ブラック・スワン  ~『無能』な兄は、優美な黒鳥の皮を被る~ 

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それでもその月へと手を伸ばそう。 1

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「涼しい顔で何でもこなす生まれながらの天才だと思ってました」

「でも」と続けた表情には苦い笑いが混じっていた。

「あいつが鍛錬してなかった理由、何だと思います?」

「理由があるんですか?」

「鍛錬しなくても強いから!」

 首を傾げるシリウスに続き、メラルドがはい!と手を上げて答える。
「ブー」と両手をクロスして作られた×印。

「骨折」

 端的な言葉が一瞬理解できなかった。

「骨折です。しかもぶつけて骨を折ったとかじゃなくて疲労骨折。鍛錬なんてしてないどころか、骨が摩耗する程に鍛錬と努力を重ねてた。そのせいで闘技会の前に疲労骨折して従者に鍛錬を禁じられてたそうですよ。だから代わりに勉学を進めて学園トップ。怪我も治して闘技会も優勝」

「嫌になっちゃうでしょう?」そう言って副隊長は笑う。

「親しくなって後で聞いて、マジかって思いました」

 愚痴グチる口調とは裏腹に副隊長の表情は何処か嬉しそうで、誇らし気で。

「優雅で取り澄ましたその表情の奥であいつはいつだって努力を重ねてた。生まれつきの天才が更に死ぬほど努力を重ねてるんですよ?そりゃあ凄いに決まってます」

 ああ、と思う。
 そう、知っていた。
 いつだって努力を忘れなかった兄上の姿を。
 ずっと見ていた筈なのに、あまりにも兄上が超然としているからそんな事実さえ思い至らなかった。

 兄上たちの学生時代の話を聞いていると、当の兄上がリフを伴ってやってきた。
 ティハルト様方とのやりとりにも通じた砕けた対応に改めて二人が先輩後輩の付き合いであったことを垣間見る。

 魔族の密売・黒竜が降り立った理由・魔王種の話、どれも驚くことばかりだ。
 頭を整理するようにこめかみを指で数度突く。

 その後も情報共有を果たし、あらかた話が終わったところで退屈そうにしていたメラルドが何かに気づいたようにリフへとてとてと近寄った。

「従者さんのピンブローチ、闘技会のだ!カイザー様のですか、それとも従者さんも優勝者なんですか?」

 わくわく、と瞳を煌めかせて喰いつくメラルドにリフがにこやかに手を振る。
 その胸元には交差した剣のブローチ。

「私は違いますよ。カイザー様に頂いたものです」

「一年生で優勝なんて凄いですよね!しかも三年連続なんて!!」

「えっ?何で知ってるんだい?」

「俺が話した」

 ドヤッと告げる副団長に兄上が「変なこと話してないですよね?」と慌てる。

「そもそも何故私の話を?」

「ダイア様たちが自分をティハルト様やお前と比べて凹んでたっぽい」

 さらっと暴露されて今度は俺達が慌てた。
 名前を出され、ましてや兄上にまじまじと見られたダイアは特に。

 何かに納得したらしい兄上は一つ頷く。

「気持ちはわからないでもないけど。君の兄上は規格外だから気にすることはないと思う。そもそもダイアだって充分優秀だし」

「それ俺も言った」

「でも……」反論するように声を上げ、俯いたダイアの気持ちはよくわかる。

「僕は全然ティハルト兄上たちに追いつけない…」

「それは当然じゃないか」

「え?」と思わず漏れた声は誰のものだっただろう。
 慰めでもなく、励ましでもなく、それこそ当然のごとく返された答え。
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