71 / 245
70話 なんで飲ませた?
しおりを挟む
尖塔に白鳩の舞う、白亜の鐘楼(しょうろう)のごとき壮麗な建築物があった。
それは、この聖都ワイラーの魔術師ギルドであり、伝説の勇者ドラクロワを讃える群衆のさんざめく、北区円形広場の程近くに巍然(ぎぜん)たる姿で建っていた。
その地下深くへと続く、長い石の螺旋坂を先立って歩くのは、男女の垣根を越えた妖艶美の魔導師ロマノ=ゲンズブールであった。
彼はその道程で時折立ち止まり、どう見ても女性のものにしか見えない、前開きにしたバイオレットのマントから、すらりと伸ばした白い手の先、その人差し指に魔法の種火を点し、煉瓦壁の要所要所に設(しつら)えられたランプに灯りを点けてゆく。
その後ろに続くのは、暗黒色の禍々しき甲冑魔王、ドラクロワ。
そして、その更に後方で辺りを物珍しそうに眺めているのは、鮮やかなブルーのコックコート、ちょび髭のアランであった。
「ロマノちゃん、お噂は予々(かねがね)聞いてたけれど、こうして実際お会いするのは初めてね。
貴方ってば、争いを好まない隠者、天才美人魔導師、麝香(じゃこう)のロマノ様と、ホント名前が多いわ。
そんな街の噂のお方が、こーんなご近所さんだったとは夢にも思わなかった」
緩いアーチを描きつつ、すり鉢型に地を掘るようにして続く螺旋を降りながら、ロマノは振り向かないまでも、ひょいとバイオレットカラーのハットの頭を上げ
「いえいえ。どういたしまして。こちらこそ引きこもりの私の耳にも、革命家アラン=バリスタさんのお名前はよーく届いて来てるわよ。
ウフフフ……確か、トラットリア白鳩の店主さんが黒鳩党の党首らしいぞ。ってね」
悪戯っぽく笑っているが、その声はダークチョコレートのように渋く、深い味わいがあった。
アランも負けじと、ニヤリと頼もしい笑みを見せ
「あらあら、これはとんだお耳汚しでお恥ずかしい限りだわ。
でもねアタシ達、革命家なんてそんな大層なモンじゃないの。
だって、黒鳩党なんて物々しい名前を名乗ってはいるけれど、活動内容なんて、要はただ仲間と地下に集まっては、コーサ様の陰口ばかり叩いてるだけの仲良しグループなのよねー。
今までだって、コレといってなーんにも行動出来なかった、普通の無能な商人と職人の集まりよ?
フフフン……」
アランの余裕のない苦笑いには、だから放っておいてくれ、という他言無用を求める響きが混じっていた。
ドラクロワは、一癖も二癖もある、単なる"個性的"という言葉で著すには余りに度のキツイ、謎のおネエ二人の織り成す、奇妙にして妖しいサンドイッチ状態を必死で耐えているかのように見えた。
だがそれは、仄(ほの)暗い地下に揺れる灯火が悪戯に陰影(コントラスト)を大袈裟(おおげさ)に加え、面白半分にそう見せかけただけかも知れない。
「葡萄酒の在処(ありか)はまだか?」
どう聴いてもその魔王の声は、果てしない苛立ちと苦渋とに満ちていたという。
それに答える代わりに、不意に先導役のロマノが
「ブリューナク!ただいま!」
と、何かを短く喚いて口笛を吹いた。
次の瞬間、目的地の最下層のドア前の暗がりから飛び出した、サファイアに似た青い瞳の白い大型肉食獣、ロマノの住居の獰猛にして忠実な番人、大きな雪豹(ゆきひょう)のブリューナクに、なぜかアランが押し倒された。
さて、扉の先のロマノの住居は空間にして二十坪ほどであったが、そこはもう、ただただ本、本、本……の間であった。
書棚はおろか、名も知れぬ赤茶色の高級木材の柱も壁も、床以外はその全てがスライド式を採用した書庫であり、この星のあらゆる貴書、稀書、奇書、そして魔法書、禁書、珍書で正しく満ち満ちていた。
その本好きロマノの徹底ぶりは圧巻・見事に尽きるといえた。
今、来客二名が着いた、隣室の食糧庫のありあわせで作ったにしては出来の良すぎる、聖都ワイラー北区のナンバーワントラットリア、その店主アランの手料理の並ぶ、部屋の中央テーブルの天板までもが、鉄枠と革表紙の巨大な本をモチーフにしたモノであった。
ロマノとブリューナクの住居は、地下、その最下層のせいか、初夏にしては些(いささ)か涼しすぎる空間だった。
よく冷えたグラスエール酒を供した後
「しばしお待ちあれ」
と言ったきり、奥へと消えたロマノであったが、漸(ようや)く魔王お待ちかねの葡萄酒のグリーンの瓶と、真新しい淡い麝香の香りとを携えて戻ってきた。
「お待たせ致しました。これなる葡萄酒、私がはるばる遠方より取り寄せました、秘蔵の酒にございます。
フフ、果たして"光の勇者様"のお口に悦んでいただけますかしら?
ウフフ……ささ、ドラクロワ様、ご遠慮なく」
そう言ったロマノは、紫のレースの薄織り女性下着の上下に、同色の光沢のあるマントのみという、谷間に黒子(ほくろ)の一点、白く形のよいバストも艶かしい、均整のとれた美しい女の半裸を晒していたので、思わずその気のないアランさえもが、ギョッとして目を剥いた。
露出狂の魔導師は、どこかそれを愉しむような微笑を浮かべつつ、魔王の前に一つ、アランの前にも一つ、栓の抜かれた大きな瓶を大きく口の開いたグラスと共に置いた。
ドラクロワは「え?コレ何ていう銘なの?さっきも言ったけど、アタシィ葡萄酒にはちょーっとうるさいわよ?
なーんてね、いっただきまーす!」と、数杯のエールですでに上機嫌になったアランを見ず、眼前に置かれたボトルだけを吟味するように熟視していた。
ロマノは、その幾分不穏な空気に気付き
「どうぞ、ご遠慮なさらず。勇者ドラクロワ様。
フフフ……断じて妙なモノは混ぜておりません。
ささ、どうぞご賞味下さいませ。そして是非ともご感想をいただきとうございます」
艶然と微笑み、白い手を伸ばして、ツイッとドラクロワの前に置いたグラスの下を押した。
ドラクロワは半眼で葡萄酒を見下ろしたまま
「いや、そんなことは気にしておらん。この星には俺を痺れさせる毒などないからな」
言うや、いつも通り無造作に瓶の首を掴み、忽(たちま)ち逆さまにしてあおり始めた。
ドラクロワはそうして少し飲み、なぜか一口、二口だけで中断。
直ぐに瓶をシャポン!と下ろした。
それを、どこまでも官能的な穏やかな顔で見ながら、艶(つや)やかで、しっとりとした黒の長い睫毛(まつげ)をはためかせたロマノは、一言
「で、しょうね」
と、分かりきったことのように呟(つぶや)いた。
さて、この謎のお取り寄せ葡萄酒の味に、まず声を上げたのは、肥沃(ひよく)な葡萄畑の所有者であり、かつ秀逸で芳醇な葡萄酒の生産者の立場であるアランであった。
「わっ!?美味しい!!な、何この味!?アタシの畑で採れる葡萄は、この地方じゃちょっと自慢出来る位には良いはずだけれど、この葡萄ときたら、もう全っ然格が違うわ!!
おっどろいたぁー!!ねねね、ロマノちゃん!?コレ一体どこのモノなの!?
少しくらい高くてもへーきだから、ちょーっとまとめて仕入れられないかしら!?」
人気洋食店の主は真摯な顔で、激しく淫靡(いんび)な魔導師へと、まるでつんのめるようにして迫った。
だが、ロマノは目線をドラクロワへ向けたままで
「アラン、ごめんなさい。それだけは教えられないの。
そうね。この葡萄酒はワタシの"故郷"のモノ。とだけいっておくわ」
アランは、そのそっけない答えに一瞬顔を曇らせはしたが、フッと息を吐くと、分別らしく座り直し、黙って手酌で二杯目を楽しむことにした。
一方のドラクロワは、よく磨かれた紫の爪の指を、形のよい薄い紫の唇へあて
「故郷か。なるほど、な。この味は紛れもなく銘酒・疫病女神(カラミティクイーン)だ」
と短く言って、即座に魔族間だけに通じる思念波を、恐ろしく妖艶な淫婦にしか見えない魔導師へと飛ばした。
(これは紛れもなく魔界第一級の酒だ。どう逆立ちしても、そんじょそこらの酒屋では決して手に入らん。名前の通り、こいつは口当たりこそ極上だが、並の人間には猛毒といっても過言ではない。魔界以外では俺の城に数本があるのみだ。となれば、お前は魔族か?所属はどこの軍のどの部隊だ?)
ロマノは、ゴロゴロと喉を鳴らす、美しい白いペットの皮の弛(ゆる)い縞頭(しまあたま)を撫でながら
(申し遅れました。魔王ドラクロワ様、私は先代魔王リュージャン様の元に居りました、元魔導大将軍ロマノにございます)
なんと、平然と魔族思念波を返して来たではないか。
この突然の告白に、現魔王のアメジストの瞳は、まるで鞴(ふいご)に吹かれて赤熱・燃焼する石炭のごとく、急速に爛々(らんらん)と輝き始めた。
ゆっくりと白い顎を上げたドラクロワは、その眼をフッと細め
(フム、父の配下に突如として職務を無断放棄し、軍を抜け、霧のように行方をくらませた上級魔族が居たと聴いたことがある。噂では何処かへ潜伏して反旗をひるがえす算段を立てているとも、人間の冒険者に討ち取られたとも聴いたが、もしやそれがお前か?)
ロマノは、男なら誰でも吸い付きたくなるような、邪淫の唇だけで笑い
(フフフ……流石は魔王様。そうです、それが私です。魔王軍法によれば、敵前逃亡、及び無断で軍を抜けた者には、ただ滅びの懲罰があるのみ、でしたね。では魔王ドラクロワ様。私を今ここで裁かれますか?)
(ウム。無論、お前の軍規違反を遥かに越えた、軍事犯罪には懲罰しかない)
らしくなく、そう強い思念を飛ばしたドラクロワの全身からは、背後の書庫の景色が揺らぐほどに凄まじい鬼気が放たれた。
それをまともに浴びた雪豹ブリューナクは、まるで魂を抜かれたように床へと頭を落とし、鋭い歯列の隙間からだらしなく舌を垂らして、剥製毛皮のように床へと伸びた。
ドカッ!!
更にドラクロワのテーブルの向かいでは、ちょんまげの逞しいコックが、背もたれに大判の本をデザインした椅子ごと、「うーん」と唸って後方へと倒れたのである。
だが、茹でたタコのように体表を赤く染めて昏倒したアランは、ドラクロワの圧殺するような凄絶な魔気によるのではなく、単に魔界の強烈な酒に脳をやられただけのようであった。
それは、この聖都ワイラーの魔術師ギルドであり、伝説の勇者ドラクロワを讃える群衆のさんざめく、北区円形広場の程近くに巍然(ぎぜん)たる姿で建っていた。
その地下深くへと続く、長い石の螺旋坂を先立って歩くのは、男女の垣根を越えた妖艶美の魔導師ロマノ=ゲンズブールであった。
彼はその道程で時折立ち止まり、どう見ても女性のものにしか見えない、前開きにしたバイオレットのマントから、すらりと伸ばした白い手の先、その人差し指に魔法の種火を点し、煉瓦壁の要所要所に設(しつら)えられたランプに灯りを点けてゆく。
その後ろに続くのは、暗黒色の禍々しき甲冑魔王、ドラクロワ。
そして、その更に後方で辺りを物珍しそうに眺めているのは、鮮やかなブルーのコックコート、ちょび髭のアランであった。
「ロマノちゃん、お噂は予々(かねがね)聞いてたけれど、こうして実際お会いするのは初めてね。
貴方ってば、争いを好まない隠者、天才美人魔導師、麝香(じゃこう)のロマノ様と、ホント名前が多いわ。
そんな街の噂のお方が、こーんなご近所さんだったとは夢にも思わなかった」
緩いアーチを描きつつ、すり鉢型に地を掘るようにして続く螺旋を降りながら、ロマノは振り向かないまでも、ひょいとバイオレットカラーのハットの頭を上げ
「いえいえ。どういたしまして。こちらこそ引きこもりの私の耳にも、革命家アラン=バリスタさんのお名前はよーく届いて来てるわよ。
ウフフフ……確か、トラットリア白鳩の店主さんが黒鳩党の党首らしいぞ。ってね」
悪戯っぽく笑っているが、その声はダークチョコレートのように渋く、深い味わいがあった。
アランも負けじと、ニヤリと頼もしい笑みを見せ
「あらあら、これはとんだお耳汚しでお恥ずかしい限りだわ。
でもねアタシ達、革命家なんてそんな大層なモンじゃないの。
だって、黒鳩党なんて物々しい名前を名乗ってはいるけれど、活動内容なんて、要はただ仲間と地下に集まっては、コーサ様の陰口ばかり叩いてるだけの仲良しグループなのよねー。
今までだって、コレといってなーんにも行動出来なかった、普通の無能な商人と職人の集まりよ?
フフフン……」
アランの余裕のない苦笑いには、だから放っておいてくれ、という他言無用を求める響きが混じっていた。
ドラクロワは、一癖も二癖もある、単なる"個性的"という言葉で著すには余りに度のキツイ、謎のおネエ二人の織り成す、奇妙にして妖しいサンドイッチ状態を必死で耐えているかのように見えた。
だがそれは、仄(ほの)暗い地下に揺れる灯火が悪戯に陰影(コントラスト)を大袈裟(おおげさ)に加え、面白半分にそう見せかけただけかも知れない。
「葡萄酒の在処(ありか)はまだか?」
どう聴いてもその魔王の声は、果てしない苛立ちと苦渋とに満ちていたという。
それに答える代わりに、不意に先導役のロマノが
「ブリューナク!ただいま!」
と、何かを短く喚いて口笛を吹いた。
次の瞬間、目的地の最下層のドア前の暗がりから飛び出した、サファイアに似た青い瞳の白い大型肉食獣、ロマノの住居の獰猛にして忠実な番人、大きな雪豹(ゆきひょう)のブリューナクに、なぜかアランが押し倒された。
さて、扉の先のロマノの住居は空間にして二十坪ほどであったが、そこはもう、ただただ本、本、本……の間であった。
書棚はおろか、名も知れぬ赤茶色の高級木材の柱も壁も、床以外はその全てがスライド式を採用した書庫であり、この星のあらゆる貴書、稀書、奇書、そして魔法書、禁書、珍書で正しく満ち満ちていた。
その本好きロマノの徹底ぶりは圧巻・見事に尽きるといえた。
今、来客二名が着いた、隣室の食糧庫のありあわせで作ったにしては出来の良すぎる、聖都ワイラー北区のナンバーワントラットリア、その店主アランの手料理の並ぶ、部屋の中央テーブルの天板までもが、鉄枠と革表紙の巨大な本をモチーフにしたモノであった。
ロマノとブリューナクの住居は、地下、その最下層のせいか、初夏にしては些(いささ)か涼しすぎる空間だった。
よく冷えたグラスエール酒を供した後
「しばしお待ちあれ」
と言ったきり、奥へと消えたロマノであったが、漸(ようや)く魔王お待ちかねの葡萄酒のグリーンの瓶と、真新しい淡い麝香の香りとを携えて戻ってきた。
「お待たせ致しました。これなる葡萄酒、私がはるばる遠方より取り寄せました、秘蔵の酒にございます。
フフ、果たして"光の勇者様"のお口に悦んでいただけますかしら?
ウフフ……ささ、ドラクロワ様、ご遠慮なく」
そう言ったロマノは、紫のレースの薄織り女性下着の上下に、同色の光沢のあるマントのみという、谷間に黒子(ほくろ)の一点、白く形のよいバストも艶かしい、均整のとれた美しい女の半裸を晒していたので、思わずその気のないアランさえもが、ギョッとして目を剥いた。
露出狂の魔導師は、どこかそれを愉しむような微笑を浮かべつつ、魔王の前に一つ、アランの前にも一つ、栓の抜かれた大きな瓶を大きく口の開いたグラスと共に置いた。
ドラクロワは「え?コレ何ていう銘なの?さっきも言ったけど、アタシィ葡萄酒にはちょーっとうるさいわよ?
なーんてね、いっただきまーす!」と、数杯のエールですでに上機嫌になったアランを見ず、眼前に置かれたボトルだけを吟味するように熟視していた。
ロマノは、その幾分不穏な空気に気付き
「どうぞ、ご遠慮なさらず。勇者ドラクロワ様。
フフフ……断じて妙なモノは混ぜておりません。
ささ、どうぞご賞味下さいませ。そして是非ともご感想をいただきとうございます」
艶然と微笑み、白い手を伸ばして、ツイッとドラクロワの前に置いたグラスの下を押した。
ドラクロワは半眼で葡萄酒を見下ろしたまま
「いや、そんなことは気にしておらん。この星には俺を痺れさせる毒などないからな」
言うや、いつも通り無造作に瓶の首を掴み、忽(たちま)ち逆さまにしてあおり始めた。
ドラクロワはそうして少し飲み、なぜか一口、二口だけで中断。
直ぐに瓶をシャポン!と下ろした。
それを、どこまでも官能的な穏やかな顔で見ながら、艶(つや)やかで、しっとりとした黒の長い睫毛(まつげ)をはためかせたロマノは、一言
「で、しょうね」
と、分かりきったことのように呟(つぶや)いた。
さて、この謎のお取り寄せ葡萄酒の味に、まず声を上げたのは、肥沃(ひよく)な葡萄畑の所有者であり、かつ秀逸で芳醇な葡萄酒の生産者の立場であるアランであった。
「わっ!?美味しい!!な、何この味!?アタシの畑で採れる葡萄は、この地方じゃちょっと自慢出来る位には良いはずだけれど、この葡萄ときたら、もう全っ然格が違うわ!!
おっどろいたぁー!!ねねね、ロマノちゃん!?コレ一体どこのモノなの!?
少しくらい高くてもへーきだから、ちょーっとまとめて仕入れられないかしら!?」
人気洋食店の主は真摯な顔で、激しく淫靡(いんび)な魔導師へと、まるでつんのめるようにして迫った。
だが、ロマノは目線をドラクロワへ向けたままで
「アラン、ごめんなさい。それだけは教えられないの。
そうね。この葡萄酒はワタシの"故郷"のモノ。とだけいっておくわ」
アランは、そのそっけない答えに一瞬顔を曇らせはしたが、フッと息を吐くと、分別らしく座り直し、黙って手酌で二杯目を楽しむことにした。
一方のドラクロワは、よく磨かれた紫の爪の指を、形のよい薄い紫の唇へあて
「故郷か。なるほど、な。この味は紛れもなく銘酒・疫病女神(カラミティクイーン)だ」
と短く言って、即座に魔族間だけに通じる思念波を、恐ろしく妖艶な淫婦にしか見えない魔導師へと飛ばした。
(これは紛れもなく魔界第一級の酒だ。どう逆立ちしても、そんじょそこらの酒屋では決して手に入らん。名前の通り、こいつは口当たりこそ極上だが、並の人間には猛毒といっても過言ではない。魔界以外では俺の城に数本があるのみだ。となれば、お前は魔族か?所属はどこの軍のどの部隊だ?)
ロマノは、ゴロゴロと喉を鳴らす、美しい白いペットの皮の弛(ゆる)い縞頭(しまあたま)を撫でながら
(申し遅れました。魔王ドラクロワ様、私は先代魔王リュージャン様の元に居りました、元魔導大将軍ロマノにございます)
なんと、平然と魔族思念波を返して来たではないか。
この突然の告白に、現魔王のアメジストの瞳は、まるで鞴(ふいご)に吹かれて赤熱・燃焼する石炭のごとく、急速に爛々(らんらん)と輝き始めた。
ゆっくりと白い顎を上げたドラクロワは、その眼をフッと細め
(フム、父の配下に突如として職務を無断放棄し、軍を抜け、霧のように行方をくらませた上級魔族が居たと聴いたことがある。噂では何処かへ潜伏して反旗をひるがえす算段を立てているとも、人間の冒険者に討ち取られたとも聴いたが、もしやそれがお前か?)
ロマノは、男なら誰でも吸い付きたくなるような、邪淫の唇だけで笑い
(フフフ……流石は魔王様。そうです、それが私です。魔王軍法によれば、敵前逃亡、及び無断で軍を抜けた者には、ただ滅びの懲罰があるのみ、でしたね。では魔王ドラクロワ様。私を今ここで裁かれますか?)
(ウム。無論、お前の軍規違反を遥かに越えた、軍事犯罪には懲罰しかない)
らしくなく、そう強い思念を飛ばしたドラクロワの全身からは、背後の書庫の景色が揺らぐほどに凄まじい鬼気が放たれた。
それをまともに浴びた雪豹ブリューナクは、まるで魂を抜かれたように床へと頭を落とし、鋭い歯列の隙間からだらしなく舌を垂らして、剥製毛皮のように床へと伸びた。
ドカッ!!
更にドラクロワのテーブルの向かいでは、ちょんまげの逞しいコックが、背もたれに大判の本をデザインした椅子ごと、「うーん」と唸って後方へと倒れたのである。
だが、茹でたタコのように体表を赤く染めて昏倒したアランは、ドラクロワの圧殺するような凄絶な魔気によるのではなく、単に魔界の強烈な酒に脳をやられただけのようであった。
0
お気に入りに追加
151
あなたにおすすめの小説
スローライフとは何なのか? のんびり建国記
久遠 れんり
ファンタジー
突然の異世界転移。
ちょっとした事故により、もう世界の命運は、一緒に来た勇者くんに任せることにして、いきなり告白された彼女と、日本へ帰る事を少し思いながら、どこでもキャンプのできる異世界で、のんびり暮らそうと密かに心に決める。
だけどまあ、そんな事は夢の夢。
現実は、そんな考えを許してくれなかった。
三日と置かず、騒動は降ってくる。
基本は、いちゃこらファンタジーの予定。
そんな感じで、進みます。
ステータス999でカンスト最強転移したけどHP10と最低ダメージ保障1の世界でスローライフが送れません!
矢立まほろ
ファンタジー
大学を卒業してサラリーマンとして働いていた田口エイタ。
彼は来る日も来る日も仕事仕事仕事と、社蓄人生真っ只中の自分に辟易していた。
そんな時、不慮の事故に巻き込まれてしまう。
目を覚ますとそこはまったく知らない異世界だった。
転生と同時に手に入れた最強のステータス。雑魚敵を圧倒的力で葬りさるその強力さに感動し、近頃流行の『異世界でスローライフ生活』を送れるものと思っていたエイタ。
しかし、そこには大きな罠が隠されていた。
ステータスは最強だが、HP上限はまさかのたった10。
それなのに、どんな攻撃を受けてもダメージの最低保証は1。
どれだけ最強でも、たった十回殴られただけで死ぬ謎のハードモードな世界であることが発覚する。おまけに、自分の命を狙ってくる少女まで現れて――。
それでも最強ステータスを活かして念願のスローライフ生活を送りたいエイタ。
果たして彼は、右も左もわからない異世界で、夢をかなえることができるのか。
可能な限りシリアスを排除した超コメディ異世界転移生活、はじまります。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
最強の職業は解体屋です! ゴミだと思っていたエクストラスキル『解体』が実は超有能でした
服田 晃和
ファンタジー
旧題:最強の職業は『解体屋』です!〜ゴミスキルだと思ってたエクストラスキル『解体』が実は最強のスキルでした〜
大学を卒業後建築会社に就職した普通の男。しかし待っていたのは設計や現場監督なんてカッコいい職業ではなく「解体作業」だった。来る日も来る日も使わなくなった廃ビルや、人が居なくなった廃屋を解体する日々。そんなある日いつものように廃屋を解体していた男は、大量のゴミに押しつぶされてしまい突然の死を迎える。
目が覚めるとそこには自称神様の金髪美少女が立っていた。その神様からは自分の世界に戻り輪廻転生を繰り返すか、できれば剣と魔法の世界に転生して欲しいとお願いされた俺。だったら、せめてサービスしてくれないとな。それと『魔法』は絶対に使えるようにしてくれよ!なんたってファンタジーの世界なんだから!
そうして俺が転生した世界は『職業』が全ての世界。それなのに俺の職業はよく分からない『解体屋』だって?貴族の子に生まれたのに、『魔導士』じゃなきゃ追放らしい。優秀な兄は勿論『魔導士』だってさ。
まぁでもそんな俺にだって、魔法が使えるんだ!えっ?神様の不手際で魔法が使えない?嘘だろ?家族に見放され悲しい人生が待っていると思った矢先。まさかの魔法も剣も極められる最強のチート職業でした!!
魔法を使えると思って転生したのに魔法を使う為にはモンスター討伐が必須!まずはスライムから行ってみよう!そんな男の楽しい冒険ファンタジー!
特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
性的に襲われそうだったので、男であることを隠していたのに、女性の本能か男であることがバレたんですが。
狼狼3
ファンタジー
男女比1:1000という男が極端に少ない魔物や魔法のある異世界に、彼は転生してしまう。
街中を歩くのは女性、女性、女性、女性。街中を歩く男は滅多に居ない。森へ冒険に行こうとしても、襲われるのは魔物ではなく女性。女性は男が居ないか、いつも目を光らせている。
彼はそんな世界な為、男であることを隠して女として生きる。(フラグ)
異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜
KeyBow
ファンタジー
間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。
何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。
召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!
しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・
いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。
その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。
上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。
またぺったんこですか?・・・
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる