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227話 ア○チョンプリケなアップリケ

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 修羅一族が誇る最強女闘士トーネは、どんなにか念入りに壊しても、まるで何事もなかったかのように、平然と前線復帰をする衛兵達と、一方的で、かつ際限のない消耗戦を強いられていた。

 何故なら、彼女が得意とする、まさしく究極の"理合い読み"である"閂毀(かんぬきこぼし)"とは、その技の性質上、連続使用には尋常ならざる集中力を要求されるからだ。

 これが、ほんの少しでも気を抜けば、忽(たちま)ち四肢の一部、また頭髪等を捕らえられ、多勢により即座に組憑(くみつ)かれてからの串刺しに至るは必定である。

 しかも、この並みいる衛兵達とは、白兵戦の超エリートであるだけでなく、一時的とはいえ、命の前借りをするほどに強力な肉体強化魔法が施されている。
 これにより、吸われの野良バンパイア(カミラーのような真正ではない)程度の魔物なら、それらを遥かに凌駕する膂力と速度を実装している訳だ。

 その明日をも放棄した悪鬼のごとき形相の巨漢達が、千切っては投げ、千切っては投げと、幾ら倒しても尚、叢雲(ムラクモ)のように湧いては襲い来る。

 これには、強力な亜人種である修羅、その優生種トーネを以(もっ)てしても、流石に消耗の色が隠せなくなってきていた。

「畜生、一体なにが、ど、」
 と苦言も半句のトーネの胸ぐらを掴もうと、ゴオッと高速で伸びて来た、ほとんど土管のような青きガントレットが、不意に燕返しのごとくに反転して、遂にトーネの赤黒のジャケットの左肩を掴んだのである。

 言うまでもなく、人間とは学習して慣れることが大得意な生き物だ。
 つまりは、流石に衛兵達も、トーネの人間離れした体さばきに急速なる順応を見せ始めた結果である。

「クッ! な、舐めんじゃない、よッ!!」
 トーネは咄嗟(とっさ)に床を蹴って、体幹を竜巻のように回転させ、空中で衛兵の腕をその凄絶な螺旋運動で損壊し、なんとか逃げおおせて見せた。
 が、それもただの急場しのぎ、彼女が着地したその場所が、依然として窮地であることに変わりはないのだ。
 次が、そのまた次が迫り来る。

「やいやい、このボンクラ共! どういうカラクリか分かんないけど、アンタ等だって無尽蔵に治るって、そんなハズあありっこないんだ!!
 そろそろ、こっちも本腰入れて遊んでやるから、ちったあ真面目(マジ)になってかかってきなあ!!」
 と露骨に劣勢に傾きつつも尚、威勢のよい啖呵を切ったトーネだった。
 が、その実、枯れた喉は焼けつき、不覚にも膝が笑っている。
 正直、彼女の鍛え抜かれた肉体と鋭敏なる集中力にも限界というやつが迫っていた。

 この過度に疲弊したトーネが、左の目蓋(まぶた)に、ヒヤリと乗っかる汗の珠を親指で弾いて飛ばした、その時──
 不意に、両腕を前に構えた、或いは八相構えの衛兵達の動きが一瞬停まって見えた。

 だが、それは決してトーネの期待的観測の投影でも、また気のせいなどでもなく、確かに衛兵達は突如として彫像のごとく固まり、そこから不意に、糸の切れた操り人形のように、一斉に膝から崩れ、次々に前のめりに倒れ伏してゆくではないか。

 もし、この場に観察眼の鋭い者があったとすれば、その彼らの頭上に輝いていた、あの乳白色の神聖文字"快癒"が、この総崩れの少し前から既に消失していたことを見抜いていただろう──

「ちょいと! 今度は今度で、急になんだってんだい!?」
 トーネは、その連鎖的な地響きと有り様に眉をひそめつつも、同時に、すっかりと見渡し易くなった舞台に刮目(かつもく)した。

 と、そこに見えたのは、大理石の白地に盛大に朱(あか)の血飛沫(ちしぶき)を浴びた、そんな凄惨極まりない表彰台と、この南部競美会の主な出資者であるゴルゴン酒造の文字通りの"広告塔"となった、あの巨大な葡萄酒瓶のオブジェであった。

 そして、その高さ三メートルを優に越える、バカげたサイズの大瓶(ボトル)を更によくよく見ると、その緑色の陰に潜むようにして、ある小柄な人影が見え隠れしているではないか。

 それはオブジェの裏に、ピタリと張り付きつつも、まるで酩酊した者ように、フラフラと頼りなく揺れており、身に纏ったサフラン色の着衣である、極端に丈を短くしたローブ、その前面を何かで真っ赤に染め上げている。

 どうやら、この新たな登場人物は、巨大なオブジェの横腹かどこかを、どうにかしてこ削(そ)げとり、そこから、バシャバシャと溢れ出た、血のように真っ赤な内容物を手で掬(すく)っては、忙(せわ)しなく口に運んでいるようだった。

「プハァ……さっきのオッサンに貰った、妙な小瓶の聖酒も中々だったが──
 ヘエ、こりゃあこれで、イケるぜ。
 おう、あの独活(ウド)の大木マリーナと違って、見かけの割りにゃ大味じゃねえしな、ニへへ」
 この葡萄酒の滝に舌鼓を打つ奇妙な人物とは、無論、光の勇者ユリアである。

「……はん? あっ、アンタは! えと、なんだい? 確か、神聖魔法が得意とかいう、ゆ、ゆ、ゆ……ユーリア!」
 酔いどれ魔法賢者の気まぐれか、思いがけず余計な奮闘を強いられたトーネは、汗で顔に貼り付いた頭髪に乱雑に手櫛を入れながら、ようやく本日の本分へと回帰したようだった。

「んあー? なんだぁテメエは? ずいぶんと気安く呼び捨ててくれるじゃねーか?
 なるほど、な。よーしよしよし、とうに死ぬ覚悟は出来てるってー、そーいうこったな?」
 完全に眼が据わったユリアは、小さな手の甲で無造作に口許を拭うと、巨大な瓶に立てかけていた、先端に大きなルビーが輝く魔法杖を引っ掴むや、のっそりとした大股で歩み出た。

 これをやや遠間にて認めたトーネが、本日の標的たるユリアの首に、なにやら、キラッキラと煌めく繊細な鎖のペンダントらしき物が下がっているのを目敏(めざと)く確認しつつ、獲物の方から来てくれるなら、また話が早いと、負けじと、ズイッとばかりに歩み出る。

「ん? ちょいと、ユリアとやら……アンタ、なにか、ついさっき人助けに走った、いかにも生真面目そうな風情(ふぜい)とは、まるで人が違っ、ハッ!!」
 天部よりの刺客であるトーネが、まず八間(およそ14メートル)は離れたユリア、その酷い酩酊具合を妙に思ったその刹那──

 突然、彼女の視界から、そのサフラン色の小さき姿が消失。
 それと同時に、自販機から出たばかりの清涼飲料の缶、それを不意に首筋に充(あ)てられたかのような、そんな凄まじい殺気を覚えたので、本能的に電光の速さで身を捻った。
 いや、正しくは、あまりにも恐ろしい"鬼気"にあてられ、半強制的に跳ばされた、とでも云うべきか。

 そうして、ほとんど瞬間移動のような身交わしを為(な)したトーネが、即座に振り返って見れば──
 そこ、一瞬前に自分が居たその空間を、右の貫手(ぬきて)で刺したユリアが立っていた。

 その恐るべき移動速度たるや、彼(か)のバンパイア姫も斯(か)くやといった、そんな神速の直線突きであったという。

「……な、なんなんだい、この娘(むすみゃ)」
 驚愕したトーネが想わず溢したが、なにか頬辺りに違和感、それと妙な空気の漏れを感じた。

「ケッ! 殺り損ねたか。でもよ、次はねぇからな、ニヘヘ」
 といった無頼な言葉と共に、噎(む)せ返るような熟柿のゲップを吐くユリアだったが、その右の貫手の先端には、なにか白く、それでいて部分的に桃色の物体がぶら提がっては揺れている。

「そ、そりゃ……ま、まさくあ」
 最大限に瞳孔を開いたトーネが口許を覆って戦慄する。
 
 そう、先のユリアの猛突進による突きにより、彼女の右の頬は、その奥歯の数本ごと抉(えぐ)り取られ、それが今、舌打ちするユリアにより、単なる汚物のように床に棄てられたのだった。

「ニヘヘ……中々すばしっこいな、テメ。
 どーでもいいけどよ、この俺は出し惜しみとかは一切しねえ質(たち)だからよー、次は正真正銘、本気でいくぜぇー」
 妙な前傾姿勢で左右に揺れるユリアが、恐ろしく不吉に宣(のたま)うや、その小さな身体のあちこちから、ピチピチ、ムリムリ……という異音が連鎖的に生じた。

「アンタ……この前、確かに、このアタシが"のした"、あの娘だよにぇ?」
 今にして、痺れと共に漸(ようや)く口中に鮮血が溢れてきたトーネが、至近距離のユリアの異様なる豹変を見てとった。

「ゴチャゴチャと喧(やかま)しい、黙って死ね──」
 左手に魔法杖を握るユリアが、一種奇妙なほどの前傾姿勢のまま、唸るように言った。

 すると、葡萄酒で汚れた黄色いローブから出た、すらりとした両の腕、下肢の表皮に、螺旋のような皹(ヒビ)が生じたかと思うと、思い切り握った海苔巻き寿司のように、それらの皮膚は、バリバリと爆ぜ割れ、その内側からは熔岩のような赤光が漏れ輝き、なんと、その四肢等は大きく伸長したのである。

 その恐ろしく猫背なまま、殺意に瞳を燃やした有り様とは、まさしく奇々怪々なる魍魎(もうりょう)そのものであった。

 また更に、それら不均等に伸びた亀裂の入った四肢、そしてなにより、不気味に伸びた体躯の上に載っているのが、異様に赤い眼光は別として、あの愛らしいユリアの顏(かんばせ)のまま、というのがまた、見るものに度外れなる嫌悪と悍(おぞ)ましさとを覚えさせた。

 このあまりに禍々しい変形を目の当たりにした観客等は騒然となり、その多くは巨大魔法スクリーンから露骨に目を背けた。

 そして一様に、今や高みからトーネを睥睨(へいげい)する、どことなく"巨大な蜘蛛"を思わせるような、そんな奇怪なユリアが、この星を救う、あの伝説の光の勇者であることすら忘れた。

「な、なんだい、コリャ……」

 化け物じみた変身を遂げたユリアを下方から見上げたトーネは、その醜悪極まりない奇態とはあまりに不釣り合いな、ある小さく愛らしい貼布(アップリケ)に目を留め、ひどく当惑し──

「……え? ク、クマ?」

 と、ただただ呆(ほう)けたように呟(つぶや)くことしか出来なかったという。
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