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106話 殺意の波動

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 金色の戦士が唸(うな)るようにして唱える、地鳴りのごとき低い呪文のようなものは、次第次第に男性の独唱スタイルから、複数の老人の唱えるような、怪異なるユニゾンの大音響となってゆき、その金色の身体全体から噴き出すような、黄金の絢爛(けんらん)たる輝きと共に、この地下酒場を一杯に満たしていった。

 そして、それらを背景に、縁(ふち)が漆黒のドリルに変容したマントのみならず、伸長して大漁の魚のごとく押し寄せつつ、無限に枝分かれした金腕にて、その肩、背中まで抱きすくめられ、完全にそこの空間に固定されるカミラーの代理格闘戦士であった。

 そしてなんと、その美々しい貴公子の輪郭は、真っ白い煙を吹いて崩れ出し、その深紅の瞳は、自我を失って発狂したように天へと向けられた。

 そして、そのすらりとした長身は、ボロボロと裂けて割れ、外側から大片として剥離(はくり)してゆき、燦然(さんぜん)たる光と共に雪の空へと黒い欠片(かけら)となって昇って行った。

 そうして、その最高潮(クライマックス)を迎えた煌めきが、億万のフラッシュを同時に焚(た)いたごとくに大爆発的に炸裂した。

 これには堪(たま)らず、見守る女勇者達も反射的に腕と手で顔面を覆って盤上から目を背(そむ)けた。

 そうして皆が頭を振って、チカチカする目を押さえて擦(こす)り、忙(せわ)しなく瞬きを繰り返し、各々が視力の回復を覚え始めた頃。
 代理格闘遊戯の盤上に目を向けると、シャンの黄金の戦士が両の掌を腰の辺りで広げて、まるで雨粒を探るような格好で立っていたのが、ボンヤリと観て取れた。

 そして、その真向かいには、カミラーの代理格闘闘士の成れの果てである、黒炭で作ったような、極めて均整のとれた漆黒の骸骨が少し上を向き、天へと咆哮(ほうこう)するようにして立ち尽くしていたのである。

 その艶(つや)と光沢のある炭素となった惨(むご)たらしい全身には、この星に棲(す)む誰もが見たこともない形式の文字がびっしりと刻まれており、黒骨の内部からそれを強調するようにして、まるで神からの有罪啓示のごとく輝いていた。
 
 そしてそこに、先ほど頭部を掻き裂かれ、殆(ほとん)ど即死に息絶えて、物言わぬ骸(むくろ)となった筈(はず)の銀狼が、雪を踏みつつ静かに歩み寄り、傷一つない長い顔を上げて、その文字が点灯する大腿骨辺りを、クンクンと嗅ぎ、ペロッと舐めると、その黒光りする芸術的に不可思議な骸骨は、不意に足元からそこの場に、バラバラと崩れて、忽(たちま)ち雪原に漆黒の山となって積もった。

 そうして、その黒い残骸は直ぐに、バフォッ!と黄色い炎を噴いて、それは螺旋の火柱となって瞬く間に消失したのである。

 深紅の部分鎧の女戦士は、未だ眩(まぶ)しそうに固く目蓋を閉じていたが、それを辛そうな顔で開き
 「ひゃー!何だったんだい?あのまぶしー戦士は。
 あっ!あの狼、生きてたんだぁ!?アハッ!良かったねぇ。
 あっ、そっかお別れかぁ。うん、またねー!バイバーイ!!」
 盤上で黄色の炎に包まれる神々しき人型と、その足元に纏(まと)い付く四つ足の獣に紅いグローブの手を振った。

 こうして、この勝負は決着した。

 終わってみれば、なんと二十代前半の人間族のシャンが五千歳の女バンパイアを打ち破るという、見事な快挙を成し遂げたのであった。

 敗者のピンクのゴージャスな盛り髪の小さなロリータファッションは、項垂(うなだ)れるようにして水晶球の傍(かたわ)らに突っ伏しており、よくよく見れば、その身体は小刻みに痙攣しているようだった。

 そして、唐突にその髪を、バサッと上げると、それを追い掛けるようにして、モワッとした煙が後ろへと流れた。

 「かーっ!!ななな、なんじゃったんじゃ!?あの気色の悪い呪文と光とは!? 
 ほふっ。もう少しで消滅するとこじゃったわい!」
 そう喚(わめ)く美しかった白い顔面は、醜い赤に火膨(ひぶく)れており、頬、額のそこかしこにリンパ液の水疱(みずぶくれ)が出来上がっていて、直ぐ様、ベロリと皮が垂れて下がりそうに見えた。
 が、カミラーがちんまりとした唇をすぼめて、まるで喫煙したように天井に煙を一塊吹くと、嘘のように元の滑らかな白い肌に戻った。

 シャンの代理格闘戦士が放った聖光の威力とは凄まじく、その後方に座していたドラクロワにも確(しか)と損傷を与えていたようで、それは彼の眼球にあり、その見開かれた両の眼は、まるで煮魚のごとくに白く濁っていた。
 
 だが、これも二度、三度と瞬きすると、正しく瞬時にして、河原の小石か里芋の煮っ転がしのような、マットな表面部の白は縮小して、元の澄みきったアメジストを想わせる紫が入れ代わりで広がり、元通りの美しい瞳へと復元した。

 「ウム。シャンの代理格闘戦士とは、恐らくは"天部"に属するモノに酷似した、極めて聖属性なる者であったか……。
 ウム、座興としては先ず先ずの霊格であって、中々に心踊らされたな。
 それにしても……この酒場の若い者共が、皆、死霊であったとはな……。
 カミラーよ。奴等の中に見知った顔はなかったか?」
 
 魔王の言う通り、この「黒い川獺(カワウソ)亭」には、女勇者達と六角棒の双子姉妹だけを残して、その他に影は見当たらなかった。

 あれほどまでに代理格闘遊戯に沸(わ)いたモヒカンモドキの男女であったが、それらはことごとく消滅しており、今やそこには、雑然と並んだテーブル、その上の金皿には煙草の吸い殻。
 それから、使い古され、痛んだカード群。乾いた空のグラス達が放擲(ほうてき)されたようにして乱れ置かれているだけだった。

 どうやら、それらを喫(きっ)していたモヒカンモドキ達は、あのシャンが描出させた金色の戦士が放った不気味な呪詛(じゅそ)のごとき、朗々たる声による詠唱と、女バンパイアと魔王を焦がすほどに強烈な聖なる光によって、見事に昇天・退散させられていたのである。

 ピンクの盛り髪を後ろへと流して、しぶとく居座る淡い煙を搾(しぼ)り切ったカミラーは
 「いえ。どの顔もにも見たような覚えは有りませぬ。
 思うに奴等は、ただの遊び足りぬ田舎死霊にござりましょう。
 それよりドラクロワ様。今宵の座興の続きは如何(いかが)なされますか?
 この妙竹林(みょうちきりん)な代理格闘遊戯の盤ばかりは、低俗なる亡霊ではなかったようです」
 と、雪原から、スッカリ荒野に戻った盤上を眺めた。

 アンとビスも地階の薄暗い酒場を見回して、お互いの顔を見合わせ、示し会わせたように、同時に短い神聖語を唱えて、其々(それぞれ)の鋼の六角棒に淡い光を帯びさせ、辺りを油断なくうかがう。
 だが、その警戒は全くの杞憂(きゆう)・無用に映った。

 ユリアも怪訝な顔で暗いカウンターの奥を見通すようにして
 「そっかー。じゃあ、あのチャンピオンだったラタトゥイユさんも、その他の黒い革鎧の皆さんも、ぜーんぶ遊戯(ゲーム)好きな幽鬼(スペクター)さん達だったんですね?
 私、全然気が付きませんでしたー。まだまだ修行が足りませんねー。
 あっ!じゃあ、あの料理とか飲み物も全部幻だったんですかねー?
 そう考えると、何だか急に喉が渇きますね」
 気味悪そうに、手近な若者達のテーブルのグラスの底に踞(うずくま)る、小さな蜘蛛を眺めて言った。

 ドラクロワはそれに答える代わりに、無造作に手前の葡萄酒の瓶を取り上げ、その栓に親指の爪を刺して抜いて、カミラーに渡して例の壺振りをさせ
 「ウム。どうやらあの痩せ骨(こつ)の女給仕が現れる前後に、ここの酒場は閉店していたようだな。
 それの証拠に、革鎧のゴロツキ達がたむろする前に注文した葡萄はこの通り、まごう事なき本物。だからな。
 それより……」
 音もなく飲み干した杯(グラス)を下ろしたドラクロワは、ここで極めて悲痛な顔となり、僅かにうつむいたように見えた。

 (くっ!確かに、この珍妙なる遊戯盤にはある一面の心踊らせる愉しさがある……。
 しかし、これに打ち興じ、この忌々しいシャンめを打ちのめした所で、肝心の観客が居(お)らぬでは意味がないではないか!!
 シャンめい!!誠、要らぬことをしおって……。
 この俺の戦況操作が水泡に帰したではないか!!
 やはり光属性は唾棄(だき)すべき汚物であるな!!
 おのれ勇者シャンよ!!ゆ、許すまじ!!)
 
 魔王は、それこそ"血涙"を流さんばかりに憤怒していた。 

 それに何気なく目を合わせた、仲間に囲まれ、先の大金星を誉めそやされている女アサシンは
 「ん?どうしたドラクロワ。顔色が優れんようだが?
 私との死闘の前に、どこか悪くしたか?」

 失意と落胆を即座に消滅させ、いつもの血も凍るような美貌に戻した魔王は
 「別に」
 と、極めて無感情に答えたという。  
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