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83話 6話の伏線回収完了
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魔王から直々に命名された、コーサ=クイーンを名乗る、古代の疑似生命体である呪いの黄金仮面は考えていた。
(あの日、ドラクロワ様は、あまり気張らずやれと仰った。
だが、私にも伝説の詐欺師(トリックスター)としてのプライドがある。
だから、私の持てるほぼ万能といえる知識と能力と、この魔界宝石の蓄えたドラクロワ様の情報とを余すことなく活用し、首尾よくこのワイラーを手中にした……が。
真に堕落させねばならない、七大女神信仰の主柱である、大陸キタークの王都、その正教会がまだ残っている。
それに修復不能なほどの根腐れを起こさせ、見事混乱の奈落の底へと引きずり落とすまでには、未だ未だやらねばならぬことが有りすぎる。
ドラクロワ様には悪いが、正直この任務にも飽きてきた。
いつの世も人間達はあまりに愚かで、そして自己中心的で浅はかだ。
古代の哲学者共が議論の庭園で振り回していた、誠、軽薄にして具にもつかぬモノを幾つかを拝借して色を着け、ある程度の整合性を備えつつも、少し風変わりな聖典への考察と知識を披露してやり、だめ押しに幾つかの魔法をチラつかせてやれば、瞬く間に、これぞ預言者だ、奇跡だ、聖女だ、有り難き天神の使いだ、と大騒ぎして私を崇拝する。
また、頭から信仰心すらもなく、自分に利となるならば、もう何でもいいという者も余りに多い……。
私が得意とする、白さえ黒だと丸め込む悪魔の弁舌を心行くまで振るい、底知れぬ超高度な論術戦を楽しむまでもなく、このバカ共は直ぐに虜になる。
お陰で、こちらはいつでも不完全燃焼で欲求不満だ。
あぁ、出来れば、今すぐにでも魔王城の宝物庫に帰り、同輩の呪いの武具達と、平均率のごとく果てしがなく、無限なる人外の螺旋魔討論に興じ、そして明け暮れたいものだ……。
このエメラルドの知識によると、ドラクロワ様とは、理詰めで動かれるリュージャン様とは異なり、果てしなく気紛れなお方のようだ。
ふーむ。願わくば、その無類の気紛れさを遺憾なく発揮していただき、ここへ突如現れ、私をこの退屈極まりない任務から解放してもらえぬものか……)
この郷愁の黄金仮面は、たとえ人の身体に寄生するかのようにして、それを乗っ取り、取りついて操作・運転出来るとはいえ、その人の肉体からは人間並の視覚、聴覚と、僅かな排泄意以外には、これといって何の感覚も得られなかった。
つまり、人心を惑わし、それを意のままに操ることは容易でも、どんな美酒・美食にも酔えず味わえず、その他のいかなる肉体的快楽も耽溺(たんでき)して愉しめはしなかった。
それどころか、ときに大変珍しい書などを見付けて、新たな知識の獲得と、読書などに没頭・集中しては、宿主を脱水餓死させるということもしばしばで、完全な不感症ぶりであった。
かといって、この不世出のペテン師を心底楽しませる程に、全くハンデなしの論術合戦の相手が勤まる論客も皆無であり、その唯一の生き甲斐である知的興奮は満たされず、ただただ悶々とした日々を過ごしていた。
そうなるともう、暇にあかせて新教典の執筆にでも勤(いそ)しむしかなかったのである。
だから、今まさに、更なる闇の御供召喚(ごくうしょうかん)の為に、仮面の眼穴の左に、右の薬指と小指を差し込み、眼球をほじくり出そうとする手にも何の躊躇(ためら)いも淀(よど)みもなく、まるで目ヤニでも取るように、目尻からそれを摘出しようとしていた。
だが、その手が今、ピタリと止まった。
「コーサよ、もう止めい。お前はよくても見とるこっちが気色悪いわい。
それに先の女達より、ここに控える、わらわは確実に千倍、いや万倍は強い。
これ以上、その闇召喚なるものを繰り返したとて、お前に勝ち目はあるまい」
そこにはいつ現れたか、コーサの細い手首を万力のような剛力で掴む、美しい女児らしき者が、無限の哀しみを湛(たた)えたような真紅の瞳で立っていた。
黄金仮面は若い女の声で
「そ、その手を放しなさい。汚らわしい!
確かに、魔界の生物など何ら役に立たないことは分かりました。
では、私自身の強大な魔法で全てを灰にしましょう!
あなたにそれが止められますか?」
そう言って、カミラーの手を振りほどき、金色の寝椅子から立ち上がった。
そこへ、蜂蜜色の三つ編みおさげの小柄な愛らしい女が駆け寄ってきた。
「カミラーさーん!次は私にやらせて下さい!
古代魔法の使い手のコーサさんが相手なら、この魔法賢者の私が最適な対抗手段です!
お願いです!私にやらせて下さい!」
その息を弾ませるソバカス顔は、あの気弱で泣き虫なユリアと同一人物とは思えぬほど、何とも頼もしく、堂々たる自信に満ち溢れたものだった。
だが、小さな女バンパイアはそっぽを向いて
「ならぬ。わらわも戦働き・活躍をしておきたい。
お前達、三色バカ団子を獄から助け出した程度では、後でドラクロワ様に存分にお褒めいただけぬやも知れん。
私、三バカ救出の為に、必死になって馬を駆りました、というのと、コーサめの大将首、しかとこのカミラーが討ち獲りました!では全く響きが違うでな」
小さな桃色甲冑の腕を組んで、フンス!と鼻息を鳴らした。
ユリアは僅かに垂れた大きな目を丸くし、呆れ返って
「な、なんですかそれ!?じゃ、カミラーさんはドラクロワさんに誉められたいから戦っているんですか?
あのですねー、カミラーさん?もっと崇高な目的、愛と正義の光の勇者として、この星の全ての闇を払う!とか、そういう感じでもっと誇り高く戦ってもらえませんか?
これは戦争ゴッコじゃないんです!みんなで思いと力を合わせて、永遠に悪を葬るという、真剣で命を懸けた聖なる戦いなんです!その辺ちゃんと分かってますか?
あっ!分かったぁー!カミラーさんてば、ドラクロワさんのことが好きなんでしょ!?」
カミラーは、正しく心臓に杭を打たれたノスフェラトゥのごとく、ギョッとして純白の眉を跳ね上げ
「ななななななななななな!何を言うておるか!!?
ゆ、言うに事欠いて、この低知能娘!わ、わ、わらわがドラクロワ様を……すすす、好いておるとな!?
おおお、お前はバカか!!?キャー!こやつ、こやつは間違いなくバカじゃー!!
おーい!皆のものー!!であえであえーー!ここに、ここに大バカがおるぞーー!!
大体、こ、このわらわが、あの美しく強大なる……あの強大なる美しきド、ド、ドラクロワ様を、あろうことか、あ、愛しておる、などと……。
た、戯言(たわごと)もたいがいにせぬか…………。
全く!わらわとドラクロワ様が……信じておれば、やがては身分違いという垣根を越えて禁断の恋に発展するとか……。
忘れもせん、四千と五百七十八年前、あの晩秋の魔界の夜会にて、お父様と共に初めてご挨拶をさせていただいた日より、ずーっとお慕い申し上げておるとか。
出来うれば、その夜の乙女のわらわの初めての出血……この尻尾を千切れんばかりに引っ張られた殿方として、わらわを娶(めと)り、キチンとご責任を取っていただきたいとか……」
もはや黄金砂漠に体育座りとなり、勝手に顔を赤らめ、うつむく女バンパイアの事は、カメラ役の老アロサスも含め、ユリアも誰も見ておらず、その呟(つぶや)くような思いの丈も聴く者はなかった。
さて、凶敵の総大将(ラスボス)黄金仮面は、奇妙で複雑な振り付けを舞って、最後に胸前で合掌すると、その華奢な身体の背中、肩から紫の炎が垂直方向へと、まるで飛び去る洞窟コウモリの群れか、逆さ滝のごとく噴出し、それは大きな炎塊となって、その頭上五メートルで集まり、燃える渦を巻いたかと思うと、徐々に何かの形を成し始め、それは紫炎の大蛇、いや竜となった。
中空で泳ぐように漂う、その世にも恐ろしき火炎竜は、大量の水銀のような流体金属と紫の炎が入り交じったかのような姿であり、極めて美しかった。
それは砂場から立って見て、二階建ての建物の屋根辺りの空域を舞うように流れているので、正確には分からないが、その全長は優に15メートルはありそうだった。
これぞ古代魔法の究極中の究極火炎魔法、"紫の顎門"(しのあぎと)であった。
それは所謂(いわゆる)ドラゴンというより、どちらかといえば東洋的な姿であり、長々としていて大蛇に近い龍であった。
咄嗟に仲間の方へと駆けていたユリアは、滞空する、顔や頭髪を焼くような猛烈な熱源のそれに目を剥いて
「なにこれ!?こ、こんな魔法、私見たことも聴いたこともないです!
リウゴウさん!これは一体……」
横に大きく枝の張った大角の鹿の頭骨、左神官長リウゴウは、眼窩(がんか)の前に垂れ下がる、一見頭髪にも映る、黒い微細な鎖のフリンジを白骨の指でかき分け
「ユリア様。ワダスも、こげなモノは初めて見ますただ。
このドラゴン、そら恐ろしく、とんでもねえ熱を感じますだで。
あー、コラ危ね、コラ危ねぇです。
何とか、きばって防壁(バリアー)ば、こさえねば、皆して真っ黒黒焦げ、ワダスたつ骨の身ぃでもなーんも残らねですだよ。
あいやー、コラ、ワダスには無理かもすれねぇ……」
白い骨の手でひさしを作って、中空の究極火炎竜を見上げた。
事実、リウゴウの見立て通り、この大神殿"王の間"は、吸気で気管と胸が焼けそうなほどの灼熱の暑さになってきていた。
聖女コーサは、上から激しい紫炎に照され
ながら、耳飾りの揺れる頬の横で、まるで空気をかき混ぜるようにして手を回して振り
「この魔法は私の知る限り、最凶にして最強の火炎魔法です。
私の神殿まで焼かないよう狙いを絞り、あなた達、汚らわしき偽勇者達だけに限定して食らいつかせましょう!
さぁ紫の顎門(あぎと)よ!あの者達の足首だけを残して、一人残さず炭に変えなさい!!」
盛大な陽炎(かげろう)をぶちまけるように放ちながら、所在(しょざい)なく漂っていた紫炎の銀龍は、その音もなくたおやかな舞を止め、女勇者達に向き直った。
その耳まで裂けた口が開く顔の恐ろしさよ。
ユリアは、既に思い付く最高レベルの水の精霊魔法の防壁(バリアー)の呪文詠唱を開始。
マリーナ、シャンの両名は、剣を抜いて身構えつつ、肉の盾として前進を開始。
アンとビスは六角棍を嵐の夜の風車のごとく旋回させつつ、やはり神聖魔法の防壁呪文を詠唱していた。
さて、聖女コーサ=クイーンの最後の切り札・最終兵器である紫の顎門に、果たしてこの女勇者達はどこまで抗しえるのだろうか?
その時、体育座りの膝上で小さな人差し指を、モジモジとつつき合わせ、尚もブツブツと呟(つぶや)いていたカミラーのすぐ脇に、燃え盛る焔(ほむら)をそのまま黒く染め、それをそのまま流麗な装飾としたような、暗黒色の禍々しいブーツが、ギュッと砂金を踏みしめた。
その戦闘靴の人物はこう呟いた。
「カミラーよ、お前に任せておった三色バカ娘達の救出、よくやった。
さぁ立て。あれをさっさと片付けてアランの店に帰るぞ。
俺は早く葡萄酒が飲みたい。いつものように隣で酌をしろ」
カミラーはゆっくりと顔を上げ、口をヘの字にして、今にも泣き出しそうな顔で
「はっ!はい!!」
と答えたという。
(あの日、ドラクロワ様は、あまり気張らずやれと仰った。
だが、私にも伝説の詐欺師(トリックスター)としてのプライドがある。
だから、私の持てるほぼ万能といえる知識と能力と、この魔界宝石の蓄えたドラクロワ様の情報とを余すことなく活用し、首尾よくこのワイラーを手中にした……が。
真に堕落させねばならない、七大女神信仰の主柱である、大陸キタークの王都、その正教会がまだ残っている。
それに修復不能なほどの根腐れを起こさせ、見事混乱の奈落の底へと引きずり落とすまでには、未だ未だやらねばならぬことが有りすぎる。
ドラクロワ様には悪いが、正直この任務にも飽きてきた。
いつの世も人間達はあまりに愚かで、そして自己中心的で浅はかだ。
古代の哲学者共が議論の庭園で振り回していた、誠、軽薄にして具にもつかぬモノを幾つかを拝借して色を着け、ある程度の整合性を備えつつも、少し風変わりな聖典への考察と知識を披露してやり、だめ押しに幾つかの魔法をチラつかせてやれば、瞬く間に、これぞ預言者だ、奇跡だ、聖女だ、有り難き天神の使いだ、と大騒ぎして私を崇拝する。
また、頭から信仰心すらもなく、自分に利となるならば、もう何でもいいという者も余りに多い……。
私が得意とする、白さえ黒だと丸め込む悪魔の弁舌を心行くまで振るい、底知れぬ超高度な論術戦を楽しむまでもなく、このバカ共は直ぐに虜になる。
お陰で、こちらはいつでも不完全燃焼で欲求不満だ。
あぁ、出来れば、今すぐにでも魔王城の宝物庫に帰り、同輩の呪いの武具達と、平均率のごとく果てしがなく、無限なる人外の螺旋魔討論に興じ、そして明け暮れたいものだ……。
このエメラルドの知識によると、ドラクロワ様とは、理詰めで動かれるリュージャン様とは異なり、果てしなく気紛れなお方のようだ。
ふーむ。願わくば、その無類の気紛れさを遺憾なく発揮していただき、ここへ突如現れ、私をこの退屈極まりない任務から解放してもらえぬものか……)
この郷愁の黄金仮面は、たとえ人の身体に寄生するかのようにして、それを乗っ取り、取りついて操作・運転出来るとはいえ、その人の肉体からは人間並の視覚、聴覚と、僅かな排泄意以外には、これといって何の感覚も得られなかった。
つまり、人心を惑わし、それを意のままに操ることは容易でも、どんな美酒・美食にも酔えず味わえず、その他のいかなる肉体的快楽も耽溺(たんでき)して愉しめはしなかった。
それどころか、ときに大変珍しい書などを見付けて、新たな知識の獲得と、読書などに没頭・集中しては、宿主を脱水餓死させるということもしばしばで、完全な不感症ぶりであった。
かといって、この不世出のペテン師を心底楽しませる程に、全くハンデなしの論術合戦の相手が勤まる論客も皆無であり、その唯一の生き甲斐である知的興奮は満たされず、ただただ悶々とした日々を過ごしていた。
そうなるともう、暇にあかせて新教典の執筆にでも勤(いそ)しむしかなかったのである。
だから、今まさに、更なる闇の御供召喚(ごくうしょうかん)の為に、仮面の眼穴の左に、右の薬指と小指を差し込み、眼球をほじくり出そうとする手にも何の躊躇(ためら)いも淀(よど)みもなく、まるで目ヤニでも取るように、目尻からそれを摘出しようとしていた。
だが、その手が今、ピタリと止まった。
「コーサよ、もう止めい。お前はよくても見とるこっちが気色悪いわい。
それに先の女達より、ここに控える、わらわは確実に千倍、いや万倍は強い。
これ以上、その闇召喚なるものを繰り返したとて、お前に勝ち目はあるまい」
そこにはいつ現れたか、コーサの細い手首を万力のような剛力で掴む、美しい女児らしき者が、無限の哀しみを湛(たた)えたような真紅の瞳で立っていた。
黄金仮面は若い女の声で
「そ、その手を放しなさい。汚らわしい!
確かに、魔界の生物など何ら役に立たないことは分かりました。
では、私自身の強大な魔法で全てを灰にしましょう!
あなたにそれが止められますか?」
そう言って、カミラーの手を振りほどき、金色の寝椅子から立ち上がった。
そこへ、蜂蜜色の三つ編みおさげの小柄な愛らしい女が駆け寄ってきた。
「カミラーさーん!次は私にやらせて下さい!
古代魔法の使い手のコーサさんが相手なら、この魔法賢者の私が最適な対抗手段です!
お願いです!私にやらせて下さい!」
その息を弾ませるソバカス顔は、あの気弱で泣き虫なユリアと同一人物とは思えぬほど、何とも頼もしく、堂々たる自信に満ち溢れたものだった。
だが、小さな女バンパイアはそっぽを向いて
「ならぬ。わらわも戦働き・活躍をしておきたい。
お前達、三色バカ団子を獄から助け出した程度では、後でドラクロワ様に存分にお褒めいただけぬやも知れん。
私、三バカ救出の為に、必死になって馬を駆りました、というのと、コーサめの大将首、しかとこのカミラーが討ち獲りました!では全く響きが違うでな」
小さな桃色甲冑の腕を組んで、フンス!と鼻息を鳴らした。
ユリアは僅かに垂れた大きな目を丸くし、呆れ返って
「な、なんですかそれ!?じゃ、カミラーさんはドラクロワさんに誉められたいから戦っているんですか?
あのですねー、カミラーさん?もっと崇高な目的、愛と正義の光の勇者として、この星の全ての闇を払う!とか、そういう感じでもっと誇り高く戦ってもらえませんか?
これは戦争ゴッコじゃないんです!みんなで思いと力を合わせて、永遠に悪を葬るという、真剣で命を懸けた聖なる戦いなんです!その辺ちゃんと分かってますか?
あっ!分かったぁー!カミラーさんてば、ドラクロワさんのことが好きなんでしょ!?」
カミラーは、正しく心臓に杭を打たれたノスフェラトゥのごとく、ギョッとして純白の眉を跳ね上げ
「ななななななななななな!何を言うておるか!!?
ゆ、言うに事欠いて、この低知能娘!わ、わ、わらわがドラクロワ様を……すすす、好いておるとな!?
おおお、お前はバカか!!?キャー!こやつ、こやつは間違いなくバカじゃー!!
おーい!皆のものー!!であえであえーー!ここに、ここに大バカがおるぞーー!!
大体、こ、このわらわが、あの美しく強大なる……あの強大なる美しきド、ド、ドラクロワ様を、あろうことか、あ、愛しておる、などと……。
た、戯言(たわごと)もたいがいにせぬか…………。
全く!わらわとドラクロワ様が……信じておれば、やがては身分違いという垣根を越えて禁断の恋に発展するとか……。
忘れもせん、四千と五百七十八年前、あの晩秋の魔界の夜会にて、お父様と共に初めてご挨拶をさせていただいた日より、ずーっとお慕い申し上げておるとか。
出来うれば、その夜の乙女のわらわの初めての出血……この尻尾を千切れんばかりに引っ張られた殿方として、わらわを娶(めと)り、キチンとご責任を取っていただきたいとか……」
もはや黄金砂漠に体育座りとなり、勝手に顔を赤らめ、うつむく女バンパイアの事は、カメラ役の老アロサスも含め、ユリアも誰も見ておらず、その呟(つぶや)くような思いの丈も聴く者はなかった。
さて、凶敵の総大将(ラスボス)黄金仮面は、奇妙で複雑な振り付けを舞って、最後に胸前で合掌すると、その華奢な身体の背中、肩から紫の炎が垂直方向へと、まるで飛び去る洞窟コウモリの群れか、逆さ滝のごとく噴出し、それは大きな炎塊となって、その頭上五メートルで集まり、燃える渦を巻いたかと思うと、徐々に何かの形を成し始め、それは紫炎の大蛇、いや竜となった。
中空で泳ぐように漂う、その世にも恐ろしき火炎竜は、大量の水銀のような流体金属と紫の炎が入り交じったかのような姿であり、極めて美しかった。
それは砂場から立って見て、二階建ての建物の屋根辺りの空域を舞うように流れているので、正確には分からないが、その全長は優に15メートルはありそうだった。
これぞ古代魔法の究極中の究極火炎魔法、"紫の顎門"(しのあぎと)であった。
それは所謂(いわゆる)ドラゴンというより、どちらかといえば東洋的な姿であり、長々としていて大蛇に近い龍であった。
咄嗟に仲間の方へと駆けていたユリアは、滞空する、顔や頭髪を焼くような猛烈な熱源のそれに目を剥いて
「なにこれ!?こ、こんな魔法、私見たことも聴いたこともないです!
リウゴウさん!これは一体……」
横に大きく枝の張った大角の鹿の頭骨、左神官長リウゴウは、眼窩(がんか)の前に垂れ下がる、一見頭髪にも映る、黒い微細な鎖のフリンジを白骨の指でかき分け
「ユリア様。ワダスも、こげなモノは初めて見ますただ。
このドラゴン、そら恐ろしく、とんでもねえ熱を感じますだで。
あー、コラ危ね、コラ危ねぇです。
何とか、きばって防壁(バリアー)ば、こさえねば、皆して真っ黒黒焦げ、ワダスたつ骨の身ぃでもなーんも残らねですだよ。
あいやー、コラ、ワダスには無理かもすれねぇ……」
白い骨の手でひさしを作って、中空の究極火炎竜を見上げた。
事実、リウゴウの見立て通り、この大神殿"王の間"は、吸気で気管と胸が焼けそうなほどの灼熱の暑さになってきていた。
聖女コーサは、上から激しい紫炎に照され
ながら、耳飾りの揺れる頬の横で、まるで空気をかき混ぜるようにして手を回して振り
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私の神殿まで焼かないよう狙いを絞り、あなた達、汚らわしき偽勇者達だけに限定して食らいつかせましょう!
さぁ紫の顎門(あぎと)よ!あの者達の足首だけを残して、一人残さず炭に変えなさい!!」
盛大な陽炎(かげろう)をぶちまけるように放ちながら、所在(しょざい)なく漂っていた紫炎の銀龍は、その音もなくたおやかな舞を止め、女勇者達に向き直った。
その耳まで裂けた口が開く顔の恐ろしさよ。
ユリアは、既に思い付く最高レベルの水の精霊魔法の防壁(バリアー)の呪文詠唱を開始。
マリーナ、シャンの両名は、剣を抜いて身構えつつ、肉の盾として前進を開始。
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さて、聖女コーサ=クイーンの最後の切り札・最終兵器である紫の顎門に、果たしてこの女勇者達はどこまで抗しえるのだろうか?
その時、体育座りの膝上で小さな人差し指を、モジモジとつつき合わせ、尚もブツブツと呟(つぶや)いていたカミラーのすぐ脇に、燃え盛る焔(ほむら)をそのまま黒く染め、それをそのまま流麗な装飾としたような、暗黒色の禍々しいブーツが、ギュッと砂金を踏みしめた。
その戦闘靴の人物はこう呟いた。
「カミラーよ、お前に任せておった三色バカ娘達の救出、よくやった。
さぁ立て。あれをさっさと片付けてアランの店に帰るぞ。
俺は早く葡萄酒が飲みたい。いつものように隣で酌をしろ」
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新しく生まれ変わったアレク(渉)は、この最悪な現状をどう打破して幸せになっていくのか??
更新予定:なるべく毎日19時にアップします! アップされなければ、多忙とお考え下さい!
巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する
高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。
手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。
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