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しおりを挟むこの意地が悪そうな表情は見た事がある。既視感にネロは少年の顔をまじまじと見た。そして少年のその目に薄らと紫色が見え隠れして、眉根を寄せる。
見覚えのあるそれに、溢れ出ていた涙が止まる。
もしかしてーーー?
「ネロと会えて感激したのだろう。あと同じ部屋にして欲しいとの事だが、クロは私の側仕えをしてくれている。同じ部屋は……」
「暫くでいいんだよ。ダメ?」
うるうると少年に見上げられ、ミネルバはたじろいで頬を染める
顔を真っ赤にして目を逸らしているミネルバを見ていられなくて、ネロは再び蹲った。
誰にせよ、ミネルバのこんな姿は見たくない。
胸が張り裂けそうだ。
「……数日なら構わない。家族で話もあるだろう…」
「やった!ありがとうミネルバ!」
ミネルバに飛びついて喜んだ少年は、先程までの手の力に反して優しくネロの手を引く。
一体どういうつもりで話があるというのだろうか?
部屋を出て行く時、ネロをミネルバは暗く澱んだ目で睨んでいた。
きっと、少年に余計な事を言わないように、虐めたりしないよう圧をかけたつもりなのだろう
その表情はぞっとするほど恐ろしく生きた心地を与えないものだった。
ネロは身を縮めながら少年について行く。
少年の部屋はミネルバの部屋の隣で、ミネルバの部屋にも劣らず同じくらい豪奢だった。
大きな壁画は、いつのまに描かれたのかネロが微笑んでいる絵画が掛けられてある。
はにかむような笑顔は幸せそのもので、少年を描いたのかと暗い気持ちになる。
部屋に着くなり、少年はネロの肩を撫でてニコニコ微笑む
先程から、まさかと思っていたがーーこの笑顔はーー
「クロ!久しぶりだな。余じゃ。わかるか?クロに化けて逃走していたら、ネロとか言われて捕まってな!ステータスはいじってあるからネロとやらではないぞ。クロに会えると思い着いてきたのだ。会えて良かった!クロは双子なのだな?本当のお兄さんでなくて申し訳ないぞ」
少年の目が不意に戻り、身長が小さくなり見覚えのある紫色の目に眼を見張る。
その見覚えのある瞳は、王国のバロイ陛下の瞳だ
やっぱり、と思いながらも嬉しい気持ちと、何故意地悪を?と問い質したい気持ちでいっぱいになる。
「双子じゃないです…無事で良かったです、バロイ陛下。俺がネロ本人なんです。何故か兄弟がいることになってますけど」
「なんだ?訳ありか?それに、もう陛下ではない。敬語も陛下もいらぬぞ。また会えて嬉しいぞ」
やはり見覚えがあった紫色の瞳に、感動の再会に泣きじゃくるネロに、バロイは背伸びして優しくキスをする。
すごく心配していた。ああいう別れ方をしたから。バロイは、この世界でネロに優しくしてくれた人の1人だったから
「本当にご無事で…、良かったです」
「余にずっとくっついておれ、ミネルバも手を出しにくいだろう。名前、ネロとやらは本人、つまりクロなのだな?ネロは呼びにくいだろうから兄さんと呼べ」
バロイの言葉に頷く
ミネルバに容赦なく鞭で打たれた。血が出てるのにやめてくれなかった。ギラギラした目に、少し笑っていたミネルバが今はこわい。
ネロだと思っているバロイにくっついていればミネルバも変なことは出来ないだろう。
「クロが無事で本当に良かった…」
ぎゅうとバロイに抱き絞められて、抱きしめ返すと、柔らかくキスをされた。子供のキスはくすぐったく子犬のようなじゃれ合いなのに手つきが妙で変な気分になるのでやめて欲しかったが、バロイはやめるつもりはないらしい
「バ……兄さんも無事で……ん?なにをしているのですか?」
もぞもぞとネロの体をまさぐるバロイの手を胡散臭く見てしまう
先程から変だったが、これは抱擁ではない気がする。
「時間が無く出来なかったあの日の続きをだな……」
「ダメですよ、俺の奴隷印、ミネルバ以外と身体の関係を持ったら死ぬようになってます。大体、バ…兄さんは子供なのに何しようとしてるんですか!」
「チッ…奴隷印を消せなくて申し訳なかったな…」
バロイの言葉に首を振る。百足の呪いも未だ完全には解けていない。奴隷印はネロの腹に確かに怪しく光っているが、百足の呪いを何とかしないうちは何もしようがない。
新しくスキルを覚えない限り。
奴隷印も消せるスキルが存在するかは解らないが
しかしネロはミネルバの奴隷でいたいのだ。奴隷ですらなくなったら、ミネルバの側にはいられないような気がしていた。
ミネルバにとってクロは、ネロが殺されて自分はその死の原因だと思われていて酷いものだった。あれが初対面だとしたら互いに印象は最悪だ。
ミネルバはネロの尊厳を踏みつけて性欲処理の代替に使い殺そうとまでしたのだから
ミネルバは恐ろしい。しかし、あの洞窟で一緒に過ごした優しいミネルバが心の何処かに残っていて、捨てきれない。
「訳ありか知らないが、一度クロをあんな目に遭わせた相手だ。奴隷印が解けたら、本当に余と一緒に旅に出ないか?」
一度とは、食べることも封じて捨てた時のことを指しているのだろう。
チクンと胸が痛んだが、ネロは首を振る。バロイも何か目的でクロに逢いにきたのだろう。
「復讐しにきたんじゃないの?」
「まさか、ミネルバと懇意とは思わなかったから…確かにチャンスだし、それも少し考えたけれど、もういい…クロに会えたから」
バロイの言葉に顔を上げる。きらきらとした子供特有の眼で、バロイはネロに会えて嬉しいと言う。
そして、一緒に旅をしてみたいのだと言う。
ネロは吹き出した。本当に王族のバロイが旅なんて出来るのかと思って。ネロの最初の数週間を思えば、チートでもない限り、かなり旅はきつく死と隣り合わせになる。
「笑うことないだろう?クロを探して結構、旅もしたのだぞ?クロ名義でギルドも回ってみたのだ。結構できる男ぞ?」
「兄さんの旅に、俺も一緒でいいの?」
ネロが冗談めかして言うと、バロイは顔が真っ赤になった。今のバロイは目をキラキラさせてはしゃいでいる子供そのもので、夢を語るのって照れ臭いからなと久しぶりに楽しい気持ちになる。
「クロ…いや、ネロと一緒に行くんだ。前の立場では無理だっただろう?」
「………印が、消えたら一緒に行こう」
それは、叶える気のない約束だった。子供のバロイが一生懸命叶えようとしている旅。
印が消える日が来ないといい。印がないとミネルバと一緒にいられない。印が消える、それまではミネルバと一緒にいたい。
奴隷印が消えたら、ミネルバはネロを近くにも寄せないだろう。いつ寝首をかかれるか解らない人種を近くに置かない、ミネルバはそういう人種だ
他人を信用できないのだミネルバは。おそらくネロを盲信できるのは損得抜きでドラゴンから助けた過去があるからだろう。
「約束な。しかし、一緒にいようにも聞いたが呪いのせいでクロは教会に通わないといけないだろう?」
「しばらく休むよ。大丈夫。なんとなく散歩がてら通ってただけだし」
心の内を悟られないよう、伸びをするネロにバロイはぎゅうと抱きつく
教会に通い呪いが解けてネロの名前が出てしまったらバロイも危なくなる。
名前が変わる仕組みもよくわかっていないから、危険だが、バロイは今ステータスはネロになっているのだろうか?と気になった。
当のバロイはネロの腹にぐりぐりと頭を擦り付けたきて、王宮にいた時から思っていたがバロイは日頃からスキンシップ過多なのだ
「じゃあ、明日からずっと一緒にいよう」
バロイはネロの姿に戻り、見上げてくる。そして自分が絶対にしないような表情で微笑まれ、ネロはビックリした。中身が違うだけで、なんとなく高貴さが漂っている
ミネルバは、更にそこに惹かれやしないだろうか?
複雑な気持ちを抱えながらも、ネロは約束した。バロイといれば、鞭打たれたり冷たく罵られたりもしないだろう
次の日からネロはバロイの後ろをついて回り、影に隠れてバロイ以外とは余り口をきかなくなった
主張の激しいバロイが全て言いたいことを言ってくれるからもある。
使用人やミネルバは、あまりいい顔をしなかったが、すっかり兄の影に隠れる弟ができてしまい、それに甘えている
特にミネルバはたまに物凄い形相で睨んできたりする。
小さくなってやり過ごしていたが、とうとう剛を煮やしたのか、アクロワナが口喧しく小言を言うようになった。
「ネロ様、クロは使用人ですから、同じ扱いは出来ません。貴方は正妻になりますが、クロは違うのですから」
「あのさ、兄弟なんだよ?クロの奴隷印を消してあげてくれるようにミネルバに言ってくれないか?何度も言っているんだけど」
アクロワナは、そうですねぇとバロイの後ろで小さくなっているネロを見て考えこんだ
「しかし、それとは別にネロ様は正妻に入る為にアーチャー家の習い事をしなければなりませんし…その間、クロはそんな風に閉じこもっていると、やはり奴隷ですから他に売られたりクロが可哀想な事になります…」
アクロワナは一応、ネロのことを考えてくれていたらしい
しかしネロは一言も発さずバロイの後ろに隠れた。あんな形相で睨んでくるミネルバは怖い。
それに、バロイに花嫁修行をさせようとしているのも業腹だった。ネロにあんなことをした癖に、あっさりと花嫁は違うという。
「クロ、お勤めもそろそろ戻らないと、後になるほどミネルバ様の怒りが増すだけだよ?」
アクロワナがため息混じりに言う、お勤めの言葉にネロは身を強張らせる
あれは、お勤めだったのか?奴隷の身体なら好きにしてもいい、奴隷の仕事だったとでもいうのだろうか?
怒りに手が震える
その震えを、バロイが怯えととったのか、深く溜息をついた
「ねーねー、別に使用人なら沢山いるから、クロじゃなくてもいいだろう?それに無理なら俺の付き人でいいわけだし?」
バロイは知らないから、ネロがミネルバに何をされているか知らないから、そんなことを言う。
ネロでないとダメなのだ。身代わりにならないから。
胸が苦しくて、喉が詰まる。
「……兄さん、もう嫌だ。部屋に帰りたい」
最近多くなった、このやりとりもいつも通りだ
ネロがこう言ってバロイにしがみつけば、ネロに甘いバロイはさっさと部屋にネロを連れ帰って外に出なくても良いようにする
相手がミネルバであってもだ。
食事にも出て来なくなったネロを周りは心配していたが、噂を聞きつけたのかピークパッツァがこっそり窓に食事や果物を置いて行くので食べ物にも困っていない。
バロイが軽食だ何だと食べさせようとするのもある。
しかし、いつかこの均衡は崩れるのだ。
それはバロイの嫁入りなのか、ネロの限界なのか、でも多分その日は近いのだろうと、ネロもひしひし感じていたーー
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