おままごとみたいな恋をした

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凶兆

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 が起きたのは突然だった。

 突如バタバタと慌ただしく響く足音。騒々しく開かれた扉に人々の視線が向く。膝に手を付いて肩で息をした乱入者は一拍の後に叫んだ。

「ご報告申し上げますっ!魔物の群れがっ、此方へと向かっております!!!」


 ほんの一瞬の静寂。
 直後、爆発したように広がる騒めき。

 上流階級故に、人前で取り乱す事を良しとしない自己が無様に叫び声をあげて逃げ出す事を寸前で抑え込んでいるのだろう。だけどあと一歩後押しがあれば全てが崩れ去るような緊迫した空気が張りつめている。


「スタンピードか。規模がデカくなきゃいいけど」

 押し殺した声でアルバートが低く呟く。表情が険しい。

「この屋敷の裏手は広大な森だ。十中八九そちら側からだろう」

「人家が密集していない事を喜ぶべきか、それとも魔物が潜める森を忌むべきか」

 アルバートの声にジルベルトとヴィンセントも重く続ける。


 スタンピード___
 俗にいう獣の集団暴走や人間の群集事故。
 何らかの原因で魔獣が暴走し、集団となって襲い掛かる現象。

 魔獣の種類や規模によっては村や小さな町では壊滅の恐れすらある。その為に騎士団や魔術師団が討伐に行くこともあるし、実際ジルベルトやアルバートだって今月の始めに長期の遠征から戻ったばかりだ。多発している魔物。

 しかもヴィンセントが言ったように裏手は広大な森。
 人的被害が少ないのは喜ばしいが、逆を返せばそこは奴らに有利なフィールドだ。元々森に潜んでいた魔獣もスタンピードに加われば規模は一段と大きくなる可能性も高い。

 緊迫を孕んだ空気の中、領地に仕える警備兵達がパーティーに訪れた人々の誘導を進める。不安そうな人々。先程までの華やかな騒めきとは全く別所の騒めきに包まれた会場。



 避難を進める人々を横目にジルベルト達はゼロス達へ歩み寄った。
 珍しく険しい表情のゼロス。オズワルドが話しているのは警備の責任者の一人だろうか。

「かなり規模が大きいみたいよ。近年最高レベル」

「しかも此処では騎士団や魔術師団に応援を頼むにしても到着するのは数刻後だろうな。魔獣の群れはすぐそこまで来てる。正直間に合うかどうか怪しい」

 ゼロスとフレイヤの言葉に思わず息を呑む。

「この領地に闘える者は?警備兵や傭兵はどの程度いるのですか?」

 ジルベルトの問いにフレイヤが苦々しい顔で緩く首を振った。

「警備兵も傭兵も魔獣の討伐経験があるものはごく一部だそうだ。運よくパーティーに招待されていた騎士団や魔術師団の人間がいる事が不幸中の幸いだな」

 ドレス姿のフレイヤが誰か屋敷の小柄な男性の服を借りてくるとオズワルド達に告げ一度その場を去って行く。

 避難をする人々は何処へ向かうのだろう。
 魔獣がそこまで迫っているのなら外に出るのは逆に危険だ。屋敷の何処かへ集まるのだろうか。そこはいつまで持つのだろうか。

 ざわざわと嫌な予感に胸が騒ぐ。
 心臓が激しい音を立てて鼓動を伝える。息が苦しい。口の中がカラカラに乾いていた。
 酷い顔色をしていたのかも知れない。
 頬に暖かい手が触れて、「大丈夫ですか」とジルベルトが覗きこんでくるのをぼんやりと見つめる。

「クローディア、貴女も皆と一緒に避難を」

 ジルベルトの言葉にぱちりと瞬く。
 ついでふるふると首を振った。

 胸が、気持ちが悪い程に嫌な予感に潰されそうになる。

「わたくしは逃げませんわ」

 それでも胸元をぎゅっと抑えて、無理矢理重い何かを飲み下すとはっきりとそう言葉にした。

「しかしっ・・・」

「戦力は足りないのでしょう?」

「クローディアの言う通りだよ。今は人員が欲しい」

「ですが団長っ、彼女は一般人です」

「そうだけど、スタンピードを抑えきれなければ一般人だろうが犠牲が出るのが現状だよ。クローディアが魔術に長けているのは実証済みだ」

 ゼロスの紅玉がクローディアをとらえる。

「クローディアいける?ジルベルトが言うようにキミは一般人だ。ムリに前に出る必要はないし、捌き漏れた魔獣だけでも相手にしてくれると助かる」

「そんなちまちました闘い方は逆に御免ですけど」

 唇に弧を描いて、好戦的に笑って見せる。

 胸に巣食う不安は消えない。
 だけどその不安が的中するならば尚更に逃げ出す訳になんていかない。
 絶対に。
 無意識にクローディアは太腿に括りつけた『お守り』をドレスの上から握りしめた。

「どうか無理だけはなさらないで下さい。危険だと感じたらすぐに避難を」

 両肩を掴まれて真摯に放たれたジルベルトの懇願へもただ笑みだけを返す。返事を返さないのが否定の表れだと彼も気づいたのだろう、肩を掴む手に力が籠った。






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