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79話 魔界の毒髑髏
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聖女コーサの禁呪・闇召喚の第一弾は、精神魔法により閉じられた世界で、単独にて戦いの才能を見事開花させ、その驚異的な急成長を見せ付けた、女戦士マリーナによって見事撃退された。
その、人類の範疇(はんちゅう)を大きく越えた強さは、正しく説明を付けることの出来ない、論理的・常識的な思考を持つ者ほど全く理解不能な、まぐれ当たり・ビギナーズラックを永続させるという、彼女にしか出来ない、ある種オカルト的な摩訶不思議なカラクリにより花開いていた。
日焼けした体表に刻まれた、無数の刀と爪による傷痕(きずあと)を除けば、健康的な金髪美人の代表・サンプルのような、長身の女剣士マリーナは、死闘の後を微塵も感じさせなかった。
ただ軽く汗ばんでいる程度であり、出勤前に皇居周りをランニングした会社勤めの者のごとく、足元の私物入れの革の肩掛けから、これまた革製の水袋を引っ張りだし、天井を仰いで、ひどく美味そうにその水を飲んでいた。
ここ、大神殿の"王の間"には、もはや蜥蜴巨人の姿はなく、この女戦士の遠慮のないゲップと「あらシツレイ、ごめんよ!」という台詞。
それから、それを上部が尖った小さな耳で聴き、一晩中充電させておいたので、バッテリーはバッチリフル充電の100%間違いなしのはずのスマートフォン・タブレットが、やけに電気を喰うゲームアプリを起動したままだったので、出掛ける直前だというのに、その電池残量が24%だったのに気付いたときのような顔で
「こりゃ無駄乳!折角のあっぱれの剣技が地に堕ちるじゃろが!?
全く!お前というヤツは!もう少しデリカシーとか、英雄然とした立ち振舞いを身に付けぬか!
んっ!?んー……。まぁ、お前には一生出来ん事かの……。
これは、お前を亀とするなら、腹筋をしてみせろと言われるようなもの。正しく無理難題じゃったな。
無駄乳よ許せ。なんか言ったこっちが悪かったわい。
うむ、よー頑張ったな!誉めてつかわす!」
の声だけが鳴り響いた。
コーサの前、その両側に居並ぶ上級老神官等は、光の勇者団の先鋒の超弩級の強さに明らかに動揺しており、流石に落ち着きなく、嗄(しゃが)れ声で、ヒソヒソと囁(ささや)き合っていた。
だが、聖女は先程の苛立ちも他所に、ベキッ、グリッ!ビチッと、またもや仮面の下で不吉な異音を鳴らし、平然と次鋒の者を招くための供物を採取していた。
今度の苦痛の供物は、赤と白の小さな欠片のようなものだった。
黄金砂漠に撒かれた種のようなそれは、誰がどう見ても、親指により前から無理矢理に口中へと倒され、へし折られた白い、健康的な若者の"前歯"にしか見えなかった。
それは根元の血の赤さ、透き通るようなピンクの歯肉も生々しく、それを犠牲に魔界より来る次鋒の強さを想像させるに易かった。
さて、この度はその歯が十字光を放つように、そのエナメル質の白を輝かせて砂漠へと沈み、それと入れ代わるようにして、直ぐに何かが金砂をかき分けて盛り上がって来た。
その突出した物体の初めましては、氷の枝を思わせ、直ぐに丸い部分を見せて、金粒をサラサラと落としながら、まるで早回しの雨後の竹の子の成長記録みたいに、ズズーッと砂漠から垂直にせり上がった。
その露出した生命体らしきもの。
まず頭部は毛も皮膚もない、それどころか何の色素もない、水晶のように透き通った人の頭蓋骨であり、こめかみから一旦外へ捻れ、その後、上方へと軽い螺旋を描く山羊の角が生えていた。
だが、その髑髏(どくろ)と同じ材質である、クリアな角、その向かって左は根元から切断されたように、ガラス細工が折れたような楕円の切り口を見せていた。
その首から下も頭部と同じく、透明度の高い水晶かと思えば、そうではなく。
ガリガリに痩せた男の身体に、裾が破れかぶれの漆黒の法衣のごとき、ひどく光沢のあるローブらしきものを羽織っており、その背中からは、着衣を突き破って生えた漆黒の大きなコンドルのような翼が動き、そのミイラみたいな身体を抱くように、腹の前へと伸びていた。
そしてこの翼も、角と同じ方が欠けていた。
また、その首から肩から胸元から、純銀のような輝きの華美(デコラティブ)なネックレスが、棺の蓋の装飾を想わせる、一種統一的な禍々しさをもって、そこにジャラジャラと、これでもかと重ね付けにしてあった。
そして、艶めく僧服らしきものからのぞいた腕、この骨格からして、どうやらその手首は男の物らしかったが、カミラー、ドラクロワに迫るほどに白く、果たしてこれが動くのか?と思うほどに細かった。
そして、その手首から先は、見る者をギョッとさせるような鮮やかな赤であった。
それは不思議と砂金にまみれず、ヌルリとした温(ぬる)そうな鮮血のようなもので濡れそぼっており、ついさっきまで、何かの新鮮な死体の腹腔内に突っ込んで、その腸(はらわた)を揉みまさぐっていたような、滴(したた)りこそしないものの瑞々(みずみず)しい深紅の手指であった。
この、いっそバカバカしいくらいに魔界の住人を画にしたような、ちょっとアレンジの効いた、鎌なしの死神スタイルの者は、溶ける途中の氷のような透けた頭蓋骨を振って、眼窩(がんか)の砂金を落としながら
「ここハ……。どうヤラ人間界のようでアルナ。アアア、あのアスラ様と交わしたアレカ……。
我輩は"ラバルトゥ"と申ス。どの者と戦えばよいノカ?」
この死神もどきは、舌も、その透明な喉には声帯も見えないくせに、癖のある共通語を話した。
つるりとした金仮面の聖女は、なぜか未だ出血の止まらぬ薬指の左でまたもや挙手し
「お前を使役するのは私です。今から名乗るものを、今より更に醜い屍に変えなさい。失敗は許しません」
相手が魔界の住人であろうと、この次鋒にも飽くまで強気の高圧的姿勢であったが、その素顔の前歯が欠けているかと思うと、何だか笑えて仕方なかった。
その微妙に空気の漏れる歯抜け声に、ブーツで金砂を踏み、女勇者団から歩み出た深紫のスレンダー美人は、妖しい瞳の女アサシン。
今、涅槃(ねはん)に最も近い乙女、シャンであった。
黒紫の爪の指先で、細い喉の辺りに纏(まと)まった、貫頭型の紫のマスクを引き上げ
「フフフフフ……我が親友マリーナの次は、このシャンがお相手しよう。
しかし、魔界の住人も大変だな。こんな訳のわからぬ所まで身を移され、瀕死になるまで働かされるとは……。
さぁ、お前の中の業(カルマ)を見せてくれ。そして私の中の小宇宙と混ざり合おうではないか。ウフフフフ……」
そう言って、ベルトの腰前で細いレザーアーマーの手をクロスさせ、そこに下げた両の小刀を抜いた。
このバイオレットフィズみたいな紫の毒に光る小刀は、五ミリの間隔をおいて同じ刃が平行に重なっており、それが柄元(つかもと)で合わさった、三枚一刀(ケルベロス)構造になっていた。
この波打つ独特な刃で斬られた三筋の傷口には毒の浸入が容易となり、そして刃の絶妙な間隔により、何より縫合することが出来なかった。
これぞ正しく、必殺のアサシンダガーと呼べた。
だが、水晶の頭蓋を乗せた魔界の生物兵器相手に、猛毒とはいえ、この鳥兜(ウルフズベイン)がどこまでも通用・有効なのかは分からない。
「シャンさん。あの、やっぱりマリーナさんみたいに、一人でやるんですか?」
タレ目の女魔法賢者が、その解答を予想しつつも心配そうなソバカス顔で訊く。
シャンは、本来は完全なる狂人か、人を殺した事のある者にしか宿らない筈の、魂まで吸い込まれそうな輝きを放つ、どこまでも澄んで美しい瞳で微笑み
「あぁ、私もそうしたい。ユリア、マリーナ、カミラー、そしてアンとビスにも、最終真理に到達した私の戦い振りを見てもらいたくてな。
全宇宙と一つになり、やれるとこまで思いきりやってみたいんだ。
だが、私は体術一本のアサシンだ。
だからユリア、あの水晶の髑髏男が魔法使いでないことを祈ってくれ」
女アサシンは、ユリアの小さな肩に乗せた手を下ろし、それとすれ違った。
その先にて、漆黒の片翼を上げて向き直る魔人ラバルトゥは、赤い掌で髑髏の顔を覆うようにし
「キミの名はシャン……カ。ヨロシク。
ご期待と祈りに答えられズ、マコト残念だガ、我輩ハ魔導師でアル。
使役者ヨ。我輩は命ヲ腐らセル"病毒"ヲ使うモノ。
アマリ死の飛沫(しぶき)ヲ飛ばさぬヨウ、気を付けルガ、ソナタも命惜しくバ離れてミヨ……」
その突然の能力の種明かしに、老神官等は騒然となり、口を押さえ、その息まで止めて、砂金を飛ばして後方へと下がった。
だが、聖女は相変わらず威風堂々と落ち着いたもので
「そうですか。それは単純野卑な野蛮格闘より期待が持てそうですね。
ですが私のことは心配いりません。この身は老いても、傷付いても、たとえ魔界の病毒で腐り果てようとも、常に若く、新しく生まれ変わるのですから。
聖都に生きる信徒達よ、覚えておきなさい、それが、それこそが聖女の証なのです。
では早速始めなさい!」
最前から聖都のみならず、この一帯に映像と共に降り注ぐコーサの音声、いや、その全ての音声のうち、"魔界"・"闇召喚"・"病毒"など、コーサの聖女としてのイメージを損なうと思われる不都合な部分には、バリバリとノイズが覆い被さり、明らかにその情報には操作が加えられていた。
リウゴウ達とは異なり、生きた肉の身体を持つ女勇者達は、その消された"病毒"という不吉な言葉に目を剥いて、魔動力エレベーターまで下がった。
分かりやすい美人女戦士がひきつった顔で
「アイツ、病毒って……まさか風邪とか、オソロシー汗もかぶれとか、お尻のおできとか、なんかそーいうとんでもない病気を撒き散らすってことかい!?
うわわわわ!!ダメダメ!止めときなよー、シャン!剣とか身のこなしでなんとかなる相手じゃなさそうだよ!?
んなのはさ、不死身のバンパイア様にお任せしたら!?」
腕を組んだカミラーも幾分、神妙な顔で
「病毒というからには、そんな生易しいものではなかろう。
というより無駄乳。お前、風邪をひいたことがあるのかえ?
分かりやすい嘘と寝言は寝てから言わんかい」
と無気力に言って、女アサシンのマスクを見上げた。
シャンは上質のトパーズみたいな目を僅かに細め
「マリーナ、心配してくれてありがとう。だが、奴の使う魔法が、そのバンパイアの脳、心臓をさえ腐らせる病毒だとしたら困る。
やはり、ここはアサシンの私に任せておけ。毒の訓練と免疫には自信があるからな」
毒と病毒とを混同するはずもない筈のシャンが、なぜここまで自信があるのかは不明だが、黒の総髪の前髪を眉の所で水平に切り揃えた、闇の似合う美しい女はそう言って、平然と獣骨の神官達の横を通り過ぎ、颯爽と死の香り沸き立つ舞台へと歩んだのである。
その、人類の範疇(はんちゅう)を大きく越えた強さは、正しく説明を付けることの出来ない、論理的・常識的な思考を持つ者ほど全く理解不能な、まぐれ当たり・ビギナーズラックを永続させるという、彼女にしか出来ない、ある種オカルト的な摩訶不思議なカラクリにより花開いていた。
日焼けした体表に刻まれた、無数の刀と爪による傷痕(きずあと)を除けば、健康的な金髪美人の代表・サンプルのような、長身の女剣士マリーナは、死闘の後を微塵も感じさせなかった。
ただ軽く汗ばんでいる程度であり、出勤前に皇居周りをランニングした会社勤めの者のごとく、足元の私物入れの革の肩掛けから、これまた革製の水袋を引っ張りだし、天井を仰いで、ひどく美味そうにその水を飲んでいた。
ここ、大神殿の"王の間"には、もはや蜥蜴巨人の姿はなく、この女戦士の遠慮のないゲップと「あらシツレイ、ごめんよ!」という台詞。
それから、それを上部が尖った小さな耳で聴き、一晩中充電させておいたので、バッテリーはバッチリフル充電の100%間違いなしのはずのスマートフォン・タブレットが、やけに電気を喰うゲームアプリを起動したままだったので、出掛ける直前だというのに、その電池残量が24%だったのに気付いたときのような顔で
「こりゃ無駄乳!折角のあっぱれの剣技が地に堕ちるじゃろが!?
全く!お前というヤツは!もう少しデリカシーとか、英雄然とした立ち振舞いを身に付けぬか!
んっ!?んー……。まぁ、お前には一生出来ん事かの……。
これは、お前を亀とするなら、腹筋をしてみせろと言われるようなもの。正しく無理難題じゃったな。
無駄乳よ許せ。なんか言ったこっちが悪かったわい。
うむ、よー頑張ったな!誉めてつかわす!」
の声だけが鳴り響いた。
コーサの前、その両側に居並ぶ上級老神官等は、光の勇者団の先鋒の超弩級の強さに明らかに動揺しており、流石に落ち着きなく、嗄(しゃが)れ声で、ヒソヒソと囁(ささや)き合っていた。
だが、聖女は先程の苛立ちも他所に、ベキッ、グリッ!ビチッと、またもや仮面の下で不吉な異音を鳴らし、平然と次鋒の者を招くための供物を採取していた。
今度の苦痛の供物は、赤と白の小さな欠片のようなものだった。
黄金砂漠に撒かれた種のようなそれは、誰がどう見ても、親指により前から無理矢理に口中へと倒され、へし折られた白い、健康的な若者の"前歯"にしか見えなかった。
それは根元の血の赤さ、透き通るようなピンクの歯肉も生々しく、それを犠牲に魔界より来る次鋒の強さを想像させるに易かった。
さて、この度はその歯が十字光を放つように、そのエナメル質の白を輝かせて砂漠へと沈み、それと入れ代わるようにして、直ぐに何かが金砂をかき分けて盛り上がって来た。
その突出した物体の初めましては、氷の枝を思わせ、直ぐに丸い部分を見せて、金粒をサラサラと落としながら、まるで早回しの雨後の竹の子の成長記録みたいに、ズズーッと砂漠から垂直にせり上がった。
その露出した生命体らしきもの。
まず頭部は毛も皮膚もない、それどころか何の色素もない、水晶のように透き通った人の頭蓋骨であり、こめかみから一旦外へ捻れ、その後、上方へと軽い螺旋を描く山羊の角が生えていた。
だが、その髑髏(どくろ)と同じ材質である、クリアな角、その向かって左は根元から切断されたように、ガラス細工が折れたような楕円の切り口を見せていた。
その首から下も頭部と同じく、透明度の高い水晶かと思えば、そうではなく。
ガリガリに痩せた男の身体に、裾が破れかぶれの漆黒の法衣のごとき、ひどく光沢のあるローブらしきものを羽織っており、その背中からは、着衣を突き破って生えた漆黒の大きなコンドルのような翼が動き、そのミイラみたいな身体を抱くように、腹の前へと伸びていた。
そしてこの翼も、角と同じ方が欠けていた。
また、その首から肩から胸元から、純銀のような輝きの華美(デコラティブ)なネックレスが、棺の蓋の装飾を想わせる、一種統一的な禍々しさをもって、そこにジャラジャラと、これでもかと重ね付けにしてあった。
そして、艶めく僧服らしきものからのぞいた腕、この骨格からして、どうやらその手首は男の物らしかったが、カミラー、ドラクロワに迫るほどに白く、果たしてこれが動くのか?と思うほどに細かった。
そして、その手首から先は、見る者をギョッとさせるような鮮やかな赤であった。
それは不思議と砂金にまみれず、ヌルリとした温(ぬる)そうな鮮血のようなもので濡れそぼっており、ついさっきまで、何かの新鮮な死体の腹腔内に突っ込んで、その腸(はらわた)を揉みまさぐっていたような、滴(したた)りこそしないものの瑞々(みずみず)しい深紅の手指であった。
この、いっそバカバカしいくらいに魔界の住人を画にしたような、ちょっとアレンジの効いた、鎌なしの死神スタイルの者は、溶ける途中の氷のような透けた頭蓋骨を振って、眼窩(がんか)の砂金を落としながら
「ここハ……。どうヤラ人間界のようでアルナ。アアア、あのアスラ様と交わしたアレカ……。
我輩は"ラバルトゥ"と申ス。どの者と戦えばよいノカ?」
この死神もどきは、舌も、その透明な喉には声帯も見えないくせに、癖のある共通語を話した。
つるりとした金仮面の聖女は、なぜか未だ出血の止まらぬ薬指の左でまたもや挙手し
「お前を使役するのは私です。今から名乗るものを、今より更に醜い屍に変えなさい。失敗は許しません」
相手が魔界の住人であろうと、この次鋒にも飽くまで強気の高圧的姿勢であったが、その素顔の前歯が欠けているかと思うと、何だか笑えて仕方なかった。
その微妙に空気の漏れる歯抜け声に、ブーツで金砂を踏み、女勇者団から歩み出た深紫のスレンダー美人は、妖しい瞳の女アサシン。
今、涅槃(ねはん)に最も近い乙女、シャンであった。
黒紫の爪の指先で、細い喉の辺りに纏(まと)まった、貫頭型の紫のマスクを引き上げ
「フフフフフ……我が親友マリーナの次は、このシャンがお相手しよう。
しかし、魔界の住人も大変だな。こんな訳のわからぬ所まで身を移され、瀕死になるまで働かされるとは……。
さぁ、お前の中の業(カルマ)を見せてくれ。そして私の中の小宇宙と混ざり合おうではないか。ウフフフフ……」
そう言って、ベルトの腰前で細いレザーアーマーの手をクロスさせ、そこに下げた両の小刀を抜いた。
このバイオレットフィズみたいな紫の毒に光る小刀は、五ミリの間隔をおいて同じ刃が平行に重なっており、それが柄元(つかもと)で合わさった、三枚一刀(ケルベロス)構造になっていた。
この波打つ独特な刃で斬られた三筋の傷口には毒の浸入が容易となり、そして刃の絶妙な間隔により、何より縫合することが出来なかった。
これぞ正しく、必殺のアサシンダガーと呼べた。
だが、水晶の頭蓋を乗せた魔界の生物兵器相手に、猛毒とはいえ、この鳥兜(ウルフズベイン)がどこまでも通用・有効なのかは分からない。
「シャンさん。あの、やっぱりマリーナさんみたいに、一人でやるんですか?」
タレ目の女魔法賢者が、その解答を予想しつつも心配そうなソバカス顔で訊く。
シャンは、本来は完全なる狂人か、人を殺した事のある者にしか宿らない筈の、魂まで吸い込まれそうな輝きを放つ、どこまでも澄んで美しい瞳で微笑み
「あぁ、私もそうしたい。ユリア、マリーナ、カミラー、そしてアンとビスにも、最終真理に到達した私の戦い振りを見てもらいたくてな。
全宇宙と一つになり、やれるとこまで思いきりやってみたいんだ。
だが、私は体術一本のアサシンだ。
だからユリア、あの水晶の髑髏男が魔法使いでないことを祈ってくれ」
女アサシンは、ユリアの小さな肩に乗せた手を下ろし、それとすれ違った。
その先にて、漆黒の片翼を上げて向き直る魔人ラバルトゥは、赤い掌で髑髏の顔を覆うようにし
「キミの名はシャン……カ。ヨロシク。
ご期待と祈りに答えられズ、マコト残念だガ、我輩ハ魔導師でアル。
使役者ヨ。我輩は命ヲ腐らセル"病毒"ヲ使うモノ。
アマリ死の飛沫(しぶき)ヲ飛ばさぬヨウ、気を付けルガ、ソナタも命惜しくバ離れてミヨ……」
その突然の能力の種明かしに、老神官等は騒然となり、口を押さえ、その息まで止めて、砂金を飛ばして後方へと下がった。
だが、聖女は相変わらず威風堂々と落ち着いたもので
「そうですか。それは単純野卑な野蛮格闘より期待が持てそうですね。
ですが私のことは心配いりません。この身は老いても、傷付いても、たとえ魔界の病毒で腐り果てようとも、常に若く、新しく生まれ変わるのですから。
聖都に生きる信徒達よ、覚えておきなさい、それが、それこそが聖女の証なのです。
では早速始めなさい!」
最前から聖都のみならず、この一帯に映像と共に降り注ぐコーサの音声、いや、その全ての音声のうち、"魔界"・"闇召喚"・"病毒"など、コーサの聖女としてのイメージを損なうと思われる不都合な部分には、バリバリとノイズが覆い被さり、明らかにその情報には操作が加えられていた。
リウゴウ達とは異なり、生きた肉の身体を持つ女勇者達は、その消された"病毒"という不吉な言葉に目を剥いて、魔動力エレベーターまで下がった。
分かりやすい美人女戦士がひきつった顔で
「アイツ、病毒って……まさか風邪とか、オソロシー汗もかぶれとか、お尻のおできとか、なんかそーいうとんでもない病気を撒き散らすってことかい!?
うわわわわ!!ダメダメ!止めときなよー、シャン!剣とか身のこなしでなんとかなる相手じゃなさそうだよ!?
んなのはさ、不死身のバンパイア様にお任せしたら!?」
腕を組んだカミラーも幾分、神妙な顔で
「病毒というからには、そんな生易しいものではなかろう。
というより無駄乳。お前、風邪をひいたことがあるのかえ?
分かりやすい嘘と寝言は寝てから言わんかい」
と無気力に言って、女アサシンのマスクを見上げた。
シャンは上質のトパーズみたいな目を僅かに細め
「マリーナ、心配してくれてありがとう。だが、奴の使う魔法が、そのバンパイアの脳、心臓をさえ腐らせる病毒だとしたら困る。
やはり、ここはアサシンの私に任せておけ。毒の訓練と免疫には自信があるからな」
毒と病毒とを混同するはずもない筈のシャンが、なぜここまで自信があるのかは不明だが、黒の総髪の前髪を眉の所で水平に切り揃えた、闇の似合う美しい女はそう言って、平然と獣骨の神官達の横を通り過ぎ、颯爽と死の香り沸き立つ舞台へと歩んだのである。
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