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110話 魔性の器
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謎の老紳士"カゲロウ"が先に立って歩き、強(し)いて薦(すす)める名店酒場へと続く小路に、暗黒色の炎のごとき甲冑のドラクロワを先頭に、数珠繋(じゅずつな)ぎに歩こうとした女勇者達であった。
だが、その中の恐ろしく襟(えり)の高いプロテクターみたいな、ひどくスレンダーなシルエットの革鎧を着た女が、その先頭に向け、夜霧のように穏やかな声をかけた。
「ドラクロワ。すまんが、私達はそこに行って酔う前に、この街で必要な品々を買い揃えておきたい。
お前達の目指す酒場には、こちらのユリアの探知魔法でお前を探って、買い物が済み次第、早々に向かうようにするから、先に行っててくれないか?」
紫の光沢ある、指ぬき革手袋(グローブ)の手で、組んだ上腕を抱くようにして、分隊する旨(むね)を告げた。
ドラクロワは、それを白い横顔だけで振り返り
「ウム。相分かった。フフフ……祝いの席にて俺に渡す、何か特別な記念の品でも買おうということか。フフフ……苦しうない。
確か、小遣いはこの間渡したのが残っておるな。
だが、そればかりでは足りんというのであれば、カミラーへ言って、飽き足りるまで好きなだけ持って往(ゆ)け。
よしよし、では先に行って、この街の葡萄を味見しておくとするか」
そう言って、カゲロウに華奢(きゃしゃ)な顎をしゃくって案内の続行を促した。
こうして、カミラーを除く女勇者達は、ちょっとした買い物なら十二分に過ぎる金貨を潤沢(じゅんたく)に携(たずさ)え、シャンを先頭に、先(ま)ずは手近な楽器屋へと向かったのである。
そして、彼女達のした事といえば、そこの通(つう)らしき客を捕まえては、この街の数ある楽器を扱う店の内で、金に糸目を付けぬとしたならば、何処(どこ)が一等、最高品質の楽器を置いているかを訊(たず)ね、それを繰り返し、暫(しばら)くは下調べ・調査を優先させのである。
そうして何軒か回って、それらの意見と評判を比較・吟味して、これだという店を選定したのである。
それが、この城廓(じょうかく)じみた大店(おおだな)、「ダゴンの巣窟(そうくつ)」であった。
この三階建ての巍然(ぎぜん)とした山のような商館の中は、シードラゴンの胃のように深く、広く、薄暗く、赤いカンテラの光が異様に妖しかった。
そこは漢方薬のような臭いと、熏香(くんこう)とが入り乱れ、それらが渾然(こんぜん)一体となって混じり合うような、そんな超然とした、魔性の秘宝館のごとき異空間であった。
そこの店内は、 徹底的な整頓と区画整理とが成されており、棚から天井から、錬金術に用いる資材、多種多様な骨董品、そして、戦闘より装飾に全力で走った祭具的な武具類。
それから画材、大陸中の多種多様な民族、種族の扱う楽器類とが、正しく、ところ狭しと陳列され、劣化防止の赤い光に照され、踞(うずくま)る平蜘蛛のようにして薄暗闇に佇(たたず)んでいた。
女勇者達と従者の双子姉妹等は、キラキラと目を輝かせながら、暫(しばら)くはそこの雑多な逸品揃いの店内を物見した。
その珍品、貴品揃いの集大成のごとき店内は、とても一日では見切れない程に、ありとあらゆるカテゴリの物が取り揃えてあり、多趣味な者ならば瞬時に虜となって、流れる時を忘却させられるような、そんな大店であった。
ユリアなどに至っては、魔法書や護符、霊薬等に夢中になって、購入決定の品々をマリーナ、アンとビスにあれこれと持たせ、建物を上へ下への大騒ぎであり、他の客等にとっては、甚(はなは)だ迷惑な客となっていた。
一方のシャンは、ざっと店内を見渡して、一階の中央、そこの会計所へと颯爽(さっそう)と歩き、そこの主人らしき、如何(いか)にも聡明そうな耳の長いエルフ族の者に近寄り
「私は"馬頭琴"を探している。少々値が張っても構わないから、一番良いものを見せてくれ」
と、座って膝上に立て、長い弓で弾く二弦の楽器を所望した。
長命なエルフ族のため、全く年齢不詳である、薄緑の長い髪を前髪ごと後ろで束ねた、鷲鼻気味の左小鼻に金のピアスを付けた、ほっそりとした吊り目の美男店員は
「いらっしゃいませ。お客様、"バトウキン"と申されますのは、上の頭になる部分が馬首を象(かたど)った、あの楽器の馬頭琴ですかな?」
その返事はしっとりと落ち着いた声音であり、そのオレンジの瞳は、夕凪(ゆうなぎ)の水面ような穏やかな性格を想わせた。
シャンは、その答えに満足するように深く首肯しながら
「そうだ。それで間違いない。案内してくれ」
と、店主の若草色のレザーアーマーの肘の所、そこの柔軟性を値踏みするように観て言った。
店主はロの字型に自分を囲む、良く磨かれた虎目の木製カウンターを、銅の指環の繊細そうな指先で、ツイと撫でながら
「ええ、馬頭琴なら勿論(もちろん)置いてございます。
ですが、この店の一番の品、となりますと、存外に値が張るものにございます。
失礼ですが、ご予算はいかほどにございますかな?」
シャンの若い美貌を見て、先の『少々値が張っても構わない』の言葉を訝(いぶか)しんでいる様子がありありと見えた。
シャンは紫のレザーアーマーの懐(ふところ)を探り、大陸金貨(百万円相当)の二枚を引っ張り出し、それ等を冷たいカウンターの上に、コチョンッと乗せ、その上に深紫のネイルの貼り付いた、ブイサインにした指を置いて見せ
「用心のため、見せるのはこの二枚だけだが、これはほんの一部だ。
そちらが出す品に合わせて、こちらもこれには糸目を付けないつもりだ。
私としては、大陸王の前で演奏する宮廷楽士すら所有していないような、第一級の名器が欲しいのだが……」
二十代前半の女とは思えぬほどの豪壮なる気迫を漲(みなぎ)らせて言った。
細面(ほそおもて)のエルフは、その金貨二つを、チラリと見たが、そんな端(はした)金等には特に顔色を変えなかった。
しかし、まぁ及第点かな?とばかりに、僅(わず)かにうなずき、木製の会計箱の下の黒い取手の引き出しを、コキィッと引き、中の鍵束を出して掴み
「では、当店秘蔵の庫室へとご案内いたしましょう。
こちらです」
と、カウンターの天板の一部を跳ね上げ、ロの字型の囲いから出た。
そうして、カウンターに隣接した螺旋階段の上、その二階へと顔を上げて向け
「プラム!釣り銭と会計箱を頼む!私は地下に行ってくる!」
と、短く喚いて、地階の秘蔵の庫室へと、カンテラ片手にシャンを導いたのである。
手擦(てず)れで光沢を放つ、堅い樹の手すりの螺旋階段を降りたそこは、ヴァイオリンを初めとして、ヴィオラ、チェロ、打楽器類にチェンバロ、吹奏楽の楽器の品々が密集していた。
そして、そこの壁には、見るからに名画と分かる物の数々が飾られており、正しくここ「ダゴンの巣窟」の秘蔵秘宝の稀少(きしょう)なる珠玉(しゅぎょく)の累積(るいせき)というやつが、ひんやりとした闇にて暗く隠されていた。
店主はオリーブ色の髪を揺らしつつ、地階各所の赤い幌(ほろ)の照明に灯(ひ)を点(とも)し終えると、カビ臭い庫室の床を鹿革のブーツで音もなく歩き、器具を用いて立たせられた楽器群から、艶(つや)めく馬頭琴を二本、其々(それぞれ)の手で掴んで、試奏用の木製椅子に座したシャンの元へと戻ってきた。
そして、首から提(さ)げたネックレスのトップ、その小さな音叉(おんさ)を指で弾いて、それを尖った耳に寄せて頼りにし、手早く馬頭琴の調律(チューニング)を済ませた。
シャンはその選(え)りすぐりの二本を受け取り、暫(しばら)く思いのままに弾き比べた。
そうして、主人の端正な顔を見上げて
「うん、悪くないな。だが、悪くないだけだ。
うん。これでは今一つ、ん?どうした?」
エルフは、左手の親指の付け根で左目の滴(しずく)を払い
「いえ、失礼。お客様の奏でられます音が亡国を思わせ、久方ぶりに古き恋を思い出しまして。
はぁ。いやはや、素晴らしいお手前でした。
それほどの腕前ならば、お客様は、さぞ高名な演奏家でいらっしゃるのでしょう。
"でしょう"と申しますのが、私、恥ずかしながら馬頭琴奏者に関しては不勉強なものでして……。
誠に失礼千万にございますが、どちらの街を中心にご活動をなさっておいでなのしょうか?
いや、それとも先程仰有(おっしゃ)られました、王都の宮廷楽士様でいらっしゃいますか?」
と、固い商人の仮面を落として、感動に濡れそぼる感嘆の声でシャンを誉めそやした。
だが、この女アサシンは何処(どこ)かの誰かとは異なり、この称賛にも微動だにせず
「ありがとう。だが……悪いが、この程度の品なら、私の里ではそこらにありふれている。
私としては、もっと聴く者の魂にそのまま弓をあてて奏でるかのような、そんな心を奪われるような絶巧(ぜっこう)の音が欲しいのだ。
そう、彼(か)の高名な"ブラキオシリーズ"のような……」
言いながら試奏用の弓(ボウ)を返す。
店主はそれを受け取り、正しく、ニタリとし
「フフ……失礼。お客様。ございますよ。"ブラキオシリーズ"」
と闇魔導師のごとく微笑んだのである。
このブラキオシリーズの"ブラキオ"とは、数百年前に実在した、魔神のごとき強さの人間族の勇猛果敢(ゆうもうかかん)な戦士であり、仲間と共に当時の魔戦将軍の居城に攻め入っては、血塗れの満身創痍(まんしんそうい)で、その将軍首を獲(と)って帰るという、正しく人間離れした戦闘力を持つ、当時最強の戦士であった。
この魔族も裸足で逃げ出す規格外の戦士は、人間側の英雄列伝の永久欠番である"大斧の戦士ブラキオ"を保持する者として、現代の児童書・教科書にさえ出て来るほどの伝説的な大豪傑(だいごうけつ)であった。
だが、このブラキオという男は、その才能を超人的武芸だけではなく、優れた工芸品作家としても開花させ、おぞましくも大陸王に頼み込んで、なんとか拝領した、魔戦将軍の骸(むくろ)を加工して、種々の品々を生み出すことを生き甲斐とした。
最もその初期の頃の作品とは、ナイフ、刀剣、盾と、専(もっぱ)ら比較的単純なモノばかりであり、そうして試験的な物を造っては自分で使い、満足していた。
だが程無くして、自らが優れた工芸品、取り分けその"楽器類"を作成することに長じており、その方面で天与の才能を持つことに気付くようになる。
そうして、彼の楽器職人としての名は、多くの演奏者の口々に上るようになり、その恐るべき勇猛さと共に大陸全土に知れ渡っていった。
その平(ひら)ではなく、真魔族の将軍の魔力に満ち溢(あふ)れた、強靭な身体を加工して構築された楽器類は、"ブラキオシリーズ"と呼ばれ、死して尚(なお)利用されし大魔族の無念と怨念とを伴って、人外魔境的な響きを出すと言われた。
そして、それと卓越した奏者とが組み合わさったとき、その"魔音"とは、死人さえ現世に引き戻す程の超悪魔的魅惑の音楽になるという。
しかし、本来は蛇蝎(だかつ)以上に唾棄(だき)すべき、邪悪なる魔族の死体を損壊し、それでもって物品を作成するという、余りに猟奇的、かつ忌まわしき、畜生道に堕(だ)した悪魔の所業を、当時の法王庁が禁じぬ訳もなく、それを己の生き甲斐として止めなかったブラキオは、遂に王の正規軍を追われてしまう。
こうして、地位と名誉を奪われたブラキオは、冒険の果てに死したとも、魔族の某(なにがし)と闇の契約を結んで、元人間の魔族戦士として転生し、魔王軍の兵となり暗躍し続けたともいわれている。
その伝説のブラキオシリーズが、この「ダゴンの巣窟」にはあるという。
シャンは殺気さえ伴う、射抜く、いや射殺(いころ)すような眼で店主を睨(ね)めつけ
「まさか、あのブラキオシリーズが……本当に、あるのか?」
と、呻(うめ)くように問うたのも、そのブラキオシリーズの素性と経緯、由来とを知る者ならば、これ至極当然の反応であろうと想われた。
店主は、外法禁咒(げほうきんじゅ)を操る、ダークエルフの魔神官のごとき邪な顔になり
「フフ……。お客様。ダゴンの巣窟の店主である、この私に二言はありません。
宜しければ、試しに弾いてみられますか?」
少しの沈黙の後。
「無論」
と唸(うな)るように言ったシャンの瞳は、この薄暗い地階の秘宝館に、何処までも妖しく、狂烈な色を帯びて輝いていたという。
だが、その中の恐ろしく襟(えり)の高いプロテクターみたいな、ひどくスレンダーなシルエットの革鎧を着た女が、その先頭に向け、夜霧のように穏やかな声をかけた。
「ドラクロワ。すまんが、私達はそこに行って酔う前に、この街で必要な品々を買い揃えておきたい。
お前達の目指す酒場には、こちらのユリアの探知魔法でお前を探って、買い物が済み次第、早々に向かうようにするから、先に行っててくれないか?」
紫の光沢ある、指ぬき革手袋(グローブ)の手で、組んだ上腕を抱くようにして、分隊する旨(むね)を告げた。
ドラクロワは、それを白い横顔だけで振り返り
「ウム。相分かった。フフフ……祝いの席にて俺に渡す、何か特別な記念の品でも買おうということか。フフフ……苦しうない。
確か、小遣いはこの間渡したのが残っておるな。
だが、そればかりでは足りんというのであれば、カミラーへ言って、飽き足りるまで好きなだけ持って往(ゆ)け。
よしよし、では先に行って、この街の葡萄を味見しておくとするか」
そう言って、カゲロウに華奢(きゃしゃ)な顎をしゃくって案内の続行を促した。
こうして、カミラーを除く女勇者達は、ちょっとした買い物なら十二分に過ぎる金貨を潤沢(じゅんたく)に携(たずさ)え、シャンを先頭に、先(ま)ずは手近な楽器屋へと向かったのである。
そして、彼女達のした事といえば、そこの通(つう)らしき客を捕まえては、この街の数ある楽器を扱う店の内で、金に糸目を付けぬとしたならば、何処(どこ)が一等、最高品質の楽器を置いているかを訊(たず)ね、それを繰り返し、暫(しばら)くは下調べ・調査を優先させのである。
そうして何軒か回って、それらの意見と評判を比較・吟味して、これだという店を選定したのである。
それが、この城廓(じょうかく)じみた大店(おおだな)、「ダゴンの巣窟(そうくつ)」であった。
この三階建ての巍然(ぎぜん)とした山のような商館の中は、シードラゴンの胃のように深く、広く、薄暗く、赤いカンテラの光が異様に妖しかった。
そこは漢方薬のような臭いと、熏香(くんこう)とが入り乱れ、それらが渾然(こんぜん)一体となって混じり合うような、そんな超然とした、魔性の秘宝館のごとき異空間であった。
そこの店内は、 徹底的な整頓と区画整理とが成されており、棚から天井から、錬金術に用いる資材、多種多様な骨董品、そして、戦闘より装飾に全力で走った祭具的な武具類。
それから画材、大陸中の多種多様な民族、種族の扱う楽器類とが、正しく、ところ狭しと陳列され、劣化防止の赤い光に照され、踞(うずくま)る平蜘蛛のようにして薄暗闇に佇(たたず)んでいた。
女勇者達と従者の双子姉妹等は、キラキラと目を輝かせながら、暫(しばら)くはそこの雑多な逸品揃いの店内を物見した。
その珍品、貴品揃いの集大成のごとき店内は、とても一日では見切れない程に、ありとあらゆるカテゴリの物が取り揃えてあり、多趣味な者ならば瞬時に虜となって、流れる時を忘却させられるような、そんな大店であった。
ユリアなどに至っては、魔法書や護符、霊薬等に夢中になって、購入決定の品々をマリーナ、アンとビスにあれこれと持たせ、建物を上へ下への大騒ぎであり、他の客等にとっては、甚(はなは)だ迷惑な客となっていた。
一方のシャンは、ざっと店内を見渡して、一階の中央、そこの会計所へと颯爽(さっそう)と歩き、そこの主人らしき、如何(いか)にも聡明そうな耳の長いエルフ族の者に近寄り
「私は"馬頭琴"を探している。少々値が張っても構わないから、一番良いものを見せてくれ」
と、座って膝上に立て、長い弓で弾く二弦の楽器を所望した。
長命なエルフ族のため、全く年齢不詳である、薄緑の長い髪を前髪ごと後ろで束ねた、鷲鼻気味の左小鼻に金のピアスを付けた、ほっそりとした吊り目の美男店員は
「いらっしゃいませ。お客様、"バトウキン"と申されますのは、上の頭になる部分が馬首を象(かたど)った、あの楽器の馬頭琴ですかな?」
その返事はしっとりと落ち着いた声音であり、そのオレンジの瞳は、夕凪(ゆうなぎ)の水面ような穏やかな性格を想わせた。
シャンは、その答えに満足するように深く首肯しながら
「そうだ。それで間違いない。案内してくれ」
と、店主の若草色のレザーアーマーの肘の所、そこの柔軟性を値踏みするように観て言った。
店主はロの字型に自分を囲む、良く磨かれた虎目の木製カウンターを、銅の指環の繊細そうな指先で、ツイと撫でながら
「ええ、馬頭琴なら勿論(もちろん)置いてございます。
ですが、この店の一番の品、となりますと、存外に値が張るものにございます。
失礼ですが、ご予算はいかほどにございますかな?」
シャンの若い美貌を見て、先の『少々値が張っても構わない』の言葉を訝(いぶか)しんでいる様子がありありと見えた。
シャンは紫のレザーアーマーの懐(ふところ)を探り、大陸金貨(百万円相当)の二枚を引っ張り出し、それ等を冷たいカウンターの上に、コチョンッと乗せ、その上に深紫のネイルの貼り付いた、ブイサインにした指を置いて見せ
「用心のため、見せるのはこの二枚だけだが、これはほんの一部だ。
そちらが出す品に合わせて、こちらもこれには糸目を付けないつもりだ。
私としては、大陸王の前で演奏する宮廷楽士すら所有していないような、第一級の名器が欲しいのだが……」
二十代前半の女とは思えぬほどの豪壮なる気迫を漲(みなぎ)らせて言った。
細面(ほそおもて)のエルフは、その金貨二つを、チラリと見たが、そんな端(はした)金等には特に顔色を変えなかった。
しかし、まぁ及第点かな?とばかりに、僅(わず)かにうなずき、木製の会計箱の下の黒い取手の引き出しを、コキィッと引き、中の鍵束を出して掴み
「では、当店秘蔵の庫室へとご案内いたしましょう。
こちらです」
と、カウンターの天板の一部を跳ね上げ、ロの字型の囲いから出た。
そうして、カウンターに隣接した螺旋階段の上、その二階へと顔を上げて向け
「プラム!釣り銭と会計箱を頼む!私は地下に行ってくる!」
と、短く喚いて、地階の秘蔵の庫室へと、カンテラ片手にシャンを導いたのである。
手擦(てず)れで光沢を放つ、堅い樹の手すりの螺旋階段を降りたそこは、ヴァイオリンを初めとして、ヴィオラ、チェロ、打楽器類にチェンバロ、吹奏楽の楽器の品々が密集していた。
そして、そこの壁には、見るからに名画と分かる物の数々が飾られており、正しくここ「ダゴンの巣窟」の秘蔵秘宝の稀少(きしょう)なる珠玉(しゅぎょく)の累積(るいせき)というやつが、ひんやりとした闇にて暗く隠されていた。
店主はオリーブ色の髪を揺らしつつ、地階各所の赤い幌(ほろ)の照明に灯(ひ)を点(とも)し終えると、カビ臭い庫室の床を鹿革のブーツで音もなく歩き、器具を用いて立たせられた楽器群から、艶(つや)めく馬頭琴を二本、其々(それぞれ)の手で掴んで、試奏用の木製椅子に座したシャンの元へと戻ってきた。
そして、首から提(さ)げたネックレスのトップ、その小さな音叉(おんさ)を指で弾いて、それを尖った耳に寄せて頼りにし、手早く馬頭琴の調律(チューニング)を済ませた。
シャンはその選(え)りすぐりの二本を受け取り、暫(しばら)く思いのままに弾き比べた。
そうして、主人の端正な顔を見上げて
「うん、悪くないな。だが、悪くないだけだ。
うん。これでは今一つ、ん?どうした?」
エルフは、左手の親指の付け根で左目の滴(しずく)を払い
「いえ、失礼。お客様の奏でられます音が亡国を思わせ、久方ぶりに古き恋を思い出しまして。
はぁ。いやはや、素晴らしいお手前でした。
それほどの腕前ならば、お客様は、さぞ高名な演奏家でいらっしゃるのでしょう。
"でしょう"と申しますのが、私、恥ずかしながら馬頭琴奏者に関しては不勉強なものでして……。
誠に失礼千万にございますが、どちらの街を中心にご活動をなさっておいでなのしょうか?
いや、それとも先程仰有(おっしゃ)られました、王都の宮廷楽士様でいらっしゃいますか?」
と、固い商人の仮面を落として、感動に濡れそぼる感嘆の声でシャンを誉めそやした。
だが、この女アサシンは何処(どこ)かの誰かとは異なり、この称賛にも微動だにせず
「ありがとう。だが……悪いが、この程度の品なら、私の里ではそこらにありふれている。
私としては、もっと聴く者の魂にそのまま弓をあてて奏でるかのような、そんな心を奪われるような絶巧(ぜっこう)の音が欲しいのだ。
そう、彼(か)の高名な"ブラキオシリーズ"のような……」
言いながら試奏用の弓(ボウ)を返す。
店主はそれを受け取り、正しく、ニタリとし
「フフ……失礼。お客様。ございますよ。"ブラキオシリーズ"」
と闇魔導師のごとく微笑んだのである。
このブラキオシリーズの"ブラキオ"とは、数百年前に実在した、魔神のごとき強さの人間族の勇猛果敢(ゆうもうかかん)な戦士であり、仲間と共に当時の魔戦将軍の居城に攻め入っては、血塗れの満身創痍(まんしんそうい)で、その将軍首を獲(と)って帰るという、正しく人間離れした戦闘力を持つ、当時最強の戦士であった。
この魔族も裸足で逃げ出す規格外の戦士は、人間側の英雄列伝の永久欠番である"大斧の戦士ブラキオ"を保持する者として、現代の児童書・教科書にさえ出て来るほどの伝説的な大豪傑(だいごうけつ)であった。
だが、このブラキオという男は、その才能を超人的武芸だけではなく、優れた工芸品作家としても開花させ、おぞましくも大陸王に頼み込んで、なんとか拝領した、魔戦将軍の骸(むくろ)を加工して、種々の品々を生み出すことを生き甲斐とした。
最もその初期の頃の作品とは、ナイフ、刀剣、盾と、専(もっぱ)ら比較的単純なモノばかりであり、そうして試験的な物を造っては自分で使い、満足していた。
だが程無くして、自らが優れた工芸品、取り分けその"楽器類"を作成することに長じており、その方面で天与の才能を持つことに気付くようになる。
そうして、彼の楽器職人としての名は、多くの演奏者の口々に上るようになり、その恐るべき勇猛さと共に大陸全土に知れ渡っていった。
その平(ひら)ではなく、真魔族の将軍の魔力に満ち溢(あふ)れた、強靭な身体を加工して構築された楽器類は、"ブラキオシリーズ"と呼ばれ、死して尚(なお)利用されし大魔族の無念と怨念とを伴って、人外魔境的な響きを出すと言われた。
そして、それと卓越した奏者とが組み合わさったとき、その"魔音"とは、死人さえ現世に引き戻す程の超悪魔的魅惑の音楽になるという。
しかし、本来は蛇蝎(だかつ)以上に唾棄(だき)すべき、邪悪なる魔族の死体を損壊し、それでもって物品を作成するという、余りに猟奇的、かつ忌まわしき、畜生道に堕(だ)した悪魔の所業を、当時の法王庁が禁じぬ訳もなく、それを己の生き甲斐として止めなかったブラキオは、遂に王の正規軍を追われてしまう。
こうして、地位と名誉を奪われたブラキオは、冒険の果てに死したとも、魔族の某(なにがし)と闇の契約を結んで、元人間の魔族戦士として転生し、魔王軍の兵となり暗躍し続けたともいわれている。
その伝説のブラキオシリーズが、この「ダゴンの巣窟」にはあるという。
シャンは殺気さえ伴う、射抜く、いや射殺(いころ)すような眼で店主を睨(ね)めつけ
「まさか、あのブラキオシリーズが……本当に、あるのか?」
と、呻(うめ)くように問うたのも、そのブラキオシリーズの素性と経緯、由来とを知る者ならば、これ至極当然の反応であろうと想われた。
店主は、外法禁咒(げほうきんじゅ)を操る、ダークエルフの魔神官のごとき邪な顔になり
「フフ……。お客様。ダゴンの巣窟の店主である、この私に二言はありません。
宜しければ、試しに弾いてみられますか?」
少しの沈黙の後。
「無論」
と唸(うな)るように言ったシャンの瞳は、この薄暗い地階の秘宝館に、何処までも妖しく、狂烈な色を帯びて輝いていたという。
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ーけれども、彼は知らなかった。数多の神から愛された彼は生まれた時点で人外の能力を持っていたことを。表では貴族として、裏では神々の使徒として、異世界のヒエラルキーを駆け上っていく!これは生まれてすぐに人外認定された少年の最強に無双していく、そんなお話。
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転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】
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ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった
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