ブラック・スワン  ~『無能』な兄は、優美な黒鳥の皮を被る~ 

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それは畏怖を孕んだ羨望に似た 1

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(ナディア視点)


 カーテンを開けた。
 窓越しに見えるのは家々の灯りと、夜空。
 空を仰げば、ぽつりぽつりと輝きを投げ掛ける星々と、僅かに欠けた月。


 合宿を終えた今日、“家”は大騒ぎだった。

 森で遭遇した人攫いと魔獣の群れ。心配した“家族”たちにあれやこれやと質問を投げ掛けられては身を案じられた。
 大袈裟な程に心配され、労わられ。
 疲れたので今日は早く休みたい、そう申し出てやっと解放された。


 上質な寝間着に整えられたベッド。
 そうして与えられた自室へと戻っても、眠気は一向に訪れなかった。

 豪華な調度品に囲まれた部屋は今でもあまり馴染めない。

 彼らに引き取られ、生活は格段に向上した。食事、衣類、生活の全てに高度な教育。どれも以前とは比べものにならない。
 自分を引き取ってくれた彼らが嫌いなわけでもない。
 新しい“家族”は想像していた貴族よりもずっと穏やかで優しく、心配していたような差別や冷遇も微塵もなかった。


 だけど、

 此処が自分の“家”だという感覚も
 彼らが私の“家族”だという感覚も、ついぞ覚えることは出来ずにいる。


 アンジェスの末裔。

 私の価値は、この身に流れるその血が全て。


 アンジェスの末裔だから、彼らは私を大切にしてくれる。
 アンジェスの末裔だから、皆は私に興味を抱く。
 アンジェスの末裔だから、私は以前の生活を失い今の生活を得た。


 アンジェスの末裔だから____________。


 肩を抱いた腕に力が籠る。
 爪が皮膚に喰い込む感触、だけど力を緩める気にはなれなかった。

 自分自身が否定されている感覚。

 今の生活が嫌いなわけじゃない。
 飢えることも凍えることもない、満たされた生活。
 学園だって楽しい。素敵な友達が沢山できた。

 だけど、

 空虚な一抹の虚しさが心を包む。
 苛立たしくて、もどかしくて、やるせない。

「私はアンジェスの末裔なんかじゃない、私は“ナディア”よ!」

 そう 叫びたくて堪らない。

 深く吐いた溜息に窓硝子が白く曇った。

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