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153話 ザエサでございまーす!

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 そうして、ドラコニアン娘に誘われるままに会計机のある一画の裏側、そこに垂れ下がった、仕事とプライベートを隔(へだ)てるかのごとき深紅の長暖簾(ながのれん)をくぐった先。
 そこは四方の壁に沿うようして、うず高く積まれた商品在庫の収納箱らが整然と立ち並び、正にバックヤード然とした部屋であった。

 そこへ招き通された光の女勇者団とその従者達は、この二十坪ほどの空間を眺めると、一様に、ここがいやに生活感に乏しく、実に殺風景な部屋である、と感じた。

 だが、この煉瓦(レンガ)と漆喰(しっくい)とで形成された、簡素で飾り気の皆無な部屋こそが、稀少亜人種なるドラコニアンの姉弟等との代理格闘遊戯の決戦の場に間違いはなかった。

 そこには雑然と複数の木製の椅子が置かれていたが、部屋の中央には、先のドラコニアン娘の説明の通り、なるほど確かに、天板の縦横の辺が五メートルを越える大きな机が据え置かれ、それはマリーナ達の既知感を大きく越えゆく圧倒的存在感を放っており、かつての枯葉舞う寂れた町の''ダスク''で目にしたモノとは明らかに規格が違った。

 それでも、これがあの遊戯盤と同種・同一にあり、といえたのは、東西に差し向かう対戦者席の前の卓に、あの半球になるように天板へと穿(うが)たれた、猛獣の瞳を想わせるような、何とも有機的な輝きを放つ掌大の黄色い水晶があったからであり、そしてまた、天板上に構築された、あの蕭々(しょうしょう)たる荒野然としたジオラマ景色が拡がっていたからである。

 それでもやはり、それらの既知感(デジャブ)を抱かせる特徴よりも、そこに巧緻に造形された、擬似的な虚しき荒涼たる野の予想外の大きさとは
 「わっ!デカッ!!」
 とマリーナを喚かせるに足るモノがあったという。

 無論、これを認めたユリアは弾かれたよう駆け出し
 「へぇー、へぇー。どうやらコレ、以前にダスクで見たものと同一作者の手による魔法具のようですねー。
 うんうん、確かにコレって、ビックリするくらい大きいですけど、この盤から伝わってくる全体的な風合いは、やっぱりあのゴーストさん達と対戦したモノと同じ気がしますー。
 うっわー!コココ、コレは楽しみすぎるぅー!!」
 そう評し、つんのめるようにして、その小さなソバカスの顔を荒野のジオラマに肉薄させたり、はたまた床へと膝を着け、グッと首を捻っては、その天板の裏を覗き見たりと、大興奮の坩堝(るつぼ)にはまりながら、この大規模な錬金術と召喚魔法との大結晶たる、混成魔法の傑作的な対戦型遊戯の魔具を、それこそなめ回すようにして、実に忙(せわ)しなく観察していた。

 その一方で、シャンはというと、この女らしく泰然自若な腕組みのままにあり、その東洋的美貌の顔を僅かに傾け
 「フフフ……まさかの再邂逅(さいかいこう)とはな。
 うん。確かに、あの夜は楽しかった」
 と自らが水晶玉に掌を添えて召喚した、あの針葉樹群と狼、また謎のアルカイックスマイルのパンチパーマの金色戦士を回顧・追懐していた。

 そしてまた、ライカンの双子姉妹等も、その妹アンが図らずとも具現化させてしまった、一糸まとわぬドラクロワの美しい立像(スタチュー)を回想し、愛らしい顔を熱っぽい紅(くれない)に染めていた。

 これらの女勇者団の反応に急速に顔を曇らせ、実に訝し気な顔色となったドラコニアン娘は
 「はっ!?えっ!?ちょー(ちょっと)待ちんさい!あんたらなんなん!?
 なんかー、この遊戯盤のこと知ってる風じゃんか。
 ふーん。そーゆうことじゃったら、もうちょい早ようにゆうてーやー。
 はー(すでに・そういうことならば)、ウチのさっきのごちゃごちゃとした説明なんか、全然要らんかったんじゃん。
 まぁえーかー。じゃ、表に''休憩中''の看板出して弟等喚んでくるけー、テキトーにそこらの椅子に腰掛けときんさい」
 と、尖った顎をしゃくり、自身は更なる店の深部へと退陣するのであった。

 それからややあって、奥の赤い暖簾(のれん)を割って現れたのは、さっきの小憎(こにく)らしい顔の細身のドラコニアン娘を先頭に、縦・横・厚みがその二回りは大きな、まるで妊婦のような樽腹を撫でながら歩むドラコニアンの弟であった。

 彼はくたびれた駱駝(ラクダ)色の半ズボンに同色の袖無しのシャツを着ており、異様な猫背であり、イボに酷似したとても小さなトゲの点在する、幾らか角質化した、硬く、妙に腫れぼったい目蓋(まぶた)の陰気そうな半眼で以(もっ)て、不躾・無遠慮に、ジロジロと初対面の女勇者団達を睨(ね)め付け、そのしゃくれた対猛獣・狩猟用の虎鋏(とらばさみ)みたいな、恐ろしく剛健そうな顎を動かし、モグモグと何かを咀嚼(そしゃく)しているようだった。

 そして、この三姉弟の最後尾で、ユラユラと揺れるように入ってきたのは、やはり姉弟と同じ赤い肌で、異様な痩身に張り付くような黒革のロングコート、ロングブーツ履きのドラコニアンであり、姉と同じ緑の長い頭髪を、幽鬼・怨霊のごとくザンバラとさせていたので、その人相は一向に不明だが、その微妙な腰骨の広がり、また全体的なボディラインから、それが女であることを推察させた。

 この赤き三人姉弟は、そのまま代理格闘遊戯盤の陣取る部屋の中央まで歩くと、それぞれが無造作に手近の椅子を引き寄せ、長女を真ん中に横に並んで腰かけた。

 これにユリアは嬉々とした瞳で、この三者三様の亜人種の風体へと目を這わせ、旺盛な好奇心に突き動かされて、彼女達を更に至近距離にて観察しようと、椅子を蹴るようにして立ち上がりそうになったところを、隣席のお澄まし顔の褐色のメイドに、キッと睨まれたので、このサフラン色の探求心のロケットミサイルとは、何とか未然に発射を阻止された。

 「お待たせしたねー。えーと、あ、そーいやー、勝負とかの前に、まずは自己紹介しとかにゃいけんねー。
 ウチが長女のザエサでー」
 と、露出の多い、スマートなドラコニアン娘が名乗り、隣席の巨漢の弟をバニラ色の掌で差すと
 「あー。ボク、カッツォ。ブシシ……なんか間抜けそうな冒険者達だね、とゆうか、女の子ばかりだけど、立派な冒険者さん達だね。エライ、エライ。
 ま、どうでもイイケド、とゆうか、どーかヨロシク……」
 と、チューバのような低い声で本音と建前を両方放った。

 そして、不自然な少しの間があり、次いで痩せた次女が
 「う……メッカワ」
 と、恐ろしく陰鬱にしてかすれた、なんとか聞き取れるような声で名乗ったかと思うと、突然、バババババッ!と深紅の枯れ枝みたいな両の指を眼前で絡め、それで歪(イビツ)な人面らしきものを組んで形作ると
 「やぁっ!ボク、甥のオタラッ!!
 ヒャッハハハハー!ボク達相手に、この遊戯盤での勝負なんて、どー逆立ちしたって絶対に勝てっこないのに、よーくもノコノコとやって来やがったでしゅー!!
 そのクッソみてーな、クソドキョーだけは見上げたもんでちゅねー!!」
 と、女勇者団達が、ギョッとするような、殆ど奇声みたいな、キンキンと響く裏声で以(もっ)て、恐ろしく不愉快な腹話術を披露してみせたのである。

 これを受けた女勇者団はお互いを見合い、何ともいえない顔で、どう反応したものかと困惑し、無意味な咳払いなどしつつ、一応の礼儀として自己紹介を返した。

 そうして、ニヤニヤと微笑み左の犬歯をのぞかせる長女ザエサが、ハッとしたように
 「あ、ちょっと待っとって」
 と言い残し、またもや奥へと敏捷小走りに駆けて、直ぐに全員分の茶と菓子類を持って帰ってきた。

 「んじゃまー、前置きはこんぐらいにして、早速勝負にしよーやー。
 うん、なんかあんたら、この遊戯盤のことは知っとるみたいじゃけー、イチイチゆわんでも分かっとるかも知れんけど、そこの水晶に触るんは、ホンマにホンマの試合前じゃけーね?
 うんうん。こりゃ話が早よーてえーね。
 そーじゃねー。あとは……うん、あれじゃね。こーいう勝負事ゆうたら、幾らか賭けんと楽しゅうないよねー?
 あんた、マリーナゆーたっけ?あんた、さっき金の方は、ぶち(潤沢に)ありますけーとかいよったね?
 うんうん、ほんならウチらとおんなじじゃねー。
 じゃ、あんたらには、一戦につき大陸金貨五枚(五百万円相当)賭けてもらおーかねー?
 ウフフ、若い女の冒険者のあんたらにはちょっと無理な話しじゃろーけど、ね!?」
 
 ガチャガシャッ!!

 その挑発的な揶揄の言葉尻に被(かぶ)せるようにして、擬似荒野を挟んで向かいに座ったマリーナが、脇の茶菓子の机に正真正銘、本物の大陸金貨を五枚、あえて粗暴・乱雑気味に置いてみせたのである。

 「ヒャッハハーー!!このクソデカ女!!バッカでちゅねー!!
 絶対に勝てない賭けに、ホントに金貨五枚も出ちまちたよー!!
 おかーしゃん!!んじゃまずは、このクソ威勢のいい、クソオッパイから、クソのつまったクソハラワタを引きずりだしてやりまちょーよ!!
 ヒャッハハーー!!」
 オタラが、いや枯れ木のように痩せた黒ずくめのメッカワが、その乾燥した赤い指の顔の口を、パクパクとさせて喚いた。

 そして、のっそりと席を立ったカッツォが太くて長い、真っ赤なワニのような尻尾を引きずりつつ、実に鈍重そうにマリーナへと歩み、ちんまりとした黒い爪の極太の指で五枚の金貨の一つをつまみ、それを眼前に持ってゆき、しげしげと見つめ
 「うーん。ザエサ、これって本物みたいだねー。
 ブシシ!このオッパイばっかりで頭空っぽそうな女、とゆうか、このキレイな女の戦士の人(しと)、本当に金持ちだよ。
 ブシシ……こんなのボク達からしたら、ホントはした金だけどさ、それでも、これがタダ同然で貰えるってんならウレシーよね?
 ぐ、ブシシ、ブシシシシ……」
 どうやら口元を押さえて嘲笑(わら)っているようだった。

 これにはユリアも憤然とし
 「ちょっとちょっと!あなた達!!さっきから何なんですかー!!?
 確かにそりゃ、本来売り物じゃなかったドレスが欲しいばっかりに、何とかこちらから無理に頼んだこととはいえ、黙って聴いていれば、さっきからクソとかなんとか、こんなのってあんまり失礼じゃありませんか!?
 折角の代理格闘遊戯、そう!遊戯っていう位なんですから、もっと愉しくやりましょうよー!!」
 無論、これにはアンとビスも同意にあり、お澄まし顔で何度もそれにうなずく。
 
 これにザエサは片手を挙げ、謝罪の意を示し
 「ゴメンゴメン、ホンマにゴメンねー?
 この子達って、いつもは裏方の製造・仕立てが専門じゃけー、人付き合いの距離感っゆーのを、よー(よく)知らんのよー。
 カッツォもメッカワも、ホンマ''根''は悪い子じゃないけー許してやってーや?ねっ!?」
 
 「おかーしゃん!!違いまちゅよー!!ボク、オタラでちゅー!!
 それより、早くこのクソ共のクソ金を巻き上げまちょーよっ!!」

 「ブシシシシ……。他人の気分なんかどーでもいーのよねー、とゆうか、とても反省してまーす。ごめんなさいー。
 ブシシシシ……」

 どうやら、このふたりの人格という根は腐り切っているらしかった。

 これにまた何か言い返そうとするユリアを制したマリーナは
 「まぁまぁユリア。ココントーザイ、勝負事ってのは、なんでもこーいう、えーと、なんてーの?
 そっ!煽(あお)りみたいな、そんなののふっかけ合いが逆に盛り上がっていいモンなんだよー!
 ウンウンッ!イイネー!イイネー!こーいうのを、ギャフン!て感じでねじ伏せるのがサイッコーに気持ちいいんだよねー!
 アハッ!アタシャ、ガゼン闘志が湧いてきたよ!!
 んじゃまー、早速、サクーッといこうじゃない!?サクーッとね!アッハハハハーッ!!」
 そう豪快に笑う眼帯の女戦士は、父親譲りの博打打ち・勝負師らしく、実に頼もしくも堂々たる女傑ぶりであったという。

 「フフフ……だな」
 シャンもマスクの下で不敵に笑って、親友の深紅の肩当てに、ポンッと手を置いて、この度の代理格闘遊戯。その先鋒をマリーナが執(と)ることを了(りょう)とした。
 
 ザエサは、それを満足そうに眺めて頬肉を盛り上げ
 「よーし。そしたら早速始めようかねー。
 ほんならこっちは、せめてこのゲームが一番ヘタクソな、ウチからやったげる
よーかー」
 とマリーナが、ヌルリと光る黄色い水晶玉に手を載せたのを認めて、同様に手前の巨大な目玉みたいなのに掌を置き、代理戦闘士召喚のトリガーを引いたのである。

 すると、あのダスクの地下酒場での決闘よろしく、そのふたつの水晶玉は、中心から外側へと小規模な稲光のごとき激しい閃光を放ち始め、マリーナとザエサの掌を透けさせ、それぞれの美しい顔を、下から黄色く燃やすようにして照らした。

 「あー、悪い悪い!そーいえば、ゆうとらんかったけどー、この盤て、ドラコニアン用に特別あつらえてあるけー、人間族にはえー具合にいかん(不具合が出ることがある)かも知れんけー、ちーと覚悟しときんさいねー?」
 
 なんと、このいよいよの土壇場で、恐ろしく意地悪そうに微笑み、長い左の犬歯の先を、チロチロと舌先で押しながら、なんとも不吉なことを宣(のたま)ったのである。
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