24 / 33
◆ 弐拾肆 ◆
しおりを挟むそうして清七親分がまず話してくれたのはかえでの話だった。
「母屋に出向いたかえでが見たのは奥の座敷で倒れてる主人一家だそうだ。先代の大内儀の使用してる一室だ。そこに柳屋の主人と大内儀、お嬢さんの三人が倒れていた」
のっけから理解が追い付かず、口を挟もうとした弥生を遮るように、まぁ聞けとばかりに掌を向けられて口を結ぶ。
「主人と大内儀は胸をかきむしるようにして倒れてて、周囲には吐しゃ物が撒き散らされてた。んでもって、お嬢さんは血を流して倒れてた。さらにその奥には火鉢や灯りがぶちまけてあったんだと。ご丁寧に油さえ撒かれてな。その様を見て腰を抜かしたかえでは這うようにしてそっから逃げ出したってわけだ」
あの日、空気はからからに乾燥していた。
燃えだした火はあっという間に広がり、母屋からあがる火の手に店表の方で働いていた奉公人たちが騒ぎ出した。そこからはもう大騒ぎだ。
すぐさま逃げ出したかえでだが、一度はとって戻ったらしい。
我を失って逃げ出したが、生死を確認したわけじゃない。美桜たちが生きているかもと引き換えしたが……そのときにはもう炎は天井を舐めるほどに広がっており、とても部屋に近づける状態でなかったらしい。
言葉もでなかった。
紡ぐべき言葉が見つからず、はくはくと息だけを継ぐ。
正座していた足もいつしか崩れ、力なくぺたんと座り込んでいた。
吐しゃ物?血を流して??
頭が混乱してわけがわからない。
無意識に弥生は左手で脇腹をさすっていた。
「どうした?胃が痛いのか?」
親分の声にはっとして自分の手を見下ろした。
その手の下にあるのはあの火事の日に激痛が走った場所だ。
まるで刃物で刺されたような痛みを覚えた脇腹。
痛みを思い出すように脂汗が浮かんだ。
「…………お嬢さまが……毒を……?」
二人を殺し、自分を刺して火をつけた。あるいは火をつけたのが先でその後に自害を図ったのか。
「毒はたぶん石見銀山鼠取り薬あたりだろうな」
薬を扱う柳屋なら毒の入手は極めて容易い。
それにいくら扱いに慣れているとはいえ、まさか身内に毒を盛られるとは思ってもいなかっただろう。
どうして?と聞ければよかった。
そんなことをするわけがない、どうしてそんなことをしなければならないのか?と。
だけど沈痛な表情で涙を流していた美桜の姿と「人でなし」というあの言葉が幾度も浮かんでそれが出来ない。
それでも……それでもそこまですることはなかった筈だ。
「さっき、佐助に逢いたくてお嬢さんが火をつけたのかって聞いたろ?」
清七親分の声も表情も暗く沈んでいた。
だから弥生は耳を塞ぎたくなった。これ以上どんな酷な話があるというのだ。
「佐助は来ねぇよ。いや、来たくたって来れねぇ」
「なぜ……ですか……?」
聞きたくなんてないのに、口はそう動いていた。
「二人が逢引きしてた話は知ってるか?」
「知ってます。それが旦那様たちに知られてしまったことも。お嬢さまは一回り以上年上の方にお嫁入りすることもお聞きしました」
弥生が答えるとやりきれなさそうに親分は首筋を掻いた。
「そうだ。だが一番肝心なことは言えなかったんだな、きっと」
本当にしんどいことほど口に出来ねぇことはあるからな、と目を背けたくなるような出来事もきっと山ほど扱ってきただろう岡っ引きは低く呟く。
10
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
四代目 豊臣秀勝
克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。
読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。
史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。
秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。
小牧長久手で秀吉は勝てるのか?
朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか?
朝鮮征伐は行われるのか?
秀頼は生まれるのか。
秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?
本能寺からの決死の脱出 ~尾張の大うつけ 織田信長 天下を統一す~
bekichi
歴史・時代
戦国時代の日本を背景に、織田信長の若き日の物語を語る。荒れ狂う風が尾張の大地を駆け巡る中、夜空の星々はこれから繰り広げられる壮絶な戦いの予兆のように輝いている。この混沌とした時代において、信長はまだ無名であったが、彼の野望はやがて天下を揺るがすことになる。信長は、父・信秀の治世に疑問を持ちながらも、独自の力を蓄え、異なる理想を追求し、反逆者とみなされることもあれば期待の星と讃えられることもあった。彼の目標は、乱世を統一し平和な時代を創ることにあった。物語は信長の足跡を追い、若き日の友情、父との確執、大名との駆け引きを描く。信長の人生は、斎藤道三、明智光秀、羽柴秀吉、徳川家康、伊達政宗といった時代の英傑たちとの交流とともに、一つの大きな物語を形成する。この物語は、信長の未知なる野望の軌跡を描くものである。
大東亜戦争を有利に
ゆみすけ
歴史・時代
日本は大東亜戦争に負けた、完敗であった。 そこから架空戦記なるものが増殖する。 しかしおもしろくない、つまらない。 であるから自分なりに無双日本軍を架空戦記に参戦させました。 主観満載のラノベ戦記ですから、ご感弁を

信忠 ~“奇妙”と呼ばれた男~
佐倉伸哉
歴史・時代
その男は、幼名を“奇妙丸”という。人の名前につけるような単語ではないが、名付けた父親が父親だけに仕方がないと思われた。
父親の名前は、織田信長。その男の名は――織田信忠。
稀代の英邁を父に持ち、その父から『天下の儀も御与奪なさるべき旨』と認められた。しかし、彼は父と同じ日に命を落としてしまう。
明智勢が本能寺に殺到し、信忠は京から脱出する事も可能だった。それなのに、どうして彼はそれを選ばなかったのか? その決断の裏には、彼の辿って来た道が関係していた――。
◇この作品は『小説家になろう(https://ncode.syosetu.com/n9394ie/)』『カクヨム(https://kakuyomu.jp/works/16818093085367901420)』でも同時掲載しています◇

軟弱絵師と堅物同心〜大江戸怪奇譚~
水葉
歴史・時代
江戸の町外れの長屋に暮らす生真面目すぎる同心・十兵衛はひょんな事に出会った謎の自称天才絵師である青年・与平を住まわせる事になった。そんな与平は人には見えないものが見えるがそれを絵にして売るのを生業にしており、何か秘密を持っているようで……町の人と交流をしながら少し不思議な日常を送る二人。懐かれてしまった不思議な黒猫の黒太郎と共に様々な事件?に向き合っていく
三十路を過ぎた堅物な同心と謎で軟弱な絵師の青年による日常と事件と珍道中
「ほんま相変わらず真面目やなぁ」
「そういう与平、お前は怠けすぎだ」
(やれやれ、また始まったよ……)
また二人と一匹の日常が始まる
剣客逓信 ―明治剣戟郵便録―
三條すずしろ
歴史・時代
【第9回歴史・時代小説大賞:痛快! エンタメ剣客賞受賞】
明治6年、警察より早くピストルを装備したのは郵便配達員だった――。
維新の動乱で届くことのなかった手紙や小包。そんな残された思いを配達する「御留郵便御用」の若者と老剣士が、時に不穏な明治の初めをひた走る。
密書や金品を狙う賊を退け大切なものを届ける特命郵便配達人、通称「剣客逓信(けんかくていしん)」。
武装する必要があるほど危険にさらされた初期の郵便時代、二人はやがてさらに大きな動乱に巻き込まれ――。
※エブリスタでも連載中
返歌 ~酒井抱一(さかいほういつ)、その光芒~
四谷軒
歴史・時代
【あらすじ】
江戸後期。姫路藩藩主の叔父、酒井抱一(さかいほういつ)は画に熱中していた。
憧れの尾形光琳(おがたこうりん)の風神雷神図屏風を目指し、それを越える画を描くために。
そこへ訪れた姫路藩重役・河合寸翁(かわいすんおう)は、抱一に、風神雷神図屏風が一橋家にあると告げた。
その屏風は、無感動な一橋家当主、徳川斉礼(とくがわなりのり)により、厄除け、魔除けとしてぞんざいに置かれている――と。
そして寸翁は、ある目論見のために、斉礼を感動させる画を描いて欲しいと抱一に依頼する。
抱一は、名画をぞんざいに扱う無感動な男を、感動させられるのか。
のちに江戸琳派の祖として名をはせる絵師――酒井抱一、その筆が走る!
【表紙画像】
「ぐったりにゃんこのホームページ」様より
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる