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112話 まかせとけっつうの

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 この「ダゴンの巣窟」の独身店主は、その名をオーズ=ソルバルウといい、長命のエルフ族である為、一見若く見えるが、その実年齢は105歳と、かなりのご長寿様である。

 彼は、このカデンツァから遥か北西部に"あった"エルフの街、ダ・リスタリトの出であった。

 このオーズは、大陸を股(また)にかける商いの大巨人となった今現在でさえ、殆(ほとん)ど毎夜夢に見る、今は亡き、そのダ・リスタリトの自宅に居た。

 だが、今日の夢幻想(ゆめ)のダ・リスタリトは、いつもの朧(おぼろ)な悪夢(ナイトメア)とは異なり、まるで現実かと見紛(みまご)うほどに、ハッキリとしていた。

 それは鮮烈なる臨場感に溢(あふ)れるモノであり、彼の独り暮らしの家に染み付いていた、そこの独特な生活感をその匂(にお)いまで思い出させ、確(しか)とその鷲鼻気味の鼻に懐かしく嗅(か)がせたのである。

 さて、彼のいつもの夢なら、もうすぐ愛しい恋人が、そこの扉をノックするはずだった。

 オーズは、遠い過去に自分が使っていた家具、調度品とは、こんなにも陳腐(ちんぷ)なものだったのだな、と鮮明な映像を観ながら、沁々(しみじみ)と感慨(かんがい)に耽(ふけ)っていたが、程無くして、いつも通りに木戸が鳴った。

 オーズが何ともいえぬ辛(つら)そうな面持ちで、そこを開けてやると、そこには金色の長い髪の頭に、ペリドットをあしらった金の繊細な頭飾り(サークレット)をした、若草色のドレスを纏(まと)った、誠に見目麗しき、花のように愛くるしいエルフの美女が、輝くような笑顔で立っていた。

 彼女の名はレイラといい、この街の長である大富豪ランバの1人娘であり、実のところ、貧しい家の出である、このオーズとの付き合いは固く禁じられていた。

 だが、若い二人の燃え上がるような恋は、そんな親の身勝手で引き裂かれることなどあろう筈(はず)もなく、有りがちな話だが、二人は近々駆け落ちをしようと計画していた。

 オーズはレイラを抱き寄せ、その白魚のような、スラリとした滑らかな指の手を取り、胸に、ドッとしなだれかかるレイラの顔を感じ、その絹のごとく柔らかな黄金の美髪に口付けをし、恋人の甘やかな香りを胸一杯に吸い込んだ。

 「あぁ……レイラ。私の全て……」

 オーズは毎夜の事ながら、これには一向に心のタコが出来ず、その眼に涙すら浮かべ、毎夜の悲劇の前の甘美なこの一時を噛み締めた。

 いつもならば、この数分後に、レイラの父親が雇った、闇に堕(だ)した冒険者達のパーティが松明(たいまつ)片手に現れ、この細(ささ)やかな家を、その篝(かがり)の火と火炎魔法とで焼き討ちにするのである。

 そして、この襲撃こそが、オーズの魂を引き裂くような悲劇となるのであった……。

 この後に現れる、少なからぬ前金を与えられた邪なる冒険者達は、ランバからの依頼により、オーズの住宅を火で焼き、精々彼を大いに脅(おど)し、この街から追い出すようにと指示されていた。

 そして、その内の醜い小男のアサシンが、悪戯(イタズラ)半分に威嚇(いかく)射撃の為に矢が放つのだが、職業病的なアサシンの癖(くせ)か、その矢尻には彼(か)の猛毒、ウルフズベイン(トリカブト)が塗られていたのである。

 そして、その死の矢は、極めて楽な、このぼろい仕事の前祝いで、酔いに酔った射手により、オーズを脅(おど)かそうと、その足元を狙われるはずが、家屋を焼く大炎の上昇気流にも煽(あお)られて、それは大きく逸(そ)れ、事もあろうか、愛しい人に駆け寄ろうと、無心で飛び出したレイラの左胸を射抜いてしまうのだった。

 その結果。オーズは、80×365=29,200回ほど、スローモーションで倒れる恋人に飛び付き、それを抱き起こすのだが……。

 「ウフフ……私ったら、ドジね。いつもいつも不器用で、グズなんだから。ご、ごめんなさい。
 でも安心して。私、こんな矢なんかでは……死なないわ。
 ねぇ、オーズ。私ね、あなたさえいれば、他にはなーんにもいらないの。
 だから、こ、このまま一緒に街を出て、いつまでも、いつまでも……一緒に……幸せに……暮らし、ましょ?」
 というレイラの最期を看(み)とる事となるのである。

 これを観る度に、オーズは滅茶苦茶に大地を殴って、天を仰ぎ
 「七大女神達よ!またか!?またもや、私にこの場面を見せるのか!?」
 と叫び、魂と心に、黒いヒビが走ってゆく激痛に、その身をよじって悶(もだ)え苦しむのであった。

 彼は幾度も、これは夢だ!明晰(めいせき)なる夢だ!と自らに言い聞かせ、夢ならば、それを観る自分の意思力・想像力で、この悲しい結末をも変えることが出来る筈だ!と懸命必死になって意識を集中することもあった。
 
 だが無情にも、オーズが意識すればするほどに、眠りは嵐の前の雲のように裂けて破れ、すっかり覚めてしまうのだ。
 そうして、ただ空しい床(とこ)にて、また独り嘆き、終わりなき悲しみの上塗りを繰り返すだけだった。

 だが、今回は何かが違う。

 それこそ、数え切れない程に観たはずのこの夢の景色が、これほどまでに鮮やかだった事はなかったし、胸に掻き抱(いだ)いた最愛のレイラの息遣いまでが、咽(むせ)び泣けそうなほどに、まざまざ、ありありと。
 正しく、生き生きと感じられるのだった。

 そして、何より「えー、オッホン!」と後方から、如何(いか)にもわざとらしい女の咳払いが聴こえたのである。

 オーズが振り向くと、そこには日焼けした、十二頭身のしなやかな身体に深紅のビキニみたいな部分鎧を纏(まと)った、金髪碧眼(きんぱつへきがん)の美しい女戦士が立っているではないか。

 また、更にその横には、蜂蜜色の頭髪を三つ編みのおさげにした、ミニスカート然としたサフラン色のローブを着て、大きなルビーの穿(うが)たれた魔法杖をついた、小柄な女魔法使いらしき人物もおり、狭い家屋内を不思議そうに見回している。

 そして、そのやや後方には、灰銀のメイド服で、肌の色以外はそっくり瓜二つな、鼻と口元が僅(わず)かに前に出た、見ていると何とも、チクリと胸の痛むような、そんな独特な美貌をお澄まし顔にして、ドーベルマンみたいな犬耳を立てた、六角棒を手にした女が二人居た。

 つまり、結末が悲劇に定まったこの舞台に、マリーナとユリア、そしてアン、ビスが堂々と屹立(きつりつ)していたのである。

 マリーナは高く結った金髪の後ろ頭を、ガシガシと掻きながら
 「アララ。シャンが、あのヘンテコな楽器を弾き出したかと思ったら、いっきなし見たこともないとこに来ちゃったねぇ。
 やっぱりこれってさ、あの伝説のブラジャーとかいう楽器の魔力のせいなのかい?」
 隣のソバカス顔の小柄な女に問(と)うた。

 ユリアは小さな顎に人差し指を乗せて
 「うーん。どうやらそうみたいですね。
 ハッ!!じゃあ、あの馬頭琴は間違いなくブラキオシリーズだったんですねー!?
 それからそれから!それを弾いたシャンさんの腕前も、しっかりとブラキオを満足させたんですねー!!?
 うあぉーっ!ス、スゴい!スッゴいですー!!
 なんとあの魔具!私達全員の精神をまとめて異空間に飛ばしちゃいましたよ!!
 ななな!なんて素敵な魔法効果なんでしょー!!?
 キャーッ!!スゴい!スッゴーい!!」
 そう叫んで万歳し、短い脚でそこらを、ピョンピョンと跳ねまくった。

 アンとビスも、その女魔法賢者の解説を聴いて、何とか事態を把握したようだが、お互いを見合わせ、この摩訶不思議な現象に驚いているようだった。

 今日はまだ死んでいない、エルフ族の美しい娘は、オーズの影に隠れるようにして、その腕を掴み
 「オ、オーズ?この方達はどちら様?」

 エルフ族の若い男は、オレンジの瞳をかっ広げていたが
 「お、お客様達!?ど、どうして私の古い夢に?
 そうかっ!これはブラキオの楽器の効果なのですね!?
 やはり、あの紫の馬頭琴。遺跡探査のドワーフ達から買い上げたとき、えもいわれぬ魅力があるな、とは思っていたのだが、やはり本物のブラキオシリーズだったのか……私の眼に狂いなし。
 ハッ!!そんなことより!!お客様達!どうか聞いて下さい!!
 今からここに、後に街の代表を殺し、このダ・リスタリトを滅ぼすこととなる、恐ろしい手練(てだ)れの邪悪な冒険者達がやって来ます!!
 今はゆっくりとお話をしている場合ではありません!
 一刻も早く……可能な限り遠方へとお逃げ下さい!!」
 80年、毎日毎日決まり切った結末に囚われてきたこの者は、喚(わめ)くようにして警告した。
 そして、何故か泣いていた。

 それを長い指で耳栓をして聴いていた女戦士だが、その両の深紅のグローブの手を下ろし、バキボキと鳴らしながら
 「ハイハイ!オジョー様ぁ、コン、バン、ハ!
 自己紹介が遅れちまってどーもっ!
 アタシはマリーナ。三度の飯よりエールが好きな、只の光の勇者だよ。
 チナミに得意なことは、化け物狩りと悪者退治でございまーす!
 ヨロシクね?アハッ!」
 と、明るく名乗って宣(のたま)う、その女戦士の不敵な笑みは、何処(どこ)までも頼もしかったという。
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