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213話 はっ?ナザレ村の単なる大工の息子でしょ?

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 ドラクロワは激怒した──

 魔王はいつもの冷え冷えとした美貌を、毛ほども崩すことなく、このブルカノンの第一級銘酒を水のようにあおっているだけに見えて、その腸(ハラワタ)は煮えくり返っていた。

 この狂おしく燃え上がる憤怒の理由とは、先刻意気揚々と説得役を買って出、ゴルゴンのテーブルに赴(おもむ)きながら、見るも無残にやり込められて帰ってきた、涙眼のユリアから聴いた詳細な報告である。

 (クッ!! ゴルゴンとやら、よくも要らぬ入れ知恵を放り込んでくれたものだ!!

 貴様等なんぞに、わざわざと言って諭されなくとも、如何(いか)に美しいとはいえ、こ奴等が垢抜けた華やかな競美会などには、まったく不向きなことなど百も、千も承知だ!!
 
 それでも、持ち前の能天気さと、賞品の希少さにより奮起し、挙げ句、恥知らずにも場違い甚だしい大舞台へと上がり、そこで完膚なきまでに酷評され、二度と起き上がれないほどに打ちのめされる様を楽しみにしておった、この俺の"三馬鹿娘赤っ恥計画"を目前にして、こうまで中途半端な形で暴発させおって……。

 ゆ、赦(ゆる)せんッ!! このまま席を蹴って、俺直々に成敗してやりたいくらいだッ!!
 
 ──だが、如何(いか)な鼻つまみものの豪商一族、その増上慢(ぞうじょうまん)の娘等であろうとも、光の勇者の筆頭たるこの俺が、民間人を一刀両断にしたとなれば、後々言い訳が面倒か……。
 ええい! なんとも歯がゆいものよッ!)

「まぁまぁ、そんなに落ち込まないでよーユリア。どこの誰でも、武器とおんなじでさ、それぞれにエテフエテってーのがあって、たまたまアタシらには、あの娘たちみたいに、オジョーヒンなカワイゲがなかったー、てだけのことさ。
 ま、アタシらにはアタシらのホンブンてーのがあるわけだしー、ね?」
 古傷にまみれたワイルドな美貌の赤き女剣士マリーナが、ビスの背後の赤レンガに立てかけた、ほとんど斬馬刀にしか見えない巨剣へとアゴをしゃくって言った。

「うん、その通りだ。所詮、我々の保有する美の性質とは、華やかなりし南部競美会の趣旨とは少しも合致してはいなかったという訳だ。
 だが、あのおそろしく可憐な常勝無敗のゴルゴン一門の代表をして、妬(ねた)ましい程の美しさであるとさえ言わしめたのだから、我ら三名の高水準なる美貌、それが完全否定をされた訳でもないのだからな」
 シャンが、落胆仕切ったユリアのうつむいた顔を覗くように首を捻りながら、しっとりとした声音で優しく慰める。

「は、はいぃ……。でもでも私達って、明日のミス南部には、とーっても"異端"な存在だったんですね……。
 これでもう、優勝記念に贈呈される、あの初代勇者の魔装具を手にする夢も露と消えましたぁ……。
 しかも、私が一番皆さんの足を引っ張っていただなんて……な、情けないやら申し訳ないやらで……ほ、ホントに恥ずかしい限りですぅ。
 マリーナさん、シャンさん、ホントにすみませんでし、た……」
 ユリアの大きな眼にジワジワと大粒の涙が盛り上がってきた。

「ユリア様!」
「おいたわしや!」
 堪(たま)らず、アンとビスが席を立ち、小さな魔法賢者に駆け寄った。

(カミラーよ! 今だけは、こ奴等への愚弄の追い討ちを禁ずる!!)
 咄嗟(とっさ)にドラクロワが魔族間にのみ通じる思念波を投げ、今まさにギャハハとばかりに笑い、一切の遠慮なくユリア達の傷心へと塩を塗り込まんとするカミラーを制した。

(はっ! 承知いたしました!)
 カミラーは静かに首肯し、ただ端然と恭しく、主君に新たな葡萄酒を捧げた。

 さあ魔王ドラクロワよ、今さらながら漸(ようや)く人並みの客観視を覚え、意気消沈し切った女勇者達を前に、どう対処する?
 
「異端?」
 ドラクロワは眉根を寄せ、手にした緑の空瓶の底でテーブルを打った。

「異端がなんだというのだ! およそこの世にある森羅万象すべてのものは異端より発し、普及まかり通ったものである!」
 その最高級の紫水晶のごとき瞳の眼が、カッと見開かれ、今まさに魔王が演説モードに入ったことを告げる。

「あえ?ななな、なんなんですかドラクロワさん?」
 ユリアが、アンから与えられたハンカチで左目を押さえつつ振り返る。

「ウム。例えばだ。この小癪な銘を気取った値のはる、まぁ悪くない葡萄酒。

 この一本がそれなりに高名になるにいたった、そのある過程においては、必ず老舗の味を守ろうとする、程度の低い保守的な先代との意見の衝突があり、それらに潰されることなく、命懸けで革新的な変革を施した異物、そう! 異端者がいたはずだ!

 その異端者の類(たぐ)いにより、今現在の我々がどれ程の恩恵に浴していることか考えてみよ!

 これは料理人から仕立て屋、また優れた剣を打つ者、飽くことなく強大なる魔法を追及し続けた者など、決してぬるま湯のごとき現状に浸かるをままに満足することなく、ただただ飛躍的な発展と向上とに身を捧げ、周囲から異端と呼ばれるを鼻で笑って突き進んで来た者達の大成果だ!

 大体がだ、あの魔王に完全に掌握・平定されて久しいこの星を、また再び人の手に戻そうと抗う、お前達光の勇者こそが、とうに自由など諦めきった人間、亜人種の中においては、ある意味"大異端者"ではないか!!
 そのお前達が異端と呼ばれ、指差されることなどを恐れ、雷鳴におびえる子羊のごとくに萎縮してなんとする!!

 であれば、もう為すべきことは分かるな?
 そうだ、お前達のその確かなる美貌でもって、南部競美会とやらの矮小な価値観など粉砕してやるのだ!

 さすれば、後世の乙女達は希望に満ちて、こう言うであろうよ。

 あぁ、あの時、伝説の光の勇者様達が南部競美会の概念を覆してくださったお陰で、少しくらい傷があっても、目立ちたがり屋でなくても、ちょっとくらいソバカスがあっても友達と一緒に堂々と参加ができるわ! 
 あぁ、こんな素敵な思い出は本当に一生の宝よ! 
 ありがとう! ユリア様!
 とな。あー、以上」
 熱弁を終えたドラクロワは、ストンと座席に下(くだ)り、新たな葡萄酒の栓抜きを始めた。

「う、ウウウゥ……さ、流石はドラクロワさんですぅ……。なんだか眼が覚めるような思いです!
 そ、そうですよねっ! こ、こんな私だって戦っていいんですよね!!
 ウワーン!!」

「ヘェ、アタシャ、光の勇者としても大事なことを忘れてた気がするよ。
 ウンウン、ダイイタンシャか……なんだかガキの頃に、近所のみんなに光の勇者だってんで、色々のけ者にされたのを思い出すよー。
 アハッ! 新しいことをやるってーのは、そーいうことかもね!」

「うん。だがなユリア、マリーナ。もうお前達は独りじゃない。今はかけがえのない仲間がいる。
 では、この我等三名で、明日の大戦にも怯(ひる)むことなく立ち向かおうではないか」

「は! はいーっ!!」
 止(とど)めにユリアが涙を散らして叫んだ。

(ウム、コイツら毎度毎度バカで助かるな)
 ドラクロワは漸(ようや)く安堵して、瓶を置いた。

「ギャハハ! そうじゃそうじゃ。ドンと胸を張って存分に戦ってこい。
 まず明日を闘わぬ者に輝ける未来はないでな。
 うん?それよりじゃ、そのゴルゴンとかいう餓鬼娘ら、もうこの茶葉には執着してはおらんのかえ?」
 カミラーは、ゆるやかにミント茶を喫して訊ねた。

 ゴルゴンと聞いて、また殺意に灯を点(とも)すドラクロワ。

「あえ?あー、それなんですが。あの娘達ったら、お店の方がつい口を滑らして、私達が光の勇者だーってばらしちゃっても、蛙の面になんとやらで、そんな光の勇者くらいなら、ゴルゴン一族の護衛係として一人召し抱えていて、今日も外で馬番をしてるー、とかいうんですよねー。
 ホント、でたらめにもほどがありますよねー?」 
 ユリアが思い出したように頬を膨らませる。

「ウム。それで奴等は、その光の勇者気取りの下僕でどうしたい、と?」
 ドラクロワの瞳が爛々(らんらん)と輝き出した。

「んおっ?何ごとにも動じないドラクロワさんが、今日に限っては、ミョーに殺気だってんねぇ?
 アハッ! ま、よーするに、えと……ウンウン。
 オモテへ出ろってさ!」
 マリーナがウィンク極(き)め、長い親指で店の裏口を指した。

「ウム。デ、アルカ……」
 短く唸って、即座に席を立つ暗黒色の貴公子。

「うん?どうしたドラクロワ。まさか、そんな与太話(よたばなし)を──」
 シャンは貫頭式のマスクの面(おもて)を波立たせながら、闇より濃いドラクロワの天鵞絨(ビロード)マントの背に言葉を投げた。

「光の勇者を騙(かた)りし不埒(ふらち)なまがい物には、ただ断罪あるのみっ!!」
 ドラクロワは憮然とした声音で吐き、ポンと魔剣・神殺しの黒い柄(つか)を叩いた。
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