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その背は遥か遠く、 1
しおりを挟む突如現れた黒い影。
その正体は巨大な黒き竜だった。
砂埃を巻き上げて校庭へと降り立った黒竜。誰もが言葉を失い、息の仕方さえ忘れかける中、黒翼が大きく動いた。開かれた赤い口から放たれる咆哮。
「ヴォオオオアアァァッ!!!!」
空気を揺るがす咆哮に、動いたのは反射だった。
手を突き出して最大出力で炎の壁を作り出す。衝撃波に脚に力を込めた。
自らが生み出した火炎の壁が消えた先、カイザー兄上が黄金の瞳を満月のように見開いて俺を見ていた。
何をそんなに驚いているのだろう、そう思う間もなく今度はこちらが驚いた。
兄上が黒竜へ向かって歩き出したのだ。
次いで黒い刃が残像のように煌めいた。
誰もが眼の前の光景が信じられなかっただろう。
黒い刀身を伝い落ちる紅い鮮血。
容易に傷つけることは不可能なその鱗を剣一本で容易く傷つけてみせた。
「動くな」
たった一言。
その短い一言で反撃に転じようとした黒竜の動きを止めた。
「貴様自身の首でな」
低く、重く、威厳に溢れた声音。
満月によく似た黄金の瞳に宿る抗いがたい威圧感。
そこに居たのはいつもの優しくて穏やかな兄上ではなく、まるで誰もが膝を折らずには居られないような生まれながらの王者然とした兄上の姿だった。
呑まれたように眼の前の光景から瞳を離せずにいた俺は兄上に名を呼ばれ我に返った。
指示を出され、漸くやるべきことを自覚する。
生徒たちに避難の指示をだし、諸々の手配を済ませ漸く一息つくとカトリーナ嬢が小走りに近寄ってきた。
「お怪我をしてます」
言われて初めてピリリと痛む頬の傷に気が付いた。
「手当しますわ」
伸ばされた白い手を反射的に顔を背けて避けていた。
驚く翠の瞳に、苦い自嘲が込み上げる。
「いや、いい。掠り傷だ。俺なんかより他の生徒を治してやってくれ。生徒会長として情けないな…何も出来なかった。全部兄上に任せて、何もっっ…!」
何故だろう。
重く淀んだ胸の内、先程までは抑えていられたのに。
彼女の深い翠の瞳に映った自分の姿を認めた途端、抑え込んでいた感情が堰をきった。
何も出来なかった。
兄上に指示されるまで動くことさえ…。
突如、柔らかな感触に包まれた。
「そんなことありませんっ!!」
逸らした顔を華奢な手で挟まれて、真っすぐに俺の瞳を見上げたままカトリーナ嬢が強い声を発した。
「そんなことないですっ!ガーネスト様は、ご立派でした。貴方が守ってくださったから沢山の生徒たちが怪我をせずにすみました。指揮をとってくださったから、皆が恐慌に陥らずここに居られる」
優し気な垂れ眼を僅かに釣り上げて、彼女らしくない大きな声で。
発せられた言葉に、頬を挟まれたまま呆然と彼女を見つめる。
呆気にとられる俺に気づいたのかカトリーナ嬢は頬を真っ赤に染めて俺から手を放した。
「あっ…そのっ、あの…すみませんっ……」
一歩、二歩と後ずさり、わたわたと狼狽える姿は小栗鼠の恰好と相まって本物の小動物みたいで可愛い。そんなことを無意識に思ってしまって俺の頬も赤くなる。
「あのっ、取り敢えず手当をします!」
再び伸ばされた腕を、今度は拒絶しなかった。
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