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183話 本当は破壊する方が得意です

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 俺達の反応を見たジイ様は、実に満足そうな顔になってからうなずき、その怪異なる写真を取り上げ、また再び元の本の間へと戻した。

 「さぁな。だが、昔の西洋絵画に描かれた天使の中には、かなり女性的な特徴を持ったものも幾つかあるから、あの日に降臨なされたのも天使様であると、私は信じておるよ。

 では、話の先を語ろうか──

 私と奥様が雪崩(なだ)れ込むようにして進入したお嬢様の部屋には、不思議としか形容し難い女性等が五人居た。

 まずそれは、先ほどの肌も露(あらわ)な背の高い女性らしき天使様であり、そのお方の隣におわすのは、なんとも''くの一''然とされた方、そして小柄な栗毛の少女、それから長い物干しのような角棒を持った異国風の女中服の二人だった」

 「うん?五人、それら全部がことごとく女性だったのですか?」

 ちっ!ジイ様、急に登場人物を大幅増員させやがって、と思いつつ、それらの特徴を几帳面に手帳に書き込む俺だった。

 「え?外国人もいたの?えー、なに人?なに人?」

 「ふふふ。ああ、いたとも、いたとも。確かに天使様と''異界''の方々であったよ。
 なにせ、まるで言葉が通じなかったからね。

 で、驚きつつも、私はお嬢様のご様子の方が気がかりで、慌ててそれを確かめようと車椅子のお嬢様へと駆けた。

 するとお嬢様。可哀想に、かなり怯えた顔で 《影虎!きゅ、急にこの人達があの姿見から現れたのです!!》
 と仰有られるじゃないか。

 そして見ると、そのお足元には、ギラリと黒い菊一文字の''裁断バサミ''が落ちていて、栗毛の方が床のそれを指して何やら仰有られるのだ。
 だが、これがまた聴いたこともない言葉でさっぱり解らん。

 更に天使様と、くの一風な方とが、二言、三言とやり取りをなされたが、これも当然のように日本の言葉ではなかったよ。

 で、そうこうしていると、褐色の肌の女中服が自分の唇の前で、こう、パッパッと掌を開かれた。

 これに、ウンウンとうなずかれた栗毛の方が、やおら手にした奇妙な形状の杖を掲げ、また何やら不可思議な言葉を奇妙な節回しで祝詞(のりと)のように唱えられると、なんと」

 ジイ様、ここらで流石に喉が渇いたか、湯飲みを取って傾けた。

 「ふぅ。するとだ、これぞ摩訶不思議。彼女等が何事かを話す度に、私の頭の中に突如として何か鮮明な写真のような映像が瞬(またた)き、それが連続的に湧いては消え、湧いては消えとなり、なんとも不思議な話だが、天使様達の話し言葉が、その意味が何とはなしに解るような気がしてきたのだ。

 私は何とも恐ろしいような気持ちになって、お嬢様、また奥様を見ると、お二人とも、どうも私と同じ様な怪異に囚われておられるご様子だった。

 で、ここからは、天使様達の仰有られたことを当時の私が受け取ってからの私なりの''意訳''であると、こう思って聞いてもらいたい。

 で、なんでも栗毛の方が言われるに、自分達は大そう不吉なことで知られる、ある一軒のお化け屋敷に潜入して、そこで肝試しをしていたのだが、そこの主であるところの妖術師の実験室へとたどり着き、そこで札まみれの光り輝く奇妙な異界門を見つけたのだ、とのこと。

 そして、これに生来の無鉄砲なる気質の天使様が勇んでそれをくぐられたので、仕方なくお供をしたところ、なんとそれはこの部屋へと繋がっていたのだ、と仰有られる。

 そして見舞わすと、お嬢様が車椅子に座っているのに気付いたのだが、なんとその時のお嬢様、生まれつき脚が効かぬのを苦に、世を儚んで、黒の裁断バサミを手首に当てて、今まさにそこを裂かんとしておられたというじゃないか。

 それを見てとった天使様、さっと初対面のお嬢様に迫るや、その手に握った菊一文字をお取り上げになられ、それをしげしげと見てから一言
 《おっ!このハサミ、中々いい仕事してんねぇ》
 と唸(うな)るように宣(のたま)われとか──。

 これの映像を受け取られた奥様は、堪(たま)らず嗚咽を上げながら涙を溢してお嬢様へと駆け寄り、ぎゅうとお嬢様を抱き締められたのだ。

 私はもう有難いやら、はたまた驚いてよいのやら、また悲しんでよいのかもよく分からず、只只、ダラリとピストルを提(さ)げて呆然と佇んでいたよ。

 するとだ、また栗毛の方が
 《若い彼女がどうして自死を選んだのか?》
 のようなこと私に訊(たず)ねられた。

 これに私は日本の言葉で身ぶり手振りを交え、お嬢様の日々の苦労を必死になってお伝えしたのだ。

 すると、天使様達はお互いを見合い、一様に小首を傾げられた。

 そして、天使様がお嬢様の膝辺りを指差しながら
 《へ?なーんで治さないの?》
 と、呑気な風で仰有られる。

 いや、なんでも何も、生まれつき神経が通っておらず、どこの名医に見せても現在の医学ではなんともならん、という匙(さじ)投げの有り様をまた懸命になってお伝えしたよ。

 まぁそれに余りに熱が入り過ぎて、またお嬢様と奥様を号泣させてしまったのだが……。

 すると今度は栗毛の方が女中服のお二人と話され
 《あのー、でも彼女、ちゃんとした自分の脚はあるんでしょ?》
 といった、これまたまったく意味不明な事を仰有られた。

 私はそれを聞いて、なんだか無性に、こう悔しいような、悲しいような、心を裂かれたような辛い心持ちになって、だから、その脚が動かないからこっちは苦労してるんだ!と、つい強く言ってしまったのだ。

 すると一瞬、ビクッとした栗毛の方がお嬢様に近寄り、その足元にしゃがまれた。
 そしてまた、祈りのような文言を唱えられると、あっさりすっくと立たれたよ。

 はて、今度は一体どんな奇跡を起こされるのかと固唾を飲んで見守っていた私だが、いやはや、今度のやつときたら、とてつもなかったね。

 やがて不意に、くの一風な静やかなお方が動き、優しく奥様をお嬢様から剥がされると、なんとお嬢様の手を取り、お嬢様をそこの車椅子から引き起こそうとされるじゃないか。

 無論、私も奥様も、危ないっ!と叫んで、飛び付こうとしたよ。

 だが、くの一風なお方が手を上げて我々を制された。
 そして、女中服の二人と一緒になって、なんと遂にお嬢様を車椅子から引っこ抜くようにして立たせてしまわれたのだ。

 それから、お嬢様からしたら命綱のごとき繋いだ手を放したので、流石の私も飛びかかり
 《いい加減にしてくださいっ!!あなた方は何がしたいのですか!!?》
 と怒鳴って、今にも倒れるお嬢様を支えようと迫った。

 だがね……お嬢様は倒れなかったんだ──

 なんとお嬢様は、タッと前へと一歩足を出して、そこを確かに踏みしめ、こう上半身を揺すって危うげにバランスを取りながらも立派に自立をされたのだ。

 私はもうびっくり仰天して、見開いた目玉の血管が痛い位だったよ。
 当然、奥様もハッと息を飲んで立ち尽くされていたよ。

 私は日々お世話をしていたからこそ分かるのだが、お嬢様の腰から下というモノは、例え針が刺さっても気付かぬくらいに、まったく感覚がなく、自立、歩行なんてとても叶わず、本当に不憫なお身体だったのだ。

 それがだよ、今また、タッと二歩目を踏まれ、ゆっくり、ゆっくりと奥様へと歩まれて行くではないか。

 しかし、そうして歩かれるうち、遂にお嬢様は大きくバランスを崩され、ただの一度だけ、ドオッと横倒しになって転ばれたのだ。

 だが、あっ!と言った私が駆け寄る前に、気丈にも奥様を見上げ、床に両の手をつき、そして震える膝をつき、決して諦めることなく、また立ち上がられたのだ。

 もう私は驚愕しきって、不覚にも視界はぼやけ、お嬢様が奥様に抱きつかれる頃には、床に両膝をついて号泣していたよ。

 そうして、三人でこの奇跡としか呼べぬ癒しに驚嘆し、揃って歓喜に狂わんばかりにしていると
 《いやー、よかったですねー。でもでも、老いに起因するモノでなければ、この程度の治療はどこの神殿でもやってもらえますよ?》
 と、栗毛の方が特段威張る風も、また何ら感慨もなく仰有られた。

 すると今度は、くの一風のお方が私に近寄り
 《なぁ君、その手にしている道具はなんだ?さきほどこちらに構えていたところからして、何か武器の類いなのではないか?》
 と低く言われたので、私は涙を拭って鼻をすすり、また懸命になってピストルについて説明した。

 どうやら天使様達の住まわれる世界には、ピストルのような火薬を利用した武器の類いは存在はおろか、その概念すらないらしく、こんなモノは初めて見たのだ、とか。

 そしてその、くの一風のお方が私の手のピストルを貫く様な視線で睨み
 《大変不躾で申し訳ないのだが、それを譲ってはくれまいか?》
 と、こう申された。

 だが、そのピストル、ご主人より護身用にと預けられた軍流れの貴重なモノだったから、つい奥様に伺いを立てるように振り向くと、そこの奥様は、ポロポロと大粒の涙を落とされながら
 《影虎。そんなモノ、あの人に頼めば幾らでも手に入ります。だから早く差し上げなさい》
 と言下に許可を出されたので、私は一も二もなくうなずいて、ピストルに両手を添えて丁寧にお渡ししたよ。

 すると天使様をも含めた五人全員でそのピストルに群がられ、やけに愉しげにはしゃいでおられる様子だったな。

 私はそこの華やぐような輪に恐る恐る近付き
 《あの……皆様は一体どのような方々なのですか?
 もしや、神の使いか何かであられるのでしょうか?》
 と訊ねたのだ。

 すると、天使様が高笑いのごとく一笑され
 《まぁアタシたち''伝承勇士''はそんなモンかもねー》
 と溌剌(ハツラツ)と言われた。

 《す、素晴らしい!本当に天使はいたのか!》
 といった具合に私が感動にうち震えていたら
 《アハッ!そう言われると、なんだかくすぐったいねぇ。
 よーし!じゃあ、チョイとサービスしちゃおーかぁ?》
 と天使様が生き生きと仰有られるんだ。

 そして、いきなり固く目を閉じ、すぐにそれをカッと開けられると、なんとその目は白く燃えるように輝いており、その背には、バッと大きな翼が広がったのだ。

 勿論、この驚異の大変貌には、私もお嬢様達も目を見開いて、アッと驚いたよ。

 そうして茫然と立ち尽くしていると、それに拍手喝采なされていた栗毛の方が
 《あのーすみません。さっきから気になってたんですが、あの木箱ってなんなんですか?》
 と、お嬢様のラジオを指して訊ねられた。

 私は再度、ラジオについての有らん限りの知識を総動員して説明をすると
 《あー、仕組みはよく分からないけど、みんなが怨霊の笑い声がとか、泣き声だかと思ってたのはこの不思議な箱が原因だったのかー》
 と、なにやら大いに納得されたご様子だったな。

 そして光り輝く天使様に振り向き
 《あー、××ー×さん。さっきみんなでくぐってきた異界門なんですけど、所詮は実験中の未完成の代物のようですから、とっても不安定な存在で、いつ閉じるかまったく分かりませんよ。
 どうやら、ここの人達も助けられたみたいだし、門が閉じちゃう前に帰りましょうよ》
 といった事を申された。

 これを聞いた私は、ギョッとして、無我夢中で一階へと駆け、カメラを取りに走ったよ」

 「なるほど、それが先ほどの写真であって、その人達にお祖母ちゃんが自殺を邪魔されたお陰で今日のボクがあると、つまりはこういう訳ですね?」

 「へぇー。不思議な話ねー。でも良かったねトウジクン」

 「あぁ、まったく有難いこった」

 正直のところ俺は半信半疑であり、その天使云々(うんぬん)も荒唐無稽な奇跡の真偽も含め、何もかもがどうでもよかった。
 そんなことより、なにより大事なのは、今夜の目的であるスランプからの脱出なのだ。

 そう、今や俺は、この老人の奇妙な話により刺激され、ムンムンと創作意欲が高ぶって来ていたのだ。
 この作家熱の冷めぬうちに、一刻も早くアパートに戻り、一気に原稿を書き上げてしまいたかったのである。

 俺はお礼と挨拶もそこそこに長尾家を飛び出し、帰りのタクシーを求めて住宅街をさ迷った──。
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