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175話 真の魔王崇拝者

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 普段は夜間などには決して眠ることなどなく、明け方のほんの一、ニ時間程度の睡眠で心身の総ての調整(メンテナンス)を済ませてしまうカミラーであったが、今朝に限っては、それこそ泥のように寝入っていたようだ。

 「……!……!!」

 なにやら階下から何者かの喚く声がする。

 んあー?これは、あぁ知った者の声じゃな。うーん確か……ユリ、ユーリ、おぉっユリアじゃったか。

 カミラーは金貨の載ったような目蓋(まぶた)を開き、ゆっくりとその小さな身を起こした。

 そして見渡したそこの景観とは、最低限の調度品のみが置かれた、安っぽい木賃宿の狭苦しい個室のそれであり、彼女にとり怨めしくも忌まわしき、燦々(さんさん)たる朝陽の槍が深緑のカーテンの隙間から射し込んできていた。

 はて?

 まだ自分を呼ぶ声がする。

 カミラーは、えぇいっ!しつこいヤツじゃな!と中ッ腹で階下に繋がる木戸を睨み付け、溜め息混じりに自らを映さぬ鏡の前の木製のブラシを手に取るや、艶やかなピンクの襟足を少し解き、直ぐに立って階下へと降りて行った。

 すると、狭い階段の下に拡がる空間は、これまたどこにでもある、極々ありふれた宿屋の質素な食堂になっており、彼女の旅の仲間であるマリーナ、シャン、そしてユリア、アンとビス等が既に身仕度を整えて終結しており、皆、陰気そのもので、うつむくようにして食卓を囲んでいた。

 また、その彼女達の前には、これまたよくある家庭風の朝食が提供されており、それらの真ん中には蓋を落とされた大きな土鍋があった。

 カミラーはそこを何気なく歩き、空いた席の背を引いて、チョコンとそこに着き、まったく身じろぎもしない不気味に沈黙する仲間達を順に眺めた。

 「はぁ。なぁーんじゃ?朝っぱらから人の名前を連呼しおって。
 うん?ドラクロワ様はどちらじゃ?まだお休みかえ?」
 清涼感たっぷりのハーブティーの香りが溢れる温かなポットと、それと揃いの白いカップを手にしながら訊いた。

 これに仲間の光の女勇者団とその従者等は薄く微笑み、小刻みに肩を震わせたように見えた。

 んん?なーんじゃこ奴等、気味悪く笑いおって。
 と想った刹那。
 
 「うぬ!?こ、これはっ!!?」

 カミラーは口元まで上げた純白のティーカップを睨み付け、カンッ!と荒っぽくも直下のソーサーへと下ろした。

 「なんじゃこれはっ!?一体、何を考えてこんな悪戯をするのじゃっ!!?
 もう少しで危うく口にするとこであったぞえ!!」

 喚いて仲間を見渡したが、皆、相も変わらず両の膝に手を突いたまま、呆(ぼう)としてうつむいているばかりである。

 「ヒヒヒ……そんなに目くじらたてなさんなっての。そんなの只のカーワイーおふざけじゃあないか……」
 マリーナが、キューっと気味悪く口角を上げて、キリキリ……と、操り人形みたいに首を捻り、顔を真横に傾けて言った。

 「たわけいっ!!こともあろうに''ニンニク''
を隠し味にするとは、わらわにとっては断じて悪ふざけでは済まぬわっ!!
 なんだえ?無駄乳よ!?朝っぱらから、このわらわをからかい、喧嘩を売るつもりかえ!?」
 カミラーは、えもいわれぬ気色悪さを感じながらも怒りを露(あらわ)にした。

 「ニヒヒヒ……そんな事よりカミラーさーん。私達、あなたに告白しないといけない事があるんですぅ……」
 今度はユリアが寸胴な土鍋をボンヤリと見ながら、ボソボソと話し出した。

 すると、その両脇のアンとビスが膝の裏で、ガガッと椅子を後ろに押しやり、ドロリとした眼で天井を見上げながら、ヌウッと起立した。

 そうして、両の膝を伸ばしたまま華奢な身体を左右に揺らして歩き、アンが二階に上がる階段の前、そしてビスが食堂の出入口の前に進み出て、ユラユラとこちらに振り返るや、両の手を上げて肩の灰銀色のフリルを起こすようにして左右に腕を大きく開き、露骨な通せんぼを極(き)めたのである。

 カミラーはそれらを真紅の瞳の目で追いながら
 「うん?なんじゃ?その告白とは?なにやら今朝のお前達はどこか変じゃぞ?
 あぁ分かったぞえ。ドラクロワ様に内緒で小遣いの追加が欲しいのじゃな?
 ギャハハ!そんなことならそうと始めから言わぬ、か」
 ふと、眼の端に捉えた、顔を覆って笑うシャンの指の間から、煌めく銀毛が溢れているのに気付いて、つい怪訝な顔でそちらに向いてしまった。

 シャンは指の隙間からレモン色の瞳を爛々(らんらん)と輝かせながら
 「違うぅ、違うんだよカミラー。告白とはそんなことじゃあない。
 そんな事じゃ……ないよぉー。クックックックック……」
 その眉の上部からは、長い毛が二本づつ延びて行くのが見えた。

 「んん?なんじゃあジットリ根暗狼よ。こんな食卓で獣人深化なんぞ始めおって?
 フム、例の銀の秘薬とやらが尽きおったか?げに、お前の体質も難儀なことよなー。ワハハ!」
 笑いつつ、カミラーは東西に分かれたアンとビスの獣人深化も見逃さなかった。

 マリーナはカミラーが知る限り、一度として見せた事もない鬼面毒笑を見せ
 「ヒ、ヒ、ヒ……あのさ、あのさぁカミラー。実はアタシ達さぁ、今日まで騙されたフリしてたんだけどねー、ホントはアンタがゼンッゼン光の勇者なんかじゃあないこと、それからそれから、あのドラクロワの正体が魔王だってことは分かってたんだよォ……」
 会食の場にそぐわず背負った、斬馬刀のごとき剛剣の束(つか)に手をかけながら言った。

 「そうなんですよー。大体、魔族の身で光の勇者なんて可笑しいしー、ドラクロワさんの底無しで絶大な魔力と、あの気味の悪い真っ黒な装備なんて、断じて勇者じゃないですよぉ……」
 ルビーロッドを手繰り寄せながらユリアが言い
 「そうさ、それと、お前達が魔族間同士の超感応式の会話をしているのも知ってるよォ。
 まぁ私達としては、いい加減、馬鹿みたいにお前達と仲間ゴッコをしているのにも飽きが来てな……。
 未だ現役の魔戦将軍の''お前も''滅ぼしておこうと、そう決めてなァ……」
 顔から掌を下ろしたシャンが、銀の雌狼の顔で打ち明けた。

 「フンッ!なんとそういう訳か。よかろう!お前達、愚図共との仲良しゴッコもこれまでという事じゃなっ!?
 うん?待て待て!コレ、シャンよ、''お前も''とはどういう意味じゃ?」
 カミラーは平然と命のやり取りに覚悟を決め、メギギ……と両手の鉤爪を伸ばしつつ、女アサシンの放った不可解な言の葉を指摘した。

 すると、彼女達は肩を揺らして、ヒッヒッヒッ……と斑(ぶち)ハイエナのごとく笑いだした。

 「えぇい!気色の悪い!!お前達も善なる光の勇者を名乗るのなら、そのように薄気味悪く笑うておるでないわっ!!
 ギャハハッ!!しかし、笑わせてくれるのう!!大方、ニンニク茶でも飲ませてからの五対一ならば大いに勝算あり、とでも思うたようじゃが、このわらわの神速に着いてこれるものなら……」

 ここに来てカミラーは、何やら得体の知れぬ不気味さを感じて、マリーナが、ヌウッと土鍋の木蓋に手を掛けるのに見入ってしまったという。

 マリーナは大きく口を開けて、ベロリと舌を出したかと想うと、その先で上顎の歯列を裏から押すように舐めて回し
 「''お前も''ってのはねェ……ソリャ、フヘヘヘヘ!こういうことさぁっ!!」
 バカッと勢いよく鍋の蓋を上げて見せた。

 すると、なんとそこには、半眼の安らかな顔をしたドラクロワが居た、いや、そこには魔王の生首が断面を下にした格好で、ドンと鎮座していたのである。

 これを見下ろす女勇者団とその従者等は、一斉に眼を零(こぼ)れんばかりに剥き出し、揃って大口を開けて笑い始めたのである。

 そしてカミラーはというと、斬首されても尚凍りつくほどに美しい主(あるじ)の頭部を真正面から直視したまま瞬きすらも忘れ、そこで完全に固まっていた。

 そうして、マリーナの鯉口を切る音と、シャンの両の腰からケルベロスダガーの鞘鳴り、そしてユリアとアン、ビスの神聖語の詠唱を思案顔で聴きながら、何故か真珠色の鉤爪を元通りに引っ込めてしまったのである。

 「アララ……どうしちまったんだい?コリャ敵わないと諦めちまったのかーい?」

 「フフフ……この狭い空間にてユリア達に聖光を浴びせられながら、獣人深化に加え、無の境地にて私が振るう必殺の毒刃、それからお前の自慢の神速の更に先を読むマリーナの剣力が合わされば、流石にお前とて一たまりもないだろう。
 うん。そのまま無駄な抵抗は止(よ)して、潔(いさぎよ)く主(あるじ)の後を追うがいい!!」

 「さようならカミラーさーん。でもでも、お願いだから恨まないで下さいねー?
 だって私達光の勇者は、悪を滅ぼすのが義務なんですからー」

 「さようなら、気高き魔族のカミラー様……」

 「灰は私達でキレーに片付けておきますから、ね?」

 これぞまさに絶体絶命。
 彼(か)の魔王ドラクロワさえ討ち取った、伝説の光の女勇者団の超合体攻撃が今、まさに発動されんとしたその時である。

 「フム。分かったぞえ」

 カミラーは小さな白い顎に指を掛けてうなずいた。

 「フムフム。よいか?如何(いか)な驚天動地の大変異が起ころうとも、あの歴代魔王様の内でも最高峰なる、我等が灰の一粒になろうとも永遠に恐れ畏(かしこ)む、あの大冥王極星ドラクロワ様が、お前達なんぞに遅れをとり、その上、討ち取られようなど、決して!!断じて!!絶対に!!考えられぬわっ!!
 また、第一級の花丸満点馬鹿のお前達ごときが、その魔王様の極秘作戦に感づき、それを暴くなど、これもまた有り得ぬ事じゃっ!
 つまりじゃな、生来夢を見ぬ筈のわらわの有る、今のこの有り様(よう)とは、これ''幻惑魔法''の作用によるモノに相違なしじゃあっ!!
 はぁ、どこぞの精神魔法を使った皺(シワ)ガキのごとくに、実に下らん術を仕掛けおってからに……。
 わらわを見くびるでないわっ!!
 この魔王様の第一の使徒たるラヴド=カミラーが、こんな子供騙しにちーっとでも動揺すると思うてかっ!!片腹痛いわぁっ!!」

 カミラーが磐石にして山のごとく揺るがぬ己が本懐・本望を烈(はげ)しく唱え、えいやぁっ!とばかりに心眼を見開くと、その眼前の木賃宿の景色は、そこに棒立ちになっていた女勇者団達の幻影等と溶けて混じり合いながら、グルグルと渦を巻き、その視界は徐々に変じていったのである。

 そうして気が付くと、至近距離にて細剣を引いて構える、葵色(淡い紫)のクロースアーマー(丈夫で厚い布の鎧)を着込んだ、長身の耳の尖ったエルフの女、葵(あおい)の大魔導師こと、エヴァ=ザンヤルマァを映し出したのである。
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