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151話 さらば芸術、こんにちは野望

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 こうして、ドラクロワを揺るぎなき冠・筆頭と戴(いただ)く、光の勇者団とその従者等は、各々の私物・荷物を引き上げる為に、一旦、今現在の仮住まいとして、カゲロウよりあてがわれていた、街外れの瀟洒(しょうしゃ)な館に舞い戻っていた。

 そして、どこでどう聞きつけて来たか、そこにて別れの挨拶をと馳(は)せ参じていた、この街の殆ど怪奇じみた、稀有なる品揃えの大秘宝館。
 その「ダゴンの巣窟」の店主オーズとその妻、また老紳士カゲロウらから、実に名残惜しそうな、心のこもった別れの言葉を受け取るや、幾らか勇み足の勇者達は、再びカミラー所有の暗黒の馬車へと乗り込んだ。

 その馬車へと消える最後に、高みのドラクロワから
 「ウム、カゲロウよ。やはり俺は、この芸術かぶれの乱痴気(らんちき)の都は一向に好きにはなれぬようだ。
 だが、ここの葡萄とお前は嫌いではない。
 だから、この都の顔役などといった重い責などは、とっとと若い者達に譲り、お前は精々長生きするがよい。
 この俺がまたここの葡萄を味わいに来る、その時まではな」
 という思いもよらぬ一撃をまともに喰らってしまい、思わず膝から崩れ落ちそうになるのをなんとかこらえ、圧し殺したような嗚咽を伴いながら何度も頭を垂れた後、漸(ようや)く、いつも通りに黒のシルクハットをかぶり直したカゲロウであった。

 そうして、実に感慨深そうな潤んだ老眼で、信じられない速さで、グングンと小さくなり行く、悪夢の中の乗り物のごとき漆黒の長馬車を見送りつつ
 「あぁ、まるで疾風、いや嵐のごとく行ってしまわれた……。
 それにつけてもドラクロワ殿……。なんとも貴殿とは、我々のような通常の平々凡々なる物差ししか持たぬ人間などでは、およそ計り知れない、やることなすこと、その総てがとてつもなく独創的で、真に偉大なお方であらせられましたな……。
 この老い先短い、くたびれた老人などが、ほんの一時とはいえど、少々荒唐無稽で破天荒なところはあるものの、何とも独創的に魅力的な貴方と共に過ごせたとは、この世にある如何(いか)なる物にも替えがたい、正しく夢見るような日々でございました。
 勇者様、どうもありがとう……。
 このちっぽけな老人の私としては、只只、これから先の貴殿等のご活躍、それから魔王討伐の旅路のご武運を祈るばかりであります。
 ん?……魔王、魔王か。フフ、そうか、魔王……か。
 うんうん。こう言っては天への大冒涜にあたるやもしれないが、あの御方とは、ある意味で、正しく魔王のような得体の知れない御仁であられたな。
 うん、いや、何とも不思議な御方だった」
 と、長命のエルフ族の麗しい夫婦と並んで、もはや黒の巨馬らはおろか、それらの凄まじい怪力によって巻き起こされた、モウモウと立ち込める砂塵さえもが鎮(しず)まり、そしてすっかりと消え去った、蕭々(しょうしょう)たる夕方の街道を、それこそ、いつまでもいつまでも眺めていたという。


 さて、その列車の車両ひとつほどの重厚にして荘厳なる暗黒馬車。
 その猛然と疾駆する車内では、美青年リョウトウから献上された羊皮紙の地図を中心にして、光の勇者団達による作戦会議が始まっていた。

 窓の矢のように真横に流れる景色さえ見なければ、ここが馬車の中であることを忘れてしまいそうな、そんな完全なる耐震防音性能を搭載した魔界の乗り物。
 そこの長い座席にて冷厳としたドラクロワの沈黙はいつものこととして、珍しくも女勇者達は二つの意見に分かれて議論していた。

 その議論の発端とは、マリーナ、そしてシャン等が提唱した、これから向かう邪教の街ヴァイスへ進入する際、そこまでの途中で、いかにも邪教徒然とした漆黒のローブ、怪しい仮面等を買い揃え、それで以(もっ)て全員が闇なる者に擬装をして、先ずはヴァイスという街の有り様を細部にいたるまで検分をし、その穢(けが)れ・堕落の度合い、またそこの住民達の危険性、更には街が保有する武力・戦力などをつぶさに探るべし、というものだった。

 これに七大女神信仰に篤く、また元来、生真面目な性質のユリア、そして神官位にあるアンとビスとは、本来、闇を払う者であるはずの光の勇者ともあろうものが、たとえ一時的な作戦行動とはいえ、闇の邪教徒などに扮するなど、これは到底、許容出来るものではない、という主張にて信教的な潔癖さを示したのである。

 これを受けたシャンは冷静に熟慮をして「それもそうだな」と、あっさりユリア側へとなびいたが、その親友のマリーナは、己を含めた、ここ短期間で飛躍的に強さを増したこの勇者団。また、なにより、全く底の知れない強さを誇る、鬼神も顔負けの超絶魔法戦士である、筆頭ドラクロワが居るのだから、邪教撲滅の成り行き上、図らずともヴァイスの住民等と武力闘争となってしまい、その結果としていかなる敵を相手取ろうとて、こちらの戦力・武力面に何ら懸念する材料なし。
 つまり、先の擬態的な小細工などは全く不要である、(要するに、ただ暴れたいだけ)との意見を示した。
 これにカミラーも概(おおむ)ね同意のようである。
 
 こうして、それからの数時間というものは、シャンによる新たな
 「ヴァイスとは一応、魔王崇拝の人間族の街である、とはされてはいるが、有りがちな話だが、その裏には思いも寄らぬ強力な魔族が支援者としてついている可能性も捨てきれん」
 という考察も発せられ、それに対してまた種々様々な意見が乱立し、徹底した議論合戦が交わされたのである。

 そして、今やこの軍議はどうにも煮詰まり、結果、疲れ果てた乙女達は、その適当な落としどころを求めて、未だ沈黙の貴公子へと焦点を合わせて、それを託すのであった。

 果して、ドラクロワは緑の空き瓶を軍議のテーブルに置き
 「やれやれ。お前達、よく飽きもせず、あーだこーだとやれるものだな。
 で、事ここに至り、やっとこの俺にお鉢が回ってきたという訳か。
 では、この俺の意見を聞かせてやるか。これ以上、こんな下らんやり取りを延々果てしなくやられてはかなわんからな。
 ウム。先(ま)ずはだな、お前達は''戦''というものを知らなさ過ぎる。
 一般に、こういった攻城の局面となった場合は、''斥候(せっこう)''を送るのが定石というものだ」
 と白々とした美しい呆れ顔で応えた。

 「はぁっ?なんだいそのセッコーって?」
 口に紐(ヒモ)をくわえ、長い金髪を高く結い直していたマリーナは、その初めて聴く言葉に無邪気な目を丸くした。

 隣のシャンは小刻みにうなずき
 「なるほど。勇者団全員での侵攻に先駆けて、予(あらかじ)め偵察の者を送ろうというのか。
 それならば……その役目は、」

 これにユリアも間髪を入れず、パチパチと小さな手を叩き
 「それいいですねー!!さっすがドラクロワさんですー!!
 そういうことなら、ここに隠密に特化した、スッゴいアサシンさんが居ますよー!!」
 「あぁ、そうなるな」と、目を伏せて首肯するシャンを指した。

 この抜群の適任具合に、直ぐに皆は賛成・同意の声を発した。

 が、これから向かうヴァイスにて、自らが彼(か)の魔王であると宣言し、大魔法のひとつ、ふたつも披露してやった結果、そこの老若男女、無数の邪教徒等に狂おしく賛美されているところを脳裏に描いて、不覚にも口角を上げていた魔王が、突如、牙を剥き
 「た、戯(たわ)けいっ!!それでは俺の祭が台無し、いやいや、あまりに危険であろうが!
 つまりだな、もしもリョウトウの話が単なる噂にあらず、その全てが真実であるとする。
 ならば、そのヴァイスとやらの邪教徒等は魔王讚美の闇儀式に使う為に、常々犠牲とする供物である''乙女''を探しておる事になろう!
 となれば、万が一にでも、このシャンが捕らえられ、それが若い女であることが明らかになった場合、奴等の手により、その心臓を抉(えぐ)り取られる事になるやも知れん。
 と、そういう訳でだな、その街へ斥候として向かうべき者。それは、この俺と、このカミラーの二人しかおるまい。
 ウム、まさか奴等とて、この様な珍妙・奇なる、幼児らしき者などには目もくれぬであろう。
 もし俺が魔王なら、大体にして人間族の女の心臓など、ちーとも要らんが、どうしても、是非にとも美女を捧げたい、というのなら、先ずコイツは遠慮する。
 ウム、発育不全の超希少生物かー。お前達、思いの外、奇をてらいおったなー。
 だがな、俺の為に是非に、是非にと言うのなら、もっと他にマシなのはいなかったのか?とな」
 と、魔王としては、この作戦行動に馴染みの崇拝者が随行する事は当然であり、何の支障もなかったのである。

 これにシャンの単身潜入に少なからず懸念をし、その護衛を申し出ようとしていたアンとビスは、やんやと手を打って
 「まぁ!どんなにシャン様がお強いとしても、一紳士として女性を気遣い、このように不測の事態まで案じて下さるとは!」
 「流石、流石はドラクロワ様です!!そこまでお考えとは!!やはり戦略家としても優れたお方であられたのですね!?」
 と殊更(ことさら)大声で喚き、何やら不満げな面持ちで、一言言いた気なシャンを封じるのに一役買ったのである。

 「そっかー!シャンの強さなら、まーずどこに出しても心配ないだろーけどさ、確かにもしも、のことを考えると、偵察は男のドラクロワがいーよね!?
 カミラーもチッコイけど、バカみたいに強いし、速いしね!」

 「うんうん!やっぱりドラクロワさんって、なんだかんだ言って、こういう優しいとこもあるんですよねー!!頼りになるっていうかー。うんうん!
 それに、スラッと斥候とか出してくるのもスゴいですー!!」

 「斥候の任務を賜り、有り難き幸せにござります!!この第一の僕、どこまでもついて参ります!!
 あぁドラクロワ様!万!歳!!
 ん?これ無駄乳よ!今どさくさ紛れに、わらわのことをチッコイとか、バカとか言わなんだかえ?」

 「フフフ……フハハ、フハハハハ!アーッハッハッハ!!
 よせよせ、斥候など誰でも思い付く事よ!
 フフフ……フハハハ!ウームウムウム、よーしよしよし!この尖兵の役、万事この俺に任せておけいっ!!ヌハハハハーッ!!」

 (ウム。こ奴等、例のごとく揃いも揃ってバカで助かるわ)
 と、取って置きの特別ディナーの前に、細(ささ)やかな前菜を堪能するドラクロワであった。
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