おままごとみたいな恋をした

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攻撃は最大の防御

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「お待たせ致しました」

 現れたクローディアの恰好にアルバートがヒュウッと高く口笛を吹いた。
  
 何故居るし。
 騎士団との合同演習では無かったので先程までは確実に居なかった。

「面白そうな事してるって聞いて来ちゃった。ゼロス団長とジルが闘うってだけでも見物だし」

 呆れた視線を感じてか、ニッと唇の端を持ち上げるアルバートに野次馬の多さの原因を知る。


「助っ人はジルベルトだけでいいの?」

「ええ。下手に人手を入れても同士討ちが恐いですし」

「それもそっか。じゃあボクはハンデとして無詠唱は禁止にしてあげる」

 詠唱を唱えた方がより威力を増す事が出来るが、詠唱時間の短縮や相手に術を見破られない為には断然無詠唱の方が有利だ。唯でさえ、人数、道具の使用等のハンデがあるにもかかわらず更に無詠唱禁止を謳う彼にクローディアはピクリと眉が上がりそうになった。

 ゼロスの声に傲慢な色はない。
 過信ではなく単純に自らの実力を知っている。

 如何どうしても勝ちたいのでハンデを反故にする気は毛頭ないし、実力差を認めていないわけでもない。
 ただ、そんな事とは関係なしにクローディアは負けず嫌いだ。

「彼は動くのを禁じられていますが、わたくしには禁止事項はないのですよね?」

「うん」

「では、ゼロス様も位置について下さいな。合図はどうします?」

「あっ、じゃー俺やる」

 手を上げたアルバートに任せて、少しだけ待ってくれるように告げる。


 ゼロスと同じく描かれた円の位置についたジルベルトにクローディアは向き合った。
 ジルベルトの両手を取って、自らの額を掲げた彼の手にこつりと触れ合わせる。触れ合ったまま、祈るように瞳を閉じて数秒。長い睫毛を震わせながらアメジストの瞳を開く。

「殺す気でかかって下さいね」

「ちょっと待って、ナニ恐い事言ってるの」

 ジルベルトに微笑みかければ、背後から苦情が入った。


 短剣を片手にアルバートにもう大丈夫だと合図する。

 宝石があしらわれたそれは魔道具だ。

 魔道具は色々な種類があるが、一言でいうなら魔術を組み込んだ道具。魔術を発動するには術を編む必要があるが、それが既に組み込まれている為に魔力の消費にもなるし術式を編む時間の省略にもなる。効果が持続するものもあるが、強い効果を発揮する物ほど一回限りの使い捨てである事が難点だ。
 ようは魔術のストックのようなもの。魔術師にとって魔術が使えない状態が最大のネックであるから一回限りでもストックがあるのは大きな違いなのだけど。


 アルバートの手が振り下ろされる合図と共に白刃が掛けた。

 ジルベルトの放つ氷の刃と、クローディアの放つ風の刃が縦横無人にゼロスへと襲いかかる。軽く指を動かす動作と共に刃は一直線ではなく、時にカーブを描き、軌道を変えながら急所を狙う。

 大まかな作戦は先程ジルベルトと軽く打ち合わせ済みだった。

 演習時の様子を垣間見るに、ゼロスが本気で攻撃に転じる事はない。それでも、彼の攻撃は十分な脅威だ。なので序章は彼の手を防御で煩わせる事に専念する。

 そして、機を見て一気に叩く。

「《防壁》」

 ジジッと僅かな音と揺らぎを立てて現れた幾つもの防壁が襲い掛かる刃を防ぐ。小さな円形の防壁が刃を弾くごとにキィンという甲高い音が響いた。刃と防壁が現れては消えるを繰り返す。

 嵐のように襲う刃が斬撃が一瞬緩慢になった隙にゼロスが両手を前へと突き出した。

「《防壁》」

 煩わしい連続攻撃を阻むかのように、彼とクローディアを遮るように張られた透明な防壁は正に壁と言うに相応しい。

 先程までのように個別に刃を弾く必要のなくなったゼロスが攻撃に転じる。

「《礫よ》」

 防壁の内側から放たれる氷の礫。降りかかるそれはジルベルトの放つ氷の礫により全て撃ち落とされた。更に続けて放たれた礫は、クローディアが生み出した茨の蔓が全て鞭のように跳ね落とす。


「へぇ」と楽し気に呟くゼロスの表情に疲労は一切ない。このまま付き合っていればこちらの魔力切れは明白だった。クローディアは走り出す姿勢を取りながらジルベルトへと視線を送った。

「《風よ舞え》」

 短剣を手に走り出したクローディアを風の刃が襲う。かまいたちのような刃が頬を、腕を切り裂いて鮮血が花のように散った。

 ジルベルトが眼を見張って思わず足を踏み出しかける。すると。


「動かないでっ!!」


 止まる事も振り返る事もせずにクローディアはジルベルトへ叫んだ。援護など求めていない。求めることはゼロスを倒すことのみ。
 足を止めることなく走り続ける。驚きに鮮やかな紅玉を見張るゼロスへと向かって。

 驚いたのはジルベルトだけでなくゼロスも同様だった。
 避けられる事を予想して放った刃はただの牽制で。それなのに彼女は一切の防御もせずに突っ込んできた。
 防御を捨て、攻撃に転じる為だけに。一瞬の機を生み出す為に。

 その一瞬の隙に、

「放って!!」

 魔術障壁を破壊する術式を組み込んだ短剣を防壁へと振りかざす。
 バリンッと派手な音を立てて硝子のように砕け散る防壁。クローディアの茨の蔓が磔にするようにゼロスの手へと絡みつく。


「《業火よ》」


 クローディアの呼び掛けにより、ジルベルトの放った紅蓮が一面の壁となって両側からゼロスへ迫り茨へも燃え移った。

「なっ!?」

 叫びは、誰のものだったか。
 放たれた紅蓮は天を衝く程に高く、紅く燃え盛る。
 その威力に、誰もが眼を向いた。それを放ったジルベルト本人さえも。

「《刃よっ》《氷河となれ!》」

 初めて焦りを見せたゼロスの生み出した刃が茨を断ち切る。
 紅蓮の業火がそのままの形を保ちながらじりじりと氷へと包まれていく。

 ゼロスへと飛びかかるように防壁を破壊したクローディアは手にした短剣を振るった。

 魔道具としての効能を失ったそれを短剣本来の役割、ただの

 右手で横薙ぎに払われたそれにゼロスが身を後ろに引いて躱したところに、クローディアは躰の回転を生かして左脚で回し蹴りを繰り出した。更に反射で彼が一歩後退したところで茨を操ってゼロスの足をとる。床に手を付いて蹴りの反動を殺した後で、真上へ飛び跳ねるようにしてゼロスの襟元を片手で掴む。体重を掛けるようにして共に倒れ込み、右膝を声を出せないように鳩尾へと食い込ませた。

 倒れ込むときの反動で、先程攻撃をうけた時にかすったのか、髪紐がぷつりと切れて解かれた黒い髪がふわりと舞う。


 アメジストの瞳はただ組み敷いた紅玉だけを捉えていた。
 両手で握った短剣を振り下ろす。

 キィィィンンッ!!!

 振り下ろされた短剣はゼロスの喉を貫く寸前で円形の防壁によって防がれた。


 彼がで紡いだ魔術によって。


 振り乱した髪のまま、クローディアは艶やかに唇で弧を描く。
 長い黒髪が重力に従い、二人を切り取るように帳を下ろした。

「無詠唱、お使いになられましたね。」

 一瞬の静寂を破ったクローディアの声に、ゼロスが無意識に息を呑む。

 引き裂かれた頬から一滴、滴り落ちる紅い雫。
 その紅がゼロスの首元へと垂れた。

「わたくしの勝利でよろしいかしら?」

 にっこりと笑うその表情は流れ落ちる鮮血よりも尚、鮮やかだった。




「クローディアっ!」

 呼ばれた声に組み敷いたゼロスの上から退いて振り返ろうとしたところで躰がぐらりと揺れた。倒れ込みそうになるところを「ちょっ」驚いた声を出しながらゼロスに支えられる。その後すぐに血相を抱えたジルベルトに抱き起された。

「大丈夫ですか?!何て無茶をするんですか!」

「無茶はすると最初に申し上げましたわ」

「そういう問題ではありませんっ!!!」

 魔力切れによる貧血のような症状と、激しい動きによる息切れにジルベルトの肩に凭れ掛かって座りこんだままぐったりと告げれば、肩を掴まれ怒鳴られた。思わず肩がびくりと跳ねる。彼の顔に浮かぶ表情は怒り。
 初めてみるその感情に覚えたのは恐怖よりも戸惑いだった。

「それより早く手当しないと。大きい怪我は腕だけ?」

 ひょいと伸ばされたゼロスの腕がかざされた傷口がみるみる内に塞がっていった。
 思わず化け物を見るような眼でゼロスを見る。

「団長は魔術に関しては人間か怪しいところがあるので」

 諦観の念を滲ませるジルベルトと、「わかる、わかる」と頷くアルバート。
 他、背後で同様に頷く多数。
「失礼な」と不満を漏らすゼロスには皆苦笑いだ。

 通常ならもっと時間を要する治療をあっと言う間に終わらせたゼロスをまじまじと見る。

 治癒は時間がかかるが故に大怪我など重体の場合は間に合わず命を落とす事が多いのが常識だというのに。怪我の程度が高くなかったとは言え、こうも一瞬で直した上に事前にあれだけの魔術を行使しておいて息の一つも乱さないこの人は何なんだろう。思わず態度に現れた疑問は皆の共通の認識だったらしい。

 頬や足などの小さな傷も全て塞がり、礼を告げればキッラキラに光る視線を向けられた。

「ねぇ、それよりさっきのナニ?!ジルベルトの威力が尋常じゃなかったんだけどっ!詳し」

 大興奮だった。

「後にして下さい、団長」

 喰いつきに面倒臭いなとクローディアが内心思っていると、ゼロスの大興奮はジルベルトの冷静な声にばっさり切られた。
 ついで訪れた浮遊感。現状把握が一瞬遅れる。

「彼女を休ませるので。後で話を聞きたいのなら、団長は仕事を先に済ませておいて下さい。

「・・・ひゃ」

 遅れて認識した事態に間の抜けた声が漏れて口元を抑える。

 先程まで座りこんでいた地面はそこにはなく、ジルベルトの腕によって宙に浮いた躰。
 所謂、お姫様抱っこ。
 何処かで黄色い声が飛んだ。

「ちょ、降ろして下さい!自分で歩けますっ!!」

「危ないので暴れないで下さい」

 じたばたするもびくともしなかった。
 何という安定感。抗議は一蹴された。

 そのまま歩き出すジルベルトと周囲から注がれる視線に、僅かに熱を持つ顔を彼の胸へと押し付けて隠しながら早く降ろしてくれますようにと願う事しか出来ない。煩い心音に、ようやく無茶をした事を反省する。


 それでも、
 これで約束を果たす事が出来る。

 その安堵と、無茶をした代償のように襲う疲労感に自然と瞼が下がる。一定のリズムで揺れる振動と暖かな腕が揺り籠のようにクローディアを眠りへと誘った。




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