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◇閑話◇寿ぎと新たなる誓い

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(ハンゾー視点)


 “ 我が君 ”

 いつものように、当然のように。
 そう、呼び掛けようとして開いた口は不自然に止まった。

 中途半端に唇を開いた俺を眼の前の麗人は不思議そうに見下ろし、僅かに首を傾げた後にああ、と小さく零し困ったような曖昧な笑みを浮かべた。

「名前でいいよ」

「…はっ」

 与えられた許可に短く頷く。

 本日、かの方の弟君であられる若……いや、ガーネスト様がご生誕の日を迎え、正式に爵位をお継ぎになられた。それに伴いかの方は爵位を放棄した訳だがそのことに憂いも未練も微塵も見られず、ただ弟君の成長をお慶びになる姿があまりにもいつも通りだから失念していた。

 この身は当家に雇われた身。

 だから必然その主は…。

 一瞬の葛藤かっとうを悟られたのか、困ったような笑みが深まる。

 勿論、ガーネスト様に何の不満があるわけでもない。
 あの方はあの方で素晴らしく、尊敬に値する御方だと理解している。

 逡巡しゅんじゅんを振り切り、“カイザー様”そう呼び掛けようとしたときだった。

「別にいい」

 背後から声が響いた。


 振り向いた先には正装をとかれたガーネスト様。
 朝にも告げたが、改めてご生誕をお祝いする言葉をかける。
「ありがとう」僅かに微笑む姿は先程のパーティーの笑みとは違い身内だけに見せて下さる表情で。

 それより、と腰に片手をあてガーネスト様が口を開かれた。

「お前も、お前たちも今まで通りで構わない。
 特にハンゾーはカイザー兄上に永遠とわの忠誠を誓ったんだろう?ならばそれを違える必要なんてない。お前の“我が君”は兄上だ」

「ですが……」

 言葉を返そうとした俺を灼熱を宿した瞳が捉える。

「俺とカイザー兄上は決して敵になることなどない」

 強い確信をもって言い切られた言葉。

「兄上に仕えることはひいてはこのルクセンブルクに仕えることだ。何も問題などないだろう」

 悠然と浮かべられた笑みに、紡がれた言葉に胸が震えた。

 唯一ゆいいつを誓った俺の身勝手な心の内さえ汲み、斯様かように寛大なお言葉を頂けるとは。
 やはり“我が君”だけにあらずこの御方も姫君も皆、素晴らしい御方だ。

 燃ゆる灼熱をこちらからも見返し、呼び掛ける。
 “ 当主様 ”と。

 成人を迎え、もはやお子ではなく立派な一人の青年と成られた方へ万感の感謝と敬意をもって。

「この名に誓い、必ずやルクセンブルク家のお役に立ってみせます」

 鷹揚に頷き、その一瞬後には大人びた表情を崩して悪戯っぽく投げかけられた言葉に返したのは「勿論」という言葉と僅かな笑み。



「まっ、兄上だけじゃなく俺の命令も聞いてもらうけどなっ!」


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