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87話 まさかの三部構成!?

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 ユリアの語る、この奇々怪々(ききかいかい)なる怪談とも評せられぬ、何とも奇妙な話に、只今絶賛食事中のマリーナは露骨に顔をしかめ、折り悪くも注文してしまった、"緑"の香草(バジル)風味のソーセージに突き刺したフォークを置いて
 「うえっ。何かそんな話聴いたらさー、食べる気失せちゃったよー!ちょっと頼むよーユリアー」
 とか言うかと思いきや、この女戦士の図太い神経と食欲とは、この程度の事ではびくともせず、まるで重戦車のごとき頼もしさで、少しの揺らぎも減退も見せず、いつもの快進撃を見せていた。

 だが、流石に他の者達は口元を押さえ、黙って聴いていた。

 ロマノも柳眉(りゅうび)をひそめて、グラスの面(おもて)の結露を眺め
 「フログダー……。確かに、あの沼に気軽に近付くのは感心しませんね」
 と、弟子によりもたらされた初耳の話に、この近隣の事情通らしい言葉を漏らしていた。
 
 さて、語り部のユリアは、この話を知人友人の他方面に語り慣れているのか、実に落ち着いた様子であり、またもやアップルジュースで軽く口を湿らせ、話を続ける。

 「勿論(もちろん)、私達は恐怖のズンドコ(どん底)にして、完全なる恐慌状態に陥(おちい)りまして、両親は震える手でピクニックの片付けもそこそこに、その場を逃げるようにして去ろうとしていました。

 ですが、ここに来て、突如として新たな登場人物が現れます。

 それは年配の男性でした。

 その老人は、本当にその場に突然、私達から見て、すぐ側(そば)の草の低い地に急に現れたのです。

 彼は穀類のズタ袋を想わせる、とても荒い生地のボロボロのローブを身にまとっており、頭髪の類(たぐ)いはなく、その背はあまり高くはありませんでした。
 
 今思えば魔法杖ではない、普通の木の杖をついていたようでした。
 その風貌は……何というか、全体的に上から押し潰されたような、何だか失礼ですけど、その……どことなく蛙(カエル)を思わせるような、こう、頭ばかりが大きく、腰の曲がった老人でしたね。
 
 そのシミと皺だらけの顔は、全面にイボのようなものが頒布(はんぷ)していて、それが所々密集していて、引っ掻いては乾き、引っ掻いては乾きを繰り返したみたいに、ジュクジュクと化膿した、不潔な瘡蓋(かさぶた)のように赤黒くて、何だかそれが顔や頭、首などの至る所にあって、それはまるで熟(う)れ切った蛇イチゴを張り付けたような、そんなお薬でも塗って何とかして上げたいような、本当に可哀想な肌でした。

 父親の陰に隠れ、その大きな手を握っていた私は、お爺さんに挨拶をしようと、少し前に出て見上げると、その老人の左の眼が真っ白に濁っている事に気付きました。

 そこで、とても不思議なんですけど、私はその粥(かゆ)汁みたいに白く濁った眼球の中に、ミミズよりももっとずっと細くて、まるで糸のような何かが、ビュルルルッと泳いでいるのが見えたんです。

 ですが、後で父と母に確認したところ、そんなものは見なかった、と言いましたから、これは私の気のせいだったのかも知れません。

 そのお爺さんは曇天(どんてん)の下、杖に両手を乗せて、左右が微妙にずれた瞬きをしつつ、白い無精髭を撫で回し
 「ホホ、こんにちは。よいお天気ですな。ワシは先祖代々より受け継いだ、この森に住んでおります、バジェットと申しますじゃ。
 お若いの、ここへは何のご用で参られました?
 んんー?はて……そちらの奥様、この日の高いのに、もう帰り支度ですかの?」
 バジェットさんは母が手にした物。丸めた敷物を見て言いました。

 しかし実のところ、この時の母は蛆(うじ)の散った敷物など気持ちが悪く、その場に投棄して帰ろうとしていたようです。

 それからバジェットさんは、先ほど私達が投げ捨てた、草の足元に散乱するサンドイッチと果物サラダとを見下ろし
 「おやおや、こいつはどうだ。手が滑りでもして、落としてしまわれたか?
 ホホ、ワシは奥さん達のようなお上品もんではなく、この森の草木や虫と共に住まう者でしてな、この程度は少しも気にもならん質(たち)でありましてー。
 つまるところ……この料理なんじゃが、最早お捨てになるというのなら、ひとつご馳走になってもよろしいか?」
 と、あの見たこともない程腐乱したお弁当を、ヤットコで挟んで潰されたような、薄く丸い指先で差しました。

 この時の母は気が動転しており、咄嗟にバジェットさんの発言の意図を汲(く)み取ることが出来なかったらしく、一瞬父を見て
 「あ、あの、それ……埋めるなりなんなりして、ちゃんと片付けようとは思っていたのですが、なぜかその、とても気味悪く傷んでいて……その、虫まで集(たか)っていて、つい、そのままにしてしまいました……ごめんなさい!」
 と、なぜだか謝ってしまいました。

 このときの両親は、他人の敷地内に無断で侵入してしまったらしい、という引け目と気不味さ、それからバジェットさんの醸し出す、どこか人間に見えて、そうではない別の異質な者が老人の皮を被り、その魔物が人間の真似事をしているような、そんな気味の悪い雰囲気とに圧倒されていたそうです。

 バジェットさんはうなずき、独り言(ご)ちるように
 「ホホ、結構結構。つまるところ、こいつはもう残飯でしかなく、不躾(ぶしつけ)にもワシ等の土地へと廃棄なされたと、こういう訳ですな?
 ホホ、勿体(もったい)ない勿体ない。では遠慮なく……」
 と言って、木の杖を脇へと倒れるままに放逐し、その場に、ペタッとしゃがみ込んで身を屈(かが)め、一切手を使わず、地面のサンドイッチを直接くわえたかと思うと、ポロポロと白い蛆達を溢(こぼ)しつつ「おうっ、おおうっ!」とか唸(うな)りながら、ろくに噛みもせず、獣のように這いつくばって動き、それらを一つ一つ飲み込んでいくのです。

 私はその姿がとてつもなく恐ろしく、とてもじゃありませんが、まともに直視なんて出来ませんでした。

 両親も恐怖と戦慄、強烈な不快感で顔をしかめ、そのおぞましい悪食(あくじき)から目を伏せていました。

 そうしているとバジェットさんは、あれよあれよという間に、散らかった弁当をキレイに片付けてゆきます。

 その時の私には、その醜怪(しゅうかい)な姿がとても不潔・不快に映っただけでなく、何ともうまく表現出来ませんが、何かこう、この醜い老人によって、私の大好きな母を汚されたような、どこか一種屈辱的な激しい嫌悪感を抱いていました。

 バジェットさんは、その吐き気を催すような穢(けが)れた清掃の儀式を終えると、よっこらしょっと立ち上がり、先ずは母、そして父の方へと向き直り、突然おかしな事を言い出しました。

 「どうもどうも、ご馳走さまでした。
しかし奥さん。この料理、あんたの上品な手の香りとお味、それらが隅々にまでしっかりしっとりと染み込んでおって、最後の一片(ひとかけ)まで堪能させてもらいましたわい……ホホ。

 さてさて旦那さん。先ほどから気にはなっておったのじゃが、そこの魚籠(びく)と竿、あんたまさか……この沼で魚を捕られたのか?
 いやーいかん!そーれはいかん!
 なにしろこの森の物は全てワシ等一族の物でしての、知らんかった事とはいえ、勝手にそういう事をしてもらっては困る!
 うん、死んでおっても一向に構わんので、その魚を直ぐにそこ、沼へとお返し下され。
 早く!さぁ早く!」
 
 と、垢(あか)まみれの潰れたような顔を紅潮させ、口からは泡を飛ばして怒鳴るのでした。
 
 父は母から「あなた!?」と言われるまでもなく、飛び付くようにして魚籠を手にし、その蓋を明けて逆さまにし、捕れ立ての新鮮とはいえ、既に死魚となっていたもの達を沼の浅瀬へと、まるで呪われた物品か厄介者のごとく、バシャバシャと落としました。

 ここで驚くべき事が起きました。

 なんと、その川魚達は沼の水に触れた途端、息を吹き返したように水飛沫(みずしぶき)を散らして跳ね、釣り上げられた時よりもよほど生き生きとして、沼の淵、その中心に向かって泳ぎ去って行ったのです。

 その不可思議な蘇生劇に、父は袖口で顔を覆うようにして沼の中心、その深い緑の水域を、まるで魔物の巣穴でも見るような目で、呆然と眺めていました。

 そうしていると、バジェットさんが満足そうにうなずき
 「よしよし。もう人間などに捕まるんではないぞ?ホホホ……」
 と沼に向かって笑いました。

 それからまた父に向かって
 「これで一件落着だわい。いや、ついカーッとなって、年甲斐もなく慌てふためき、お見苦しい所を見せてしまいましたの。
 あんたのような若者には分からんだろうが、歳を取ると、どうにもつまらん僅かばかりの財産に固執してしまいましての。
 いや、お恥ずかしいばかりじゃて。
 しかし、あんたが素直な人で良かった良かった。
 ホホ、先ほどの料理のお礼も兼ねて、何か心ばかりの品のひとつも差し上げたいが……。
 ホホ。おう、これがあった。どうかこれを持ってお行きなされい」
 老人が腰のズタ袋から取り出したそれは、父の両掌に乗るくらいの薄っぺらな、茶色い皺だらけの紙の包みでした。

 父は勿論、その怪しげな品と、バジェットさんの気味の悪さに、それを拒絶するようにして遠慮していました。

 ですが、少しの押し問答の末、この奇怪な老人とのやり取りを早く終わらせたくもあり、結局はその包みを受け取ることにし、挨拶もそこそこに私と母の手を掴み、それこそ逃げるようにしてその場を去りました。

 父は森の風と化し、ワイラーへの獣道をただ我武者羅(がむしゃら)に疾走しました。

 私は殆ど抱えられるようにして手を引かれながら、後ろを振り向くと、遠くに見えたバジェットさんは、さっきのおぞましい食事を想わせる四つん這(ば)いになっており、恐怖心が見せた目の錯覚かも知れませんが、その老人は衣服を脱ぎ捨て、イボだらけの痩せた裸身で曇天へ向かって吠えているように見えました。

 結構長くなりましたが、この話もそろそろ終わりです。

 しかし、ここからが真に凄惨かつ陰惨な惨劇であり、それはそれは悲しい結末となるのでした。 
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