94 / 149
もうちょっとゆっくり堪能したかった
しおりを挟むちょこん、とクラレンスは元いたソファに腰かけている。
従業員のお姉さんがお茶とケーキを運んで来てくれた。
いつもこの部屋に通されるたびにお菓子やお茶を運んでくれるもはや顔なじみのお姉さんだ。
「まぁきれい!」
従業員のお姉さんがケーキを並べつつ、テーブルのうえの置物を目にして思わずといった風に表情を綻ばせた。
「今日はベイクドチーズケーキです。ソースはラズベリーとブルーベリーお好きな方をお選びください」
「わーい!じゃあブルーベリーで!」
白地のお皿にオシャレにソースをかけてくれたお姉さんはクラレンスへ「はい、どうぞ」と差し出したあと、他の三人を見て少し困った笑みを浮かべた。
現在、残りの三人はテーブルに身を乗り出しており、お姉さんの言葉など届いていないらしい。
部屋へ戻ったときのエリックたちの食いつきはすごかった。
お花を飾り付けられたガラスの置物を目にした彼らの勢いにセバスが瞬時に回収したほど。ワレモノなので壊されたら大変。
決して触れないから、という約束のもと再びテーブルに戻された置物を三人は色んな角度から真剣に眺めている。
そんな雇用主の様子など見慣れているのだろう。
二種類のソースの容器をケーキとともにセッティングしつつお姉さんはクラレンスへとにっこりと微笑む。
「造花を使った置物ですか?とても綺麗で素敵ですね」
「んっ。造花じゃなくて本物のお花ですよ」
「えっ?でも色が……」
ケーキを飲み込んだクラレンスの言葉にお姉さんは目をまたたかせる。
青色のバラは存在しない。
クラレンスはフォークを置くと、魔法の鞄から小振りな一輪の青バラを差し出した。アレンジに使わなかったあまりだ。
「……布じゃない」
触れた手触りはしっとりとどこか滑らかで、たしかに造花の手触りではなかった。
「あげます。お水にはつけないでくださいね。日光にも弱いんで。脆いんでガラス容器とかにいれておくのがいいかな?湿気と日差しをさければ5年から10年ぐらいもちますよ」
「えっ?えっ?」
さらっと告げるクラレンスの言葉にお姉さんは大混乱。
ついでにその言葉が聞こえていたらしいエリックたちがガバッと首をあげた。
「造花じゃない?!どういうことですっ!!ならこの青バラはいったいっ??」
らんらんと光った目が獲物を狙う獣みたいで非常にこわい。
まさにその目で見られたお姉さんはもらった青バラをそっと胸に抱いた。
「クラレンス様っ?!」
「坊や、私たちもいろいろお話を聞きたいわ」
「ええ、ぜひ」
うわー、めんどうくさっ!
思わず内心で声をもらし、チラリとテーブルのうえのお皿をみた。
3分の1ほどが削り取られたチーズケーキ。
できれば食べ終わるまではこっちに戻ってきてほしくなかった……。
そんなクラレンスの内心を読み取ったのだろう。
目線を合わせてくれていたお姉さんの瞳は「がんばって」という労わりと同情に満ちていた。
「ケーキのおかわりも、お菓子の追加もありますから」
慈愛に満ちた笑みを浮かべて、お花のお礼をつげたお姉さんは去っていった。
……できれば僕も逃げたいです。
834
お気に入りに追加
1,752
あなたにおすすめの小説
料理スキルで完璧な料理が作れるようになったから、異世界を満喫します
黒木 楓
恋愛
隣の部屋の住人というだけで、女子高生2人が行った異世界転移の儀式に私、アカネは巻き込まれてしまう。
どうやら儀式は成功したみたいで、女子高生2人は聖女や賢者といったスキルを手に入れたらしい。
巻き込まれた私のスキルは「料理」スキルだけど、それは手順を省略して完璧な料理が作れる凄いスキルだった。
転生者で1人だけ立場が悪かった私は、こき使われることを恐れてスキルの力を隠しながら過ごしていた。
そうしていたら「お前は不要だ」と言われて城から追い出されたけど――こうなったらもう、異世界を満喫するしかないでしょう。
異世界でのんびり暮らしてみることにしました
松石 愛弓
ファンタジー
アラサーの社畜OL 湊 瑠香(みなと るか)は、過労で倒れている時に、露店で買った怪しげな花に導かれ異世界に。忙しく辛かった過去を忘れ、異世界でのんびり楽しく暮らしてみることに。優しい人々や可愛い生物との出会い、不思議な植物、コメディ風に突っ込んだり突っ込まれたり。徐々にコメディ路線になっていく予定です。お話の展開など納得のいかないところがあるかもしれませんが、書くことが未熟者の作者ゆえ見逃していただけると助かります。他サイトにも投稿しています。
婚約者に忘れられていた私
稲垣桜
恋愛
「やっぱり帰ってきてた」
「そのようだね。あれが問題の彼女?アシュリーの方が綺麗なのにな」
私は夜会の会場で、間違うことなく自身の婚約者が、栗毛の令嬢を愛しそうな瞳で見つめながら腰を抱き寄せて、それはそれは親しそうに見つめ合ってダンスをする姿を視線の先にとらえていた。
エスコートを申し出てくれた令息は私の横に立って、そんな冗談を口にしながら二人に視線を向けていた。
ここはベイモント侯爵家の夜会の会場。
私はとある方から国境の騎士団に所属している婚約者が『もう二か月前に帰ってきてる』という話を聞いて、ちょっとは驚いたけど「やっぱりか」と思った。
あれだけ出し続けた手紙の返事がないんだもん。そう思っても仕方ないよでしょ?
まあ、帰ってきているのはいいけど、女も一緒?
誰?
あれ?
せめて婚約者の私に『もうすぐ戻れる』とか、『もう帰ってきた』の一言ぐらいあってもいいんじゃない?
もうあなたなんてポイよポイッ。
※ゆる~い設定です。
※ご都合主義です。そんなものかと思ってください。
※視点が一話一話変わる場面もあります。
断罪されているのは私の妻なんですが?
すずまる
恋愛
仕事の都合もあり王家のパーティーに遅れて会場入りすると何やら第一王子殿下が群衆の中の1人を指差し叫んでいた。
「貴様の様に地味なくせに身分とプライドだけは高い女は王太子である俺の婚約者に相応しくない!俺にはこのジャスミンの様に可憐で美しい女性こそが似合うのだ!しかも貴様はジャスミンの美貌に嫉妬して彼女を虐めていたと聞いている!貴様との婚約などこの場で破棄してくれるわ!」
ん?第一王子殿下に婚約者なんていたか?
そう思い指さされていた女性を見ると⋯⋯?
*-=-*-=-*-=-*-=-*
本編は1話完結です(꒪ㅂ꒪)
…が、設定ゆるゆる過ぎたと反省したのでちょっと色付けを鋭意執筆中(; ̄∀ ̄)スミマセン
知りませんでした?私再婚して公爵夫人になりました。
京月
恋愛
学生時代、家の事情で士爵に嫁がされたコリン。
他国への訪問で伯爵を射止めた幼馴染のミーザが帰ってきた。
「コリン、士爵も大変よね。領地なんてもらえないし、貴族も名前だけ」
「あらミーザ、知りませんでした?私再婚して公爵夫人になったのよ」
「え?」
【完結】悪役令嬢は3歳?〜断罪されていたのは、幼女でした〜
白崎りか
恋愛
魔法学園の卒業式に招かれた保護者達は、突然、王太子の始めた蛮行に驚愕した。
舞台上で、大柄な男子生徒が幼い子供を押さえつけているのだ。
王太子は、それを見下ろし、子供に向って婚約破棄を告げた。
「ヒナコのノートを汚したな!」
「ちがうもん。ミア、お絵かきしてただけだもん!」
小説家になろう様でも投稿しています。
料理がしたいので、騎士団の任命を受けます!
ハルノ
ファンタジー
過労死した主人公が、異世界に飛ばされてしまいました
。ここは天国か、地獄か。メイド長・ジェミニが丁寧にもてなしてくれたけれども、どうも味覚に違いがあるようです。異世界に飛ばされたとわかり、屋敷の主、領主の元でこの世界のマナーを学びます。
令嬢はお菓子作りを趣味とすると知り、キッチンを借りた女性。元々好きだった料理のスキルを活用して、ジェミニも領主も、料理のおいしさに目覚めました。
そのスキルを生かしたいと、いろいろなことがあってから騎士団の料理係に就職。
ひとり暮らしではなかなか作ることのなかった料理も、大人数の料理を作ることと、満足そうに食べる青年たちの姿に生きがいを感じる日々を送る話。
※表紙は「かんたん表紙メーカー」を使用しています。
悪役令嬢と言われ冤罪で追放されたけど、実力でざまぁしてしまった。
三谷朱花
恋愛
レナ・フルサールは元公爵令嬢。何もしていないはずなのに、気が付けば悪役令嬢と呼ばれ、公爵家を追放されるはめに。それまで高スペックと魔力の強さから王太子妃として望まれたはずなのに、スペックも低い魔力もほとんどないマリアンヌ・ゴッセ男爵令嬢が、王太子妃になることに。
何度も断罪を回避しようとしたのに!
では、こんな国など出ていきます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる