上 下
35 / 86
氷姫救出編

初実戦

しおりを挟む
 その後、キルゼ公爵と詳細を詰めた。
 聞くところによるとブラスディア伯爵令嬢の状態は芳しくないらしい。
 シルエスタ王国までは馬車でニ週間の旅路だ。それを考えるとすぐにでも出立した方がいい。

 会談の後、勇者パーティの面々には翌朝出立することを伝えた。若干一名、聞いてるのか聞いてないのか分からない生返事をしていたが。
 
 そして翌朝、俺たちは城の門前に集まっていた。生返事をしていた一人以外。

「んで? おっさんは?」
「さあ。でもあれだけ呑んでれば十中八九寝てるだろうな」
「だよなぁ。仕方ねぇ、起こしてくる。いつでも出発できる様にしておいてくれ」
「こっちは任せとけ」

 後の準備をカナタに任せて俺はウォーデンの部屋へと向かった。
 部屋に入ると酒の匂いが充満していて気分が悪くなる。案の定、ウォーデンはベットに突っ伏していた。
 寝ているのかと思ったがなにやら様子がおかしい。

「……レイか……うっぷ」

 ベットにうつ伏せになったウォーデンが顔だけこちらに向けた。
 その顔は凄まじく青かった。俺は頭を抱えたくなった。
 
「おっさん荷物は?」

 ウォーデンが指差した先には小さなリュックがあった。きちんと荷物をまとめていただけ偉いと思うべきか。

 ……んなわけねぇな。
 
 俺は荷物を肩に担ぐと、寝ているウォーデンの首根っこを掴む。

「文句言うなよ?」
 
 断りを入れてからウォーデンを城の前まで引き摺って行った。執事やメイドからは憐れみの視線を向けられ居た堪れない思いをした。
 


 俺が再び門前に戻ると既に準備は出来ていた。馬を二頭繋げた大きな馬車が停まっている。
 
 馬といっても角が生えていて体格は地球の馬より大きい。正式名称はウォルホスと言うらしいが俺たち地球組は馬と呼んでいる。

 馬車は機能性重視の質実剛健な作りをしていた。勇者が乗るには少し地味に思えるが、盗賊に襲われない様にする為だろう。
 襲われたところで返り討ちなのは必至だが、めんどうは出来るだけ避けるべきだ。

 ウォーデンを引き摺ってきた俺をみんなが呆れた様に見てきた。

「カナタ。このままのせていいか?」
「ああ。いいぞ」

 カナタが馬車の扉を開けてくれたので俺はそこへウォーデンを投げ入れた。
 仮にもS級冒険者だ。このぐらいで怪我なんかしないだろう。
 
「……はぎぞう」
「馬車の中では絶対に吐くなよ!」

 そんな事をされたら出発どころの騒ぎではない。女性陣からの冷めた視線がなんとも居心地悪い。

「アイリス。二日酔いを治す魔術とかってあったりするのか?」
「あります。ですが少しは苦しむべきです」

 アイリスがつーんとそっぽを向いた。仰る通りだ。
 それよりダメ元で聞いたのだがまさかあるとは。魔術とは便利な物だ。
 
「でも苦しむべきなのは俺も賛成だな」

 そうして俺たちは二日酔いのウォーデンを乗せてシルエスタ王国へと出発した。



 馬車を走らせること三日。俺たちは深い森の中に入っていた。
 流石のウォーデンも、もう元気になっている。だがアイリスからは酒の禁止令が出た。当然だ。
 ウォーデンも反省しているのか渋々とだが受け入れていた。

 今いるのは王都から北西へ進んだ所にある『虚ろの森』という場所だ。
 この場所はそこそこ厄介で魔物が生息している。魔物もB級と経験を積んだ冒険者でないと少し厳しい場所だ。
 迂回するルートもあったが、この道が最短距離だった為、このルートを選んだ。
 B級程度の魔物、俺たちの相手ではない。
 しばらくすると馬車を追走している気配を捉えた。

「囲まれてるな」

 カナタの言葉に俺は頷く。
 
「だな。俺が出ていいか? 魔物と戦っておきたい」

 実のところ俺は魔物を見たことがない。カナタが言うには地球にもいるらしいが、俺の修行はもっぱら爺との実戦だった。
 それにバケモノと魔物に違いがあるのならそれも確認しておきたかった。
 
「いいけど。サナも連れて行ってくれ。実戦経験を積ませたい」
「わかった。サナ行くぞ」
「まかせて!」

 御者に馬車を止める様に伝え、サナを連れ立って外に出た。

「サナ。今何体に囲まれているかわかるか?」
「ん~。十七?」
「完璧だな。じゃあ前は任せた。俺は後ろをやる」
「はいはーい」

 サナが軽く答えて聖刀フィールエンデを召喚する。
 俺も腰に差してある刀を引き抜いた。この刀はアイリスに用意してもらった物だ。特に何かの能力が付いているわけでもないただの刀だ。
 闇を使うまでもない敵に対していちいち封印を解くのも大袈裟なので用意して貰ったのだ。

 木の影から飛び出してきたのは銀の体毛を持つ犬の様な魔物だった。
 魔銀狼。B級の魔物だ。
 この魔物の厄介な所は、常に群れで行動している事。
 並の冒険者であれば連携の取れた攻撃に苦戦を強いられる。
 だけど関係ない。俺にとってはただの犬だ。

 俺は飛びかかってきた魔銀狼の首を一太刀で飛ばす。
 次いで身を低くして突進してきた二体の魔銀狼も同様にして切断。
 そのまま流れる様に一体、二体と倒していく。
 サナの方を見ればあっちはあっちで淡々と魔銀狼を片付けていた。特に苦戦している様子もなければ、殺生への躊躇いも感じない。

 ……上出来だな。

 ここまで仕上げたカナタには感謝しなくてはならない。
 
 戦いはあまりにも一方的でおよそ戦闘と呼べるものではなかった。
 流石に分が悪いと感じたのか、残り三体となった所で魔銀狼は逃走に移った。

「サナ。やれるか?」
「まっかせて!」

 封印を解除して黒刀を放てば事足りるがサナに頼んだ方が手っ取り早い。
 サナは手を魔銀狼に向けると魔術式を三つ記述した。

 光属性攻撃魔術:光槍

 光で出来た三本の槍が現れ、逃げた魔銀狼に向かって放たれた。
 魔銀狼たちは木々に隠れながら逃げるが、サナが放った槍はそんな障害物を貫通しながらも三体の魔銀狼を正確に仕留めた。

 周囲の気配を探るが、新手はいない。
 俺は刀を鞘に納めると、サナに向き直った。

「初の実戦はどうだった?」
「ん~ちょっと弱すぎたかな」

 サナは見違えるほど強くなっていた。カナタから聞かされてはいたが、こちらに来た時とは比べ物にならないほど強い。
 まだ俺とカナタには及ばないが、それもそのうちだろう。
 勇者恐るべしだ。

 ……まあ簡単に負けるつもりはないけどな。
 
「それならよかった。この程度に苦戦してる様じゃ目も当てられないからな」

 そんな会話をしつつ俺とサナは馬車へと戻った。

 俺たちの初実戦は何事もなく終わりを告げた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

あの、神様、普通の家庭に転生させてって言いましたよね?なんか、森にいるんですけど.......。

▽空
ファンタジー
テンプレのトラックバーンで転生したよ...... どうしようΣ( ̄□ ̄;) とりあえず、今世を楽しんでやる~!!!!!!!!! R指定は念のためです。 マイペースに更新していきます。

平凡冒険者のスローライフ

上田なごむ
ファンタジー
26歳独身動物好きの主人公大和希は、神様によって魔物・魔法・獣人等ファンタジーな世界観の異世界に転移させられる。 平凡な能力値、野望など抱いていない彼は、冒険者としてスローライフを目標に日々を過ごしていく。 果たして、彼を待ち受ける出会いや試練は如何なるものか…… ファンタジー世界に向き合う、平凡な冒険者の物語。

魔境に捨てられたけどめげずに生きていきます

ツバキ
ファンタジー
貴族の子供として産まれた主人公、五歳の時の魔力属性検査で魔力属性が無属性だと判明したそれを知った父親は主人公を魔境へ捨ててしまう どんどん更新していきます。 ちょっと、恨み描写などがあるので、R15にしました。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

若返ったおっさん、第2の人生は異世界無双

たまゆら
ファンタジー
事故で死んだネトゲ廃人のおっさん主人公が、ネトゲと酷似した異世界に転移。 ゲームの知識を活かして成り上がります。 圧倒的効率で金を稼ぎ、レベルを上げ、無双します。

祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活

空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。 最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。 ――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に…… どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。 顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。 魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。 こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す―― ※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。

ある日仕事帰りに神様の手違いがあったが無事に転移させて貰いました。

いくみ
ファンタジー
寝てたら起こされて目を開けたら知らない場所で神様??が、君は死んだと告げられる。そして神様が、管理する世界(マジョル)に転生か転移しないかと提案され、キターファンタジーとガッツポーズする。 成宮暁彦は独身、サラリーマンだった アラサー間近パットしない容姿で、プチオタ、完全独り身爆走中。そんな暁彦が神様に願ったのは、あり得ない位のチートの数々、神様に無理難題を言い困らせ スキルやらetcを貰い転移し、冒険しながらスローライフを目指して楽しく暮らす場を探すお話になると?思います。 なにぶん、素人が書くお話なので 疑問やら、文章が読みにくいかも知れませんが、暖かい目でお読み頂けたらと思います。 あと、とりあえずR15指定にさせて頂きます。

処理中です...