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◆ 弐拾弐 ◆
しおりを挟む広い座敷には柳屋の火事に巻き込まれただろう怪我人が何人もおり、かえでは顔の半分や腕にも包帯を巻き付けた状態で部屋の隅にぽつねんと座っていた。
両腕で自分を抱きしめるようにして、蹲っているという方が正しいかもしれない。
顔をあげたかえでと入口に立った弥生の目があった。
途端、
「いやぁぁぁぁぁあああああ!!!」
瞼がなくなるほどに目を見開いたかえでが頬に爪を立てながら絶叫した。
部屋内の者達も何事かとかえでを振り向く。
布団に横になっていた怪我人まで驚いて身を起こすほどの絶叫だった。
あまりにも尋常じゃない様子に弥生が近づこうとすれば狂ったように腕を振り回す。包帯が解けるのも構わず激しく首を振り、滅茶苦茶に手足を振り回しては暴れるその姿は常軌を逸していた。
「来ないでっ!!こっちに来るなぁぁ!!」
恐怖を宿して自分を見つめるかえでの姿に弥生の足が縫い付けられたように止まる。
「違っ……わたし、そんなつもりじゃ……!あんなことになるなんて思わなかったのよ。悪いのはわたしじゃない、わたしじゃ……」
叫び声は力なく掠れていく。
ガタガタと震えながら弥生を見るかえで。
「ごめんなさい、ごめんなさい……お願い、ゆるして……」
突如、獣のように身を翻したかえでは弥生がいるのとは反対の方向へ走り出した。裸足のまま庭へと駆け下りる。
あっけに取られていた若い男が二人ほど追いかけようと立ち上がったとき、太い声が聞こえた。
「聞き捨てならねぇな。いまの話を詳しく聞かせてくれるかい?」
強面の男の手がかえでの腕をがっちりと掴んでいた。
側にもう一人若い男が居て驚いた顔をして目を丸くしている。
「清七親分さん」
驚く出来事の連続に口元を手で押さえた娘が小さく名を呟いたので、弥生は強面の岡っ引きの名を知った。
清七親分の鋭い視線はいまだ狂乱しているかえでに、そして弥生へと向いた。
「待たせたな」
「いえ」
懐手にした清七親分の前に腰をおろし、弥生は曖昧に首を振った。
本当は待っている間中もどかしくて仕方がなかったのだけれども。
清七親分は火事の原因を探るために柳屋の者達に聞き取りを行ってまわっている最中だったようだ。庭の方から姿を現したのは横手の木戸から入ってきたところだったらしい。
そこで意味深なかえでの告白を耳にした、ということだ。
順番に話しを聞き出されることになったのだが、正直、弥生にもかえでの言葉の意味はさっぱりだ。
事情を知りたいのは弥生も同じ、何度も「取り調べは一緒ではいけないのですか?」と問うたが無駄だった。
待たされる間、弥生には手下だろうあの若い男がついていた。
「弥生っつったか。えらい洒落た名前だな」
ぎゅっと膝の上で握った手に力が入った。
「そう固くなんなくともいい。罪人として取り調べるわけじゃねぇ。ただ話を聞きたいだけなんだから」
俯いた顔を上げて親分を見た。
岡っ引きとこうして向き合うなんてはじめてだから当然勝手などわかるわけもないのだけれど、取り調べでないのならこちらから質問してもいいのだろうか。
上目遣いで窺い、意を決して唇を開いた。
「あの、かえでさんは一体……?」
まず口に出た疑問はそれだった。
先程の半狂乱といってもいい姿が頭をよぎる。
「あの女なら一先ず落ち着いたよ」
ただ、と言葉を途切れさせた親分は難しい顔をして顎をさすった。
「ちょっと聞き捨てならねぇことを口にしてたけどな」
「聞き捨てならないことって?そもそも火事の原因はなんなんです?お嬢さまは……」
前のめりになる弥生に「まぁ落ち着け」と掌を突き出した親分はなにから口にしようか迷うように少し厚めの唇を一文字に引き結ぶ。
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