上 下
36 / 245

35話 決着

しおりを挟む
 ドラクロワの煌めく、鮮烈な交代劇に魂を抜かれたように呆としていた群衆は、舞台中央の二人を取り巻く空気の色が、苛烈な戦いへと彩られたのを感じ、一気に興奮の極みに達した。

 直径20ミリの鋼鉄芯の入った、樫の圧縮棍を旋回させながら距離を取る、美々しい合体戦士アヌビス。

 対する、春風に真ん中分けの薄紫の長髪をなびかせる、無愛想で美しい魔王は、暗黒色の禍々しい全身甲冑の腕を組み、その場に立ち尽くしたままである。

 観客等の揺らす空気には、またもや鈴の音が異なる周波数で混じっていた。

 輝く金髪を高く結い直した、美しい深紅の部分鎧の豊満な女戦士は、傍らの深紫の女アサシンへ顔をやり
 「遂にドラクロワ登場だね!?アイツさ、どんな風に戦うんだろうね?
 あの剣を抜かないとこ見ると、あの都で見せたマジンケーン!!てのをやるのかね!?
 ドラクロワのことだ、アタシみたいに無様なヤり方はしないんだろうね!?
 はーお!!アタシゃワクワクしてきたよー!!
 おーい!ドラクロワー!!思いっ切りやんなよーーー!!!」
 紅いグローブの両掌を健康的な血色のよい唇へあて、舞台へと叫んだ。
 
 シャンと反対隣のユリアは、小動物を想わせる愛らしい顔を哲学者のように難しくし
 「そうですね。ドラクロワさんは体術も凄いですけど、未だに信じられませんが、杖などの触媒も一切なしに、超高レベル攻撃魔法を詠唱もなく、SSSクラスで無尽蔵に行使出来ますからね。
 体術、魔法のどちらにしても凄い戦いが観れると思います!
 んきゃー!!私もワックワクですー!!
 ドラクロワさーん!観客の方々を巻き込まない程度に暴れて下さーい!!頑張れドラクロワさーん!」

 シャンは静かに決戦の舞台をトパーズの瞳で熟視し
 「あの黒い幅広剣、体術、氷、焔の柱。さて究極の最終形態のアンとビスにどれが有効だろうか。フフフ……これは確かに心踊るな。
 ドラクロワ!勝て!」
 この女アサシンも常らしくなく、腕組を解いて、起立で声援を送った。

 
 リーン……と、また鈴が鳴った。 


 観客等の怒号じみた応援で全身をくまなく打たれるアヌビスは、怪訝な顔でブルーグレイの眼を動かし、ドラクロワの左手の白い繊細な指、その中指にはめられた、銀の小さな鈴の付いた飾り気のない漆黒の指輪を見付けた。

 ドラクロワはその鋭い視線に応じるように、黒い炎が波打つような流麗なデザインの手甲、その白い左拳を緩く握り、何気なく顔の脇に掲げ、僅かに揺らし、リーン……と、また鳴らした。

 注意して聴くものがいたならば、この妖しい音(ね)は、天空よりのドラクロワのお色直しの登場から、ずっとある一定の間隔で鳴り響いていることに気付いたかも知れない。

 それが女アサシンのシャンと、女バンパイアであった。

 シャンは端整な顔の脇、人間の方の耳に、限りなく黒に近い深紫のマニキュア爪の手をあてた。

 「この音、耳より深いとこへ響くな……」


 五段階段を登りきった前に座るカミラーは、純白の長い睫毛をはためかせ、幽かな鈴の音に聞き入り、その断続的な音の間隔を自らの呼吸の数と比べ、指折りに数え測っていた。
 が、突然目尻が裂けんばかりに真紅の瞳の眼を剥いて、バチン!と両掌でピンクのバネのようなカールヘアの下、上部の尖った小さな両耳を覆った。

 (こ、これは正か!?正か……。うああっ!!や、やはり!み、耳を塞いでも聴こえてくる!!)


 アヌビスは、魔王の陶磁器のように白く艶やかな、体の割りに小さな美しい顔を見ながら、手持ちの棍で音源を差し
 「先程から、その金属が触れ合うような音の出る物は何ですか?
 音自体は小さなものですが、ひどくまとわり付くような耳障りな響きですね。
 では、先ずは戦いに不必要な指輪、そこから打って差し上げることに致しましょうか?」
 棍を回して、連続突きの構えを取ったが、この時、奇妙な事にアヌビスは、何とはなく今のその自分の声を、どこか他人の放った物のように感じていた。

 そしてまたリーン……と鈴の音。

 ここで合体戦士は不可思議な感覚を覚える。
 戦いの最中、それこそ研ぎ澄まされて鋭敏の極みにあるはずの意識が、感覚が、一枚の薄い皮膜で包まれたように鈍く感じられた。

 アヌビスは怪訝なその顔を半透明な白い爪で掻いてみる。

 何ともいえぬ違和感。

 その触覚、感覚が神経に今一つ響かない感じがした。
 そう、丸で仮面の顔を掻いたようだった。

 アヌビスは辺りを見回すと、何ともいえないボヤけたようなフワフワとした感覚を覚え、警戒のサイン、長いプラチナカラーの耳を根の筋肉ごと、ブルッブルッと震わせた。

 次の瞬間。

 突然、右の足先からドスン!と肩、頭、歯の根まで抜けるような衝撃。

 見えない手で側頭を左横にグーっと押さえられるような、奇妙な片栗粉を解いた湯中にいるかのような厚ぼったい、温かな感覚に頭を犬のようにブルブル!と、回転させるように振る。

 ボンヤリと耳栓越しに届いてくるように聞こえる大勢の叫ぶ声。

 アヌビスは震動を寄越した、鉤爪の伸びた裸足の右足を見下ろした。

 「ん?この芝生、の床は……」

 耳の穴から頭蓋の中に粘土の塊を入れられたような、混濁した鈍い意識の奥で、何か恐怖に似たような、どす黒い不安感が警鐘をカンカンと打ち鳴らしている。
 ドキドキ、ドクドク、バクバクと鼓動が胸から頭部に駆け上がりながら、熱く激しく狂おしく増幅してきた。

 アヌビスは、カッ!とその眼を見開いた。

 なんと、神々しい虎縞の獣人は舞台から2メートル下、場外へと降り立っていた。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

スローライフとは何なのか? のんびり建国記

久遠 れんり
ファンタジー
突然の異世界転移。 ちょっとした事故により、もう世界の命運は、一緒に来た勇者くんに任せることにして、いきなり告白された彼女と、日本へ帰る事を少し思いながら、どこでもキャンプのできる異世界で、のんびり暮らそうと密かに心に決める。 だけどまあ、そんな事は夢の夢。 現実は、そんな考えを許してくれなかった。 三日と置かず、騒動は降ってくる。 基本は、いちゃこらファンタジーの予定。 そんな感じで、進みます。

ステータス999でカンスト最強転移したけどHP10と最低ダメージ保障1の世界でスローライフが送れません!

矢立まほろ
ファンタジー
 大学を卒業してサラリーマンとして働いていた田口エイタ。  彼は来る日も来る日も仕事仕事仕事と、社蓄人生真っ只中の自分に辟易していた。  そんな時、不慮の事故に巻き込まれてしまう。  目を覚ますとそこはまったく知らない異世界だった。  転生と同時に手に入れた最強のステータス。雑魚敵を圧倒的力で葬りさるその強力さに感動し、近頃流行の『異世界でスローライフ生活』を送れるものと思っていたエイタ。  しかし、そこには大きな罠が隠されていた。  ステータスは最強だが、HP上限はまさかのたった10。  それなのに、どんな攻撃を受けてもダメージの最低保証は1。  どれだけ最強でも、たった十回殴られただけで死ぬ謎のハードモードな世界であることが発覚する。おまけに、自分の命を狙ってくる少女まで現れて――。  それでも最強ステータスを活かして念願のスローライフ生活を送りたいエイタ。  果たして彼は、右も左もわからない異世界で、夢をかなえることができるのか。  可能な限りシリアスを排除した超コメディ異世界転移生活、はじまります。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

性的に襲われそうだったので、男であることを隠していたのに、女性の本能か男であることがバレたんですが。

狼狼3
ファンタジー
男女比1:1000という男が極端に少ない魔物や魔法のある異世界に、彼は転生してしまう。 街中を歩くのは女性、女性、女性、女性。街中を歩く男は滅多に居ない。森へ冒険に行こうとしても、襲われるのは魔物ではなく女性。女性は男が居ないか、いつも目を光らせている。 彼はそんな世界な為、男であることを隠して女として生きる。(フラグ)

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜

KeyBow
ファンタジー
 間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。  何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。  召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!  しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・  いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。  その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。  上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。  またぺったんこですか?・・・

神の宝物庫〜すごいスキルで楽しい人生を〜

月風レイ
ファンタジー
 グロービル伯爵家に転生したカインは、転生後憧れの魔法を使おうとするも、魔法を発動することができなかった。そして、自分が魔法が使えないのであれば、剣を磨こうとしたところ、驚くべきことを告げられる。  それは、この世界では誰でも6歳にならないと、魔法が使えないということだ。この世界には神から与えられる、恩恵いわばギフトというものがかって、それをもらうことで初めて魔法やスキルを行使できるようになる。  と、カインは自分が無能なのだと思ってたところから、6歳で行う洗礼の儀でその運命が変わった。  洗礼の儀にて、この世界の邪神を除く、12神たちと出会い、12神全員の祝福をもらい、さらには恩恵として神をも凌ぐ、とてつもない能力を入手した。  カインはそのとてつもない能力をもって、周りの人々に支えられながらも、異世界ファンタジーという夢溢れる、憧れの世界を自由気ままに創意工夫しながら、楽しく過ごしていく。

処理中です...