮地からの活路を求めた、が──

「ウム。まぁあの様子からして、最早残された時はないのかも知れぬ、な。
 つまりは、一か八か、俺最大の魔法障壁を発現させて防御を試みるか。或いは──」
 この男らしいと云おうか、流石と云おうか、魔王ドラクロワは、ただ煙たそうに赤熱の舞台に冷眼を向け、どうでもよいことのように私見を述べるだけである。

「即座に術者自体を滅ぼす──ですか?」
 遠い焔(ほむら)の狂飆(きょうひょう)に、ユラユラと明暗された蠱惑の妖美艶かしいロマノも、一寸の情緒もなく、まるで悟りきった事のように答えた。

「ん? ウム。万全を期す、というのなら、自ずとそれにはなるな。
 もっとも、今からアレが巻き起こすであろう極大なる崩壊から逃れるため、なにか適当な転移魔法で何処かに飛んでやってもよいが、それはそれで、一体何処まで跳べばよいのか皆目見当もつかぬ──
 し、この俺としても、この星のことは、これはこれで中々気に入っておるのでな。
 それを、おそらくは、だが、地図の形が変わるまでに吹き飛ばそうというのは、流石に捨て置けん」
 常々、葡萄酒以外には万事に頓着なく、殆(ほとん)ど虚無主義にしか見えぬこの魔王にも、一応の沽券(こけん)のようなモノがあるようだ。

「では、今少しの猶予もなく、あの馬鹿娘の処断が必要とあらば、どうかこの私めにお命じください」
 瞬時に事態を把握し、かつての魔戦将軍時代に戻ったかのように、氷のごとき殺意を帯びるカミラーは、すでに椅子から降り、豪奢なドレスの膝をすら引いていた。

「ウム、殊(こと)、疾(はや)い仕事というのなら、確かにお前が適任ではあるな。
 では命じる。カミラーよ、今ひと駆けし、あの災禍の根を討ち取るのだ」
 特段、荘重になる訳でもなく、手短に勅命を下したドラクロワだったが、その顏(かんばせ)に逡巡(しゅんじゅん)の色があるかないかを、まじまじと確認する者はいなかった。

「魔王様。どうかお待ちあれ」
 目蓋を下ろしたロマノが、凜然として異議を申し立てた。
 さて、天下人たるドラクロワに物言いをさせた情とは、師弟ゆえの深情けか、或いは傑作を惜しむ作品愛か?

「ならん。最早猶予はない」
 ドラクロワは、今ユリアが巻き起こす焔の柱が茜(あかね)から、白く白くと変色してゆくのが眼に入らぬか、とばかりに一喝。
 断じて下知(げぢ)は覆さぬとした。

 このやり取りを頭上に聴くカミラーは、強い不満のような、それでいて心底助かったような、そんな複雑険しい面持ちでロマノの方を見上げたが、敢(あ)えて、なんら発することはしなかった。
 
 そのロマノは、ドラクロワの返答に幽(かす)かに首肯してみせ、即座に不服の申し立てを引っ込めたようにみえた。
 が、直ぐに用向きを変えたように、特段の臆面もなく、眼下の幼女らしき者に顔を移した。

「カミラーさん。確か貴女は、以前に宴の席にてこう仰っていましたよね? 
 自分には、生まれついての凄絶な退神聖属性があり、光の勇者であるユリア達など、その肌に触れただけで、たちどころに倒せる、と──」
 あくまで超然と、まるで世間話でも振るかのように問うロマノ。

「…………」
 だが、毛ほどの越権さえも畏れてか、尚もカミラーは応えない。

「ん? あぁ、そういえば、お前にはそんな能(ちから)もあったな。
 ウム。なにやらこのやり取りも些(いささ)か面倒になってきたな。
 フン。カミラーよ、まぁこの際だ、ユリアの生殺与奪はお前に任せるとする。
 肝要は刻の無さだ。急げ」
 我、一度発した言葉に差し戻しなどなし、といった、為政者特有の意固地など微塵もなく、ただただ気紛れ気儘に振る舞うのが、このドラクロワという変わり者魔王の本来の柄なのかも知れない。

「御意!」
 カミラーは厳かに応え、光栄の至りと、全身に粟を立てつつ、逃げ惑う観客等の潮流に逆らって、業火渦巻く舞台へと跳ばんとした、が──

「ん? あれは、」
 ふと、舞台上を凝視していたドラクロワが、薬指の先にて白い額を押さえつつ言った。

 見れば、今や異様な長身となった狂乱する悪鬼ユリアの前に、斬馬刀のごとき大剣を背負った、スラリとした美影が屹立しているではないか。

 無論その者とは、アンとビスによる神聖治療魔法により復帰したマリーナであり、そのやや後方には同様のシャンの姿もあった。

「ちょっとユリア? だよね? アンタもその辺で止めときなよ。
 伝説の光の勇者が、クマのパンツ丸出しのホーカマになってどーすんのさ?」

 と、頭上を指差し喚くマリーナの伸びやかな肢体には、どうやら神聖魔法系の上級障壁が付与されているらしく、全体を青白い燐光が包んでいた。
 ゆえに、ユリアが招いた炎熱地獄にも若干の苦悶は見せつつも、なんとか焼かれず耐えているように見受けられた。
    
「うん。どうやらまた、例の酒乱癖で暴走の限りを尽くしているようだな。
 一体どういう仕組みでその不可思議な亢進を果たしたのかは分からんが、どうやらあの謎の女武芸者を見事退治したようではあるな。
 うん。それ自体は非常な賞賛には値するが、流石にこれ以上の蛮行は見過ごせないぞ?」
 と腕組みのシャンも、マリーナ同様に青き燐光に包まれて言った。

「ユリア様! どうか気をお確かに!」
 六角棒のアンも、毅然としてユリアを見上げる。

「そうです! どうか元の冷静でお優しいユリア様にお戻りください!!」
 ビスも眼に一杯の涙を溜めて叫んだ。

「んあ? なんだぁテメーら? この俺様が気持ちよーく焚き火してるのが、そぉーんなに気に入らねぇーってか?」
 相変わらず長い両手の先に火球を掴んだユリアは、眼下にて己をなだめようとする仲間達を見下ろし、極めて不機嫌そうに述べた。

「あのさーユリア? もうコレってさ、焚き火とかってゆう生ヤサシーモンじゃなくなってるから」
 マリーナは、アンとビスらの神聖治療魔法によってすでに介抱されたとはいえ、客席の方々にて着衣から白煙を燻(くゆ)らせる、未だ倒れたままの観客等を指差す。

「ぬぁんだと!? テメ、スゲーバカで、そのうえ戦士のクセして、この俺様に指図しおーってか!? ああっ!?」
 相も変わらず戦士職を蔑視するユリアは、凄まじい殺気を放つ赤い眼を見開くや、なんの前触れもなく、下衆な言葉の際に己の鉤爪を乗せ、下方のマリーナへと振るった。

 刹那、耳を覆いたくなるような激烈な金属音が鳴り響く。

 見れば、今や人外の怪力無双となったユリアから振り下ろされた致命的な引っ掻きではあったが、それを飛燕のごとき抜き打ちにて、すんでのところで弾いたマリーナがいた。

「っひゃあー!! い、いっきなりなにすんだよーユリア!!?」
 マリーナは喚きつつ、黒革眼帯とは反対の左目を見開き、手元の愛剣の刃こぼれを凝視しては戦慄した。

「やめろユリア!! 我々光の勇者団が仲間割れをしてなんとする! 
 アン! ビス! どうなっている!?」
 シャンは、己の後方にて印を切るような仕草のライカン姉妹に向け、なぜ酔い醒ましの神聖魔法が功を奏しないのか吼えるように訊く。

「はっ! はい!! それが既に!」

「もう幾重にも施しています!!」

 アンとビスは、やや隈の目立つ憔悴しきった顔の額に無数の玉の汗を浮かべながら、この異様な事態に呻(うめ)くことしか出来なかった。

 そう、通常の精霊魔法・古代魔法より消耗はマシとされる神聖魔法とて、日に行使できる量も質も決して無限ではないのだ。

「アレ? ゴリーナ!! テメ、馬鹿の見本みてーな露出狂変態のクセして、よーくもこの俺に向かって剣を抜きゃーがったな!!?
 そーかそーか。遂にこの俺様とやろーってか! 
 よーし! んじゃ、後ろの毎度イカれた理屈が多い変態根暗も、普段はイケ好かねえお澄ましキメこんでやがるのに、ここ一番大事なとこでいつも頼りにならねー気取り屋の双子も、ぜーんぶまとめて、束になってかかってこいやぁ!!」

 と、暴走のユリアは無頼の啖呵(おもいのたけ)を切ったかと思うと、下方の仲間達にのし掛かるような姿勢となり、そこから両の鉤爪の鎌、また履いた靴の生地を容易く貫いた、ドキドキするような鋭い爪先の槍とを駆使し、当たるを幸いの猛攻撃を浴びせかけたのである。

「ゴリ!? ひゃっ! ちょっ! まっ!」

「イカ!? ん! ぐっ!!」

「イケ好ッ!? こ、これは!!」

「我々を日頃からそんな風に!? ぐっ! かっ!!」

 すぐに加速度的に苛烈になってゆくユリアの乱打を、なんとか手持ちの鋼鉄の得物でしのぐ四名だった。
 が、それぞれに、カッカと火花を散らしながらも、ただただ防戦の一方である。

「そらそらそらそらそらそらぁー!!」
 と、遠慮なく狂奔するユリアはいよいよ活気付き、四肢を高速の鞭のように振るっては、文字どおり仲間達を削ってゆくのだった。 

「ちょ!! ホント、いい加減にぃ、しなッ!!」
 両の頬を深く斬られたマリーナが喚き、一際派手にユリアの爪を弾いた。

 刹那、マリーナの左眼が白光を放ち、その肢体の面には、角張った奇妙な乳白色の紋様が走った。
 つまり、このマリーナの本身である、あの有翼の聖戦士への変貌である。

「あっ! このクソが! いよいよ出しやがったなッ!」
 ユリアは、以前に喫した聖酒の影響を受け、マリーナとシャンだけが恒常的に強化されたのを思い出したか、より殺意を色濃くしながら襲いかかる。

 と、それを読んで、惚れ惚れするような身交わしを果たし、背、両足首の都合六枚の羽を総動員させ意のままに飛翔をするマリーナ。
 螺旋に翔ぶ彼女を飾る、長い金色の髪が炎に煌めいて、夢のように美しくその残像を飾り付けた。

「行っくよー!!」
 マリーナは一足飛びにユリアの頭上に到達。一切の間を置かず、そこから大剣を振り下ろす。
 無論、刃は真横に寝かせ、鎬(しのぎ)にて脳天を打ちのめす昏倒狙いの不殺打であった。

 だが、成人女性の肩幅ほどもある、その厚重ねの刀身に、突如、真下からの猛烈な衝突が跳ね上がり、滞空のマリーナは、その余りの手応えに堪らず、無理やり万歳をさせられるように仰け反った。

「ひゃあ!!」

 と一声叫んだマリーナだったが、まるで全力で床を打ったかのような手の痺れを感じるより早く、凄絶な頭突きを放ったユリアの左の手が迅雷のごとく伸び、その不気味に伸長した指の掌でマリーナの首を絡めとるように鷲掴みにした。

「う!? ぐえっ!!」

 しまった、とばかりに上向きで呻くマリーナだったが、その刹那、視界が滝のように高速に流れ、目が飛び出るほどの激突を感じた。

 見れば、怪力無双に任せ、無造作にマリーナを振るうユリアが、それを仲間のシャンへと豪快に投げつけていた。

 この激突により、マリーナの被った深紅の黒角兜などは真っ二つに破砕し、その仲間の身を真正面から、華奢な胸元へと流星のごとく落とされたシャンも、恐ろしい化け物に容赦なく引っ張られたようにして、残像すらあるかないかの勢いで後方へとすっ飛んだ。

「おー!? テメーらこんなもんか!? ちょっと温すぎねぇかァッ!?」

 自ら放った超弩級(ちょうどきゅう)頭突きの影響か、熟れきった落ちた柘榴(ザクロ)のように、額をパックリと割って、そこから派手に頭蓋骨の白を覗かせつつ流血するユリアだったが、今や彼女は闘争本能の化身である。
 暖簾に腕押し、仲間の余りの体たらくに呆れ果てては、吼えるような挑発を浴びせかける。

 だが、マリーナもシャンも、今や立派な猛者中の猛者である。
 ただ──
 ただユリアという無二の仲間相手に、どこまでどう攻めてよいのかを考えあぐねた一瞬の躊躇いがあり、そこをユリアにつけこまれたゆえの大失態だった。
 
 そして、その二人は今、凄まじくもつれ合いながら、床に五度六度と跳ねては、忽(たちま)ちボロ雑巾と化し、四肢も首もあらぬ方へと向く、まさしく死に体とされた。

 これを認めたユリアは、ニンマリと気味悪く破顔し、激しく鼻息を吹きつつ、アンバランスな長身を思う様に奮っては、勝利の小躍りを極(き)めるのだった。

 と、唐突にその背中側で、落雷のごとき閃光と轟音とが炸裂した。

「ケッ! そろそろ来る頃だとは思ってたぜ! クソバンパイアがよおッ!!」
 ユリアは流血で洗われた真っ赤な眼を細めて振り返った。
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