桜花 ~いまも記憶に舞い散るは、かくも愛しき薄紅の君~

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◆ 弐拾肆 ◆

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そうして清七親分がまず話してくれたのはかえでの話だった。

「母屋に出向いたかえでが見たのは奥の座敷で倒れてる主人一家だそうだ。先代の大内儀おかみの使用してる一室だ。そこに柳屋の主人と大内儀おおおかみ、お嬢さんの三人が倒れていた」

のっけから理解が追い付かず、口を挟もうとした弥生を遮るように、まぁ聞けとばかりに掌を向けられて口を結ぶ。

「主人と大内儀おおおかみは胸をかきむしるようにして倒れてて、周囲には吐しゃ物が撒き散らされてた。んでもって、お嬢さんは血を流して倒れてた。さらにその奥には火鉢や灯りがぶちまけてあったんだと。ご丁寧に油さえ撒かれてな。その様を見て腰を抜かしたかえでは這うようにしてそっから逃げ出したってわけだ」

あの日、空気はからからに乾燥していた。
燃えだした火はあっという間に広がり、母屋からあがる火の手に店表の方で働いていた奉公人たちが騒ぎ出した。そこからはもう大騒ぎだ。

すぐさま逃げ出したかえでだが、一度はとって戻ったらしい。
我を失って逃げ出したが、生死を確認したわけじゃない。美桜たちが生きているかもと引き換えしたが……そのときにはもう炎は天井を舐めるほどに広がっており、とても部屋に近づける状態でなかったらしい。


言葉もでなかった。
紡ぐべき言葉が見つからず、はくはくと息だけを継ぐ。
正座していた足もいつしか崩れ、力なくぺたんと座り込んでいた。

吐しゃ物?血を流して??

頭が混乱してわけがわからない。
無意識に弥生は左手で脇腹をさすっていた。

「どうした?胃が痛いのか?」

親分の声にはっとして自分の手を見下ろした。
その手の下にあるのはあの火事の日に激痛が走った場所だ。

まるで痛みを覚えた脇腹。

痛みを思い出すように脂汗が浮かんだ。

「…………お嬢さまが……毒を……?」

二人を殺し、自分を刺して火をつけた。あるいは火をつけたのが先でその後に自害を図ったのか。

「毒はたぶん石見銀山ねずみ取り薬あたりだろうな」

薬を扱う柳屋なら毒の入手は極めて容易い。
それにいくら扱いに慣れているとはいえ、まさか身内に毒を盛られるとは思ってもいなかっただろう。

どうして?と聞ければよかった。
そんなことをするわけがない、どうしてそんなことをしなければならないのか?と。

だけど沈痛な表情で涙を流していた美桜の姿と「人でなし」というあの言葉が幾度も浮かんでそれが出来ない。
それでも……それでもそこまですることはなかった筈だ。


「さっき、佐助に逢いたくてお嬢さんが火をつけたのかって聞いたろ?」

清七親分の声も表情も暗く沈んでいた。
だから弥生は耳を塞ぎたくなった。これ以上どんな酷な話があるというのだ。

「佐助は来ねぇよ。いや、来たくたって来れねぇ」

「なぜ……ですか……?」

聞きたくなんてないのに、口はそう動いていた。

「二人が逢引きしてた話は知ってるか?」

「知ってます。それが旦那様たちに知られてしまったことも。お嬢さまは一回り以上年上の方にお嫁入りすることもお聞きしました」

弥生が答えるとやりきれなさそうに親分は首筋を掻いた。

「そうだ。だが一番肝心なことは言えなかったんだな、きっと」

本当にしんどいことほど口に出来ねぇことはあるからな、と目を背けたくなるような出来事もきっと山ほど扱ってきただろう岡っ引きは低く呟く。

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