退屈な魔王様は冒険者ギルドに登録して、気軽に俺TUEEEE!!を楽しむつもりだった

有角 弾正

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161話 私刑の顎門

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 ユリアとメッカワとが手を置いた、滑(ぬめ)るように輝く巨獣の眼球のような黄色い水晶は、例のごとくその内部から目も眩むような閃光を放った。

 すると、本日の第三戦目となる代理格闘の舞台である四角い荒野の全体が、蜃気楼の境目に似て鏡のように輝き始め、それは直ぐに天井方向へ向かって四角錐(しかくすい)の黄色い炎の柱を噴いたのである。

 この一切の予告なしの盤全体が燃え上がるような、そんな激しい焔(ほむら)の垂直の大放出に、幾らか大きいこともあろうが、それなりの規模の代理格闘戦士を芯にして逆巻く、いつもの螺旋火柱を想察して待っていた女勇者団は、まさしく虚(きょ)を衝(つ)かれ、その爆炎の眩(まぶ)しさに思わず顔を背けた。
 
 だが、その殆ど爆発を想わせるような黄色い火炎放射は長くは続かず、あっけなく急速鎮火したかと想うと、そこの代理格闘遊戯盤の上は、ついさきほどまでの荒野から大きく変貌を遂げていた。

 その様変わりとは、四角い盤の面のほぼ一杯に、文字通りの''町''が形成されていたのである。

 それは、食パンの耳のように、四角い天板の外側の縁(ふち)に、ほんの僅かな荒野の名残(なごり)を残して、東西に閂(かんぬき)で固く封印された城門のごとき大扉、また四方に見張り台のある、堅固なる魔物避けの高い防壁に囲まれていた。

 この難攻不落を想わせる、オレンジ色の煉瓦(レンガ)造りの多数の飲食店を含む、どことなく漁師町を思わせるような、そんななんとも雰囲気のよい商店街らしきジオラマの中央には、白亜の尖塔のそびえる鐘楼のごとき七大女神聖堂が誇らしげに立っていた。

 「っひゃー!!驚いたー!!スッゴい!!スッゴい!スッゴいですー!!
 まさか、この四角い町全部がメッカワさんの代理格闘戦士なんですかー!?
 あ、それとも以前にシャンさんが舞台を針葉樹の雪原に、ドラクロワさんが丸石の夜の河原にそれぞれ場面転換させたように、これからこの景色に代理格闘戦士がご登場なんですかね?
 ああっ!あそこなんて見てください、あの果物屋さんの屋根に小さな鳩がいっぱいとまってますよー!
 へっえー!!ホントに隅々までとっても緻密に出来てますねー!!
 クンクン……わぁ!とってもいい匂い!この町のどこかでパンを焼いているんですかね?
 あぁっ多分あれだー!!」
 と、煙突から淡い煙を昇らせる、小さな白壁のパン屋らしきモノを指差した。

 「なーにいってんだテメー!?こりゃメッカワ叔母さんのじゃねーから!!
 この町は丸ごと全部、このオタラ様の代理格闘戦士でしゅー!!
 テメ、次、間違えたらぶっ殺してやるからな!?全くシツレーなクソ女でしゅねー!!」
 なぜここまで自らの演ずる腹話術。その架空の人物たるオタラの存立にこだわるのかは甚(はなは)だ疑問だが、このドラコニアンの次女は、正しく金を切るような裏声で激昂したのである。

 これに順応・慣れてきた様子で、華麗に聞き流す女勇者団とその従者達は、ユリアと同じく、この突如現れた五メートル四方の町の恐ろしいまでの精妙巧緻なる造りに揃って唸っていた。

 中でもマリーナは、日頃封じている右の目。そこの黒革眼帯をさえめくって、サファイアカラーの瞳の両目を、キラキラとさせ
 「ふーんっ!コリャ見れば見るほどよーく出来てんねぇー!
 うんうん。アタシも歳とったら、こんないい感じの町でノンビリ暮らしたいよー。
 でもさでもさー!?アンタが言う通り、この鳩くらいしかいない、静かな商店街みたいなのがただのケシキじゃなくて、代理格闘戦士だったとしてさー、コイツがそこのユリアとどー闘おうってんだい?」
 と、至極当然の疑問をメッカワに放った。

 確かに、ユリアの代理格闘戦士である、サイズは別にして、本人をその外見のみならず、それが保有する能力の総(すべ)てに至るまでもを忠実に抽出・構築されたミニチュアのごとき小さなユリアは、ルビーの煌(きら)めく魔法杖を後ろ手に握って、この町の西側の固く閉ざされた大門の外で立ち尽くし、そこの天を衝(つ)くような高い防壁(実際には一メートル三十センチほど)の先を見上げているばかりである。

 だが、これを静かに見守っていたシャンが、急にその真っ黒に塗られた鉄製の城門みたいな四角い扉の面(おもて)を指差し
 「うん?あそこを見ろ。なにか文字みたいなのが浮き出てきたぞ」
 と、その鉄扉二枚の合わさった、ちょうど真ん中辺りに忽然と現れた、赤熱する石炭のように輝く、まぎれもない大陸共通語の文字列に皆を喚起した。

 これに対戦者席のユリアも、その眼前のミニチュアユリアに重なってそれに目を這わした。

 「あ、ホントだ!えーとなになに?この町との闘いを願いし者はー、それがいかに''フツゴーママナラヌモノ''へと転じ……耐えがたき''カンナンシンク''の伴うー、いいい……あぁ茨(いばら)の道か、を往(ゆ)くようになろうともー、えー、それら全てをカンジュすることを誓え……か。
 んー?これってどういう意味ですかー?メッカ、いやオタラさーん?」
 と読み上げてからジオラマ向こうのロングコートの餓鬼みたいな女に問うた。

 メッカワは、乾燥したワカメを被ったような顔を少しあげ、その顎先まで下がる前髪のカーテンを鼻息で揺らし
 「フン!どーゆう意味も、こーいう意味もあるかっ!!そこに書いてあるその通りでしゅー!!
 この勝負。いったんヤると決めたからにゃ後には退(さ)がれねえから覚悟しやがれっ!てことでしゅー!!
 こーんなことまでイチイチ説明されなきゃ分かんないんでしゅかー!!?まったく困ったクソ低能女でしゅねー!!
 だーら、ボーッとしてねーで、そこの門を開けたきゃ、さっさと右手を上げて、はい誓いまーす!ってやりゃいーんだよー!!」
 分身共々、はて?とするユリアの愛らしい顔の大小を指差し、そのイライラをぶちまけるように吠えた。

 これに、フッと眉をひそめて怪訝な顔となったシャンが
 「待てユリア!その怪しい箇条、なにかが引っ掛かる。
 それについて少しオタラに確認したいことがあるから、今は軽々しく誓うな!」
 と不審と警戒の声を飛ばしたが、対戦者席のユリアもミニチュアユリアも、右手を上げたそっくり同じポーズで
 「はい、はぁーい!誓っちゃいまーす!」
 をスムーズに終わらせていた。

 すると、ガゴンッ!ズゴーッ!ギィィイィイと重く鈍い音を立て、ユリアの前の巨大な西扉が僅かに開いた。

 「おいユリア!!その代理格闘戦士が町に入るのを止めろ!!
 こんな対決前に怪しい誓いを求める戦いなどあるかっ!これは何かが不自然だ!
 おいっ!聴こえないのかユリア!!?」

 シャンの声が再び飛んだが、ユリアはもう堪(たま)らないとばかりに、垂涎恍惚として町の中を垣間見ており、その忠実な再現者も跳ねるようにして、そのすき間から侵入した。
 
 そして、それを飲み込み、封ずるようにして、背後の鉄の扉はひとりでに締まり、黒鉄色の重い閂は真横に流れたのである。

 これを認めたドラコニアンの姉弟は腰を折って
 「ニャハッ!」
 「ブシシッ!」
 と、同時に、してやったりとばかりに吹き出した。
 
 「くっ!!やはり、こちらに相当に不利な何かを飲まされたかっ!!
 おい!代理戦士ユリア!!今からでも遅くない!その閂を解いて、直ぐにそこから出るんだ!!」
 席から立ち上がったシャンが盤の真横から町の内部を覗き込み、軽やかに革のロングブーツで組石(モザイク)の地面を蹴りつつ、嬉々として無人の商店街へと向かうミニチュアみたいなユリアに吼(ほ)えた。

 だが、すべては遅すぎたようで、メッカワは胸前で右の拳で左の掌を、パシンッ!と打って合わせ、それを歓喜に震わせながら鼻筋辺りに上げて
 「いよっしゃあーっ!!このクッソ三つ編み女!まんまと今、確かに宣誓して私刑(リンチ)の町に入りやがったぁっ!!
 キャッハハハハハハーッ!!こーなったら最期!!もうどー足掻いても、絶対に生きては出られねぇーからな!?
 キャハハハハハハ!!んよーしよしよし!!んじゃあリンチに告ぐ!!一回しか言わねぇから、よーく聞きやがれよー!?
 規則(ルール)の追加は、今この瞬間からこの町ン中では、それが神聖魔法だろーが、なんだろーがカンケーねぇっ!いかなる魔法も全部無効っ!!これだー!!
 キャッハハハハハハー!!!これでコイツは只のチビ女でしゅー!!ざまぁ見ろ!!
 キャハハハハハハーッ!!」

 ザンバラ頭を抱えて狂喜に仰け反る、メッカワの不吉な哄笑が鳴り響いた。 
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