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228話 ↓↘→+P

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 こうして無事(?)悪夢の魔人と化したユリアだったが、これを認めた観客席の競美会委員長、カゲロウ=インスマウスは、あまりの驚愕に、喘(あえ)ぐようにして開いた口が塞(ふさ)がらなかった。

「お、おおお……あ、あれは一体……あ、あの可憐なユリア様が、な、なんという独創的なお姿に……」
 と、動揺に愛用の片眼鏡(モノクル)さえこぼさんばかりである。

「ギャハハ! ハゲチャビンよ。お前も驚いたか?
 ユリアよ。お前は一体何者じゃ? 単なる生真面目一本の人間ではなかったのかえ?
 しかし、なーんも、あのように誠、気色の悪い姿にならいでも、もーっとなんとかならんかったのかえ?」
 桃色の華美な洋扇子で、世にも美しい小さな顔の下部を隠すようなカミラーが、同意を求めるような眼で老紳士を見上げた。

「あ──い、いえ……確かに異形なれど、その……なんと申しますか……例えるならば、粘性の失われる、ギリギリまで鍛えぬかれた鋼の長剣、いや、ジャマダハル? 
 うん。あの極めて独創的なるお姿は、何かそういった、純粋に闘いのみに特化した変容と申しますか、ま、その……。
 いや! と、とてつもなく独創的に美しいです!!」
 老人は心底魅了されたように打ち震えながら両目を潤ませていた。

「フフフ……流石は委員長。とても素敵な審美眼をお持ちですね。
 ウフフ、そうなのです。 元来人間とはあのように美しく、そしてなにより、狂おしいまでに赤裸々な生き物なのです」
 隣の妖美の副委員長も、うっとりするように巨大魔法スクリーンを眺めていた。

「お前達とはそれなりの付き合いだが、やはり同じ酔狂の徒であったか。
 ウム……あれはだな、この俺から云わせれば、ヤツの中に眠る"狂気"に、漸(ようや)く身体の方が追い付いたか、と、まぁそういったところだ。
 まさしく天部と同じだ。自らを聖なる者と称する者ほど、その本質は狂っており、そして、その実態とは、すこぶる醜いものだ。
 それにつけても、あのユリアという生き物……中々に面白いヤツだ」
 と評したドラクロワが、僅かに口角を上げたのに、陶酔と恭順の面持ちのカミラー以外、一体何人が気付いただろうか。

 さて、これを舞台上にて呆然と見上げるトーネとて、元より並の人間の範疇ではない──

 直ぐ様、丹田(はら)を鋼のごとく硬めつつ、空手などで云うところの"息吹き"にて、瞬時に呼吸を調え、即座に平常心をも取り戻した。

 そして、対峙(たいじ)したユリアが提(さ)げた、ダラリと長い左腕の先が握る魔法杖を露骨に睨むや、タンッと床を蹴って少し跳んだかと思うと、そこから惚惚(ほれぼれ)するような流麗なる横廻し蹴りを放ち、左の足刀にてネジくれた杖を薙ぎ払って見せた。

 カッ!とばかりに鳴ったこの一閃により、ユリアの魔法杖は、見事、真ん中から確かに両断をされ、その大きなルビーが据わった杖頭部は遠く遠くへ跳ねて飛んだ。

「あ? やいテメ、いきなり何しやがる」
 忽(たちま)ち業腹となり、愛用の得物の上半分が消失してゆく先、その赤く煌(きら)めく軌跡を追うユリアだった。

「ハッ! ボサッとしてんじゃないよ!」
 と、相変わらずの無頼な言葉の尾を引きつつ、トーネは再度一陣の疾風となり、半瞬でユリアの背後に回り込んで、そこの長々とした左足の膝裏を扇風の足刀にて蹴り下げた。

「あ痛(イデ)っ!」
 と、つい上向くようにバランスを崩す長身のユリア。

 続けざまに、トーネはそのまま乗馬するように、ユリアの紅くひび割れたふくらはぎを足場にしつつ、瞬く間に牙城の中腹、まるで痩せ猫のようにローブに背骨が浮き立つ背中を駆け登った。

 そして、自身の鋼の体幹をこれでもかと捻り、猛烈な錐(きり)もみ回転をしながら更に宙へと舞い、やや下方に向かって伸びて前傾姿勢となった、そんな化け物じみたユリアの長い延髄(えんずい)辺りを水平に薙ぐようにして手刀を放つ。

(けっ、なんのこたあないねえ! この娘ときたらムダに間延びしてノロマになっただけさ)
 そう腹の中でユリアを嘲笑(わら)った。

 確かに、不気味に長く伸びた四肢と首とをもて余したようなユリアは、一見すると、相対的に異様に小さく見える頭といい、なにか出来損ないの蟷螂(カマキリ)のようでもあり、そこはかとなく緩慢(ノロマ)にも見受けられた。
 が──

 その後頭部には蟷螂よろしく複眼でも付いてあるのか。ユリアは小さな頭部を高速で横に傾けてトーネの手刀を空振りさせ、見事、斬首を免れた。
 そして舞い散る栗色の髪──

「なんだって? 避(よ)け、」

 完全な死角に回ってからの攻め手を虚しくさせられたトーネが不可解に陥ったその直後、下方から凄いのが来た。

 それは、今や三メートル、いやほとんど4メートルに届きそうな長身となったユリアからして信じられないほどの、そんな、まさしく紫電を思わせる挙動だった。

 その振り向きざまから放たれた、天井方向へと駆け昇る、戦槍のごとき右のトウキックが空気を裂きつつ、トーネの鳩尾を貫いたのである。

 だが、このトーネとて武の魔人──

 その稲妻のごとき凄絶な蹴りの威力(インパクト)が背中へと抜ける、そんな針の先ほどの四半瞬を両手で捕らまえ、それが肉体破壊に至るすんでのところで大きく身を捻りつつ、彼女の一子相伝の魔技、"閂毀(かんぬきこぼし)"を放ったのである。

 元来、この"閂毀(かんぬきこぼし)"とは、攻撃を空振りさせた敵の伸びきって脆弱になりおおせた関節を折るという、単にそれだけのものではない(質は粗いが、ユリアも本能的に実践可能)。

 この魔技が白兵戦において、ほぼ無敵と云える由縁とは、単なる関節の破壊、その遥か先にある。

 それというのは、あくまで相手の放った攻撃、その「威力」を自在かつ完璧に、まるでなにかの物体のようにはっきりと捕らえ、それが手中にて炸裂をする前に、追加で自らの怪力を載せ、そのすべてを相手へと送り返すという妙味にある。

 無論こんなモノを"贈り"返された日には堪(たま)ったものではない。
 先ず、その直撃を受けた、手にした得物というモノなどは即座に破砕され、挙げ句、その炸裂する膨大な「威力」は、そのまま身体の先端から内部へと電撃のごとく伝播しながら、その道すがらを思う様に粉砕しつつ、あますことなく全身を駆け巡るのである。

 つまり、あくまでも、この破壊奥義である「威力」を完全に支配する能力が発揮されたとき、その副作用的結果として、脆弱性を帯びた"関節"の粉砕が露見されるというだけなのである。

「──の、馬鹿力ッ!」
(ザマあないよ! 膨れた蚤(ノミ)みたいに弾けちまいなっ!!)

 そう勁烈(けいれつ)に念じたトーネは、赤い舌先を口の脇から覗かせつつ、毬かなにかを前方へと大きく突き出すような格好で、蹴りを空振りさせたユリア、その長大な脚の膝裏へと威力の放出を極(キ)めるや、両手を陰陽、天地上下へと舞わした。
 そして、その華麗なるフォロースルーへと移行しながら、彼女は本日の任務達成を確信していた。

 なにしろ、このユリアが発揮した、原初の人間が持っていたとされる怪力無双の蹴り、それに修羅一族の優生種自らの恐ろしい膂力を付加した技が完全に極(キマ)ったのだ。

 そんな、触れるものすべてを瞬時に爆裂させるような恐るべき「威力」が今、ユリアの身体を駆け巡り、挙げ句、小さな頭部にて集中し、パンッとばかりに頭蓋を弾けさせる、そういった見るも無残な光景を想像し、完了印を捺(お)したかのように頷くトーネだった、が──

 突然飛び込んできた余りに予想外なる眼前の光景に、思わず、ヒッと息を飲んだ。

 なんと、無様に蹴り上げを空振りさせたはずのユリアがこちらへと向き直り、しかも己の眼前で両手を挙げ、まるで地球儀でも挟(はさ)むようにして、景色を朧(おぼろ)に歪ませる「威力」の玉を確(しか)と捕らえているではないか。

「あえ? ナンだこりゃ?」
 ユリアは捕まえた「威力」の玉を、赤く光る眼で興味深気に、しげしげと眺めつつ小首を傾げていた。

「はえ? い、痛(いだ)だだだっ!!」
 刹那、「威力」の玉はいよいよ彼女の掌中で暴れ始め、そこの内側からユリアの十指を、ベシッベシッと弾いて、挙げ句、その生爪等を勢いよく散乱させてゆくのだった。

「ぐあーッ!! クソッ! なにか知らねえが──痛(いて)えから返す!」

 なんと、眉間に深い縦皺をよせたユリアは、「威力」の玉を右手に鷲掴みにして下ろし、それを後ろに引いたかと思うと、今、漸(ようや)く着地を果たしたトーネの土手(どて)っ腹に突っ返したのである。

「──莫迦(バカ)ッッ」

 驚愕のトーネは、視神経が、ピチッと弾けるほどに両の眼を剥いたという。
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