救氷の偽剣使い

平原誠也

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氷姫救出編

初実戦

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 その後、キルゼ公爵と詳細を詰めた。
 聞くところによるとブラスディア伯爵令嬢の状態は芳しくないらしい。
 シルエスタ王国までは馬車でニ週間の旅路だ。それを考えるとすぐにでも出立した方がいい。

 会談の後、勇者パーティの面々には翌朝出立することを伝えた。若干一名、聞いてるのか聞いてないのか分からない生返事をしていたが。
 
 そして翌朝、俺たちは城の門前に集まっていた。生返事をしていた一人以外。

「んで? おっさんは?」
「さあ。でもあれだけ呑んでれば十中八九寝てるだろうな」
「だよなぁ。仕方ねぇ、起こしてくる。いつでも出発できる様にしておいてくれ」
「こっちは任せとけ」

 後の準備をカナタに任せて俺はウォーデンの部屋へと向かった。
 部屋に入ると酒の匂いが充満していて気分が悪くなる。案の定、ウォーデンはベットに突っ伏していた。
 寝ているのかと思ったがなにやら様子がおかしい。

「……レイか……うっぷ」

 ベットにうつ伏せになったウォーデンが顔だけこちらに向けた。
 その顔は凄まじく青かった。俺は頭を抱えたくなった。
 
「おっさん荷物は?」

 ウォーデンが指差した先には小さなリュックがあった。きちんと荷物をまとめていただけ偉いと思うべきか。

 ……んなわけねぇな。
 
 俺は荷物を肩に担ぐと、寝ているウォーデンの首根っこを掴む。

「文句言うなよ?」
 
 断りを入れてからウォーデンを城の前まで引き摺って行った。執事やメイドからは憐れみの視線を向けられ居た堪れない思いをした。
 


 俺が再び門前に戻ると既に準備は出来ていた。馬を二頭繋げた大きな馬車が停まっている。
 
 馬といっても角が生えていて体格は地球の馬より大きい。正式名称はウォルホスと言うらしいが俺たち地球組は馬と呼んでいる。

 馬車は機能性重視の質実剛健な作りをしていた。勇者が乗るには少し地味に思えるが、盗賊に襲われない様にする為だろう。
 襲われたところで返り討ちなのは必至だが、めんどうは出来るだけ避けるべきだ。

 ウォーデンを引き摺ってきた俺をみんなが呆れた様に見てきた。

「カナタ。このままのせていいか?」
「ああ。いいぞ」

 カナタが馬車の扉を開けてくれたので俺はそこへウォーデンを投げ入れた。
 仮にもS級冒険者だ。このぐらいで怪我なんかしないだろう。
 
「……はぎぞう」
「馬車の中では絶対に吐くなよ!」

 そんな事をされたら出発どころの騒ぎではない。女性陣からの冷めた視線がなんとも居心地悪い。

「アイリス。二日酔いを治す魔術とかってあったりするのか?」
「あります。ですが少しは苦しむべきです」

 アイリスがつーんとそっぽを向いた。仰る通りだ。
 それよりダメ元で聞いたのだがまさかあるとは。魔術とは便利な物だ。
 
「でも苦しむべきなのは俺も賛成だな」

 そうして俺たちは二日酔いのウォーデンを乗せてシルエスタ王国へと出発した。



 馬車を走らせること三日。俺たちは深い森の中に入っていた。
 流石のウォーデンも、もう元気になっている。だがアイリスからは酒の禁止令が出た。当然だ。
 ウォーデンも反省しているのか渋々とだが受け入れていた。

 今いるのは王都から北西へ進んだ所にある『虚ろの森』という場所だ。
 この場所はそこそこ厄介で魔物が生息している。魔物もB級と経験を積んだ冒険者でないと少し厳しい場所だ。
 迂回するルートもあったが、この道が最短距離だった為、このルートを選んだ。
 B級程度の魔物、俺たちの相手ではない。
 しばらくすると馬車を追走している気配を捉えた。

「囲まれてるな」

 カナタの言葉に俺は頷く。
 
「だな。俺が出ていいか? 魔物と戦っておきたい」

 実のところ俺は魔物を見たことがない。カナタが言うには地球にもいるらしいが、俺の修行はもっぱら爺との実戦だった。
 それにバケモノと魔物に違いがあるのならそれも確認しておきたかった。
 
「いいけど。サナも連れて行ってくれ。実戦経験を積ませたい」
「わかった。サナ行くぞ」
「まかせて!」

 御者に馬車を止める様に伝え、サナを連れ立って外に出た。

「サナ。今何体に囲まれているかわかるか?」
「ん~。十七?」
「完璧だな。じゃあ前は任せた。俺は後ろをやる」
「はいはーい」

 サナが軽く答えて聖刀フィールエンデを召喚する。
 俺も腰に差してある刀を引き抜いた。この刀はアイリスに用意してもらった物だ。特に何かの能力が付いているわけでもないただの刀だ。
 闇を使うまでもない敵に対していちいち封印を解くのも大袈裟なので用意して貰ったのだ。

 木の影から飛び出してきたのは銀の体毛を持つ犬の様な魔物だった。
 魔銀狼。B級の魔物だ。
 この魔物の厄介な所は、常に群れで行動している事。
 並の冒険者であれば連携の取れた攻撃に苦戦を強いられる。
 だけど関係ない。俺にとってはただの犬だ。

 俺は飛びかかってきた魔銀狼の首を一太刀で飛ばす。
 次いで身を低くして突進してきた二体の魔銀狼も同様にして切断。
 そのまま流れる様に一体、二体と倒していく。
 サナの方を見ればあっちはあっちで淡々と魔銀狼を片付けていた。特に苦戦している様子もなければ、殺生への躊躇いも感じない。

 ……上出来だな。

 ここまで仕上げたカナタには感謝しなくてはならない。
 
 戦いはあまりにも一方的でおよそ戦闘と呼べるものではなかった。
 流石に分が悪いと感じたのか、残り三体となった所で魔銀狼は逃走に移った。

「サナ。やれるか?」
「まっかせて!」

 封印を解除して黒刀を放てば事足りるがサナに頼んだ方が手っ取り早い。
 サナは手を魔銀狼に向けると魔術式を三つ記述した。

 光属性攻撃魔術:光槍

 光で出来た三本の槍が現れ、逃げた魔銀狼に向かって放たれた。
 魔銀狼たちは木々に隠れながら逃げるが、サナが放った槍はそんな障害物を貫通しながらも三体の魔銀狼を正確に仕留めた。

 周囲の気配を探るが、新手はいない。
 俺は刀を鞘に納めると、サナに向き直った。

「初の実戦はどうだった?」
「ん~ちょっと弱すぎたかな」

 サナは見違えるほど強くなっていた。カナタから聞かされてはいたが、こちらに来た時とは比べ物にならないほど強い。
 まだ俺とカナタには及ばないが、それもそのうちだろう。
 勇者恐るべしだ。

 ……まあ簡単に負けるつもりはないけどな。
 
「それならよかった。この程度に苦戦してる様じゃ目も当てられないからな」

 そんな会話をしつつ俺とサナは馬車へと戻った。

 俺たちの初実戦は何事もなく終わりを告げた。
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