4 / 24
4 お嬢様の鎧離れ
しおりを挟む
「今日からバルト離れをしてみようと思うの」
朝食後、アリシアの言葉に動きを止めたバルトは、茫然とした様子で紅茶を淹れたティーカップを落とした。
「びっくりしたわ! 珍しいわね。ここまで失敗するなんて」
落としたティーカップは、毛足の長い絨毯のおかげで割れる事こそ無かったものの、その中に入っていた紅茶で絨毯に染みが広がっていき、それを慌てて拭こうとバルトが屈んだ瞬間――鎧を引っ掛けてポットとデザートを乗せていたティーワゴンが倒れた。大惨事だ。
落としたものを片づけて絨毯を取り替え、新しい紅茶とデザートを持って戻り、今だ落ち着かない様子でアリシアの方を見つめる。
「何かしら? ああ、理由を知りたいのね」
ガッシャンガッシャンと全力で頷くバルトは動揺が引いていないのか、いつもはなるべく抑えている鎧の音を盛大に鳴らした。
「私ね、考えたのよ。バルトに依存し過ぎじゃないかしら? って」
アリシアが思い浮かべるのは、あの本屋での自分の醜態だ。
いくら待っていたものが居なくなったからといっても、あんなに騒ぐ必要は無かったのではないか。
頭が冷えて冷静になり、そう考えたアリシアは自分の恥ずかしい行動を記憶から消したくなった。
そもそも、あの時バルトが居ないのを確認したら大人しく本屋に戻り、店主に確認をとって中で購入した本を読みながら、バルトが戻るのを待てば良かったのだ。
つまり、バルトが居ないだけでアリシアは、そんな事にも思い至らないほど動揺したということになる。
「長い間バルトに何もかも任せきりだったから、一人の時どうすればいいか分からないって結構な問題だと思うの」
だから、少しずつ一人で行動する練習をしたい、と言うアリシアにバルトは少しの間何かを思考し――スッと空のティーカップを渡した。
「え、何……紅茶?」
アリシアが何かの行動をおこそうとしている、それを否定すると逆効果になる可能性が高い。
そう判断したバルトは、アリシアの望みを可能な限り考慮しつつ安全を確保出来る選択肢を考えた。
結果『紅茶を一人で淹れる』事なら自分の目の前で行えるので不器用でも危険は少ないと思い、それをアリシアに提案したのだ。
「あまりバルト離れになっていない気がするけれど……そうね。最初はこういうものから始めた方がいいのかも」
やる気に満ちた表情を見て、ほっと安心する。
自分がアリシアに紅茶を淹れる回数が減るのは残念だが、他のことでアリシアから離れることになるより、自分のそばで何かを任せたほうがよっぽどマシだと過保護な鎧は思った。
「よし。さっそく始めるわよ!」
いつも紅茶を淹れるのを見ているアリシアは、それを知識としては完璧に覚えている。
先ずお湯を沸かしポットとカップを温めて……というところで自然にバルトに交代させられた。
『温められたものがこちらです』とでも言っているかのように用意され、何となく出鼻をくじかれた気分になったものの、気を取り直して次に進む。
不器用だからゆっくり慎重にと思い、そっと茶葉の缶を持って蓋を開け――盛大にぶちまけたが無視する―― 震える手でティースプーン一杯にしては多い茶葉を零しなからポットに入れ、そこに沸騰したお湯を……と思ったところでまたバルトに取られる。
そして、カシャカシャと手際よく零した茶葉を適量に戻してお湯を注ぎ、蒸らす。
アリシアは呆気にとられその光景を見ていた。
完成し、ティーカップに注がれたいつもの紅茶を見つめ無言になる。
バルトが『よくできました!』とばかりに大きな拍手をアリシアに向けた。
「ちょっと!? 殆ど貴方がやってたわよね?」
しばらく呆けていたアリシアは拍手の音で我に返ると、バルトに詰め寄って自分は茶葉を入れること――しかも零した――しかしていないと訴えかける。
そんなアリシアを宥めながら首を振り『熱湯は危ない』とバルトは主張した。
「大丈夫よ火傷くらい。すぐに治るわ!」
その言葉にバルトは僅かに空気を固くし、言い聞かせるようにアリシアの肩に手を置いて顔を覗きこむ。自分の失言に気づいたアリシアは眉を下げて力なく謝った。
「……ごめんなさい」
でも、何かは出来るようにならないと一人の練習にならない、そうアリシアは言いうつむく。
弱気になった再びの言葉にバルトは悩んだ。
一人で部屋の掃除をすると花瓶を割る。一人で料理を運ぶと落とす。一人で買い物に行くのは危ないから却下――……次々に代案が頭の中で浮かんでは消え、検討した結果。
アリシアに任せても大丈夫なことが一つあった。
少し遠慮がちに紅茶が入っているティーカップを置いて砂糖を二つ差し出す。
アリシアはバルトと砂糖をしばらく怪訝そうな目で見つめていたが、微かに頷いて受け取ると、ポチャンと紅茶に砂糖をおとした。
砂糖は紅茶の中でさらさらと溶けていく。
砂糖を入れるのが自分の生活力の限界なのかと思うと、乾いた笑いしか出てこないアリシアは、悟ったように静かな表情で紅茶を飲んだ。
「ところで根本的なことに気づいたのだけど、バルト離れをすると言っているのにそれをバルトに聞いている時点で出来ていないわよね」
アリシアがバルト離れする日は遠い。
朝食後、アリシアの言葉に動きを止めたバルトは、茫然とした様子で紅茶を淹れたティーカップを落とした。
「びっくりしたわ! 珍しいわね。ここまで失敗するなんて」
落としたティーカップは、毛足の長い絨毯のおかげで割れる事こそ無かったものの、その中に入っていた紅茶で絨毯に染みが広がっていき、それを慌てて拭こうとバルトが屈んだ瞬間――鎧を引っ掛けてポットとデザートを乗せていたティーワゴンが倒れた。大惨事だ。
落としたものを片づけて絨毯を取り替え、新しい紅茶とデザートを持って戻り、今だ落ち着かない様子でアリシアの方を見つめる。
「何かしら? ああ、理由を知りたいのね」
ガッシャンガッシャンと全力で頷くバルトは動揺が引いていないのか、いつもはなるべく抑えている鎧の音を盛大に鳴らした。
「私ね、考えたのよ。バルトに依存し過ぎじゃないかしら? って」
アリシアが思い浮かべるのは、あの本屋での自分の醜態だ。
いくら待っていたものが居なくなったからといっても、あんなに騒ぐ必要は無かったのではないか。
頭が冷えて冷静になり、そう考えたアリシアは自分の恥ずかしい行動を記憶から消したくなった。
そもそも、あの時バルトが居ないのを確認したら大人しく本屋に戻り、店主に確認をとって中で購入した本を読みながら、バルトが戻るのを待てば良かったのだ。
つまり、バルトが居ないだけでアリシアは、そんな事にも思い至らないほど動揺したということになる。
「長い間バルトに何もかも任せきりだったから、一人の時どうすればいいか分からないって結構な問題だと思うの」
だから、少しずつ一人で行動する練習をしたい、と言うアリシアにバルトは少しの間何かを思考し――スッと空のティーカップを渡した。
「え、何……紅茶?」
アリシアが何かの行動をおこそうとしている、それを否定すると逆効果になる可能性が高い。
そう判断したバルトは、アリシアの望みを可能な限り考慮しつつ安全を確保出来る選択肢を考えた。
結果『紅茶を一人で淹れる』事なら自分の目の前で行えるので不器用でも危険は少ないと思い、それをアリシアに提案したのだ。
「あまりバルト離れになっていない気がするけれど……そうね。最初はこういうものから始めた方がいいのかも」
やる気に満ちた表情を見て、ほっと安心する。
自分がアリシアに紅茶を淹れる回数が減るのは残念だが、他のことでアリシアから離れることになるより、自分のそばで何かを任せたほうがよっぽどマシだと過保護な鎧は思った。
「よし。さっそく始めるわよ!」
いつも紅茶を淹れるのを見ているアリシアは、それを知識としては完璧に覚えている。
先ずお湯を沸かしポットとカップを温めて……というところで自然にバルトに交代させられた。
『温められたものがこちらです』とでも言っているかのように用意され、何となく出鼻をくじかれた気分になったものの、気を取り直して次に進む。
不器用だからゆっくり慎重にと思い、そっと茶葉の缶を持って蓋を開け――盛大にぶちまけたが無視する―― 震える手でティースプーン一杯にしては多い茶葉を零しなからポットに入れ、そこに沸騰したお湯を……と思ったところでまたバルトに取られる。
そして、カシャカシャと手際よく零した茶葉を適量に戻してお湯を注ぎ、蒸らす。
アリシアは呆気にとられその光景を見ていた。
完成し、ティーカップに注がれたいつもの紅茶を見つめ無言になる。
バルトが『よくできました!』とばかりに大きな拍手をアリシアに向けた。
「ちょっと!? 殆ど貴方がやってたわよね?」
しばらく呆けていたアリシアは拍手の音で我に返ると、バルトに詰め寄って自分は茶葉を入れること――しかも零した――しかしていないと訴えかける。
そんなアリシアを宥めながら首を振り『熱湯は危ない』とバルトは主張した。
「大丈夫よ火傷くらい。すぐに治るわ!」
その言葉にバルトは僅かに空気を固くし、言い聞かせるようにアリシアの肩に手を置いて顔を覗きこむ。自分の失言に気づいたアリシアは眉を下げて力なく謝った。
「……ごめんなさい」
でも、何かは出来るようにならないと一人の練習にならない、そうアリシアは言いうつむく。
弱気になった再びの言葉にバルトは悩んだ。
一人で部屋の掃除をすると花瓶を割る。一人で料理を運ぶと落とす。一人で買い物に行くのは危ないから却下――……次々に代案が頭の中で浮かんでは消え、検討した結果。
アリシアに任せても大丈夫なことが一つあった。
少し遠慮がちに紅茶が入っているティーカップを置いて砂糖を二つ差し出す。
アリシアはバルトと砂糖をしばらく怪訝そうな目で見つめていたが、微かに頷いて受け取ると、ポチャンと紅茶に砂糖をおとした。
砂糖は紅茶の中でさらさらと溶けていく。
砂糖を入れるのが自分の生活力の限界なのかと思うと、乾いた笑いしか出てこないアリシアは、悟ったように静かな表情で紅茶を飲んだ。
「ところで根本的なことに気づいたのだけど、バルト離れをすると言っているのにそれをバルトに聞いている時点で出来ていないわよね」
アリシアがバルト離れする日は遠い。
0
お気に入りに追加
13
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。
束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。
だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。
そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。
全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。
気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。
そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。
すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
【完結】7年待った婚約者に「年増とは結婚できない」と婚約破棄されましたが、結果的に若いツバメと縁が結ばれたので平気です
岡崎 剛柔
恋愛
「伯爵令嬢マリアンヌ・ランドルフ。今日この場にて、この僕――グルドン・シルフィードは君との婚約を破棄する。理由は君が25歳の年増になったからだ」
私は7年間も諸外国の旅行に行っていたグルドンにそう言われて婚約破棄された。
しかも貴族たちを大勢集めたパーティーの中で。
しかも私を年増呼ばわり。
はあ?
あなたが勝手に旅行に出て帰って来なかったから、私はこの年までずっと結婚できずにいたんですけど!
などと私の怒りが爆発しようだったとき、グルドンは新たな人間と婚約すると言い出した。
その新たな婚約者は何とタキシードを着た、6、7歳ぐらいの貴族子息で……。
愚かな父にサヨナラと《完結》
アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」
父の言葉は最後の一線を越えてしまった。
その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・
悲劇の本当の始まりはもっと昔から。
言えることはただひとつ
私の幸せに貴方はいりません
✈他社にも同時公開
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる