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56話 鉄亀と不死馬

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 絢爛華麗(けんらんかれい)なピンクの全身甲冑のカミラーは、並の競走馬の倍はありそうな、漆黒の四頭の巨馬の先頭、アレイスターを駆り、その背に平行になるように、伏せるようにして艶のない黒い鬣(たてがみ)にしがみつき、猛る黒龍の桃色の背鰭(せびれ)と化し、聖都ワイラーの城塞の外周を一気に駆け、あっという間に東門へと迫っていた。

 勿論、東門にも街の警備はいる。

 そこで小さなピンクの騎馬武者と四頭の巨馬は大地を抉(えぐ)って一旦停止し、純白のプレートメイルの長身の門番四名等がそれを迎えた。

 ワイラー市長麾下(しちょうきか)の東門警護の兵士は白い兜のひさしを、ガチン!と跳ね上げ、浅黒い顔を見せて敬礼し
 「こ、これは……な、なんと威風堂々たる巨馬か!!
 単に馬体が大きいだけでなく、飽くまで脚長く、惚れ惚れするほどに均整が取れている……。
 し、失礼!申し遅れました!私は東門警備隊隊長、カマラーシュと申します。
 この馬と秀麗な鎧兜。貴公は由緒正しいお方とお見受け致しますが、この街に如何なるご用でございましょうか?」

 ピンク地に、見事な金の浮き彫り細工の全身鎧のカミラーは、カマラーシュの遥か上の馬上から警備隊を見下ろして、ボゴッと兜を取り
 「ふん。カマラーシュとやら、中々に礼儀を知ったる者じゃな。
 わらわは伝説に予見されし光の勇者団の副長、名をカミラーと申す!このワイラーへ勇者の勤めを果たしに参った!」
 いつ副長になったか、女バンパイアは首に下げていたドラクロワから預かった、大陸王から授与されし掌サイズの光輝く青い五芒星、勇者認定の勲章を掲げて前に突き出した。

 その鉄の星型である王家の紋章に、東門警備隊隊長と隊員等三名の目は釘付けとなった。

 カマラーシュは馬から降り、マントの裾を地に付け、片膝で平伏し
 「そ、それは、正しく大陸王ガーロード様に認定されし勇者の印!
 し、しかし……野に跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ)せし魔物ならいざ知らず、聖都内は聖コーサ様のご加護により平穏そのものにございます。
 僭越ながら、勇者様はその槍と巨馬等にて何を討ち取られるおつもりでしょうか?」

 カミラーは紅玉(ルビー)のような深紅の双瞳を瞑(つむ)り、高貴な者のごとく優雅にうなずくと、左手の長大な朱槍の先、尖った石突(いしづき)で、ドンッ!と大地を叩き
 「そうじゃ!正しく魔物、この街に跳梁跋扈せし巨悪、コーサ一派を討ち果たすべく参った!
 コーサめの歪んだ支配がこの街を腐れさせておるのはとうに承知しておる!
 繰り返すが、わらわは人の世の闇を払う伝説の勇者!さればこその討ち入りじゃ!!文句はなかろう!?」
 悪夢に出てきそうな化け物馬四頭も、まるでそれに賛同するように火縄銃のような声で、一斉にいなないた。
 
 カマラーシュは、そのあまりの迫力に一瞬圧倒されたが、部下等と顔を見合わせ、即座に兜を取った。
 僅かに遅れはしたものの、残りの者等も素早くそれに倣った。

 「はっ!!我等が長く待ち望んだ、聖都の深淵の闇を払う伝説の勇者様のご到着!
 ようやく……ようやく弱き者達の念願が、今日ここに成就されまする!!
 直ちに門を開きます!勇者様!存分にその槍をお振るい下さい!!」
 
 言うや、即座に開門がなされ、女バンパイアはその重々しい響きを浴びながら
 「うむ。今こそこの街の病巣と膿、わらわが完全に取り去ってくれる!
 さすれば、先ずは人質の救助から、なす!
 皆、ご苦労!!」
 ピンクの兜を被り、愛馬にピシリ!と鞭を入れると、警備隊等の敬礼を背に、優に成人男性の一抱えは有りそうな、魔神の鉄槌(ハンマー)のごとき、漆黒の大蹄8つが大地を打ち、爆発を想わせるほどの凄まじいエネルギーの解放がなされ、アンデッドホース等の大爆走が再開された。

 
 五階建ての東区中神殿一階。
 その鉄門の内側ではラアゴウの腹心、ウィスプが背筋を伸ばし、両手で魔法の杖を床に突いて立っていた。

 彼は背の高い痩せた老人で、ちぢれた白く長い髭と頭髪を真下に垂らして、黒い全面に金糸で細かく魔法語が刺繍されたローブをフワリと羽織り、頬が抉(えぐ)られたような老醜の顔を曇らせていた。
 その杖を突く手の指には、全てにバネのような螺旋型の銀製の指輪がはめられ、ホール内の灯火に鈍く輝いていた。

 景色がうっすらと白むほどに香の焚かれた、広大ともいえる一階には、ラアゴウ直属の神官兵士が50名。

 いずれも中神殿警護の為に特別編成された、身長は180㎝、体重は100㎏を越える者だけの巨漢軍団であった。

 全員が純白の僧服の上に、飾り気のない銀の面頬付き兜と部分鎧を装備し、幾分緊張した面持ちでウィスプを取り囲むように集まっていた。

 老魔導師ウィスプの見立てでは、北区の夜警神官詰所を消滅させた犯人は、明らかにラアゴウを挑発している。
 となれば当然、ラアゴウ直轄の中神殿の警護は特別に厳重にする必要ありと主張し、自らここの留守番をかって出ていたのである。

 この老いた神官魔導師は、ワイラー市民達からは害虫、死神のごとく忌避されていた。

 その理由は、彼の生き甲斐である新しい魔法の開発の為、身分の低い者等を拐っては実験台にしていると噂されているからである。

 彼の得意とするものは、攻撃魔法の中でも特殊な部類に属すものであり、とりわけ精神魔法を好んでいた。

 この精神魔法とは、簡単にいえば対象者の精神を完全に破壊し、廃人化させることを目的とした、究極の内部破壊術であった。

 当初は凶暴で攻撃的な人間の"治療"という名目で実験体を集めていたが、そのうち直ぐに見境がなくなり、ウィスプの吐き気を催すような、執拗な精神魔法実験の繰り返しにより、記録と資料通りならば、1,580人がヨダレを垂らすだけの息する人形へと堕とされたことになる。

 そうして20年。
 遂に完成した陰惨で残酷な精神崩壊術は、女を凌辱、損壊するのが趣味のラアゴウでさえも眉をひそめるほどのものであった。


 突如、神殿襲撃に備える屈強な神官兵士等に戦慄が走った。
 中神殿の白亜の床が、壁が、ビリビリと震動し始めたからだ。

 皆、口々に「何だ!?地震か?」と呟(つぶや)き、ほぼ全身をカバー出来るほど大きな円形盾と、鉄の柄に鋼鉄の球の付いた片手用打撲武器、"モーニングスター"を握りしめた。

 ウィスプ老は長く伸びた白眉の下、人間味を欠片も感じさせない、潤いを欠いた死魚のごとき目をカッと見開き
 「来おったか……」
 細い鉢金のような銀のサークレットを着けた頭を上げ、神官兵士等の向こう、30メートル先の厚さ40㎜、縦横七メートルが中央で合わさった鉄扉を睨んだ。

 ウィスプにもう少し視力があれば、その鉄扉も小刻みに震動しているのがみてとれたであろう。

 不意にその扉の内側の鋼鉄の閂(かんぬき)が、ズドオォンッ!!という大音響と共にこっちに吹っ飛んできた。
 
 なんと、強固な鉄扉は凄まじい突進力で外から強引に突き破られ、門扉の蝶番(ちょうつがい)と金具、埃と白い建材が飛び散り、真っ黒い巨影が夕陽と共に、ドオッ!と雪崩れ込んできた。

 信じられない怪力で突入してきたそれらは、神殿内部でたたらを踏むことも、その突貫力を落とすこともなく、躍動する四つの巨馬の形となって中央、丁度ウィスプが立つ方へと殺到する。

 ひん曲がった分厚い鉄扉を踏みつける先頭の黒馬の背には、小さな体に不釣り合いなほどに長い槍を頭上で回転させるカミラーが居た。
 
 50名の神官兵士等は、見たこともない巨馬等の破錠突入に一瞬ひるんだ。

 が、白兵集団戦に特化して訓練された神官兵士等は、即座に半分に分かれ、四頭の化け物馬の疾駆する延長線上に集まり、真円の大盾を下から順に立体的に構えた。

 最前列で座り込み、構える大盾の下部を床に突く者等から、最後尾で屹立し、大盾をほぼ真上に構える神官兵士等のその盾の一つ一つは、それぞれが鱗のように隙間なく合わさり、まるで巨大な亀の甲羅を形成するように寄せ集まって、奥のウィスプを護るように外敵の直撃に備えた。

 更にその五メートル後方では、それとそっくり同じ陣形の第二陣が、瞬時に残りの25名で完成されていた。

 これはウィスプが事前に考案、指示していたものであり、想定されるあらゆる攻撃、破城槌、騎馬戦車隊、魔法攻撃、弓矢の雨など、それらいかなるものにも耐えうる、正に鉄壁といえる守護陣形であった。
 
 この巨大な鉄の亀にも見える二陣、人の肉だけで少なくとも5㌧はあり、その上、それ等巨漢等が大鉄盾と鎧を装備し、鍛え上げられた脚を踏ん張って直撃に備えるという、まず単純な正面からの攻めに対しては無敵の守りであった。

 だが。

 カミラーは驀進(ばくしん)するアレイスターの鞍の上で舌を噛まないよう、広角だけで不敵な笑みを作り、いよいよ兜のひさしを下ろし、一直線の進路軌道を全く変えず、50人が構えるそこへ向けて、黒い死のミサイルのごとく飛び込んだ。


 ガッ!チャアーンッ!! ガキャキャーアーンッ!!

 なんと、アンデッドホース四頭等の凄まじい前蹴りのエネルギー炸裂に、化け物亀の背中のような、鉄壁と思われた二つの無敵の陣形は少しも堪えられず、直撃と同時に、パッと目も眩(くら)むような火花を炸裂させ、それこそ八方へと飛び散った。

 50名の巨躯の神官兵士等は、体を錐のように横に回転しつつ飛ぶ者、手足を前方へ、腰をくの字に折ってすっ飛ぶ者、万歳しながら十五メートル上の天井付近まで飛ぶ者と、多種多様な様で、一人残らず放射線状に弾けるように吹き飛ばされた。

 漆黒の恐竜じみた馬等とカミラーはそのまま前方、突入して来た入り口とは正反対の上下階段へと駆ける。

 カミラーは歯を食い縛ったままの口内で
 「ふん。なんとも他愛のない奴等じゃ!アレイスターよ、お前に任せる!三色馬鹿娘等と犬双子の匂いを辿(たど)れ!
 うん?そうか、地下じゃな!?そこの階段を駆け下りるのじゃな!?
 あっ!うわわっ!!?」

 なんの前触れもなく、子供用のピンクの全身鎧は馬体からズルッと剥がれるように落ちた。

 カミラーは乗り手の異常事態に急制動を掛けたアレイスターの後方へ、ガラシャシャシャン!!とフルプレートを鳴らしながら転がりつつ、五度、六度跳ね、手足と頭をそれぞれあらぬ方向へ曲げ、ピンクのボロ雑巾のようになって停止した。
 

 二匹の巨大な亀の砕け散った後ろ、四頭馬が通り過ぎたそこで、魔導師ウィスプが前方に突き出していた魔法の杖をゆっくりと回し、コンッ!と地面に突き立て、一仕事終えたといった風に、指輪と皺にまみれた両手を乗せた。 

 「ふぅ。如何なる馬鹿力を行使しようと、ここがやられては終いよ」
 そう言って、自らの額の銀製のサークレット、その真ん中のゴールドパーツを右の平手の薬指で、トンッと押した。
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